友達
みんなが私といて、楽しいといってくれるなら、私はそれだけでうれしくて、満足。
私を見て、周りの人が楽しくなるなら、私はそれだけで幸せで悩みなんてどこかへ行っちゃう。
「悩みなんてないように見える」ってよく言われるけど、悩みがない人なんているわけがない。私にだって悩みはいっぱいだけど、私が悩みがなくて気楽そうに見えることで、みんなを気楽にさせてあげたり、楽しくさせてあげられるなら、私は喜んで、そうしよう。
だって、そんなこと言われたら悩みなんて吹っ飛んじゃうよ。装っているつもりはないけど、装うことでみんなに必要とされ、そして私も幸せになれるなら、私はいくらでも自らを犠牲にしよう。犠牲どころか、私が救われるんだもの。
私がバカなことを言ったりアホなことしたり・・・それでみんなが笑ってくれるなら、私はいくらでもバカになりたい。
私は、何よりも人から必要とされたい。
何よりも友人たちが宝物で、すべてを失っても友人だけは失いたくない。(そりゃ家族は大切だけど、宝物とかそれ以前の話でしょ)
私の動力源は人との関わり。人間関係がすべてを動かしているのではないかと思う。
私の友人には幾通りの人々がいるが、大きな共通点がある。それは少なからず尊敬する部分を持っている。そして「好き」という気持ちを持っていること。
中には親友という存在もいて、お互いに切磋琢磨し遠く離れていても共に頑張れる友人や、一緒にいて誰よりも安心し心が落ち着くことのできる友人。誰よりもおもしろい話をして最高に楽しい時間を過ごせる友達。夢や将来をを語り合ったり、恋愛の相談をしたり、趣味の会話をしたり・・・いろんな形が存在する。
それぞれが個性を持ち、それぞれが私という人間を引き伸ばしてくれていると思う。
「情けは人のためならず」なんて言葉がありますが、まぁ自分のためというよりはお互いのためじゃないでしょうか。
友人に対してメリットデメリットを考えることがいいことかどうか、一概には言えませんが、人はさまざまな人との関わりにおいて少なからずのメリットを求めていると思う。「Give&Take」なんて言葉はいい例ですよね。
そして友人に求めるものは「心のメリット」。
「心のメリット」
あなたは心のメリットどんな風に考えますか?
無条件に一緒にいて楽しい友人や恋人・・・でもそれは気づかないところで「安らぎ」という利を得た結果ではないでしょう?
つづく・・・(2003/11/01)