ルーとは、小学校から一緒のクラスだった。
でも中学に上がるまでは、そんなにマブダチというほどの仲ではなかったな。
ルーは上の橋のたもとにある麹屋長屋のベーチャンといつもつるんでいた。
そんな二人の中にオラも混ざって、ベーチャンの家の前を流れている
中津川の護岸ブロックで、小学校の帰りに道草を食いまくりで
川岸にランドセルをほっぽり出し、夕方川底の魚が見えなくなるまで釣りをした。
で、その獲物はというと、護岸コンクリートブロックの隙間に間借りしている
カジカが主役で、特別ゲストがウナギさんであった。
そいつらを釣るには、まず餌となる川底の石に張り付いている釣り人的に言うと黒川虫。
川原のワラシャンド的にはセムシと呼ばれていた、学名ニホンヒゲナガカワトビケラの幼虫を
捕まえなければならないのであった。
それには川底の石をゴロンとひっくり返しては、小石を糸で繋ぎ合わせている
南京豆くらいの大きさの巣を石から引っぺがして、その中にいるウニョウニョとした
モスグリーンの芋虫を、川の流れに流しちまわないようにうまく摘み上げるのである。
そしてそいつに軽く噛み付かれながらも首から紐で下げている
缶詰のカンカラ缶の中にせっせと集めるのであった。
集めたセムシをテグスの端っこに付いている釣り針に刺すわけだが
これにはワラシャンドそれぞれの深いこだわりがあるのだった。
オラ的キモは、なるべくセムシを長生きさせるようにケッツに刺すのが
一番魚の食いが良いような気がした。
セムシの胴体部分にさすと、エクソシストのような緑色の体液が
ブチュブチュと出て指が臭くなるし生きが悪くなる。
頭の部分に刺すと緑色の体液は出ないが
即死状態となり、どうも魚の食いが悪いような気がしたからである。
「じゃあ尻尾部分に付ければ良いじゃん」と素人筋はお考えでしょうが、そう簡単に問屋はおろさない。
何でかって? ここに付けられたセムシくんはあまり痛さを感じないのか
怖い誘拐犯の手から上手く逃れたと勘違いし、元気イッパイすたこらさっさと
石の隙間に潜り込んで隠れてしまい釣りの餌にならないからである。
この護岸ブロックの釣り仕掛けは独特で、竿を使わない釣り仕掛けなのである。
その釣り糸を手でダイレクトにつかんで巣穴を操る釣りなのである。
で、その獲物の中で川原のワラシャンドに一番偉いと言われていたサカナは
だれがなんて言ったってウナギさまであった。
でもそいつはナカナカ姿を見せてくれない幻のサカナではあったな。
たまにニョロッと穴から出てきて針掛かりなんかすると、餌をガッチリくわえたまま
ピュッと速攻で巣穴の中に引っ込み、穴の奥にある引っかかりに尻尾を巻きつけたり
ワインのボトルにコルクで栓をするように、巣穴のトンネル壁に
体の胴体部分も膨らませて抵抗し金輪際絶対出てこないのである。
仕方ないから最後は自分から糸を切って大いに悔しがる川原のワラシャンド。
そんな釣り仲間のマッツのオヤジは、ウナギ釣りのプロであった。
三寸くらいの釘を曲げたようなブットイ頑丈な釣り針に畳糸をくくりつけ
これにドバミミズの五寸くらいのぶっとい奴を通し刺しにし
それを三尺位の長さのよくシナル太さが鉛筆くらいの短い竿の先に引っ掛けるのである。
片方の糸の端は竿にはククリ付けないで、自分の手首に巻いておくのである。
これを橋げたの土台のえぐれた穴に、時には潜ってある時は勘を頼りに手探りで差し込んでいくのだ。
ウナギが居る時はゴクゴクと言う手応えがあり、それが止んだら
あとはゆっくりと竿だけをソーッと引き抜くのである。
あとは手首に巻いていた畳糸を手の平にグルグルと巻きつけ、利き足を
橋げたの土台のコンクリートにあてがい、その足を屈伸するように体をためてから
一二の三で全身のバネを使って「エイヤッ!」とばかりにウナギを一気に引き抜くのである。
抜き上げたウナギは腰に下げているドジョウすくいに使うような口が狭くて底が深い魚篭に
ウナギの口奥に針ごと引っ掛かったままの釣り糸を、和バサミで切って落とし込んで終了である。
タイミングよくウナギを引き抜けなかった時は、力ずくで引っ張り合いっこするしかないのだが
たいていの場合は、ウナギの頭っていうか口のどこかの肉の切れ端とともに
針が抜けてきて「チャンチャン」でゲームセットとなったな。
それに引き換えカジカはウナギさんより、ずっとずう〜とお間抜けな魚で
護岸ブロックの隙間からのそのそと出てきて、おもむろにパフッと餌の瀬虫に食らいつき
その場でただ口をぱくつかせるだけだったので、あっけなく釣れたもんだ。
でも、バカカジカと呼ばれていた25cmくらいの大物は、ケッコウ引きが強くて
あっちこっちに遁走し釣り上げるのに苦労したモノだが、上手くゲットすると
川原のワラシャンドに「エッヘン」と自慢できる代物ではあったナ。
5月のなかばともなると、川原のワラシャンドがへザッコとかヒザッコと呼んでいた
ハヤくんが産卵の為、朱色の婚姻色に体が色づき始め浅瀬にザワザワと群れをなす季節になる。
そのへザッコ達が産卵しやすいように馬蹄型に石を組んだ産卵の場「ヒエッコ」作りに
川原のワラシャンドは、おやつも食わんで精を出すのだった。
このヒエッコだが、作るには一人じゃ出来ない事も無いが
作ってからの追い込み漁は一人じゃ出来ないので
川原のワラシどもは、気の合う仲間でヒエッコドリームチームをつくるのであった。
3m四方の馬蹄型に大きな石で組んだヒエッコの枠の中に
ヘザッコが卵を産み付け易いように、綺麗な玉砂利を丁寧に敷き詰めると完成だ。
これにへザッコの大群がヒエッコに入って来るのを川原のワラシャンドは、わくわくしながら
今か今かと川原でまんじりともせず、ジィーと水面を見つめながら待っていたもんだ。
玉砂利を敷き詰めたヒエッコの開き部分に、先発隊のオスのヒザッコたちが
ピュッーと寄って来ると、しばらくしてとメスのヒザッコが次々と寄って来る。
魚影が濃くなってくると、ヒエッコで囲われた水面がザワザワと色めきたつ。
すると川原のワラシャンドも、にわかにザワザワと色めき立つ。
でもここで急いでは駄目なのだ。
ヒエッコの中に多くのヘザッコを溜めるかというのが大事で
このタイミングを計るのが、このヒエッコの網担当の大将である。
ヘザッコが身動きできないくらいに、ぎっしりとヒエッコに溜まったところを見計らって
川原のワラシャンドは大将の「ヨッシ!」と言う掛け声とともに
川原を突走って我さきにと川の中に飛び込んで行きたい衝動に駆られるのだが
まずヒエッコの開き口にカジカ網と呼ばれている弓網を最初にセットする
網元が一足先に飛び出して行くのを見送ってからじゃないと駄目だ。
この網元という重要なポジションは、誰よりも川の中を一番早く
駆け抜けれるかという河童の大将が選ばれる。
運動会の徒競走で一番をとるような足の速いワラシが
その役を務めるのかと言えば、そうでもないのである。
川岸のつるつる滑るデコボコの石ころだらけの所を
誰よりも早くコケないで駆け抜けられるかという才能が求められるからである。
そんなニッポンの中田みたいな司令塔なポジションではあるカジカ網元。
それに続いてヒエッコの上流部分から開口部分のカジカ網に向かって
へザッコを追い詰める勢子役のフォワードのワラシャンドが続く。
ただ追い詰めるだけでは駄目で、うまく魚の逃げ道をふさぎながら
ヘザッコを追い詰めなければならないから、ただのザッコ捕りバカはだめだ。
カジカ網の中に追い詰められたへザッコは、行き場のない網のフトコロ部分から反転して
上流へとモガキ逃げ出すのだが、この逃げ出すか出さないかの絶妙なタイミングを見計らって
カジカ網を上手くすくい上げれるか、というカンのイイ子でもならないポジションでもある
キャプテン=カジカ網元。
だからこのカジカ網を任せられるということはタイヘン名誉なことで
川のワラシャンドの永遠の憧れの役でもあるのだ。
首尾よくすくい上げられたカジカ網を請け負ったワラシは、ヘザッコに逃げられないように
また殺さないないようにそしてヒエッコの開口部をふさぐようにして
カジカ網のフトコロ部分を浅く川の水に漬けておかなくてはならないのである。
そんな重要な役も担っており、一人3役も4役もこなさなければならいタイヘンちゃ〜
タイヘンな役なのでもあるが、獲物をゴッソリ引き上げる時の快感はやった者にしか分からない。
ヒエッコの中にいる勢子役のワラシャンドの仕事は、これで終わった訳ではないのだ。
それは馬蹄型に組んだヒエッコの大きな石と石の隙間に手を入れて
そこに逃げ隠れて潜り込んでいるヘザッコを捕まえなくてはならない
仕上げの大仕事が待っているのである。
ケッコウこれはこれで、ヘザッコを手掴みするスリルな快感があって
カジカ網元より勢子役の方が好きだというワラシもいたったよな。
そんなワラシャンドを川岸の土手の上で見ていた大人達が寄ってきて
「100円分ヒザッコを売ってくれ」とか言うので
結構いい小遣い稼ぎにはなるヒエッコ漁であった。
そんな固い絆で結ばれていた季節が過ぎると、ワラしどもはチームを離れて
あっちこっちの川に散らかり、背中が黒くて腹が白いオセロな季節がってやってくるのである。
なぜそうなるかというと、水中ピストル片手に水中メガネで川底の魚を追いまわすモノだから
背中だけが異常に日に焼けてマックロで水面に浸かる腹はマッシロのオセロ状態になるからである。
その片手に持っている水中ピストルだが、春まだ浅い季節に
来たるこの一匹狼的な季節に思いをめぐらせては、独自に工夫をかせねながら作ったり
兄貴がいるやつはモデルチェンジした古い銃を兄貴から譲り受けたりするのだ。
そんな水中ピストルを作るなり、お下がりをもらったりすると
どうしても試したくなりウズウズして来るのだ。
だから5月のちょっと汗ばむような日には水中ピストル片手に
自転車をエッチラオッチラこいで川に試し潜りに行くのである。
まずは春先の増水した雪解け水で運ばれて来て、岸に打ち上げられた
倒木や枯れ枝を沢山集めて焚き火を作ってから
パンツ一丁水中メガネを掛けて気合一発掛け声とともに川に浸かるのだが
季節はようやっと山桜の花がようやく咲き終わった頃なので
もちろん川の水は思いっきし冷たい。
だが仲間の手前上、そんな弱音は吐かないのが川原のワラシャンド。
でも、ものの10分も立たないうちに、チンポのタマタマが
川の水の冷たさでキュイーンと痛くなってくるのである。
ついでに、水中メガネのバンドが掛かるコメカミのあたりからミケンにかけて
ちょうど暑い夏の日にイチゴミルク氷を急いでかっ込んだ時のように痛くもなるのだった。
そうなるととても川の中にいるのが我慢が出来ず、唇を紫色に染めて体ををブルブルと震わせ
皮膚には鳥イボを立てながら、さっき作って置いた焚き火のところに駆け寄るのだった。
ちょっと暖まったところで、寒さで貯まったションベンをたれ流しに藪の所へ急ぐ。
そこで水泳パンツを下ろすのだが、哀れチンポくんは思いっきりちぢこまってタバコの
吸殻のように小さくなり、袋の中のタマタマくんも、縮こまって思いっきり引っ込んでしまっている。
そんなしなびた梅干し状態のキャンタマ袋に我ながら笑っちゃったもんだ。
で、その水中ピストルの作り方はだ、ヤスの飛び出す銃身には昔の自転車の前ブレーキ部分に
使われていた管状のブレーキ連結棒で、その管の中にヤスを通すわけだが
そのヤスは自転車のチューブで作ったバネを引っ掛ける為に
ピアノ線の端を石油コンロで焼き戻してから曲げるのである。
もう一方の先端はヤス部分で、ヤスリで丁寧にそして鋭利に研いでから焼きをいれるのである。
その尖がった先端部分から15ミリくらいの所に切込みを入れて
刺した魚が逃げられないように、オフクロのヘアーピンを失敬して作った
返し部分をテグスで取り付けるのである。
銃床は大工の仕事場からこれまた失敬してきた厚手の木片から
誰よりもカッコ良く切り出し磨きをかけるのだ。
引き金は太目の針金を曲げて作り、その上に先ほどの銃身を
自分の好きな色のビニールテープで巻きつけて完成だ。
そういやば、ビー玉鉄砲ッつな、危ないものも作ったな〜。
ビー玉と言っても、小奇麗な色とりどりの可愛いやつではなく
十円店の隅でボール紙で出来た不細工な箱の中に無造作にほおり込まれていた
ラムネのビンを溶かして作った薄い紺色をした、一番安いビ−玉である。
このビー玉の直径に合うような穴の大きさの水道管を、これまた新築工事している
作業現場からちょいと失敬して、ついでに金ノコギリの折れた刃も失敬して
自分のリーチの長さに合わせてカットする。
片方の穴の口部分にキチキチにはまる様に、木片を大きめにカットし
それを金槌で叩きながら水道管の中に押し込んでいく。
叩き終わった木片は、さらに水道管の口から2センチほど押し込み
そこのへこんだ部分に、仏壇から失敬してきたロウソクを溶かして
水道管の口スレスレまで流し込んで固めて銃身は完成だ。
銃庄は水中ピストルと同じで、大工の現場からかっぱらってきた板から
かっこよく切り出すのだ。
ん〜こうして書いていると、昔の新築現場はワラシャンドの宝の山だったな。
それを好みの色のビニールテープで銃身と銃庄を合体させる。
オラ的にはやっぱりビニールテープの色は黒で決まりだと思っていたったな。
これだけのシンプルな構造の鉄砲をどういう風に使うのかと言えば
十円店の奥まった所に置いてある「2B弾」と言う、ミニミニ超ミニ爆弾を使うのである。
爆弾って言ったって、この2B弾の下の端部分を手に持って発火したって
指がはじけ飛んでしまう威力は無く、軽い衝撃があるくらいで
怪我はしない程度のほんとに可愛い爆発物だ。
これに比べ爆竹の方は、凶暴で手に持って爆発したひにゃ
火傷アンド皮膚裂傷ツナくらいな威力でタイヘン危ない。
点火した爆竹の束を遠くへ投げようとしたが投げ切れなくて
手元で爆発してしまい手に裂傷を負ってしまい病院に担ぎ込まれ
ついでに検査したら鼓膜も破れてしまったというほどの凶暴な爆竹なのだ。
そんな爆竹は使わないでこの2B弾に点火するわけだが
この2B弾は点火部分にマッチと同じ薬がついているので
マッチ箱に2B弾の頭をこすると、点火して黄色がかった煙を噴きながら
5秒後くらいに爆発する時間的に大変余裕の持てる安全な爆発物だ。
この2B弾だが、発火から爆発までの間に水の中に入れ底に差込み固定すると
黄色い煙玉のような泡を頭からブクブクと吐きながら
最後はズシンと腹に響くような音を出し水中爆発する。
砂山を作ってその頂上に差し込んで爆発させると、火山噴火にもなる遊びガイがある
面白い花火?の一種でもあったな。
また悪童のマッツは牛カエルの尻穴に点火した2B弾を突っ込み爆発させたが
そのウシガエルくん下半身が木っ端微塵に吹き飛び肉片やらなんやらが
マッツの服に飛び散り自業自得のマッツは、慌てて家に帰りお袋にたっぷり絞られたと。
マッツはどうやらアナルが大好きなようで、ウシガエル事件に懲りずに
自分ちで飼ってる猫のけつ穴に無理くり点火した2B弾をつ込んだ。
その飼い猫くんは、お尻の穴にグリグリと2B弾を突っ込まれた痛さで
マッツの膝の上から逃げ出したが、哀れネコくんはケッツに2B弾が
刺さったままとはツユ知らず、黄色い煙を吹いたままのお間抜け姿。
しばらくして、ネコくんのケッツで2B弾がバン!と爆発したら
驚いたネコくん、思いっきり3mくらい飛び跳ねて、そのまま3日くらい家に帰ってこなかったそうだ。
そんなどうにでも使いでのある2B弾といえば、ロケット弾っていう面白い爆発物もあったな。
これは羽をつけた2B弾って感じだが、これに火をつけると勢い良く噴射し
ピュッーと飛んで行き2秒後にバンと爆発するものである。
この二大オモシロ花火を持って、近くの草の生い茂った空き地でよく戦争ごっこをしたもんだ。
この空き地にはいろんな仕掛けがしてあって、草をアーチ状に結んだモノ。
これは逃げる回る奴等の足が引っ掛かり思いっきり前のめりに転んでしまうように細工をした罠。
それと落とし穴を掘ってそこに犬の糞を放り込んでおく、そこに敵を追い込むようにし
落としては「糞まみれッー!」とかはやし立てては戦争ごっこをしたものだ。
そんなある日、春木場のクソッタレ連中と戦争ごっこになったときがあったが
いちいちマッチを使って花火に点火していたのでは手返しが悪いので
参謀長官のオラは考に考えて仏壇の太いロウソクを段ボール箱や板切れで作った砦ごとに
立てて置き、それを使って2B弾とロケット弾に効率よく点火することにした。
次々と途切れなく発射されるロケット弾に、敵方の春木場の奴らは
思うように迎撃が出来ずに、じりっじりっと後退していったのだった。
その後を追うようにロケット弾と2B弾の雨アラレ攻撃で、落とし穴を掘ってある方に
春木場の奴らをうまく追い込んでいた時であった
「後ろ後ろッ!」と言う副長官のチカの声に振り返ると、後方の味方陣地の砦から
メラメラと火の手が上がっていた。
どうしたんだと駆けつけてみると、なんと点火用にと立てていたロウソクから
そばにあった立ち枯れた草に燃え移ってしまったらしかったのである。
それを見た春木場のクソッタレ連中は「オラ知らねッー!」とか叫びながら
クモの子を散らすように逃げて行った。
焦りまくったオラたちは青くなって着ていた服を脱ぎ
それを火の手の上に被せながら消そうと焦りまくっていた時だ
仲間のサイトー兄弟が何も言わず突然逃げ出してどっかに消えちまったのだ。
当然残ったオラたち3人もトットトこの場から逃げ出したい気持ちに駆られたのだが
ここで逃げたらホントの大火事になってしまい、オヤジにぶったたかれてしまう!
と思ったオラは「オラたちだけで消すべ!」と残った仲間に無理やり言い聞かせて
メラメラ燃えている火の手相手に必死こぎまくったのである。
なかなか消えない火の手相手に悪戦苦闘もがいていたら
後方から「オ〜イ、オーーイ」という声がした。
振り返るとブリキのバケツを両手に持ったサイトー兄弟が
水をチャップンチャップンと言わせながら戻って来た。
そーいえばこいつらの家はすぐそこだったもんな。
火の手の中心地に次々と水が掛けられて行った。
足りない分はバケツ4個を使ってエライ間隔があいたバケツリレーをした。
やっとの思いで火の手を鎮圧した戦争仲間5人は、その場に
フーッとか言いながら、へたり込んでしまった戦争ごっこ。
ソーイヤこんなロケット弾話もあったな〜。
ようやく一週間の中学校生活も終わる土曜の午後。
そのうさ晴らしに、「パッーとやっか」と、愛宕山の展望台から
「盛岡市内全滅指令」なんてバカな事なんぞ言い合いながら
ツーとケンとルーとオラの川原のワラシャンド4人組は
愛宕山展望台の欄干にずらーッと並べたロケット弾に次々に点火し
豪勢にバカスカとロケット弾を発射爆発させ悦に入った四馬鹿兄弟。
が、まもなくして展望台からすぐ下にある盛岡グランドホテルの守衛のような格好したオッサンが
黒いバイクを飛ばしてきて「うるせえからここではやんな!」と、どなった。
オラ達良い子4人組は「へい、わかりゃあした、だんな」と、ちょっとおちょくったような言いぐさで
この場はすんなりと引き下がってやったのである。
まだやり足りない川原のワラシャンドは、ロケット弾の宴を再開することにし
場所探しの旅に愛宕山を登って来た時とは反対の方向に下りていった。
とある墓地山の頂上にきた、そこはいい具合に斜面が構成されており
墓石がなんとなく砦のような感じで建っており、その下にはトーチカみたいな建物もあって
ロケット弾を連射するにはいい所に出たなと思ったワラシャンド。
いい発射台が無いので愛宕山の展望台のようには連射できないが
今日はここでたっぷりと時間を掛けてロケット弾の宴の再開をする事にした。
何発かのロケット弾に点火し爆発させたが、こりゃまたいい具合に爆発音が斜面に反響し
イイとこ見っけたなと、悪がきは思い思いに点火し喜んでいた時であった。
下の方から「こりゃッー!」と怒鳴る声とともに、ピカピカ禿げ頭のお和尚ぼんずが
竹の箒を振りかざしながら駆け登って来た。
あまりの形相の激しさと馬鹿でかい怒鳴り声でビックラこいたワラシャンドは
クモの子を散らすように、来た山の方へと全力で逃げ出したのだ。
あくる日の学校帰りに、ツーの部屋に集まったワラシャンド4人組。
「あったに怒鳴らなくてもいがえんチェッな」とか言い合っていたワラシャンドだが
話をしているうちに、だんだん腹が立ってきた四馬鹿兄弟。
「ヨーシ今度の土曜の午後の標的は、あの和尚ボンズに決まり!」とツーの雄叫びで
みんなはいっせいに「エイエイオッー!」と気炎をあげたのだった。
今度はロケット弾の発射台を持参してトーチカに集中攻撃を掛けることにした。
なんたってケンとツーんちのオヤジは大工の棟梁なので
発射台となる板の切れ端くらいは、今すぐ調達できる羨ましい環境なのである
いよいよ土曜の午後和尚ボンズ掃討作戦決行の時が来た。
ツーんちに四人の戦士が集まっていよいよ出陣である。
寺の脇を通って墓地山の上に出て、ロケット弾の発射台を
そこら辺に落ちている石で固定しロケット弾をずらっ〜と並べた。
これを武田信玄の火縄銃雨アラレ戦法をまねて2段式に並べた。
二段目の発射台は和尚ボンズが現れてから発射させるのである。
あんのじょう、第一段目のロケット弾を盛大にバカスカと発射させて直ぐに
先週とまったくおんなじようにピカピカ頭の和尚ボンズが大声あげてやって来た。
本当は引きつけるだけ引きつけてから第二段目に全部点火するはずだったが
こんどは凶暴な木刀を振り回しながらの怒鳴り声に圧倒されて
半分も点火しないうちに逃げ出したのであった。
「あ〜あおもしぇがった」と調子づいたワラシャンドは次の土曜日も同じように墓地山に出かけ
同じようにロケット弾に点火したが、和尚ボンズはなかなか現れなかったのである。
仕方ねえから二段めに点火しはじめた時ようやく「こりゃっあーーー!」と
またまた木刀を振りかざしてやって来たのである。
なんか何時もと違うなと罠を嗅ぎ取ったオラは先週と同じ逃げ道から途中でそれて
横の斜面を下りバイパスの橋の下へとルーを誘い逃げた。
「うわあーっケンッ!ケンッ!」と言うツーのバカデカイ声がしたので橋の上を見上げたら
反対方向から別な和尚ボンズが駆け出してくるのが見えた。
しかし、うつむいたまま全速力で走っているケンの耳にはツーの叫び声は聞こえないようで
反対方向から来る和尚ボンズの方にモロ突っ込んでいく「そのまんまケン」が見えた。
ツーのたび重なるデカイ叫び声でようやく我に帰ったケンは慌ててつま先急ブレーキで
スライディングストップ、間一髪のところで起き上がり反対方向に逃げ出した。
でも反対方向からはいつもの和尚ボンズが迫って来てるのだが
ツーが上手くオラ達が駆け下りた斜面方向にケンを誘導したので
本当に間一髪のところで挟み撃ちから逃れたケンではあった。
やっぱりなんか嫌な予感がしたオラの感が当たった。
橋の下で待っていたオラ達と無事に落ち合ったケンとツーはヒイヒイッと息が切れて汗まみれだが
ここではまだ安心は出来ないから、二人を急かせるようにして、トットトこの場から逃げ出した。
そのまんまワラシャンドは、ツーのうちに集まり、スルリとスペサンスに酔いしれて
荒ぶった心のまま次週の攻撃内容について懲りずに話し合ったのである。
今日の所は運良く逃れたが次回もこうは上手く行くとは思えなかったのでオラは休戦を提案した。
ウルセとか言われるかと思ったら、あっさりと墓地山に行くのを当分見合わせる事で最終意見が一致した。
しかし、二つほど土曜日を過ぎた頃またまた悪さをしたくなったワラシャンドは
ツーのうちに集まり懲りずに再戦計画を話し合っていたのだ。
「あの和尚ボンズ、絶対に今度こそオラ達を捕まえるのに死にもの狂いで来るはずだから
オラ達はその裏をかかねばならんナ」とオラは提言した。
「そうだ、今までの戦法では今度こそ絶対にヤラレル」とルーが言った。
なんやかんやといろんな意見が出たが話はまとまらない。
しかし、ここでかしこいオラはピピッと閃いたのである。
そして声たからに「時限爆弾」とみんなに宣言した。
しかしその時限爆弾をどうして作るかが問題になったが、それは次回の出陣までの宿題として
今日の作戦会議はコーラのホームサイズを飲んでお開きとしたのであった。
みっつめの土曜の午後オラは時限爆弾を持ってツーのうちに行った。
「作戦としては今までの戦法のとうりで間違いは無いが、先発のロケット弾は和尚ボンズを
誘き出すくらいにして、後は時限爆弾に仕事をしてもらう事にする」とみんなに言った。
「それには時限爆弾が、タイミングよく爆発するように、その場に和尚ボンズを
その場所にちょっとの間とどまらせて置かなくてはならないな」とルーが言った。
そこは抜かりの無いオラのこと。
「これなんかどうだ」と、緑色のマジックインキをポケットから取り出し
ツーのどうせ何にもかいちゃいない国語のノート一枚をビリビリとやぶり取り
書道2級の腕前でサラサラと書きだしたオラ。
「ファントマ参上!悪の権化のツルピカオヤジを退治しに来た。
この世は悪だらけであるが、このファントマは悪を退治し
この世に平和の楽園を作るために、日夜寝ないで戦っているのだ。
だから今日という今日は覚悟しろよテロッパゲ。
悪はついに滅びる時が来たのだ。
ハハハハハハハハハッ。
捜しても無理だぞ、ファントマは宇宙の最果てにいる。」
てな事を書き出した。
あとの三人からハハハハッと拍手喝采を浴びた。
「ところで時限爆弾って、どんな仕掛けだ」とルーが言った。
オラはまたまた、もう片方のポケットから蚊取り線香とセロハンテープとしつけ糸と
なんとオキテやぶりの爆竹を出した。
感の悪い三人はキョトンとした。
しょうがねえから、この場で作って見せることにした。
蚊取り線香を5cmくらいにポキポキと折り始めたら「わかった」とルーが叫んだ。
「そのとおりルー君、感がいいネエ。
蚊取り線香の端に爆竹の束の導火線をセロハンテープではっ付け
爆竹にしつけ糸を結んで、それを木に吊るし蚊取り線香に点火するワケけだ。
後は時間がきたらババババッーーーーンンである」とオラ鼻の穴を
これ以上広がらないくらいおっぴろげて自慢げに言い放った。
そして「墓地山の上に着いたら、まず時限爆弾をセットし点火するんだ
でなきゃ、和尚ボンズが帰ってから爆発したんじゃ洒落にならないからな」と
顔を突き出しているみんなに段取りを説明し、時限爆弾を5セットほど作った。
それをポケットに仕舞い込みいざ出陣とあいなった。
墓地山のてっぺんについた所で、例の時限爆弾の蚊取り線香に点火し
次にロケット弾をいっぱい並べて「いくぞ!!」の掛け声とともにロケット弾に点火!発射させた。
和尚ボンズが怒りまくって出て来る前に今回はトットト退散し道路を隔てた
向こう側の木陰に隠れて事の成り行きを観察することにした。
やっぱり2週間も間を空けたので、和尚ボンズは「もうワラシャンドは来ないだろう」と
タカをくくっていた様ですぐには飛び出してこなかった。
もちろん、後方支援の和尚ボンズも向かい側で待機はしていないようだった。
ちょっと間をおいて、トーチカから大声を出して和尚ボンズがやって来た。
しかし、墓地山の頂上はものけのカラ。
でもしっかりと置手紙には反応した和尚ボンズ、それを拾い上げて読んでる最中に
これまた絵にかいたように上手く例の時限爆弾が作動し一発目が炸裂!
飛び跳ねた和尚ボンズに4バカ兄弟はおおよろこび。
そして上手い具合に間をおいて2発目3発目と景気良く爆発する爆竹の束。
モチロン置手紙を読んで頭に来ていた和尚ボンズは下駄を履いたまま
その度に飛び上がって驚いていたのはいうまでもない。
もちろんワラシャンドはしてやったりの大うけで拍手喝采で「バ〜カ、バカ!」と騒ぎたいところだったが
そこはぐっと我慢して木の陰でじっと潜んで体を震わせながら笑い声を押し殺していたのであった。
和尚ボンズは怒りが収まらないらしく、墓石山の頂上を置手紙を片手にうろうろしていたのである。
それをしっかりと見届けたワラシャンドは、こっそりと音も立てないように
忍者のようにそーっとその場から退散したのであった。
そして愛宕山の展望台に陣取った4バカ兄弟はこのいたずらを
この日で止めにする事でワラシャンドの意見は一致し墓地山から完全撤退した。
月曜日の全校朝礼、この中学校で一番恐れられていた技術家庭の先生が
壇上にあがって、あの置手紙片手に怒鳴り始めたのであった。
早い話が「これを書いた生徒は名乗り出てこい」みたいなことを言っていたが
もちろん「言う訳ないじゃん」と思ったが反面「ヤベーことになっちまったな」という気持ちにもなった。
でも先生が言ってたように「墓石までは倒してネエーゾ」と、あの和尚ボンズ!デタラメ言いやがって
「許しちゃおけねええ!」とも思ったワラシャンド怒り心頭。
朝礼が無事済んで教室に戻る2列縦隊行進が始まってワラシャンドのクラスの番になった時
先生方の両壁の中を歩いて行くわけだが、あの技術家庭の先生が立っている所に来たら
極度の緊張のためか手足が同時に前に出て変な歩きになり
それを修正しようとするのだが、ますます変な歩き方になるオラであった。
でもなんとか修正したオラは事なきを得て、その先生の前を何とか無事に通りすぎる事が出来た。
モチロンあとの三馬鹿もオラと似たような事になってたらしい。
教室にもっどってからワラシャンドは教室の隅に集まり「結構ヤベエコとなったな。」
などと話しあったが、ここはシラバックレテ知らんぷりしかないなという事になって
この件はマッタクもってナンモ知らんと、完全にシラを切りとうす事にしてこの話は終わった。
もちろん二度とあの場所に行く事はなかった。
ロケット弾といや、こんなのもあったな。
今のエンピツのキャップはプラスティック製のやつで、キティーちゃんの顔なんかプリントしているが
その当時は真鍮の薄い板で出来ていて、それにニッケルメッキしたものが主流で
あとはビニール素材で出来たものが少しあったくらいだ。
もちろんネリ消しゴムなんてのも無かったし、スーパーカー消しゴムなんてのも無かった。
その真鍮製の鉛筆のキャップだが当時は鉛筆サックと呼ばれていた。
これには2種類あって鉛筆の挿入部分に切れ込みが入ったものと
入っていないモノとがあるが、ロケットに使える鉛筆サックは切れ込みが無い方だ。
これの中に、黒い学生服のツメエリの中に貼り付ける白いセルロイド製やつを細かく切り
それを鉛筆サックに八部目くらいに詰めて鉛筆の頭が入る部分を
ペンチでつぶし一丁上がりのロケットが出来上がりてなもんだね。
このロケットの発射台は、針金をMの字に曲げてモノを2本つくり木の板に固定する。
底に橋渡しするように例のロケットを載せて、下からロウソクの火を当てるのだ。
するとシュシュシュッと言いながらエライ勢いで発射する迫力はロケット弾の非ではない。
だから並行発射はやってはならない暗黙の了解があった。
だから空に打ち上げるために、横Mの字に曲げた針金の間に鉛筆キャップを固定し
太いロウソクで燻すようにロケットのケッツを加熱していくと
目にも止まらぬ早さではるかかなたに飛んでいくのだ。
これが加熱中に倒れたことがあって、そのまま地面をこすりながら
突っ走った日にゃオシッコちびるくらいド迫力だったな。
ありゃま、話が変な方向に行っっちまったな元に戻そうな。
この一刀入魂手製の水中銃を片手に川に潜るのである。
ここで潜る前にしておかなくてはならない事ある。
それはヨモギの葉っぱを丸めて川原の石で潰して出たヨモギの汁を
水中眼鏡の内側になすり付けて曇り止めとし、余ったヨモギの葉っぱは
耳栓代わりに耳の穴に詰めて、ハレテ川原の狙撃手なれるである。
この耳の穴に詰め込んだヨモギの葉っぱだが、川原の遊びが終わった夕方
耳穴から丸めたヨモギの葉っぱを取ったはずが
取りきれなかったヨモギの葉っぱが、知らないまま耳の穴奥に残ってしまい
それが元で中耳炎になったりもする川のワラシどもでもあった。
これが普通に高校生になっても、大人になってもつづくのが正統派「川のワラシ」である。
ちなみに、ツーやんとジーやんは、いまだに川に潜っている川原のオヤジ河童だ。
話は戻りに戻って、その鉄管で作った銃を立てて、そこに点火した2B弾の頭を
後にして挿入し、続けてラムネガラスのビーダマをコロコロっと入れるのだ。
そしてセットし終わった銃をおもむろに構えるわけだが
ここで銃口は絶対水平より下に下げてはならないのだ。
少しでも銃口を下げてしまうと、コロコロっとビーダマくんは落ちてしまい
ただの運動会の空砲銃になちゃうのだ。
でもって水平より上に構えたら、大抵の場合標的は三ツ矢サイダーの空き瓶
迫力を楽しみたいのなら一升瓶の標的に向かって銃口と自分の目を合わせて
2B弾が爆発するまで待つのである。
もちろんこの時の標的の後ろには、間違って標的から弾がそれた場合を想定して
後ろに塀や壁がある所を選んで空き瓶を並べておくのである。
いわゆる安土っていうやつですかね。
案外たいした事の無いブンと言う爆発音だが、肩に当てた銃床からは
心地よい反動が体に伝わりなんとも言えない興奮が体の心から沸いてくるものだった。
上手く標的に当たると構えている銃から、しっかりとした手応えが伝わって来るもので
当たらなかった時は何も手ごたえは返ってこなくて不思議な感覚ではあったな。
間違ってもこれで人を撃ってはいけないが、家の周りにいるスズメを
狙ったものだったが、そうは簡単に打ち落とせなかったな。
その点、秋の深まった頃近くの畑の周りにあった
シブガキやマメガキの木に群れをなしてくるムクドリなんかの鳥は
撃てばどれかに当たるじゃ無いかというほど居たから、撃ちまくったものだった。
上手くそれに当たって鳥を打ち落として日には
マッツのオヤジに醤油をつけて炭火で焼いてもらって食ったものだった。
もちろんその頃になると本当の鉄砲撃ちが、銃を肩に担いで柿木に集まってきた。
11月15日の狩猟解禁日には、市内の旅館には犬を連れた都会からのハンターで
一杯になったそうで、朝早くから猟犬の声がワンワンとうるさかったそうだ。
そして市内にある岩山には犬を連れたキジ撃ちが大挙してやって来たもので
あっちこっちでバ〜ンバンバンとうるさかったが、赤や黄色や青の空薬莢を拾い集めるのも
ワラシドモの楽しい遊びのひとつではあった。
今では考えられないことでは有るな〜。
こりゃマタ話がとんでもないほうに行っちまったなモドソ。
そのべーちゃんという子が東京かどっか関東方面に、刀鍛冶の丁稚奉公に行く事になり
小学校の卒業と同時に、この盛岡の町を泣きながら出る事になった。
だからという訳でもないが、中学に上がったルーとオラは同じクラスにもなった事だし
オラが中学に通うルートの途中にルーの家があったので毎日寄ったりもした。
また生物クラブでも一緒になって大の仲良しになって行ったのだった。
学校の帰り道遠回りして、そばを流れている中津川の川原を歩いて行くと
柳の木から出る酸っぱい匂いのする木汁を吸いに集まるコクワガタ、ノコギリクワガタ
カブトムシオオムラサキやコムラサキ蝶などを争うように捕っては、互いに自慢しあったもんだ。
7月のまだ梅雨の真っ最中、あるしとしと降る雨の日に川原をいつものようにルーと虫集めで争っていた。
でもそこにはルーとの暗黙の了解があって、柳の木の権利権は交互に譲り合うという
喧嘩の起きないようなシステムを作っていた。
次の権利権がある大きな柳の木に来た時、オラはその柳の木に思いっきりドロップキックをくれた。
そしたら「ドスン」というノコギリクワガタが落ちた音がした。
その音からしてかなりの大物と踏んだオラは一気に心臓が高鳴った。
でもそのノコギリクワガタを探せないオラは、ルーの「そこ、そこ、そこだ」という声に
ますます焦り探せなくなっていた。
そしたらルーが「権利消滅」とか言いながら、馬鹿でかいノコギリクワガタを手にした。
そんなオラはものすごく悔しくなり、「オラのヤギュウだ(ノコギリクワガタの大きくてカッコいい角を持
ったものをヤギュウと言った)返せ」と血相を変えてルーに迫ったが、ルーもこの大物に興奮して
「権利はオレにも有る」と言い張った。
こうなったら仲良しのルーと言えども「喧嘩しかねえな」とオラは臨戦態勢に入ったが
元々理論で押し通し暴力は振るわないルーは、妥協案として3回ケンを提案してきた。
でもいつも3回ケンで負けるオラは、一発ジャンケンだと主張した。
「ヨシ、それで勝負するべ!」とルーにしてはめずらしく大きな声で答えた。
ルーは右手をバッチグウみたいな形にして、得意のじゃんけん占いをした。
これをやられるとオラは勝てる気がしなくなってくるから不思議なもんだ。
ジャンケンポイ!のぽい。
結果はトーゼンのようにオラの負け。
クッソ!最悪の日である。
それからはケッパグル柳の木という木は、みんなモノケノカラのスカ スカ スカ。
それに引き換えルーの蹴る木は調子よく、いろんなクワガタがボロボロ落ちる。
そんなにいっぱい捕れるもんだからルーは笑いが止まりません。
惨めになったオラは「これから家に戻って竿を持ってきてバカ釣りしようぜ」と
違うジャンルの遊びでルーに勝負を挑んだ。
ルーはもちろん調子に乗っているもんだから二つ返事で「ヨシやるべ」と言った。
雨で濡れて滑る護岸の石垣を唇を噛み締めて登り家に急いで帰った。
おやつにお袋が握ってくれていた味噌おにぎりをほうばりながら竿を片手に川原に急いだ。
川原に近い家のルーはもう川原にいた。
雨がシトシト降っているのに傘を差さず、そこら辺を歩き回ってはまだ柳の木を蹴っていた。
「トールやるべ」と竿を振り上げ合図したオラに、トールはその閉じた傘をおもむろに開いて
「ほーらね」と言いながらその中をオラに覗かせた。
その中にはヤギュウが3匹入っていた。
オラは釣りをやる気が失せてしまったのだった。
「オメエそんなにヤギュウあるんなら一匹ヨコセ」とトールに迫ったが
「やんた」の一言でこの場を片付けられてしまった。
「そんじゃ次で勝負をかけてるやる」と心の奥底で誓ったオラであった。
釣りと言ってもオラたちガギンチョがやる釣りはちょっと変わっていて
「バカ釣り」とその当時言われていた、今ではほとんど見かけない釣り方である。
それはまず餌となる砂虫を採らなければならない。
それには人の頭代のツルンとしたやや黄色みがかった石を探す事から始まる。
見つかったらその石を岸に放り投げ、その表面に付いている米粒3個分くらいの大きさの
砂粒だらけの巣からアワダマのような黄色い小さな芋虫を絞り出だす。
これを今日使う分くらいの餌を確保したら、いよいよもってバカ釣りの開始である。
まず流れの筋を見極めて魚が餌を待ち構えているだろうという就餌点から
15mくらい上流に静かに川の中へと進んでいく。
このとき使う竿ってのがこの釣り独特の物で、普通の渓流竿の先っぽ部分しかないくらいの
1mあるかないかのエラク短い竿で、これは各自山から切り出しておいたものだ。
これに竿の10倍くらいの糸をくくり付けるが、その糸には釣りの基本の
目印とオモリはつけない、もちろん針だけは付ける。
当たり前か。
で針に餌を付けるのだが、その時は竿は川の流れに任せながら下流に流し込んで行く。
モチロンそのまま流れて無くならない様に糸はしっかりと持ちながらも手の中を滑らせるようにだ。
糸の先端に付いている針に先ほど取った黄色い芋虫を刺したら
今度は先ほどの手順とは逆に餌がついた針先部分を川の流れに繰り出していく。
そして竿が手元にきたらいよいよもってバカ釣りの開始となる。
竿の後ろの端を軽く握ってスナップを効かせながら中腰の姿勢になりながら
川の流れと同じ速度を保ちながら、ゆっくりと竿を下流へと流し込んで行く。
この手首のスナップ加減と流し方によって釣果の差が出るということになる。
これを何回と無く繰り返していく訳だが、たいてい掛かるのはハヤ、オイカワくらいなモノで
ごくたま〜に掛かるヤマメなんか釣った日にゃ
二日くらいは威張っていられるエライ魚です
。
この日はやっぱリ調子に乗っているルーの独壇場でオラはサッパリってところで良いところなし。
しまいにゃにゃルー君ヤマメまで釣り上げる始末。
オラは、とととととんでもない真っ黒いどド壷の底のオコゲな一日であった。
そんな事ばっかりやって毎日を送っていたルーとひげおやじ少年でした。
そんな虫好き少年の間で幻と言われていた「姫ギフチョウ」これが欲しくてたまらない
少年二人は6月の夏の日のような暑い日曜日に、この蝶を求めて小さな旅に出る事になりました。
目的地は事前に情報収集していた名乗沢の峠付近と高洞山です。
自転車でいくぶんには全然平気な距離ではあるが
これがチョウチョを探しながら徒歩となると行きはヨイヨイ帰りは辛いで
名乗沢の峠を越えて、もはやバテバテのルーとオラは
下米内に抜けたところで「さーてと高洞山にでも登るか」なんて話は
どちらからも出ないくらい疲れてしまっていた。
そんな元気もなくなったオラ達は道路を歩かないで、線路の上を歩いて帰ることにした。
マトモナ道路を歩くのとでは半分くらいの距離で済むから
線路の上を歩いてショートカットで帰ることに話はまとまった
とある鉄橋にたどり着き、この橋の上に一歩を踏み出したオラであったが
鉄橋つうモンは普通の橋と違って線路の枕木がそのままんま橋になったと言う代物なので
その枕木のアイダアイダからは深い青青とした流れと白い波が、はるかかなた下の方に見えているワケで
とってもじゃないが高所恐怖症の人じゃなくても、平気で渡れるモンじゃないくらいの恐怖は有った。
もちろんオラ達は少し高所恐怖症が入っていたので、それなりの覚悟しながら歩きはじめたのであった。
そうだなその鉄橋を半分くらい歩いた時であった。
鉄橋の下で流れている川の音に半分かき消されながらも
なんか人が叫んでいるような声がした様な気がした。
そしたらルーが「後ろ後ろ」と叫んだのでルーの方を振り返ったら
50m先の田んぼでお百姓さんらしき人が手を振りながら叫んでいるのが見えた。
そしてそのお百姓さん後方50mくらいのところで真っ黒い蒸気機関車が
ゴッゴッゴッと煙を吐き出しピィッーと汽笛を鳴らしながら猛然と走ってくるのが見えた。
その時オラは一瞬時は止まったかのように思えた。
ルーが叫んだ「走れ!チィ!」
自慢じゃないが徒競走でビリをあらっそっている同士、足にはマッタク自信がない。
それも鉄橋の足場はさっきも言ったように枕木と大きな隙間だらけで
それを勘定しながら走らなければならない極度の緊張と
ゴッゴッゴッと煙を吐きながら汽車が迫ってくるダブル恐怖で
足がカフカフと空回りしてしょうがないけどオラは頑張って飛ぶように走った。
オラが鉄橋を駆け抜けて線路の盛り土の下に飛び降りたと思った瞬間
機関車はオラの頭上をピイッー!と汽笛を鳴らしてかけぬけて行った。
ルーは機関車に轢かれてしまった。
とおもった時、機関車とほぼ同時にオラの横にルーがドスンと落ちてきた。
それはルーが機関車に跳ね飛ばされた胴体の一部だった。
と思ったが、なまの生きていたルーだった。
機関車が、ながーいピィッーという汽笛を鳴らしながら去っていった。
「生きていたナ」というホッとした気持ちと、恐怖の淵から逃れた安堵感で
ルーとオラは意味も無くゲラゲラと笑った。
そして一息ついて立ち上がったオラだが、ルーはナカナカ立ち上がらない。
「どうしたルー、腰でも抜けたか」とオラはからかった。
「なんか痛いんだよう」とルーは言った。
ルーの足は両方とも汽車に轢かれないで、ちゃんと2本あるのに変だなと思って
手を貸してやって立ち上がらせたら、ルーは顔をしかめ「ウギャッ」っと叫んだ。
そしてルーは尻に手をやった。
「ケッツ穴でも痛いのかルー」とからかいながらオラはルーの後ろに回った。
その当時の中学生の普段着のズボンは「真っ白い綿のトレパン」と相場が決まっていた。
そのトレパンの左ケッツの頬っぺたの部分が日の丸状に血で赤くなっていた。
つまり、なんか刺さって血が出たって感じだった。
ルーが尻餅をついていた所を見て見たら、ススキを今さっき鎌で刈りましたってな具合で
ススキの切り口が斜めに切り立ってい。た
その中の一本がルーの血で染まっていたのであった。
線路から飛び降りたトールのお尻に、刈ったばかりのススキの根っこがヒットしたのであった。
でもオケツは思ったより出血しないもんでルーのトレパンの日の丸はそれ以上は大きくならなかった。
そんなルーは刺さったケッツを気にもとめず、また線路の土手の上を歩き始めた。
そんなルーの「日の丸ケッツ」を見ながらオラもテクテクとルーに付いて歩くのだった。
オッそうそうケッツ話でもうひとつ。
そんな遊び仲間うちで手作りのソリは冬の遊びの定番だ。
冬の学校行事で近くの岩山でのスキー教室ってのが、一冬に5、6回はあった。
この岩山だがそうだな〜、札幌における藻岩山てな感じな所である。
そのころの岩山は、第一スキー場、第二スキー場そして第三スキー場まであった。
小学校のスキー教室が開かれるのは、唯一「ロープトウ」と言われていた
バスのエンジンを改良して、太いロープを坂の上と下でぐるぐる回し
そのロープに掴まりながら坂を登っていくと言う、なんだか東南アジアの
カローラのエンジンリサイクル船的発想の簡易リフト?があった第一スキー場だ。
そのころのスキーは長靴で乗れるビンディングが付いたものであった。
誰でもスキーが買えるという時代ではなく、貧乏が主流だったので
スキー教室と言えども手作りソリでもOKという時代ではあったのだ。
もちろんオラはおさがりのスキーを持っていたが、手作りソリに夢中で
スキー教室には必ずソリを持っていったもんだ。
そこはそれ凝り性のオラは、誰よりも早いソリ作りに夢中だった。
たいていガキンチョのソリはオフクロの和服を掛けるのに、竹を折り曲げて作られている
「エモンかけ」をコッソリ拝借してソリの滑走部に使った。
その当時でさえも、昔のエモン掛けの方が実が厚い割にはしなやかで
店で売っている青竹の薄いエモン掛けに比べたら、とてもじゃないが雲泥の差があった。
しかしオラは、竹よりも亜鉛メッキのトタン板の方がもっと滑るんじゃないかと考え
ソリの滑走部分に、それを取り入れることにした。
スキー教室の先生の「ソリの生徒はここで滑っているように」と言うのを無視して
スキー場の片側に面している左斜面の雑木林に付いている獣道を
ワラシドモが「レースコース」と言っていた、タイヘン危ない所にかくれて行くのであった。
なんで危険かというと、ひと一人通れる位の幅しかないソリコースは雑木林の中にある訳だが
この林の中の道は大変急な坂なうえに、くねくねと妙に曲がった道なわけで
このスピードコースのカーブを曲がりきれないと、大木に激突して
鼻血がブウッーはまだイイほうで、下手こきゃ骨折か全身打撲てな
危険きまわり無いない所ときたもんだ。
だからこそマニアックで目が危ないソリ少年には魅力的に思えるコースなのだ。
さっそくブリキで完全装備したスペシャルソリの試運転だ。
滑り出してすぐ恐怖がやってきた。
ブリキの滑走面は、くらくらして方向性が定まらないうえに、カーブを上手く曲がれないのだ。
やっぱりエッジが立っていなくちゃ、方向性というか直進性が駄目だなんだなとイタク痛感したものだ。
それじゃと言うことで、その考え方の両極端にあるエッジ立てまくりではどうかなと思い
接地面が極端に少ない戸板の滑車レールに取り替えて
次のスキー教室にいどむことにした。
しかし、このシステムはあまりにも接地面が少なすぎて、滑走部分の基台部分に雪面が触れ
ソリのスピードが全然のってこないので大いにガッカリしたワラシであった。
そのころのスキー教室はおにぎり持参で、斜面の下では給食のおばさんが
肉がやけに少ない豚汁を作ってくれていて、持参の凍り始めたおにぎりを
ほうばるにはとっても有難い飲み物だった。
お昼の時間が終わってからも、第二部のスキー教室がある訳だが
それも早々と終わると、現地解散となる。
ここで先生は「帰り道はスキーで滑って帰らないように」と口をスッパックして
拡声器でがなったのであるが、帰り道の途中からワルガギどもは
くそ重いスキーなんか背負ってらんないから、そんな忠告を無視し
スキーを履きなおしてスイーと滑って家に帰ったもんだ。
もちろんオラは先生の忠告を無視して最初っからソリで滑りまくりで帰った。
ちょうど第三スキー場があるあたりの坂は、緩くてあまりスピードが出ない所だったが
この戸板レール式のソリは、この斜面にしては思った以上にスピードが出て驚いた。
そーなんだ、この固い圧雪状の坂でこのレールシステムが生きてくるのだなと分かった。
この緩い長い坂を滑っている間にまたまたぴぴっと閃いた。
ソリの滑走部分にエモンかけを取り付け、さらにその上にレールを取り付ければ
どんな所でもOKじゃないかと思いつき急いで家に帰って改造した。
もちろんその結果は大成功!でどんな所でもスピードが出た。
それで味をしめたオラは、岩手公園内の坂にも遠征に行った。
もちろん、ぶっちぎりの早さで天下無敵を誇った。
そんな岩手公園の帰り道、電線を引き紐変わりに長く付けたソリを曳きながら
テクテクと歩いていたら、クラスメートのみーやんとあーやんに会った。
彼女らはあでやかな和服姿で歩いていた。
髪の毛をアップにした頭にかんざしなんか付けちゃったりして
やけに大人っぽく見えたんだなオラには。
そんな彼女らを見て、ソリなんかで夢中になっている自分が
とても子供っぽく思えて少し恥ずかしかった。
そんなキレイどころの女の子と長い紐がついたソリを引っ張っている
鼻水垂らしのガキが街の中を三人仲良く並んで中の橋を歩いている図なんて
イマドキ見たくても見られない光景ではあるよな〜。
それがなんと、中学生になっても続くオラたちソリガキ連体同盟。
そんな中学生3年の冬、ソリ遊びをやめないで遊んでいた4バカ兄弟。
そろそろ進学のための受験勉強をしなくちゃなんない頃
ソリ連隊はそんなのあるの?てな感じで、ソリ遊びにマイシンチュウ。
さてと今日の遠征地は高松の池にある神庭山西斜面だ。
高松の池を一望できる山と言うより丘っぽいところである
すぐ隣には、こがね馬場という競馬場もあるところだ。
この丘の西側斜面は格好のソリコースになってるが、知る人ぞしるというコースではあった。
ここにナント夜の8時にソリ遊びにきた、晩鳥のツーとジー。
ツーは自転車でジーの家まで来ていたのでソリは持ってこなかった。
だからジーのソリ一台で代わる代わる交代で滑り遊んでいたが
そろそろソリ遊びに飽きてきたころ、最後にダブルスで乗ってみようという事になり
ジーとツーは窮屈なソリに二人して乗り込んだ。
最初はなかなかスピードが乗ってこなかったが、いったん加速がつくと
二人乗っている重量の分グングンとスピードが乗ってきて、ちょうど坂の中腹にある
ジャンプ台に差し掛かるころ、今まで体験したことの無いくらいまでスピードが上がり
高さはあまり出なかったが、その分ものすごい滞空時間で晩鳥になった二人。
その勢いのまま着地したものだから、スピードプラス二人の体重でソリが受ける
加重衝撃は二乗になるわけで、あっけなくペシャンコになったジーのソリ。
そしてあえなく地上に舞降りた晩鳥の二人は夜空の星を体に映しながら
ゲラゲラと何時までも笑っていた。
「サー行くぞケンジ」とツーが声を掛けて立ち上がったが
ジーは『イテテテテ』とうめき声を発した。
「どうした」と声を掛けたツーだが、ジーは尻に手をやり
「何かケッツに付いてる」と言ったきり顔をしかめた。
ツーがジーの後ろに回りこんでケッツを見ると空中分解したソリの
大きな板の切れ端がジーのケッツに張り付いてのが見えた。
ツーは「ケンジ板を取ってやるから少しの間我慢しろよ」と言って
その板切れに手を掛けたが[イテテテ」と悲壮な叫び声を上げるもんだから
困り果てたツーとジーだった。
これじゃどうしようもないから病院に行って取ってもらうことにしたジー。
しかし、このままの状態で痛がるジーが歩けるかが問題だった。
ケッツに付いた板切れが歩くたびに揺れると、傷口がズキンと傷むから
ジーはソーっと板切れに手をやり振れないようにして歩きだした。
その神庭山の坂の下の脇の暗がりに一台の自動車が止まっていた。
その自動車が妙な揺れをしていたものだから、ピピィー−ンときた二人。
ソーっと忍び足で忍者のように自動車に近寄っていった。
もちろんジーはケッツに板切れを貼り付けたままだ。
そんな格好を見たツーはたまらなくおかしくなって、笑いをこらえるのが精一杯で
とても自動車の中を覗く状態ではなかったらしいが
しっかりと最後まで鑑賞した晩鳥二人。
そのままの格好で家に帰ったジーはオフクロに笑われながら怒られたらしい。
高松病院の救急窓口へとタクシ−で行ったのだが、後ろの座席腰を下ろせないジーは
前の席の背もたれにつかまりながら、中腰の格好でケッツを浮かせていた
そんな不恰好をタクシーの運転手にも笑われながら病院の救急ドア−を叩いたらしい。
当直の先生もその間抜けな格好を見てゲラゲラ笑ったらしいが
ジーは痛さより恥ずかしい方が先立ったと言っていた。
ジーのズボンとパンツはハサミで切り取られ、ケッツに張り付いた木片は
医療用ノコギリで切断し、ジーのケッツに複雑に食い込んだ釘は
簡単には抜けなくて結局はメスで切開して取り出したそうだ。
そんなケッツ話二つ。
そういやジーのオヤジが「ハッタケ採りにつれってってやる」とか言って
バスに乗って今の松園団地の山に連れて行ってくれたことがあったな。
その日はあいにく曇り空、時折雨が落ちてくる日だった。
しょうがねえからカッパを着て行ったのだが、ちょっと蒸し暑い日だったので
歩き始めてすぐに汗をかき、カッパの中は蒸れまくりで、カッパを着ていないほうが
体が濡れないという本末転倒な日だった。
歩けども歩けどもキノコのキの字も見つからず、いい加減飽きてダレ切った頃であった。
松林と雑木林の境目のちょっとした空間に、気を付け前習いの格好で行儀よく並んでいる
キノコを発見したオラは、他のみんなに気付かれないようにしたが
ジーに見付かってしまい、キノコ争奪戦になってしまった。
でもそのキノコは土俵の円を書くようにいっぱい並んであったので
5人で採っても余りあるくらいで、みんな満足したキノコ採りであった。
それから間もなくして「俺らだけできのこ採りにいくべ」という事になったワラシャンド。
場所はお手軽に岩山と決まった。
その日はこないだと違って快晴の天気のよい日だったが、林の中を歩けども歩けども
ハッタケはまったく無く有ったとしても食えそうも無いキノコばかりで
手ぶらのまま岩山の頂上まで来てしまった。
「どうする?」ということになったが、このまま家に帰るのもシャクなので
反対側の斜面を下りながら、もうひとふん張りすることにした。
今の動物公園あたりまで来て見ても藪がひどいだけで、キノコは探せなかったのである。
現動物公園を過ぎた所にぶどうのツル棚があって、美味しそうなぶどうがたわわに成っていた。
もちろんこれを見逃すはずは無いワラシャンド。
「いっただきま〜す」と言ったか言わないか、手当たりしだい食べ始めたワラシャンドだったが
オラはぶどうが大嫌いだったので(巨峰は食べるが)手持ちぶたさでいたら
斜面の下から鉈を片手に振りかざしたババアが「コラア〜ッ」とやって来た。
が、それがババアと見たもんだからワラシャンドは余裕をぶっかまして
捕まりそうな距離ぎりぎりまでぶどうをしゃぶっていた。
もちろん後は、すたこらさっさで今来たの山の林中に消えちまったのは言うまでも無い。
まあキノコは採れなかったがぶどうを喰ったので「マッいっか」という事になったワラシャンドだが
一粒も口に入れてないオラはちょっと納得いかなかった。
だからという訳じゃないがプロレス気違いでもあったオラは、帰り道の電信柱に張ってあった
「国際プロレス」のポスターをキレイに剥がして腹の中に隠して戴くことにした。
この岩山の帰り道、水道山のデリシャスリンゴ園を通りがかったワラシャンドは
ムクムクとリンゴを食いたくなったのは言うまでも無いこと。
デリシャスリンゴの一番大きいやつを一個ずつゲットしたワラシャンドは、さっきのぶどう園と違って
ここは人どうりがあるので、この場では喰わずにもうちょっと下がった所にある
大日つぁんの境内でゆっくりと味わうことで意見が一致した。
大日つぁんの湧き水でリンゴを洗ってから回り廊下に腰掛けて喰い始めたワラシャンド。
早食いのオラとルーはリンゴの汁でぬれた手を洗いに下の湧き水の所に行った。
すると「逃げろっ」という忍び声声とともに、ツーとジーが境内を駆け抜けた。
離れた所で見ていたオラとルーは、警官に追っかけられている二人を
あっけに取られて見ているだけだった。
逃げまくるジーとツーだがジーだけが大日つぁんの裏の山に逃げ込んだ。
ジーの「コッチコッチ」と言う声が聞こえないのかツーは盛岡市立高校のグランドに逃げ込んだのであった。
ガ体のイイ若い警官は、ザッザッザッザッ!という走る音も気高くツーを鋭く追いかけて
オラとルーの脇をものすごい勢いで駆け抜けていった。
二呼吸くらい置いて、もう一人の老いた警官がパトカーから降りて
オラ達のほうにゆっくりと歩み寄ってきた。
「なんかしたのかね」と聞くもんだから、とっさにオラは「なんでしょうかね」とドキドキしながら言った。
「さっきの逃げた二人は仲間じゃないのかね?」と聞かれたが
オラは「いや、あの人たちは全然知らない人たちです」とシラを切った。
そしたらその老いた警官は「そうか」と言いながらパトカーの方にヨタヨタと戻っていったので
オラとルーはツーが走って逃げた方とは反対方向に、何事も無かったかのように
この場からトットト消えることにした。
二人は精神病院の脇の空き地で身を伏せてジーとツーが来るのを待った。
かなり長い時間待ったような気がした。
そしてパトカーがオラ達の前を通り過ぎていった。
しばらくしてから、ツーがとぼとぼと歩いてきた。
それに続いて間もなくジーも来た。
ツーは赤い目をして黙りこくっていたが、山の中にに逃げ込んで
木立の間から一部始終を見ていたジーはパクラレずに済んだ勢いもあって
事の顛末をオラ達に解説し始めた。
それはこういう事だった。
大日つぁんの境内の廊下に座ってリンゴをかじっていた二人だったが
山から下りてくるパトカーを発見したツーは、人の畑からチョイトもいできたリンゴを
パトカーに見つかってしまったと早合点し、ジーに「やべっ!逃げろ。」といって
突然駆け出したそうだ。
、それにつられたジーも一緒になって逃げ出したんだと。
ここでジーは解説した「何も逃げ出さないでそのまんまリンゴをかじってりゃ
パトカーのマッポに捕まらないで済んだのにな」と。
で、ジーはこのまま真っ直ぐ逃げたら市立高校のグランドに出るしかないので
山の中に逃げ込むことにしたんだと。
ジーが「コッチだコッチだ」と叫んでもツーは振り向きもせず真っ直ぐに逃げたんだと。
なんか墓地山のロケット花火事件と立場が逆だなと思ったオラ
そして無事山の中に逃げ込んだジーは、ツーがどうなるかハラハラしながら見ていたそうだ。
ツーを追いかけたマッポは、とんでもない早さで走ってツーを追いかけ
あっという間にツーに追いつき首根っこトッ捕まえたそうだ。
手錠を掛けられたわけでもないが、しっかりとその若い勢いのいい警官に
腕を取り押さえられたツーは泣きじゃくっていたそうだ。
それを木陰から見ていたジーは「俺の事言わなきゃいいな」と思ったそうだが
心情的に追い詰められたツーはモチロンマッポにゲロしたそうだが
オラとルーのことは聞かれなかったので喋らなかったそうだ。
それを奇異板オラとルーは胸をなでおろした。
次の日職員室に呼ばれたツーとジーはたっぷりと絞られたそうだが
結構大目に見てくれたりもしたそうだ、そんな古き良き時代だったナ〜。
その林檎園だが、オラが高校二年の時バイクキチガイ仲間のターやんが
DT1のタンタンタンという排気音を響かせながら
夕方オラの部屋をノックして「今日の夜、リンゴかっぱらいにいくべ」と誘いに来た。
ターやんはオラの部屋に上がりこんでカッパらう手順をトクトクと話していたが
どうもイマイチ乗り気がしないオラは話の最後に「オラ行がねぇ!」と断った。
するとターやんは「じゃあオラ一人で行っていっぱいとってくらぁ」と言ったきり
DT1の排気音とクスグッタイ排気煙を残して居なくなった。
あくる日の朝のホームルームの時間、担任の先生が難しい顔をして話始めた。
「昨夜生徒の○○が岩山の林檎園に忍び込みリンゴを盗んでいる現場を
巡回中のパトカーに見つかり現行犯の窃盗容疑で逮捕された」と。
それを聞いてオラはチンコがキュウッーと縮み上がるのを覚えた。
それっきりターやんはこの教室に戻っては来なかった。
だんだんナマナマしい話になって来たんでここら辺で止めときまっさぁー。
気が向いたらチョッとづつアップしまさぁ〜、じゃあね。
