第三章 




最下流実橋付近




1987年8月の第1週、これで3回目の北海道旅行
今までなら北海道の遅い春が来た頃
遊びに来て尻別川の瑠産から南京極あたりを
フライロッドを振り回しつつ、レインボーや
ヤマメのケツを追い掛け回しているオラだが
今回はかみさんの要望もあって、初めて夏に来る事にしたのだ。

「北海度に鮎はいる」とは聞いていたのだがはたしてどんなモンだろ
「オラの大好きなアユが、尻別川、朱太川にいるのかな〜」と
不安な気持ちを抱きつつ、北海道旅行へと出発したのであります。

そして家を発つこと10時間、ついにやって来ました朱太川、サッソク
黒松内地区、熱郛小学校跡にある護岸の上からのぞき込みました。
ここは中トロの淵になっていました。
その中を、わくわくとした気持ちを抱きつつ
オソルオソル覗いて見ることにしました。
そのトロ場の川底は岩盤で、その切れ目切れ目に頭大の石が
転がっており、その周りにはピンポン大の石が
綺麗に敷き詰められているんじゃ御座いませんか。
それらがみんな綺麗にそして完璧に磨かれているのです。
「ヤッター」と期待に胸が膨らんだその時でした。
ギランと鈍い金色の光が走ったと思ったら、もうそこいらじゅう
掛け頃の抜き頃のアユが縄張り争いの真っ最中。
オラの心臓はドッキンコ、その場で一気に舞い上がっちまいました。
もうこうしては居られません。
サッソクお荷物(カミサンと子供)を送り届け取るのも、取り合えず
竿を持って全速力で車を飛ばしたのは、いうまでも有りません。

チョット待てヨ、友アユはどっから調達すんべかな 

というのが大問題でしたが、一応こうなるのではないかと思い
アユルアーを持ってきているし、あんなにアユがいるんであれば
最後の手段、あまり得意じゃないがガラ掛けもある事だし等と
考えながら、はやる気持ちを抑えての運転は大変でした。

ちょうど白炭地区の一本瀬が見えて来るアタリの川岸に
一台の札幌ナンバーの白い車が止まってました。
もしかしたら種鮎が調達できるんじゃないか、という期待が膨らみ
チョットクラ川岸に降りて様子を見る事にしました。

いました、いましたアユ釣りの格好をした人が、早速私も速攻で 
釣り仕度をして、ケツマズキきそうになりながらも、川の中に
飛び込み、その釣りをしている人の所へと吹っ飛んでいきました。
急く心を押し殺しながら外観は平静を装い、「今日の釣れ具合は
どんなモンですか」と何気にたずねて見ました。
返ってきた言葉が、「今日はアカンまだ一匹も釣っとらんデ」という返事。
てことはダ。分けてもらえるアユは無いって事か。
ガチョーン がっくりしてしまったオラでありました。

いや待てよ、ここにいる釣り人はまだアユを釣って無いと
言うているのに、ちゃんと糸の先にはアユがついているのではないか。
という事は、どっからか友アユを調達しているのに違い無いはずだ
と思い、恐る恐るその釣り人に尋ねてみる事にしました。 

熱郛の堰トメ上 

「アノ〜この近くで友アユを分けてくれる所なんて無いですよね〜」
そうしたら、おもむろにその釣り人が言いました。
「黒松内の町の中にある菅原自転車店に行けば
なんぼでも売ってるヨ。」と教えてくれました。
「あっそうなんですか」と、お礼も早々、気もソゾロに
自転車屋さんを探しに黒松内の町へと飛んで行くオラでした。

ありましたありました自転車やさんが、それも釣具店もかねているぞ。
「こりゃいいね」と思いながらお店に入っていくと、その店内のほとんどが
アユの用品で占められているのです。
いやがうえにも期待感が膨むオラでした。

「あの〜トモ鮎を分けてくれませんか」と
店の主人に尋ねたらハイハイの二つ返事。
サッソク生け簀に案内されました。
地下水を汲み上げたその生け簀の中に
沢山の鮎が泳いでいました。
それもピチピチのデカ鮎ちゃんが。
そして生け簀の中の鮎ミンナがミンナ
傷を持った天然の掛け鮎
だけのようだったので、オラは店の親父に
 「養殖鮎はいないんですね」と言いました。
「この中の鮎はみんな川の鮎だよ」とオヤジは答えました。
こんなに沢山のの鮎は、どうやって集めるのかチョット疑問だったので
「どうやって鮎を集めているんですか」と尋ねてみました。
「石黒さんという方が、一人で鮎を釣って持ってくるんだ」との事。
「フ〜ン一人でこんなに釣れるんだ」と思えば
ますます高まる朱太川の鮎への期待感。

とりあえず2匹譲ってもらい、先ほど鮎を見た熱郛ポイントへ
まっしぐら、後は悦楽、極楽の世界へと浸かるのでした。
ここで朱太川の説明など、サワリをちょこっと書いときますね。

明治天皇献上の北海道一番の極上鮎、自然放流も盛んで
天然遡上もおおいに期待できる名川である




豊平川


日本で、鮎の生息する川での北限は
余市川であると一般的に言われている。
が、札幌のUFOのおじさんに言わせれば、「そんな事はネエえぞ
わが街札幌の、ど真ん中を流れている豊平川だ。」と語っていた。
チョット訳ありのようだが「

その余市川から下の道南のほとんどの川には
鮎が生息していると言われている。
しかし全部が全部、それらの川で友釣りができるかと言えばそうでもないのだ。
何しろサケマス保護のための北海道内水面漁場管理委員会
保護指定(長ったらしい名称だ)によって、全面全魚種禁漁の
設定河川がほとんどなので、実際にあゆの友釣りが
可能な河川は数えるくらいしかない。
「あ〜もったいね〜な」と思うのはオラだけでしょうか。

そんな中で、余市川は古くから鮎の放流実績があるところで
鮎がここの名物となっています。
84年に、がまかつのインストラクター大西満さんが
「へらブナのように体高のある北限の鮎」として書いていた記事が
私の記憶に強烈に残っていて、この記事が北の果てアユロマンの燃え始めであった。
他には、90年から始まったダイワ鮎マスターズ全国大会の会場で
一躍有名河川となった道南の母なる河、尻別川がある。

ソシテこの朱太川は、先の2河川の中にあってあまり目立たない存在では有りますが
オラはこの川に一発で魅せられてしまい87年から毎年訪れるようになった、大好きな川です。

熱郛トメ下

この川は尻別川の南に位置する川で
その水源は太平洋の内浦湾海岸線からすぐの礼文華峠より発し
支流を集めながらちょうど北海道の首の部分に見える所を
スパッと斬るように西の方へと横断する事50キロ余りで
寿都湾の日本海へと注ぐオモシロイ川であ〜る。どこがじゃ

古くから天然鮎、ヤマメの宝庫
として知る人_ゾ知る川であり又
川魚グルメ達の舌をうならせる
味の良さで知られるところで
明治天皇が来道の折りには、「北海道の鮎はこれだ」との
評価を得た献上鮎でもあ〜る。フルすぎ!

友釣りのできる一般的な場所として
上流は大成地区の観音橋から下流が良いのではなかんべか。
この橋から下は作開地区下の実橋あたりまでが、ポイント的に良く
この区間十数カ所に200kgの稚鮎が放流されているようだ。
又、そのほかに作開地区での、落ち鮎からの人工受精後の
3000万粒の実績もあるというが、はたしてどんなもんでしょ。

北海道の夏は寒い。ほんとに寒い
昼間少々暑くても日が蔭り始めると、いきなり涼しい風が吹いてくる
そんな気候だから、どうしても朝一番の鮎の追いは鈍いのだ。
だから、この川には少ない瀬の中心部を狙うのがセオリーであろう。
昼も過ぎると川の水もだいぶ温み、トロ場を中心に活発な追いが始まるのだ。
明度の高い川であるにもかかわらず、前あたりの鮎の
様子が見えず、いきなり2匹の鮎の乱舞が始まるのだ。
それだけ追いが良いって事。
そして一気に目印が吹っ飛び、朝の釣りがウソのような
あゆ釣りが展開しオラの心も吹っ飛ぶのだよ。
そしてとどめは3時ごろから始まる瀬落ちでの、息も付けない
ほどの狂気の入れ掛かりショーが始まり、これでオラは
完全に舞い上がってしまい、天国へと昇天しちまうんだナ。

町裏  


しかしここ数年は例の冷水病とやらの影響で、めっきりと釣れなく
なってしまい、昔のあの思いは影を潜めてしまっている。カナシー。

参考までに書いときますね、ここの川相は早瀬が少しばかりで
ガンガン瀬は無く、トロとチャラ瀬の連続で落差の少ない
北海道特有のの牧歌的な川だ。
チョークストリームっぽい川相なので、フライフィッシングに最適であると言える。
そんなだから立て竿マンにはうってつけの川といえるのだヨ。






お次は1991年から頻繁に行くようになった後志利別川



道東にも利別川という名の川があるので、地域名をつけて
後志(しりべし)利別川となっているのだ。
(ワインみたいだ)ではサクッと紹介しますか。

ここは長万部から230号線を西へ
利別川の中流部今金町まで1時間くらいのとこに流れている川です。

数年前に奥尻の地震と津波で知られるようになった
道南の大成町の近くに河口に持つ川で
上流にはピリカダムがあり総行程80kmの北海道南部の一級河川で
比較的大きな川であります。
この一級のランク付けされている河川の中で日本一の
綺麗さを誇る清流(俗にゆうBOD値0.3%以下ってヤツですか。)と言われている。
しかしダムが出来てからは、かなり水質が落ちていると
地元のジッちゃまが嘆いていたけどね。  
                         
        

遡上がかなり良い年は、このピリカダムまであゆが見られると
いわれているが、オラが通い始めてからは
ピリカ周辺であゆを見かけた事はまったく無い。 
このピリカダム下流に瑪瑙橋とゆう名の橋があるが、この地は
その名のとうりメノウの産地と言われ、チンコベメノウとして
有名だとジモティーは言うが、ホントかなと思うくらいの知名度の
無さではある。(チンコベって言う名のほうがオモシロイ)

それよりも瀬棚付近の海岸には、メノウと思われる綺麗な石が
たくさん打ち揚げられており、おもわず手にとってしまいます。
それを持ち帰ってバスを飼っている水槽に入れております。
                         
このチンコベからしばらく行くと住吉の堰堤に着きますが
オラとしては、ここから下流部があゆの本格的に狙える場所だと思います。
この住吉堰堤のポイントは函館の友人つねさんがもっとも得意とするポイントです。
彼とはダイワマスターズ東北大会で知り合うようになる以前から
住吉の橋の上から見かけていたトシベツリバーキーパーではあります。

住吉の橋の上

どんなに遡上の悪い年でもこの場所だけはどうにか釣りになる
言わば魚止めと言っていいような場所です。
この橋から上の留めまでは岩盤の連続で、上の写真を見てもわかるように
アンバークリームカラーの、オラの経験から言ったら
とてもアユの着きそうも無い色をした岩盤です。
そしてオラが今までに経験した岩盤は、イコールすべるオッカネーなんですが
先の朱太川同様まったくといっていいほど滑らないのです。
これが道南の川の特徴と言えば特徴なのかもしれません。
そしてたいていの川底の岩盤だったら、流に沿うよううに
切り立つものなんですが、ここの岩盤は流れに逆らうように
切り立っており面食らってしまいます。
函館の恒さんから、ここの岩盤攻略法を教えてもらうまでは
まったく数が伸びなっかたのは、いうまでもありません。 



このすぐ下には稲穂のチャラ瀬があり、オラの大好きなとこ。
拳大の石が敷き詰められており、利別川にしては小さい部類のあゆではあるが
数釣りが期待できるとこですね。

奥尻の津波があった年から前後して毎年
ここ稲穂の瀬で出会う大成の友つりマンと争うように
このチャラ瀬を攻めまっくった思い出がある。

その大成の釣り人から聞いた話だが、奥尻の津波は想像を絶するもので
自分の軒先に泊めていたマイカーが津波で押し流されてしまい
後方の民家の間に挟まってしまったとの事です。
しばらくは何もやる気をおきなかったくらい、放心状態になったそうです。怖いですな。

下流には好ポイント メップ川、通称 種川とゆう支流が流れ込んでいる合流点があります。
ここは川をいじくりまわす以前、とても良いポイントで
頭大の石がごろごろしており利別川では、一番大きなあゆが
それもパワフルとゆう形容詞がぴったしのヤツが釣れる
オラのフェイバリットエリアであった。
今でもモチロン良いポイントではあるが昔の面影はモハヤない。



第一幹線用水路の水門エリアは、瀬つづきの良い流れで
瀬落ちの瀬頭が2ヶ所ほどあり楽しい友釣りの場所であったが
ここも河川改修という名の無駄な公共事業により
ただの平瀬に成り下がってしっまった。

ラストのお勧めポイントは、今金町裏にある橋の下流部に
温水が流れ込んでいる瀬があります。
ここがこの利別川、最後の好ポイントです。
この瀬肩では、昼過ぎの地合いが訪れると
待った無しの入れ掛りが始まるとこです。
これより下は高低差が無く、また川底の石も細かく
魅力の無い流れではありますが
その昔は西丹羽のサケマスふ化場のあたりまでは
よい瀬が続いていたそうです。


北海道の鮎解禁日は7月1日ではあるが、ほとんどの河川の場合
本格的な友釣りのシーズンになるのは7月の4週目あたりからです
ここ利別川のアユは8月の第1週には、もう腹に子を持ち始めます。

8月の10日前後には朱太川のアユも子を持ち始め
オスはもうさび付いてきます。早いね〜。
そして8月31日をもって北海道の各河川は禁漁を迎え
北のアユ釣りは短い短い夏でクライマックスとなってしまうのである。
カナシ〜。

2000年の北海道の具合は一日頑張って20匹ってトコでした。