





いらっしゃいませ!!
ビスマルクのお部屋
どうして、ビスマルクを飼うことになったのか???
私たち、家族は以前、成城学園のアパートに住んでおりました。
そこの大家さんのおうちに、『おとじろう』と言う、柴犬の雑種がおりました。
庭続きで、いつも遊びに来ておりました。
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とても、愛嬌があって可愛い犬でした。
ところが、
3度程、泥棒に入られ、可愛いだけでは、用心棒のような番犬には
ならないことを知り、家を建てたら、必ず、 番犬にもなって、素敵な
大きな犬を・・・・・
と、考えていたのです。
突然、私の母が、病気になりました。
私たちは、結婚をしてから、小さな会社を起こしました。
その為に、母には、いつも子供達の面倒を手伝ってもらっていました。
日頃の恩と、母に家を建てて安心させてあげたかったので
家を建てることに決めました。
そして、少しでも快適に過ごさせてあげたかったのです。
ヤッター! ヤッター!! 番犬!!!
図書館に行き、とりあえず、あるだけの犬の本を借りてきました。
始め、ドーベルマンのチョコレート色を2匹飼う予定でした。
ところが
本を見ているうちに、昔、公園で格好良くご主人の横に座っている
犬の事を思い出しました。
そうだ、そうだ、・・・・・あの犬がいい・・・・・
早速、写真を本から探し、主人に見せました。
主人は、初めてみる犬とのことで・・・・・・・・・大変興奮しておりました。
「こんな、素晴らしい犬は、今までに見たこともない・・・・・」
と・・・・・!!、
即、犬の種類は決まりました。
その犬種が、 グレート・デーンの
ハールクイン だったのです。
それから、私たちは!!!!
何処で、手に入れたらよいのか????
と・・・・・犬やさんに問い合わせをしてみました、が、グレート・デーンを
扱っている犬やさんが、無いことに驚きました。
私は、何処でも簡単に見ることが出来・すぐに手に入る物だと思って
いたために、本当に驚きました。
母に、相談したところ、以前から知っている犬やさんを教えてくれて
電話をしてみました。
犬やさんのご主人(小島さん)も、興奮したように・・・・・
「デーンですか!!・・・・・なかなか素晴らしく大きな犬すぎて、
飼えきれる人が居ないために、扱っているところはそんなに
無いでしょう・・・。長年やっている私達でもそんなに扱える
犬種ではないので、是非、自分にやらせて欲しい。」と言うことで、
そっくりお任せしました。
その小島さんのお話の中で、とても印象的だったことで、
犬専用の6畳位の部屋。
ご主人は、格闘技が出来ますか?
値段のこと。
等、が、とても印象深かったです。 ![]()
約、一ヶ月後・・・・
何度か、電話で報告が入っておりました。
が、
なかなか良い柄がおらず、立派な大きさが、いないと言うことで・・・・・
待てども待てども、会えませんでした。
とにかく、デーンは、大きいことが一番、そして白のボデイに黒の模様が
スッキリ入っていて首のところが 綺麗に白く抜けていること。とのこと!
そして、約1ヶ月後・・・・・・
やっと、良い理想的な犬が居た 
とのことで、
興奮一杯の小島さんの声と共に
親の写真(右側)が届きました。
凄く大きいので驚きと共に
この大きい犬が、私達の言うことを
聞くようになるのか??
キチンと躾が出来て
飼い切ることが出来るのかと
不安に成りました。
そして、次にやっと子供の写真が
届きました。
産まれて、20日くらいの
ハールクインです。
手の大きさと言い、
首の太さと言い白地に
黒の模様が引き立っていて
見事なグレート・デーンでした。
既に、豆柴犬位の大きさでしょうか
私たちは、もうこれを逃したら
なかなか探すことが出来ないこと
また、ブリーダーの方も自分で
飼っても構わないほど”出来がよい”
との事を知り、早速頼みたかったのです。
が、
値段が、軽く普通の車が
買えるくらいの金額だったので
家を建てて、イロイロ揃えたりで
お金は、幾らあっても足りません。
少しだけ、時間をもらって、
考えました。40日〜50日で、
親元から離し、馴らさなければ、
なかなか飼いきれないと言われ、
金額の事で、悩み何回か相談し
ました。ブリーダーの方、そして、
小島さんのお力で、金額を
かなり、お勉強して戴き、私たちの
家族になる手続きをしました。
そして・・・
家の方も、着実に進み、私たちは、12月の半ばに、引っ越しをしました。
後は、1日も速く、新しい家に慣れることと、勿論、グレート・デーンが、
来ることでした。
みんなで、名前を考えたり、飼い方の本を見たり、と・・・・・もう大変!!
名前は ビスマルク と、命名しました。
昔、ドイツの首相ビスマルクが、いつも、会談の時に、グレート・
デーンを横に座らせて威厳を保っていたと言うことやドイツの
国犬と言うことで、決めました。そして、我が家に来る日が、
決まりました。
元気にすくすく育っていると言うことと、1月11日に飛行機に乗って
大阪より来ることが、決まりました。
ちょうど、産まれて、50日目位とのことでした。
ところが・・・・・・
一つだけ、辛いことが訪れました。
今まで実家から、たまに来てもらい
アパートの狭いところで、子供達の
面倒を見てもらっておりました母が、
1月8日に癌により、他界してしまい
ました。
母のために、急いで建てた家には、
ほんの数日しか過ごすことが出来ませ
んでした。
そして、何故か・・・・・
告別式の日が、ビスマルクが大阪より
やってくる日・・1月11日になったのです。
ビスマルクは、まるで母の代わりの
ように我が家の一員に成ったのです。
ビスマルク君
