。。。ちーちゃんのおはなし。。。

これは2002年9月28日までわたしの家にいた一羽の小鳥のおはなしです。死に順位をつけるのはひどいことだけど、今まで体験してきた死の中でも

ちーちゃんの死は特別ショックでつらかったし、後悔もたくさんした。。。この文章はちーちゃんに捧げます。

ちーちゃん、あなたが生まれたのは私が中学3年の冬。今から6年前だね。お父さんのプリンとお母さんのキスミーとの間に生まれたんだけど

この時のかなり面白かったエピソード。。。プリンはすごくおっとりしたかんじの性格で体も少し弱かったんだけど、キスミーはたくましいかんじで

少しぐらい寒くても全然平気で1度も体調崩したことないぐらい強かったのね。しかもプリンの鼻は少しピンクっぽいのにキスミーはそんなこと

なかったから(鳥のオス、メスの見分け方は鼻がピンクっぽい子だったらメスね。)うちら皆ずーっとプリンが女の子でキスミーは男の子だと思ってた

んだよ!6年前、ちょうど男の子と女の子だからもしかしたら子供を生むかもしれないねっていうことになって、プリンとキスミーの鳥籠の中に巣箱を

入れてみたのね。しばらくどんな様子か観察してると、巣箱に入ってるのはいつもキスミーでプリンはいつも巣箱に餌を運んでるの。今思えば

当たり前なんだけど、この時はうちら皆プリンが女の子だと思ってるから何でキスミーが巣箱の中に入ってるんだろー?って不思議でさあ。

いつまでたっても同じで、たまに巣箱を覗く度にキスミーは痩せてくしおかしいなーって。でもこの時キスミーは巣箱から1度も出でこなかったから

しばらくそのままにしておいたのね。そしたらある日突然鳥籠の中に白くてちっちゃい卵が1個落ちてるじゃない。あの時はびっくりしたなー。

で、ここにきてうちらはキスミーが女の子で、プリンが男の子だっていうことにやっと気づくことになったの(笑)。巣箱の中のキスミーを覗くとやっぱり

げっそりしてて、でもそれでも餌を食べに巣箱から出でくる気配は全くなくて、よく見ると卵を温めてるの。全然動かずに顔だけこっちに向けて。。。

お母さんっていう自覚がちゃんとあるんだなって感動したな。その後もキスミーは毎日巣箱の中で卵を温めつづけ、プリンはキスミーのもとへ餌を

運びつづけある冬の寒い日にあなたが生まれました。

あなたは生まれてしばらくはお母さんに育ててもらったんだけど、ある程度たった頃巣箱から出して、この時私はあなたに出逢いました。あなたは

この時から全身黄色くて、目が赤くて、なつっこくて完全にお父さん似でした。チーチーよく鳴いて、だからちーちゃんと名づけました。

単純だと思うでしょ?でもうちら家族でいろんな案を出しあって決めた名前だから愛情はたっぷりのはず。。。

あわだまをたくさん食べて、飛べるようにもなって、皮付きの餌に変わって、小さい籠から大きい止まり木のついた鳥籠に移って。。。その成長は

早くて今思うとその早さを悲しく感じるよ。。。体が弱くて少し寒いだけで毛をむくむくさせて、そういう時はあったかい人の手の中でうずくまって

眠ってたよね。あなたはとっても体が弱かった。。。かわいそうなくらいに。。。

ちーちゃんの異変に気づいたのはいつだったかなあ?今から2年くらい前だったかな?止まり木にとまってる姿に少し違和感を感じて

よく見てみると、きもちお中のあたりがふくらんでるかんじがしたから、ちーちゃんを籠から出してだっこしてみたら、やっぱりお中のあたりが

ふくらんでたんだよね。。。でもしこりみたいに硬いものがあるかんじではなくてどこを触っても、少し強くおしても柔らかかったのを覚えてる。。。

ちーちゃんの様子もいつも通りで特別変わった様子はなかったんだけど、原因不明でおかしいことははっきりしてたから病院に一緒に行ったよね。

この時先生から言われた言葉。。。“キセイインコは体が小さいから手術が出来ない。だからこの病気は治すことが出来ない。”

ショックだったよ。病気の原因を聞いたけど、わからないっていうし。ちーちゃんはおそらく男の子だから妊娠ってこともないって言われた。

私は先生にあまり長くは生きられないんですか?って聞いたら、先生はそうですねってうなずいた。。。手術以外の治療法がないからって。。。

今思うと、この時なんで他の病院に連れて行かなかったんだろう。。。

ちーちゃんのお中のふくらみは日に日に大きくなっていって、止まり木にも前かがみでとまるようになっていった。毎朝籠にかかってる毛布を

とる時、死んじゃってたらどうしようって不安で、とって止まり木にとまってる姿があると安心した。。。

お中のふくらみは大きくなっていったけど、ちーちゃんは毎朝嬉しそうに水遊びをしてたよね。私が水を取り替えて持ってくるのが見えると、

そわそわして止まり木を行ったり来たりして、水を入れてあげるとすぐに飛んできて。。。

今思い出すとすべてが懐かしく思い出されます。

ちーちゃんの調子が悪化したのは、2002年9月20日だった。普段から寒さにすごく敏感に反応して毛をむくむくさせてたからこの時も

寒さが原因だと思って、暖かくしてあげたけど、いくら暖かくしてあげてもずっと毛をむくむくさせたままで餌も水も飲まなかった。。。

さすがに普段の調子の悪さとは違うことに気づいて、でもどうしてあげればいいのかわからなくてとにかくずっと一緒にいた。次の日

あわだまを買ってきてあげたりしたけど、噛み砕くだけで飲み込まないし、やっぱり水も飲まない。毛はむくむくさせたまま。しばらく立つと、

目もあんまり開けていられなくなって、足はしわしわになって、もう自力で立てなくなった。息も小さくて、わたしの手の平でぐったりして

ちーちゃんが目を閉じるたびに“ちーちゃん目を閉じちゃだめだよ!”って何度も繰り返した。

9月28日この日、わたしは学校があった。だからちーちゃんをお母さんに任せて学校に行った。ゼミの発表が迫っていて図書館に寄ったせいで

帰りが遅くなった。家に帰ってちーちゃんの様子をみると、毛をむくむくさせて目を開いてるのが辛そうにぐったりしてた。”ちーちゃん少し

寝ようか”とわたしは言って籠に戻して、部屋の電気を消して、下に降りていった。

この時わたしは何でちーちゃんと一緒にいてあげなっかたのだろう。。。今思い出してもやりきれない気持ちになる。。。

自分の部屋に戻ってちーちゃんの様子をみると、固く目を閉じたままで、もうわたしの顔を見上げてくれなかった。わたしの離れたほんの30分

ぐらいの間にちーちゃんは逝ってしまったのだ!悔やみきれなくて涙が溢れて止まらなかった。本当に悲しいと涙も出ないとよく言うけど違う。

涙は出る。2002年9月28日ちーちゃん6歳にて永眠。。。

。。。。。。ちーちゃん、ごめんね。もう会えないけど忘れないよ。。。。。。

最近、吉本ばななの『ハネムーン』を読んだら、こんな箇所を見つけたよ。“「オリーブ、桜がきれい。」と私は思わず話しかけた。すると

真っ黒な澄んだ目で私をじっと見上げた。まるで、金色の西日より、桜よりも、私を見ていたいというような表情をして。そんな目で見上げないで、

と私は思った。宝物や山々や海を見つめるような目、死ぬのは別にこわくない、ただあなたと会えなくなるのがつらい、そういう目だった。

(省略)裕志が、部屋に入ってきて、言った。「なんてことだろう、オリーブが、息をしてない。」私は、どうしてか驚くよりも先に、

やっぱり、と思った。だから夕方はあんなにきれいだった、だからオリーブはあんな目をしていたんだと理解した。わかっていても、

涙はすぐに出てきた。用意されていたかのように。私たちの間でひとつの時代が終わった。胸が引き裂かれるように痛かった。”

これを読んだ時、ちーちゃんが目の前に広がって、何度も読み返して、自然と涙が込みあげてきたよ。再び涙。。。

TOP