Matyaの病院での出来事です!  戻る

貴重な経験であると思うことを、少しずつUpします。
いろいろな出来事があるもので・・・・・

入院して・・・
疲れからか?原因不明の体調不良で突然自分の病院に入院した時。
一週間ほど寝たきりだったMatyaの世話をしてくれる優しい同室者がいました。
彼はMatyaより2つ年上の当時35歳、腎臓を摘出したので知っている患者さんでした。
急な入院でかなり落ち込んでいたMatyaにとって、彼はとっても心強い存在で入院中は兄貴分のような感じ、いろいろ話したり一緒に病院内をうろついたり・・・
しかし、彼の肺に転移があることがわかり・・・
それまでとは逆に、Matyaがいろいろと相談される立場に・・・
でも、彼はMatyaを困らせるような質問などは一切しないでくれました。
手術も出来ないことが分かり、まだ子供も小さな彼にとって一番辛い時期、一番近い存在がMatyaだったんですよね・・・
涙を見せたことももちろんありました。
それでも傍に居辛いと感じさせなかった彼は、そうとう強くて、優しい人だったんだと思います。
Matyaの退院の日も、本当に喜び、明るく送ってくれました。
それから一ヶ月もしない日、手術室へ中心静脈栄養のカテーテルを入れる為に入室してきた彼を、偶然にも担当することになり・・・
痩せ細った彼は、手術室にいる間中Matyaに何度も何度も「ありがとう」って・・・
退室の時は、泣きながら「ありがとう」を何度も・・・Matyaの方が「ありがとう」って最後に言いたかった・・・
Matyaはあの時何を話したか憶えていないんですが、仕事中に涙が出たのはあれが最初で最後だと思います、、、
その二日後、亡くなられました・・・
彼との出会い、そして別れは、Matyaにとって本当に大きな意味のあるものになっています、
絶対に忘れられない・・・

人命救助!
救急当直をしている時、お祭りで散歩に出ていた患者さんが血相を変えて救急室へ、、
「川の中から声するよー見に行って!!!」
Matyaと脳外科の研修医、事務のおじさんで見に行くと、病院の裏のけっこう大きな用水の深く落ち込んでいる所に、人の頭が出たり入ったり・・・その時はもう声は聞こえない・・・
研修医は白衣を脱いでつかませようとしたが、流れが激しくてなかなか・・・飛び込む勇気もないし・・・
Matyaは傍にあった鉄のしっかりした棒を差し出しつかませる。
少し浮いたところ、3人で強引に引き上げ救急室へ! もう少し遅かったらダメだったと思うが、何とか無事に助かった。
ヘルメットを落とした中学生、流れのゆるい下のほうから用水に入り歩いて取りに行ったらしいが、何と
靴を脱ぎ並べて置いた上にズボンをたたんで乗せてあった・・・
もし溺れていたら、身投げに間違えられたに違いない!!
助かってよかったね〜
後日、、家族が病院に菓子箱を持ってお礼を言いに来たらしいが、お菓子は事務所で処分され、家族が来た事も教えてもらえず・・・勤務中だったので表彰も無く・・・
最初に教えてくれた患者さんが通りかからなかったらどうなっていたか・・・


助かった子供
救急室へ風邪で来た子供のお母さんから聞いた話です。。
夏休み、四国の海水浴場で子供が他の数名と高波にさらわれて・・・
他の子供たちは、親が海から救い出して抱き上げて走り出し病院へ・・・
その子は、たまたま傍にいた見知らぬ人が助け出し、その場ですぐに人工呼吸!
お母さんは、あの時他の子と同じように自分が助けていたら、今ここにはいなかったでしょう・・・
と話してくれました。
この話を聞いて、
現場ですぐに行う心配蘇生法の必要性を実感しました。
しかし、方法を知っていて、しかも実際に出来る人は日本にどれくらいの割合でいるでしょう?
救急車が来るまで、病院へ着くまで、、大切な時間はどんどん過ぎていってしまいます。
どんなに優れた病院、医者でも時間が過ぎてしまったら助かる者も助けることはできません。
外国のように、学校の教育にしっかりと組み込むことは出来ないんでしょうかね?
Matyaは病院で患者さんを待っているだけではいけないと思っています。
地域の人達にそういうことを教育する、そういうことが行われてこそ地域に密着した病院だと思うのですが・・・
医療制度の改悪もあって、なかなか病院がそこまで行うことが出来ないのが現状です。
仕事とは別に、保母さんを対象にした小児の心配蘇生法講習会のお手伝いをさせていただいたことがあります。
大切な子供達のために皆さん熱心に受講しておられました。
消防署主催の講習会などけっこうあるので、機会があれば参加しましょう!
収拾のつかない話になってしまったのでこのへんで・・・