
投稿者: ilkuji_99 親日をしたら本人は勿論その子孫まで国のあらゆる分野で権力と金力を取ってふざける現実に比べ、抗日をした人と子孫は未だに貧民生活をしている。
豪州は大部分の世界大戦と局地戦に毎度参戦している。遠くは南アフリカのボアー戦争から1、2次世界大戦、韓国戦およびベトナム戦など、少ない人口に比べ相当数の軍人たちが参戦、死傷した。これはいわゆる「前進防衛」の概念による国家政策として全世界のどこでも戦争の火種ができたら米英を積極的に助けて派兵し、その反対給付として豪州が攻略されるとき助けてもらう一種の政治戦略といえる。
1次大戦時、母国の英国の要請により全国の若者を徴集、ニュージランド軍と併合、単一軍を形成しANZACと名づけたあと船で印度洋を渡った。そして戦場のトルコに到着、英国軍司令官の指揮の下でトルコと一戦したとき英国軍は比較的に安全な高地で攻撃し、豪州軍は一番危険な高地から攻撃するように命じられた。そこで豪州軍が突撃命令で前進したときトルコ軍の集中射撃により兵力の半数以上が死亡した。このときから母国の英国を信じられないとの思想を基に自立の意志が拡散、今は完全な主権を独自的に行事している。
韓国戦のときも相当数の陸軍と空軍が参戦し、多くの死傷者が発生した。特にアメリカ機と共に豪州戦闘機が韓国の領空を縦横無尽縫った時節だった。ムスタンというこの機種は機体はちいさいが航速距離が長く韓国の豆畑をあちらこちらにうまく抜け出ながら勇猛性を誇っていた。
強大国の間で生き残り自国の主体性を守りながら今日まで引き続く幾つかの弱小国は韓国の歴史と比べるとき敬畏心を持ちざるを得ない。米軍基地建設を反対して意志を貫徹したスリランカとかベトナム戦争の最中、サイゴン(西貢)で米軍がベトナム女を強姦していたとき、その米軍を射殺しても国会で起立拍手を受けたあるベトナム人青年の話とか林秀卿が訪北したとき平壌幼稚園の子供たちの演劇公演で、トラと闘って勝った針鼠話は南の人たちに一つ教えてくれたことだというと言過ぎだろうか。
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