船窓夜話ー第22話ーサイクロン
2003/ 4/21 15:34
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投稿者: メッセージを送信 ilkuji_99

豪州北部、ポート・ヘドランドを離れた本船は気勢強い嵐を正面に受けながら船首をアフリカ大陸の東南部を向かっていた。1月中旬、サイクロンが海賊のように豪州北部を攻める時期だった。案の定、振れる船舶を飲み込むように波がだんだん荒くなり、もう山を作りはじめた。船は既に左右30度に揺れながら疲れた旅に立っていた。もう陸地はレーダー上からも消えていて印度洋の真ん中を落葉のように浮かんでいる模様だった。ただし落葉と違うなら微弱ながら白い泡沫を起こしプロペラーが回ってるくらいかな。

2―3日その状態で進行したが海は納まる気配は見えずにベッドに横なってる船員たちを床に落しながら青い筋肉質で本船を揺り動かしていた。ある程度船乗りに履歴のあると思っていた船員たちももううんざりしていた。船長がブリッジで前方を眺めながら船首にぶつかる波が船首を超えて甲板が水に沈むたびに“アイグ、アイグ”と悲鳴たけ上げていた。大自然の力の前で人間はいくら偉くてもただの微物に過ぎないのだ。

昼間に雨が少し止んで波たけ船舷を打っていたとき、船尾に結んでいたロープが波に荒らされて海に落ちてしまって末だけ甲板のビットについてる状態になった。海に落ちたロープがプロペラーに巻き込まれたら船は転覆される。一等航海士は急いで甲板部全員を船尾に呼び、ロープを揚げていた。昼食後、船尾に出て来た機関部船員たちがその光景を見ながら爪楊枝で歯を刺していた。ロープがほぼ半分上がって来たとき、いきなり巨大な波が船尾を撃った。というより船がピッチングをし、船尾が水面まで降りてきたとき、波が溢れてきたのだ。あっという間にロープを取っていた甲板部船員4名と機関部3名が波に荒らされ海に落ちた。

非常ベールを押して全員を集合させ失踪された人たちの名前を呼んでも既に誰も海上には見えない。こんな状況で船を止めたらすぐ覆るはずだ。なぜなら推進力が波を突破して進む役割をするので推進力が切れたら船は波により転覆するのだ。船長は悲壮な表情で継続前進を命じた。その状態で一日が過ぎたら皆負けず嫌いしか残らない。それから我らだけが生き残ったという罪意識に耐えられないほどだった。生きても、死んでも一緒にすべき同僚じゃないか。我らだけ生き残って死んだ遺家族を何の顔で対面するだろうか。

甲板長は一等航海士に船長との面談を要請し、甲板部船員たちと一緒にブリッジへ上がってきた彼は、失踪した船員たちを捜し出すまでには行けないから船を戻どうと提案した。そしたら他の船員も皆泣きながらこのまま行くより皆一緒に死のうと叫んだ。筆者も胸がいっぱいになり「船長!このままじゃ行けません。帰りましょう!」と言った。船長は暫く耐え難い表情で遠い眼をしてから舵手に命じた。「船首を回せ」と。波を船首でぶつかってる状態でっ船首を回すと三角波が来たらそのまま転覆する。舵手は少しづつ舵を回しはじめた。大きな円を描きながら船舶が針路を変えて道を引き返した。そして今度は波を後ろから受けながら進んだ。

丸一日を走っても失踪した人たちの姿はみえない。もうサーチを諦めるしかない。貨物荷役予定日に合わせて目的地に到着できないと船主はその分の損失を弁償しなければならない。予定日より二日遅く到着し、荷役を終えた後、次の寄港地の台湾へ向かった。キーリュン港で失踪者の代わりに乗船交替しに来た船員たち。その連中の中では前航海のとき、起こった事件について話だけ聴いては航海中恐くて海の見える廊下を歩けなく、のっそのっそはる者がいた。そして船長にどうぞ下船させてほしいと哀願し、乗船一ヶ月ふりに次の寄港地で降りたのだ。

釜山の影島に行けば太宗台公園の入口に船員慰霊搭が立っている。全世界を航海途中、殉職した船員たちの霊を慰めるタワーという。陸地に住むように作られた人間が海で惜しい命を犠牲した同僚たちのことがこれで清算できるかと思うと胸が痛くなる今、この頃である。

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