船窓夜話―第13話―瀬戸内海 VIII
2002/11/ 4 17:16
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投稿者: メッセージを送信 ilkuji_99

関門海峡がまた近づいてくる。門司港を過ぎるときあの岬に銅像が立っていた。
私の記憶が正しかったら、ある男の傍に犬が一匹立っていたかな。何か船島
みたいに事由でもあるかと思った。遠洋船に乗ったとき、この門司港に入港し、
荷役作業をしていたら、ある爺がタラップを上がってきて、1航士に日本語で
船内古物を売らないかと聞いた。そうすると、なぜか1航士は物凄く怒って
あの爺に「帰なさい!」と叫ぶので事情を聞いたところ、あの爺は在日だけど
日本人ぶりをして聞くのが1航士の機嫌を損ねたらしい。何故正々堂々に
韓国人として韓国語で聞けないのかが私にも疑問だった。

爺は爺で「貴方が韓国人だと知らなかったよ、ねえ。なんで怒るんですか?」と
今度は日本式の韓国語で反問していた。なんとなく悲しい気がした。他国に
住んで差別されてると自分の身元を隠して日本人ぶりをする在日が一人二人では
ないはずだが、出身国を隠すほど我らの国が恥ずかしい存在なのか。

在日の皆さん、どう思いますか。他国にすんでも最小限自分のルーツのある
祖国にプライドを持って、日本人に堂々に行動し、元祖国を自ら侮辱する行動は
止めてください。海外に住んでる1―3代は多いけど在日ほど元祖国を怨んで
罵倒する同胞は他にそんなにいないでしょう、勿論みんなではないでしょうが。
たとえ元祖国が憎くても貴方が、もしくは貴方の先祖が生まれた故郷じゃない
ですか。自分の故郷を罵倒するのは自分自身を否定することと同じですね。
門司港で在日啓蒙をしてしまいました。ごめんなさい。

商船では、たまにロープや鉄ワイヤーなど古くて使えないものを買いに来たり
小遣いにしようと売りに行くこともある。日本語のできない一般船員たちを
連れてある古物屋に寄って「船のワイヤー買いませんか」と片言で聞いたらば、
応対に出たばばが「すね?」「ねえ、すねのワイヤー買うの?」と中のだんな
さんに振り向いて聞く。「すねのワイヤー要りません」と答えた。ふねを
「すね」ともいうのだとわかった。どこの地方の方言かは分からないものの
確かにいろんな方言やなまりを使うのは日本も例外ではなさそうだ。

海峡だとしたらなんとなく悲しみと共に寂しさを感じるようになったのもその頃
以降かな。吉幾三の唄、「海峡」をを思い出さなくても海峡は別れとか恋しさを
象徴する単語に決着したわけか、主に愛する二人を分ける地形的な特徴で唄にも
自然に別れを恨ませ、もしくは恋しさを重ねさせる役割をするだろうな。

この海峡を通過するときに限って経歴の一番長い1舵手に舵柄を取らせるのも
やはり潮流の強さやカーブの激しさを上手く取扱いできるからだろう。一旦
海峡をクリアーして海が広がるとそこから玄界灘である。怪物のように
曲がってる島、蓋井島を右にして船首を釜山に向かわせる。(つづき)

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