我が家は北浦和駅から北東の方角だ、皆で見沼の田んぼ方面にハイキングだ。小学4,5年頃の流行、春は一面のれんげそうだった。今は宅地になってしまった所もあるし、見沼用水も整備され、遊歩道もでき、土手には桜が満開になり、桜の季節は多くの人だ。子供の頃は「となりのととろ」に出てくる様な風景が広がっていた。いつのまにか雑木林が切り拓かれ道路はどんどん開通していった。戦後から高度成長期を駆け抜けたこの50年間はあっという間のような気がする。
最近は桜草の季節になると、田島が原(荒川の河川敷)に降りる道路は渋滞する。降りてからも数珠繋ぎでにっちもさっちもいかない。昔は浦和駅からバスで30分位だったと思う。
当時は田島が原までしか行ったことがなくその向こうは荒川を渡る長い橋があり未知の世界だった。自分で車を運転するようになってから橋を渡るようになった。だが、私はこの橋が苦手だ。どうしても下の川に吸い込まれるようにハンドルが取られてしまう。必死でハンドルを握ってしまう。もう、くたくたになる。
今、駒場のサッカー場になっている所も、子供の頃は、駒場遊園地で大型の滑り台や、ジャングルジム、名前がわからないが手動の乗り物が沢山あった。遊園地は高台にあり、旧な石段を下りると小川と田んぼだった。近くに焼き場があり、今で言うと心霊スポットの感じがあった。わが子も3歳ぐらいの時「こまいば、こまいば」と言って、お気に入りであった。その子が中2の時、駒場サッカー場が完成し柿(こけら)落としの試合に選手として出場した。 |