船窓夜話―第21話―バスラ
2003/ 3/31 18:29
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投稿者: メッセージを送信 ilkuji_99

鏡みたいなペルシャ湾を滑るように走って到着した川、内陸にあるバスラ港へ繋がる川である。パイロットを乗せてその川を溯りはじめた。川水は黄色く濁水で、川の幅は相当狭くて少しでも間違えて操舵したらすぐにでも一方にぶつかるようにみえた。川の両側の堤の上に家屋が堤を従って並んでいて住民たちが出て航海する本船を見つめたり、子供たちが群れで走ったり遊んでいる。

ある老人が捨て物を持って家を出ると孫くらいの少年がそれを奪うように取って行く。長幼有序とは儒教の影響を受けた東アジアだけにあるものではないと感じた。川の床が浅かったらどうしようとの心配もあったのに船は順調に川の上流まで上がっていった。埠頭に近づいたらそれなりの港町らしいバスラ港が姿を現す。

接岸をしてから一休していたら埠頭労務者たちが甲板に上がって来る。みんな頭にターバンを回してきて荷役を開始した。暫くしたらみんな持って来た狭いカーペットを開いて正座で座る。そしてコランを呟きながら礼拝をはじめた。イスラム教の礼拝時間になったのだ。15分くらい続けた後、作業を再開、昼食の後、また午後礼拝が始まり、そして夕方また礼拝する。一日礼拝ばかりで終るんじゃないかと思うほどだった。

上陸もできず、食堂に集まりTVをつけたらチャンネルをどこに回しても礼拝の姿と経典勉強の中継だ。夜になってやっと娯楽時間というのが女たちが1メートル長さの髪の毛を垂らして唄に合わせて頭を左右に振るだけ。彼女らにとってはそれがダンスである。しかしその動作だけ繰り返し、腕を振るとか脚を動く動作は全くない。歯痒くてならなかった。

カサブランかでも感じたことだがイスラム国家では男たちが小便してから必ず亀頭を水で洗うことがあまりにも可笑しかった。団体用便ができる水洗式用便台は小便した後、壁から流れる水を左手で取って亀頭を洗うけど、そしたら座便器でどうやって洗うかな。宗教意識は生活全般に染みているような印象を受けた。

翌日、日本人技術者が三人上がって来て“もしかして日本の本とか何かヌードの本無いですか?”と聞く。多分イラクに派遣に来た技術者らしい。給料はたくさんもらうとしても、こんな退屈な国に来て女の写真を探すなんて可哀相な思いもした。イラク人としては宗教だから仕方ないとしても人間の基本欲求の噴出さえ拒否された異邦人たち。いっそ金玉を紐で結んで異性が恋しくなくなれば彼らの異国生活もそんなに疲れてだるくないはずだ。

バスラはイラク唯一の港として生活用品と油類を輸出入する窓口役割をするのに湾岸戦争のときも連合軍の集中ターゲットになり目茶苦茶破壊されたのに今回の米英との戦争にもう一度徹底に攻撃された。本来イラク領土の一部だったクウェイト地域を米英が1920年代に勝手に独立させ、多くの油田を失ったイラクが今度は本土さえ米英に渡す運命になるなんて。もしクウェイト地域に油田がなかったら分割されたはずか。財産無しで暮らすのがよいとの言葉が実感する国である。筆者が訪ねた当時、何も知らずに遊んでた天真爛漫な子供たちや無実な埠頭の人夫たちは戦争の時に死んだか生存したか。二回の戦争でもう本来の姿は捜し出せない哀しい運命のバスラよ。

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