
投稿者: ilkuji_99 最初オーストラリアに来て英語学校に通いながらアルバイトを探してみたがなかなか見当たらない。昼間には学校に行かなきゃならないので夕方の仕事や週末にしかできないのに当時は豪州経済が急転直下だったので外国学生がこうした職業を取るのはほとんど不可能だった。女ならアソコ商売でもできたかな。持参金は毎日減っていくのでだんだん不安になって未来に対する心配で目の前が暗くなるほどだった。
クラスメイトの中に背は低くあちこちよくうろつき回る韓国人男がいた。それからインドネシアから来た女の子がいたのに見るだけで漏れてしまう。中国系なので色白に淫談が上手くて人気があった。金持ちなのか毎日ファッションが変り昼食代でめちゃくちゃ高級食にお金を使う。家からサンドウィッチを持って来たり1ドル50セントの食事で過ごす我々にとっては気落すことだった。この男、結婚したくせに物凄く女好きで後ろを付いていくので男同士で争奪戦が開かれ同じクラスの日本の男が従業中にもこの女の子の傍に座って冷かしする。日本の男は自国政府が与える奨学金で通うので毎日女の子たちと遊びばかりだった。筆者があの韓国人男に「結婚したくせになんでそんなに他の女を誘うのか」と聞いたらば「知らないのか?肉も食べてみた人がその味が分かるのだ」と答えるのだ。
この韓国人男が偶然に韓国人が経営するカーペットクリニング会社で営業をするするようになったと学校に来て騒いで一緒にやろうと誘った。ある土曜日その男が教えてくれた住所を持ってバスと電車を乗換え、遠くまで乗っていったらば社長に出会ってその日から働くことになった。仕事の内容なあちこちノックして主人が出ると会社のクリニング方式を説明して注文を受けて来たらその分のコミションをもらう。文字とおり
door to door sale である。そしたら約束した洗濯の日にクリーナーが装備を車に載せていってカーペットを洗ってやるのだ。
仕事は先ず会社に営業マンが集まってミニバスに同乗、その日の目的地まで走る。作業番長兼運転手さんがその地域の地図をみせて各自に営業区域を分割して配当する。さて金持ちの密集した良い地域は白人営業マンたちが全部取り、我々は貧乏の地域や家もほとんどない果てしない大平原に降ろす。そのときから夕方バスが乗せにくるまで足が痛いほど歩き回り注文を受けなければならない。
オーストラリアの個人家屋は垣は高くない。しかし大概猛々しい犬を育てる所が多く注意しないと噛まれる。そしたら治療費がかかる。当時の海外留学生は医療保険がなかったので怪我したら自費治療するしかないので出血が大きくて緊張しなければならない。前門を開けて庭を渡って玄関門を叩くと主人が出て来る。筆者もそうだったけど家に営業マンが訪ねると大体面倒臭がるし嫌がる。しかも黒い髪の毛をした東洋人が来てはクリニングしろとせがむと露骨的に軽蔑し無視する顔をする。追い出されるのは茶飯事で人間より猛々しい犬に後ろつけられ逃げるケースがほとんどである。朝から夕方まで百軒を訪ねても一件もできず足だけ腫れてバスが来るのを待つ。
帰るバスの中で白人たちがその日いくら稼いだと誇ると腹が立つ。会社の立場では良い地域はプロが担当してたくさん注文を取って来るので同じ韓国人だから良い所に降ろせといってくれるはずがないし地域配当は番長所管なのでどうしょうもできない。社長の家に着いて夕飯を奢ってもらい逆順で電車、バスの順序で乗って家に帰ってきたら赤字である。
ある日にはルームメイトを連れていった。この男は営業術がいいせいか初日から2―3件注文を受けて来た。帰るバスの中で皆その日のことを話しながら笑うのに、この男曰、ある家に入って一所懸命説明して注文を請じたところ、主人のお婆さんがじっと考えた後、「英語をもっと勉強して来い」といったそうだ。多分拒否する名分を考えたのではないか。6ヶ月間歩いていたら夢の中でも注文を受けに歩き回ってる自分を発見したこともある。その間ポケットには一銭なしだったけどそれでも学んだことはある。それは英語話術、地域民たちの生活相およびガッツというか。みんな嫌がる営業マンになり彼らの哀歓を体験してみるのもわるくなかった。
事務所で働きながら各種セールズマンが頻繁に来るけど高くなく余裕があればできるだけ買ってやっている。そのわけで筆者の事務所にはほとんど使わない道具や絵の枠などがいっぱいある。筆者にはじめにその仕事を紹介したあの男は大学院で学位をとり韓国に帰っては今は某大学の教授になっている。数年前、路上で偶然に会ったところ、一年間シドニー大学で交換教授として来ては毎日ゴルフ場で暮らすそうだ。ホールにパーティングするとき、女の子を攻略する気持ちでやってるのでは。
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