2004年5月30日 Sun.
ついになおん邸にゴルゴルが納車されました!
ゴルゴルと言われて想像がつかないなら、それで結構でございます.いやぁ久しぶりに乗ったら,楽しいですね!車っていいなぁ〜.どこへでもいけちゃうね.
父親が来たんだ.久しぶりですわ.バイトを昼休みに抜けてお蕎麦食べてきました.
父さんとこうして普通に話せるようになったのはいつからだろう.昔は親とも口利くのが恥ずかしがったり,何を話したらいいのかわからないような自分でした.お父さんと話すのはなんだか照れくさかったりね・・・学校の出来事を話すなんて事もなかった.
父親とは特にそうで,父は寡黙な人で朝早くから夜遅くまで仕事をして,一緒にごはんを食べるのは週に1度あったりなかったり・・・こうして父さんと2人でご飯を食べたり,話をしたり,,,こんなことが平気になったのはいつからなんだろう.照れくささを感じなくなったのは,高専に入って性格が開けたときからだろうか・・・
好きな人に会えなくて淋しいって思うのに,家族に会えないことがあたりまえになって,淋しいだなんて思うことも忘れている昨今...なんだかかけがえのないものを見失ってる気がします.
そしてそのうち,好きな人に会えないことすら当たり前になったりするんだろうか.大切な家族と,大切な愛しい人,何が違ってこうなるのかな?
実家の犬に会いたいと思っても,強く母や父に会いたいと願うことってないんだよね.これは私がつめたいの?逆に私が親の立場になったらどうなるんだろう.同じ大切なものなのに,この違いってなんなんだろう.
こういう思いってなくなればとってもラクチンなんだけど,忘れることって本当に悲しいことなんじゃないかって思う.とても淋しいことなんじゃないのかな?なりたくないって思う.忘れてはいけないって思う.慣れてはいけないって思う.
きっととても大切な感情なはず.
淋しいから会えない辛さを忘れるなんて,きっと良くない.でも,なぜなんだろう.同じ愛するものでどうして違うの?
さにぃがこの世を去って,1月半ほどたちます.淋しいと思う気持ちをもう忘れつつあります.私はなんて冷たい人間なんだろう.
さにぃの最期を看取れなかった自分や,自分の力のなさを思い出しては悔しくて悲しく,自分を責めてしまいます.だけどそれはさにぃがいなくなった寂しさとは違うんだよね.
これもまた一つかな.
自己防衛ってやつでしょうか.
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