オーストラリア バックパッカー旅行記
2004年11月末から翌月末までgeckoは卒業旅行第一弾として
オーストラリアにバックパッカー旅行しました。
28日間でオーストラリアの東半分をバスで一周しました。
この旅で私はすばらしい風景とたくさんの様々な生き方を持った
人達に出会うことができました。
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ケアンズ到着。初日は生憎の曇りだった。 これはケアンズのメインストリートエスプラネード沿いに あるラグーンと呼ばれる無料のプール。ケアンズの印象はとにかく日本人の多い町というものだった。レストランのメニューは日本語、店で働く人は日本人といった具合だった。言ってみれば普通のリゾート地だった。 |
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エスプラネード沿いのデッキ。朝にはたくさんの人が ジョギングなどを楽しんでいる。 泊ったのはエスプラネードのインターナショナルホステル。 10人部屋のドミトリーだった。夕食付で一泊19ドルだった と思う。 |
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オーストラリアの国旗が風にひるがえる。オーストラリアでまず衝撃的だったことは英語がアメリカとかなり違うということ。発音ももちろんだが、あと早口な人が多い。慣れるのに数日かかった。 |
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翌日からはスキューバダイビングの一泊ツアーに参加した。 グレートバリアリーフに潜ることがこの旅の大きな目的の一つ。 利用したダイブハウスはディープダイバーズデン。2日間7本 ダイブで全部で500ドルぐらいだった。 |
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大きなツアーボートにたくさんの人がダイビングにきていた。 ダイビング器具もそろっていて、インストラクターの人達もとて もフレンドリーで良かった。日本人のインストラクターの人も たくさんおられて英語が話せない人でも安心。 |
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夜の海。月に照らされた海面にはたくさんのサメが回遊するのが 見えた。この夜geckoはナイトダイブにも挑戦した。海底から海面 に向かいライトを照らすとサメが回遊するのが見えた。 あの興奮は忘れられない。 |
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潜ったポイントはノーマンリーフ。サンゴ礁は美しく、魚影も日本 では考えられないぐらい濃かった。一番見たかった魚のナポレオ ンフィッシュも本当に手で触れられるぐらいの距離まで寄ってき た。 |
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ダイビングのツアーから帰ってきた日の真夜中からグレーハウン ドのバスに乗り南へとケアンズを発った。翌朝早くここタウンズビ ルという小さな町に到着した。 写真はダウンタウン。着いた日が土曜日だったので町では土曜市が開かれていた。それを見てまわるのはなかなか楽しかった。私はライチを一袋3ドル50セントで買って島に持っていって昼に食べることにした。 |
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バスターミナルのそばにあるバックパッカーに部屋を求めて行くと まだ朝が早すぎてチェックインできなかった。とりあえず部屋だけ 予約を入れ荷物を置かせてもらい、geckoはこの日一日を使って この町からフェリーで行けるマグネティック島に行くことにした。 写真はタウンズビルのハーバー。 |
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これはフェリーの上から。写真に見える山はこのタウンズビルの シンボルとも言うべき山、キャッスルピーク。 |
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マグネティック島ではバスでまわる。この島では驚いたことに日本 人を一人も見かけなかった。 |
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これはマグネティック島にあるハイキングトレイル。地球の歩き方 でこのトレイルで野生のコアラが見れると書いてあったので歩いた のだがついに一匹もみることは出来なかった。 |
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ハイキングの途中にあった、高射砲陣地跡。戦争の時ここから敵の 戦闘機を打ち落とした。 |
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マグネティック島にある小さなビーチのうちの一つ。いわゆる観光地 といった感じではなく、のんびりと海水浴を楽しめる場所だった。 geckoもここでしばし水泳と日向ぼっこを楽しんだ。 |
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青い浮で囲まれた場所だけ泳ぐことができる。人込みも少なく のんびりとした時間を過ごすことができた。 |
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マグネティック島にあるまた別のビーチ。少し前まではここがフェリー の発着場所になっていた。 この桟橋で釣りをしている親子を見つけ、バケツを覗くと色鮮やかな 熱帯魚が泳いでいた。これを食べるのか?・・・。 |
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再びタウンズビル。この町で一泊したgeckoはさらに南に向かうことに なっていたのだがバスが夕方発ということでこの日はキャッスルピーク に登ってみることにした。炎天下のなか1時間半のハイキングは本当に 疲れた。 |
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キャッスルピークの頂上から町を見下ろす。登るのは大変だったが眺め は最高だった。 |
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一路南へ。バスから見た風景。途中野生のカンガルーが跳ねているのを 数回見た。 |
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ここはハービーベイ。旅行の計画という計画を立てていなかったgeckoは 寄る町も決めていなかったのだが、ケアンズで一緒にダイビングの打ち上げをした日本人のうちの一人からハービーベイからフェリーで行けるフレイザー島には絶対行くべきだという情報を得てここに寄ることにした。 ここで泊ったバックパッカーはこの旅最安値の一泊11ドルだった。値段の割にきれいでスタッフの人達も親切だった。 |
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ハービーベイ2日目。フレイザー島への日帰りツアーに参加した私はこの フェリーに乗って島へ。私が参加したツアーの他に2泊3日の四駆を使ったキャンピングツアーもある。時間があればこちらの方がいいのだが、何分時間のなかった私はここに3日も滞在することはできなかった。 |
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フレイザー島は世界最大の砂だけでできた島である。 世界遺産にもなっていたはず。 |
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島内をこの四駆のバスで移動した。 |
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島の南部にある湖ビラビーン湖。白い砂浜、透明な水。 |
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雨としてこの島に降った水は砂だけの島によりろ過されこの湖に最終的に たどり着く。その過程は60年ということだ。 |
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この島はシリカと呼ばれる工業などで研磨剤として用いられるほどの細かい砂でできている。銀細工などをこの砂で磨くとピカピカになるらしい。 |
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砂だけの島にもかかわらず長年かけて植物はこのような森を作り上げた。 |
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75マイルビーチ。長い長い砂浜のビーチだ。 |
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砂の層。色とりどりの砂だけで出来た層。 |
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マヘノ号という難破船。 |
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この旅行初の大都市、ブリスベン。これはシティーホールの時計台。ここまで私はものすごい勢いで移動してきた。その理由はこの町にあるチャイナタウンで安くておいしいものを食べたいという思いからであった。しかし実際にはチャイナタウンはとても小さく、どのレストランも私から見ればとても高くて結局いくことはできなかった。その代わりといってはなんだが、この町で初めてオーストラリアワイン(シラーズ)を買って飲んだ。私はこの旅で数回オーストラリアワインを飲んだがどれも本当においしかった。結局お土産として2本も買って持って帰ってきてしまった(笑)。 |
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ローンパインコアラサンクチュアリ。geckoはこの旅行では極力お金のいる 施設やツアーを避けてきたが、動物学を勉強した者としてどうしてもオーストラリアの動物だけは見たかった。オーストラリアに数多くある動物園でここを選んだ理由はここが一番多くの種類を集めている動物園だということを旅行雑誌で知ったからである。 |
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野生ではなかったが念願の生コアラ。ここブリスベンではコアラを抱いて写真を撮ることが法律で許されているが、30ドルかかるということで私はパスした。シドニーまで行くともうコアラは抱くことができないらしい。 |
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ウォンバット。 |
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カンガルー。カンガルーは自由に触ることができて餌をあたえることもできる。奈良公園の鹿のようなものだった。 一緒にワラビーもいた。 |
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エミューの雛。 |
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タスマニアンデビル。有袋類は夜行性のものが多いので昼間は寝ているものが多かった。 |
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エリマキトカゲ。襟立てて〜。 |
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ディンゴ。geckoはフレイザー島で野生のディンゴを見ていた。野生のものとは少し違う気がした。 |
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オールドミル。 |
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サーファーズパラダイス。ここは365日の内300日が晴れと言われている場所なのだが・・・。この町には一泊だけいた。いわゆる観光地といった感じで私にはあまり魅力に写らなかったからだ。この町で泊ったアイランダーバックパッカーは地球の歩き方には21ドル〜とあるが、実は裏メニューで12ドルの部屋がある。地下にあり窓もない部屋なのだが少しでも安く泊りたいと考えていた私にはベッドが一つ空いていたのは幸運だった。このバックパッカーに泊ると夕食がタダの他、別にあるホテルのプールなどの施設もタダで使うことができる。更に翌日初めてサーフィンに挑戦するためにレッスンを取ったのだがそのレッスンの割引券までもらえた。サーフィンは本当に楽しくて思わず2レッスンもとってしまった。次の日から筋肉痛で苦しむとも知らずに・・・。 |
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ケアンズを出て早2週間。ついにシドニーに到着。シドニーではキングスクロスにあるキングスクロスパレスバックパッカーに泊った。ここキングスクロスはストリップなどがあちこちにあり環境的には悪い?のだが、そのバックパッカーは本当に楽しい場所だった。ブリスベンであった人に良いと聞いて泊ったのだが、とにかくアジア人の多いバッパーでそこに泊っている人全員が友達といった雰囲気が良かった。泊っている人のほとんどはオーストラリアにワーキングホリデーで来ている人だったのだが、その居心地の良さとシドニーという町の魅力にはまった私はそこに初の3泊した。 写真はセントアンドリュース大聖堂。 |
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シドニータワー。シドニーは私のお気に入りの町だった。 |
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ハイドパーク。 |
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シドニーのボタニックガーデン。オーストラリアの大きな町にはどこにでもボタニックガーデンがある。 このシドニーのガーデンはこうもりのコロニーとなっている。木にぶら下がっている黒いものは全てこうもり。 |
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ハーバーブリッジ。この日私はシドニーに到着したばかりにもかかわらずバックパッカーで同じ部屋ということで親しくなった韓国人の友達にシドニー観光に連れて行ってもらうことになった。途中日本人の女の子もひとり合流して2人であちこち案内してくれた。彼らは2人ともワーホリできててすでにシドニーは長いらしかった。 |
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ハーバーブリッジとオペラハウス。 |
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キャプテン・クック。オーストラリアを初めて見つけた人。ハイドパークに立っている。 |
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シドニー2日目、私はフェリーに乗ってマンリーに行った。 |
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ここもサーフィンができる有名な場所らしく、たくさんの人がサーフィンを楽しんでいた。 |
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3日目は朝から電車に乗ってブルーマウンテンに行くことにした。ブルーマウンテンにはツアーも出ているらしいのだが、それを利用すると55ドルぐらいかかる。片道2時間の電車なら往復チケットで14ドルで行くことができる。もちろんツアーなら個人ではいけないところもいけるのでお金のある人はそちらを利用するのも良いとおもうが。 |
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写真はスリーシスターズ。昔、父親と3人の娘が住んでいた。そこに悪い魔物か何かが娘をとりにくるというので父親は魔法で娘たちを岩に変え自分も鳥に身を変え隠れたのだが鳥になってしまった父親は魔法を解くことができず娘たちは永遠に岩になってしまった、という伝説がある岩なのだ。 |
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首都キャンベラ。シドニーで会った人達にキャンベラは見るものがないから一泊する必要はないと聞いたので一泊もせず一日だけでザーッと観光してきた。 私はこのキャンベラほどデザイン的に整った町はそれまで見たことがなかった。 |
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湖の高い水柱をあげている噴水。 |
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国会議事堂。 |
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キャンベラの戦争記念館。この戦争博物館は大変興味深いものだった。オーストラリアがしてきた戦争の全てがここにあった。もちろん日本との戦いもだ。 |
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メルボルン。これは駅の時計台。あの「魔女の宅急便」の時計台のモデルになったといわれている。この町で気に入ったのはビクトリアマーケットと呼ばれる市場だった。その大きさと品物の多さには目を見張った。ただメルボルンには値段は高い割に良いバックパッカーがなくてそれには困った。しかしそのバッパーではオランダ人の青年と親しくなり夜に二人で川辺で飲むことになってワインとビールを片手に行くと、そこに先に来ていたイギリス人、マレーシア人、フランス人とも親しくなり皆でバーに飲みに行った。それは本当に楽しい夜だった。この旅では日本人、韓国人といったアジア人以外にたくさんのヨーロッパ人とも友達になった。オーストラリアに多かったのは北欧人、イギリス人、フランス人、ドイツ人、オランダ人、オーストリア人、スイス人といった人たちだった。 |
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キャプテン・クックの家。メルボルンのボタニックガーデン内にある。 |
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メルボルン2日目、私はグレートオーシャンロードへのデイトリップに参加した。ここはその途中にある野生のコアラが見れる所。 |
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12人の使徒。グレートオーシャンロードの中で最も有名な場所の一つ。 |
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まるで絵に描いたような風景だった。大陸がいきなり海に落ち込むさまを見ることができた。 |
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本当はアデレードまでグレートオーシャンロードを経由して行くツアーもあるのだが私はすでに東を周遊するバスのチケットを買ってあるのでそれは叶わなかった。 |
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このグレートオーシャンロードは私がオーストラリアで訪れた場所のなかでも特によかったところのうちの一つだったが、唯一つらかったのがこの付近のハエの多さだった。キャンベラから南、そして内陸部にかけては本当にハエが多く、絶えず手を振りながら歩いているような状態だった。 |
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様々な形の岩が私たちの目を楽しませてくれる。 |
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ここは絶壁で囲まれた浜辺。映画「紅の豚」のモデルになった場所らしい。この旅で宮崎駿がいかに多くのオーストラリアの風景をモデルにしているかが分かった。 |
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アデレード。ここが私の旅の分岐点である。この町より再び私は北に向かうルートをとる。これはライト大佐の像。その指が指し示すはアデレードの中心。 |
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このアデレードには名物じいさんが存在する。アデレードバックパッカーズインというアップルパイを無料で食べさせてくれるバッパーを経営するピーターというじいさんだ。オーストラリアを旅する日本人の間ではとても有名な人でとにかくそのおじいさんの温かさに触れてほしい。geckoも大変お世話になった。 |
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町の中心地にある戦没者慰霊碑。アデレードには時間がなく一泊しかいれなくて発つ日に大急ぎで町を探索した。 |
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このトラムに乗って行ったのはグレネルグと呼ばれるビーチ。 |
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ちょっとしたリゾート地になっている。 このあとgeckoは北に向かうバスに飛び乗った。 |
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このオパールの採掘だけで成り立っている砂漠の真ん中にある小さな町クーバーピディーに着いたのは真夜中のことだった。泊る予定のバックパッカーもどこにあるのか分からないぐらいの暗闇で途方に暮れているとそこで自分のオパール採掘場を持っているというギリシャ人のおじさんがバックパッカーまで案内してくれると言ってくれた。着いたバッパーはなんと地下に穴を掘って作られた洞窟のような所だった。しかしとても清潔で住みやすいところで今までのバッパーにはなかった楽しさがあった。やはり観光客はそんなにいないらしく日本人もこの町で私一人だったのではないだろうか。 |
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ビッグウインチ。昔はこのようなものでオパールを採掘していた。 |
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私が泊ったバッパーの隣にあった教会。 |
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教会のはこのように崖をくり抜いて作られている。私の泊ったバッパーもそうだったがこのように地面の中に部屋を作るのは日中の高い気温から逃れるためである。ひんやりしていてとても快適。 |
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この日私は泊っていたバッパーが経営しているツアーに参加するつもりだったが生憎人数が集まらなく、キャンセルになってしまった。そこで近くにあるすこし高級目のホテルが経営しているツアーに参加することにした。15ドルほど値段が高いので少しためらったが一日しかそこに滞在することが出来なかった私にはそれしか手段が見つからなかった。そのツアーにおいても参加者は私以外にはイギリス人の老夫婦だけだった。 写真はツアーで行ったまた別の教会。 |
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教会の中。 |
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写真に見える黒い土の場所が何かお分かりになるだろうか?実はこれ沙漠のゴルフ場のグリーンなのである。こんな暑いところでゴルフする人って一体・・・。 |
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このクーバーピディーにはいたるところにオパール採掘の際掘られてできた穴がある。その危険を知らせる標識である。 映画「天空の城ラピュタ」でパズーとシータが炭鉱のおじいさんに案内され地下道を歩いていくシーンがあるが、そこのイメージとなったのがこの町らしい。 |
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たくさんの砂の小山があるのがお分かりになるだろうか?穴を掘る際にでる砂が盛られてできたものである。 |
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現代はこのようなマシーンを使ってオパールの採掘は行われている。 |
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クーバーピディーの町を少し出たところにある色とりどりの山。この色の違いはその砂に含まれているわずかな成分の違いでできるらしい。 実はここで大変なことが起こってしまった。自分たちがツアーで乗ってきたミニバスが急に動かなくなってしまったのだ。周りには誰もいなく、積んであった無線の調子も悪いらしく連絡がとれない。そこへたまたま夫婦でキャンピングカーで旅している人がきてどうするかその人と話してしばらく時間が経っていった。その旦那さんのほうが皆に冷たいビールを振舞ってくれたのでそれを飲みながらいろいろ悪戦苦闘していると唐突にまたエンジンがかかった。その時は本当にホッとした。下手すればこのままツアーが終わってしまうと思ったからだ。 |
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少しミニバスへの不安もあったがとにかくツアー再開。次の目的地へ。 白と茶色の山。不思議な風景だった。 |
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この沙漠の真ん中に突如現れた何千キロにも及ぶこのフェンスは昔ディンゴから家畜を護るためにつくられたものである。ドッグフェンスと呼ばれている。 |
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ついにウルルの一つ手前にある町アリススプリングスに到着。私の旅も残すところもう一週間弱。翌日から私が使っているバスパスに含まれているエアーズロックとキングスキャニオンのツアーに参加する。 アンザックヒルの丘から。 |
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アンザックヒル。写真は戦争記念碑。 アリススプリングスはとにかく暑かった。ペットボトルの水もすぐに熱くなってしまう。 |
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翌日早朝ツアーバスはアリススプリングスを発った。 アリススプリングスからエアーズロックリゾートまではおよそ4時間。ここにはホステルが一軒しかなくその一泊分の値段もこの旅最高の30ドル。つらい・・・。 少しずつエアーズロックが近づいてきた。本当に地球のヘソのように見える。 |
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エアーズロック。ついにこの目で見ることができた。感動!! |
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オルガ岩群。エアーズロックが一枚岩に対してこちらはたくさんの大岩が集まってできている。 |
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オルガ。シドニーのバッパーでgeckoはそこにいた人達からオルガに行くなら風の谷(風の谷のナウシカのモデルになった場所らしい)にはいかなくてはいけない、と言われていた。しかし不運にも私が参加したツアーにそれは含まれていなくて見逃すことになった。そう言ったひとはエアーズロックよりそれは良かったと言っていたので本当に残念だった。 |
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オルガ峡谷。 |
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夕暮れのエアーズロック。少しずつそれは紅く染められていった。 |
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日が落ちる直前のエアーズロック。周りにはシャンパン片手にこの風景を楽しむ人たちも。私も他のツアーのシャンパンをこっそり頂いてしまった。 |
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夕暮れのオルガ。 |
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翌日、私たちはエアーズロックの麓をハイキングすることになっていた。私はツアーで親しくなった私以外で唯一の日本人のK君と歩くことにしたのだが、その他にツアーにいたヨーロッパ人の人達はとてつもなく速いスピードで歩いて行き、あっという間に見えなくなってしまった。そして時間が来てもまだゴールにたどり着けなかった私たちをバスが迎えにきてくれた。私たち以外は皆着いていたらしい。う〜ん、ヨーロッパ人の足の速さには脱帽! |
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これはエアーズロックにアボリジニの人によって昔描かれた壁画。 |
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生憎この日は風が強く結局私たちはエアーズロックに登ることはできなかった。しかしエアーズロックはアボリジニの人達にとってはとても神聖な場所らしく本当は登ってもらいたくないのだという。彼らを尊重するなら登れなくて良かったかも・・・。実はもし登れなければこう考えろと途中で出会った日本人の女の子に言われていた(笑)。本音はくやし〜。 この日の宿泊地はキングスキャニオンリゾート。ここも一泊30ドル。値段の割に設備が良くなくて不満だった。 |
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キングスキャニオン。ここはあの有名な映画「世界の中心で愛を叫ぶ」の撮影地。私は映画をみたことがなかったので帰ってから友達にそれを聞いたのだが・・・。 とにかくツアー最終日の早朝私たちは4時間もかけてハイキングコースをあるくことになった。とにかくよく歩かせるツアーだった(疲)。 |
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永遠とこの岩山を歩いていく。 |
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こんな沙漠の真ん中が実は大昔は海の底だったらしい。これはクラゲの化石。 |
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奇妙な形の岩が辺り一面に見られる。本当に疲れたがその風景はすばらしいものだった。 |
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実はエアーズロックツアーを終えると残りの時間はわずか3日となっていた。アリススプリングスからケアンズまではバス乗りっぱで1日半。一日はケアンズでお土産を買う時間がほしかった私はもうどこにも寄ることはできなかった。当初の予定ではアリススプリングスを出た後あと2つぐらい違う町に寄りたかったのだが、それらは全部通り抜けることになってしまった。 写真はマウントアイザ。寄りたかったがバスの乗り換えだけとなってしまった。映画「天空の城ラピュタ」でシータが空から降りてきた場所のイメージとなった町らしいのだが。モクモクと煙の上がるたくさんの煙突がみられた。 |
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ついにオーストラリア東半分一周達成。ケアンズ最後の日はオーストラリア初日とは打って変わっていい天気だった。この日はお土産を買い、のんびり過ごした。この旅行の間ずっとお金をケチって毎日のようにマクドナルド、自炊、もしくは旅先で会った人とシェアなどという形でろくなものを食べていなかった。この最後の日だけはタイレストランでちょっとマシなものを食べた。マシと言っても夕食で2000円ぐらいだったが。 最後に泊ったバッパーは一泊15ドルで無料で空港までの送迎があったのは良かったのだが、朝起きてびっくりベッドの自分の足元に血でお腹がパンパンになったダニが這っていているではないか。壁にも蟻の行列。今までこんなバッパーはなかったので最後の最後でちょっと衝撃だった(笑)。 |