シドニーブルース−7−豪州と戦争−I
2003/10/18 17:06
メッセージ: 5653 / 6027

投稿者: メッセージを送信 ilkuji_99

シドニーの北部にあるパームビーチの近所にヨットクラブがある。入口に立つと表示板が建っているし警告文が書いてある。「日本人および日本人配偶者のいる豪州人立入禁止」。興味深いのはその下に「韓国人および韓国人配偶者のいる豪州人もお断り」となっている。今はもうないけど13年前、シドニーのある日刊新聞に紹介されたこの警告文は次の由来がある。

そのヨットクラブの会長は歴戦の勇士として第二次大戦当時、豪州の領土だったパプアニューギニを侵攻した日本軍と戦ったとき、彼の子供頃からの親友だった戦友が日本軍に捕虜になり日本刀で斬られた痛い記憶を持っているそうだ。たとえ過去の事だとしても彼をそれが忘れられなく会長の職権でこの規則を制定し、自分が時代遅れの人物だと批難されても仕方がないし、自分の死んだあと、後任者が規定を変えるのは自分の関与することじゃないとのインタービュー記事が載った。

日本人は敵国の国民だったので仕方ないとして韓国人は何故会員になれないかと聞くと彼曰く「当時韓国人たちは日本軍として参戦し、連合軍捕虜収容所で捕虜たちを苛酷に取扱ったので容赦できないとの意味を含んでいる」そうだ。日本軍に徴兵されたり軍属で参戦した一部韓国人が捕虜収容所で捕虜虐待で批難された過去がある。一部は日本軍上官に良い勤務評価を受けるために必要以上の虐待行為をしたのも事実である。当時国内でも日本警察の手先の韓国人がもっと残酷行為を自国民にしたのも事実だから海外だと変わるわけないか。

今も一部知覚のない韓人年寄りがシドニーで暮らしながら、戦争中、日本軍として功を立てて天皇からもらった勲章を大切に保管していて日本人観光客に見せて誇る例もある。韓人たちには自慢できないことだから日本人ワーキングホリディみたいな若者たちに見せて自慢したら彼らが韓国をどう思うか一度でも考えてみただろうか。正に情けないことだ。解放以降制定された「反民族行為処罰特別法」がありのまま施行されたとしたら処罰を避けられなかったはずの彼らが大手を振るようになったのは国の将来のために大きな不幸だった。

筆者の一族の白山先生は代々に地主階層として多くの土地を所有していたが抗日運動をしながら上海臨時政府の独立資金調達策として自分の土地および他の財産を全部処分しても足りなくなり朝鮮人地主たちを訪ねて物乞いしながら寄付するように訴えたが大部分の地主は一言で拒否した。そこで仕方なく彼は覆面をして地主の家に潜入、寝ている地主に刀を取出し、脅迫、お金を強制に集金したあと、覆面を脱いで自分だと知らせてからその家を出だという。そのように集金したお金を臨時政府に送った。他に満州で学校、農場を設立し、二世たちの民族教育と物産奨励運動をしながら抗日活動をしていたことで無数に逮捕、投獄されたが、結局解放も迎えずに1942年、満州の日本警察拘置所で獄死した。

解放後、上海から帰ってきた臨時政府の要員たちが彼の遺品をみせてもらったところ、彼からもらった資金明細書と彼の遺品の明細書が一銭も違わなく一致することをみて彼らは白山の墓の前で慟哭したそうだ。実は彼らも白山が募金した資金の中、ある程度は自分の生活のために控除したと予想したのに、彼の潔白を疑った自分たちが恥ずかしかったのだ。彼の子孫たちは離れ離れになって、今は慶南の生家だけ残っていて独立有功者の家として国家が管理している。

(続き)

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