彼は、突然やってきた。
父の釣り好きの友だちが、いつものように砂沼で釣りを楽しんでいると、水門から見慣れないものが流れてきた。よく見ると、イヌではないか! 彼は、そのイヌを救い出すことには成功したが、その後のことは考えていなかった。自分の家では飼うことは出来ない。そんなわけで、私達の家に連れてきたという訳なのだ。
彼は、流れてきたと言うこともあって、たくさんの水を飲んでいた。おなかがぽっこりしていたので、妊娠しているのかとも思ったくらいだ。それに、全然ほえたりしない。この子は、声を出すことが出来ず、捨てられてしまったんだと勝手に思いこんでいた。
私は当時、小学3年生。本が大好きだった。「星になったチロ」という本を読んで、感想文を書いたところだった。それで、彼の名はチロになった。
彼は、コリー犬のような賢そうな顔と、毛並みを持っていた。しかし、あのようにツートンカラーではなく、色はゴールデンレトリバーのようだった。声が出ないものと思っていたが、とんでもないということが後に分かってきた。家の窓ガラスが震えるほどの大きな声を出すことが出来た。人間で言ったら、何とも豪快なやつだったことだろう。
まだ幼かった妹と私は、彼の散歩には苦労した。彼は、とても大きく、力も強かったので、私たちが引っ張られてしまって、どちらが散歩されているのか分からなかった。近所の大きな空き地で縄を解くと、大喜びで走り回った。
彼には、子どもがいる。近所の雌イヌと大恋愛をし(?)、かわいい子犬に恵まれた。その子犬たちは、様々なところに里子として幸せに暮らしていることだろう。その中の一匹をうちの母が見かけたという。それはそれは、チロにそっくりなかわいい子だったという。そして、その新しいご主人様と散歩をしていたというのだ。それぞれが、それぞれの家族を見つけ、幸せになっていることと思う。。。
それまで住んでいた市営住宅を出て新しい家に来てから、彼は新しい家族を迎えることになった。チャゲという雌イヌ。彼は、この子の面倒を一生懸命に見ていた。まだ目が開いたばかりの小さな赤ん坊を、一生懸命になめるその姿に、私は母性を感じた。
私が大学2年の夏、千葉県の我孫子市で一人暮らしを始めた。その頃から、彼の具合が悪くなりつつあった。以前のように、散歩に出ても引っ張るということがなくなり、おかしな咳をするようになった。そして、突然彼の容態が悪化。私は電話でその知らせを聞いて、大急ぎで実家に戻った。冷たくなったチロとの久しぶりの対面。ショックだった。彼に、どれほど癒されてきたことか。。。それなのに、私は彼が苦しいときに一緒にいられなかった。散歩もサボってしまうことが多かった。あんなに大好きだったのに。。。もしもう一度チロが帰ってくるのなら、もっともっと可愛がってあげるのに。たくさんいろいろなところに連れていってあげるのに。ごめんよ、チロ。