船窓夜話―第27話―中央洞にて―1
2003/ 7/12 17:51
メッセージ: 5002 / 6027

投稿者: メッセージを送信 ilkuji_99

五六島の向うの水平線上に落ちる落照を眺めながら暫くぼっとしていた。ある年、年暇を取り、家で休んでいたとき、友といっしょに松島海水浴場にいったことがある。いきなり冬の海が観たくなったわけか、それとも海の上で見る海と陸地で眺める海は感じが違うからだろうか。多くの東西古今の有名詩人が海を歌ったが、彼らの海は船で見つめる海、すなわち自分がそこにいる海より、はるかに遠く、浪漫的な面が目立つ詩が多いのではと考えてみた。陸地で見る海には台風もなく、波の揺れもない。彼らがもし船上で詩を書いても同じ興奮と情緒に基礎した詩が作られただろうか。

とにかく誰もいない寂しい初冬の海を眺めながら浜を歩いてたらいきなり冷たい雨さえ降り始めた。雨はすぐアラシになり、取っていた傘をうるさく叩く。雨を避けるために近所の酒場に入った。酒場だとしてもテーブル二本くらいしかない小さなところだが、焼酎に魚鍋を頼んだ。土砂降りの海を見つめながら焼酎を飲むのも、それなりの韻致があった。特に唐からしをいっぱい入れて真っ赤に作った魚鍋はよく似合う酒の肴だった。

友と二人で焼酎を一本づつ飲み終えた頃、赤い傘をかけた女の子が一人で浜を歩いてる姿が目に入った。雨の海には貝が皮を開けるように女が現れるのか。誰が冷やかしをするかを友に聞いたところ、自分は恥ずかしくてできないそうだ。そこで海兵隊の訓練を受けた無敵海兵の精神で「俺が取りに行く」と公言して席を離れた。といっても酔ったのも勇気を煽る作用をしたんじゃないかな。

女の子に近づいて誘った。驚いたぶりをする女の子は静かに断わった。23才くらいかな。このとき先ずは断わらないと、それこそ女の魅力が半減するはずだ。もう一度誘ったところ、「縁があれば今度また会うでしょう」との答えだった。縁がなかったせいか未だに会ったことはない。あの女の子を思い出してタバコを吸っていたとき、電話ベルが鳴る。

一等航海士のどろりとした声が電話の向こうから聞えて来た。今すぐ中央洞の酒場に来るようにいわれた。出港がその夜なのに飲んでもいいか心配しながら埠頭を出てその酒場を訪ねた。1航士はホステスを抱いて私に一つ教えてやるという。タバコを口に噛んだまま女の口へ伝えるとのことだ。多分新入者の私の気をくじくためだろう。

新任航海士のとき、脚の裏に火が付くほど忙しく走りまくって働いていて、偶に中央洞にある船舶会社の事務所に寄ると全然違う世界みたかった。若い女たちがのんびり週刊誌を読んだり女同士で笑ったりする。そのとき、女に言葉をかけたのがきっかけで掴まって結婚した同期生もいる。

新任三等航海士として初めて乗船した船は対日船だった。当直は1級舵手と一緒だったが、30代半ばで腹が少し出た人だが、もの凄く女好きだった。 対日船で国籍船なので給料が少ないため、生活がきつい。船員たちは袋(物品)商売をする。日本に行って医薬品や、こま油、こま、味噌など農産品を少量買って来て売る。たまに規模の大きくやる者もいたが。

(続き)

    (INDEXに戻る)  (1つ前に戻る)