
第五章

フロッギー花さんと
岩手の渓流は3月から始まるのですが、あっという間に9月の禁漁を迎えちゃいます。
(面白い事は特にね)
今年最後の渓流釣りのしめに岩手県で唯一、紫やまめが釣れるといわれている
丹籐川に釣友の花さんと出かけることになりました。
この川は藪また藪をこぎ、そして汗を流しながら高巻きを強要される難所です。
そして川の中はといえば、すべりまくる川底に気を使い
足を取られそうになりながらも釣りをしなくちゃなんない
かなりしんどい川なんです。
そんな丹藤川のなかでも、山すそをグルッと
川が巻くように流れている場所で
いったん川に入ったら次の道路に出会う地点まで
6時間もかかるような秘境的場所をチョイスし
今シーズンの釣り納めを決行する事にしました。
この時の釣果は良くなく、地やまめの26cmのが、ちらほら釣れただけで
紫ヤマメの尺モノは出ず、不満の残る釣り納めになっちまいました。
そんなつまんない釣行は余計に疲れがたまるものです。
次の川から道路に上がるポイントまでは、まだ2時間あまりある所で
釣りに飽きてしまったオラは相棒に「花さんヤ、今日は調子ワリ〜から
ここの崖を登って近道して帰らないか」と、相談を持ちかけました。
そこは何事もイヤとは言えないホトケの花さん。
話はすぐにまとまり(強引と言う話も有る)
川を大きくショートカットする事にしたのである。
急斜面ではあるが、距離としてはそんなに長くないような所を選び
四つんばいになりヒイコラ言いながらも
大事な竿を折らないようにと慎重に登りました。
崖のテッペンまで来ると、尾根沿いに獣道みたいなのがついており後は楽そうです。
そこをオラと花さんはダラダラと歩き始めるのでした。
そして歩き出してまもなくです。
なにやら前方に黒くて大きなコックラモックラとした物が
ガサゴソと音を立てながら
こちらに向かって来るのじゃぁございませんか。
林道で見かけた子グマ
ヤベーと、てっきりオラは熊だと思ったんです。
がヨ〜ク見ると大きなしょい籠を背負った、おば〜さんでした。
びっくりしたぜホント。
そう言えばこんな話をヒカリ釣りの先生ウメさんから、聞いた事があります。
「新聞のニュース記事を見ると熊に襲われるのは、ほとんどの場合
地元のおじいさんか、おばあさんだろ?なぜ、ヤマオヤジは
都会の人間を襲わないか分かるか?」とオラに問い掛けてきました。
「そんなんオラ分かんネエ〜な」と答えました。
するとウメさんの待ってましたばかりのうんちく講釈が長々と始まりました。
簡単にまとめるとこうです。
「都会の人は自動車の排気ガスの匂いがしたり整髪料の匂いがしたりと
あらゆる化学合成物質の匂いが身体に染み込んでいるだろ。
そんな異質な匂いは山の中には無いもんだから、遠くからでも熊は
嗅いだことの無いその匂いで、すぐさま危険を察知するから
都会の人間は襲われずにすんでいるんだ。
それに引き換え、田舎のおばぁ〜さんや、じいさんは山の匂いが
すっかり体に染み込んでいるもんだから、敏感な鼻を持つ熊でさえも
人間に気づくのが遅れてしまい、出会い頭に熊に襲われて
しまうんだ」と言うような事を長々とオラに話してくれました。
匂いまではオラには分からないが
これじゃ遠くから見た感じでは
おばぁ〜さんか熊かホント分からね〜なと思い
そんな話をフト思い出したオラでした。
人一人通れそうもない狭い獣道でおばぁ〜さんとすれ違う時
オラ達は軽く挨拶をしました。
その時おばあーさんの背負い籠の中をひょいと覗いてみたところ
なんと!その籠の中には立派なホウキタケが、うなるほど入っていたんです。
オラはおもわず「スッゲ〜」と、うなってしまいました。
すると、おばあさんが、「んだハギモダスだ」
とチョット自慢げにオラを見上げて言いました。
オラがビックリしたような驚きの顔で
「スゲースゲー」と何回も言うもんだから
おばぁ〜さんはちょっと良い気分になったんでしょうな
つい口を滑らせてしまいました。
「ハギモダスなら そこらんじゅうにあんべよ」 と。
おば〜さんの後姿を見送ってから花さんと顔を見合わせて
お互い何も言わなくてもアイコンタクトで
二人はすっかりその気でした。
(その気のソノキじゃないよ、いっとくけど)

姿勢を低くして、まばらに生えた笹薮を透かすようにして
見ながら少しばかり歩いていくと
あるじゃあ〜りませんかカリフラワーを一回りほど大きくしたようなホウキタケが。
その瞬間、お宝を発見した興奮と喜びに包まれ
先ほどまでの疲労感なんか吹っ飛び
今日のつまらない釣りの事なんかすっかりと忘れてしまい
キノコ探しに夢中となった二人です。
このハギモダスですが、お湯で軽く湯がいて
酢味噌和えにすると絶品です又
すき焼きの具にすると、もうたまりませんわな。
涙がチョチョ切れます。
又レモンの輪切りとオリーブオイル胡椒と
アンチョビーを一緒にホイルに包みオーブンで蒸し焼きにして
辛口の白ワインと共に食べたらもう極楽浄土、天国の旅ではアルナ。
大漁のハキモタシ
この時の事がキノコ採りのアンダーグランドな世界へと
ドップシと足を突っ込む起爆剤となり
「恐怖の巨大熊遭遇!命かながら死ぬとこだった事件」
へと続くのである。
オラの場合、きのこ採り最終節は、10月末の銀タケ採りであります。
それ以降は落ち葉が積もりキノコが見えなくなるので
キノコ採りは終了となるのです。
「今年もこれでキノコ採りも終わったな〜」と
オラはすっかり気を緩めていた11月はじめです。
フロッギー花さんは誰にも知られる事の無いように
密かに山通いをしていたらしい。
そんな彼は初雪も降ったというのにネチッコク山に通った成果が実り
スゴイお宝を探り当てたのだった。
釣りでもそうなんだが、自分がイイ思いをした時や大漁の時
そして馬鹿でかい大物を釣り上げた時などは
他の人に自慢して良い気持ちになりたくなるもので
(俗にゆう釣り天狗ってゆうやつですが。)
どんなに親しい友人でも、この時ばかりはとても嫌な奴に思えてきます。
(多分俺も相当嫌な奴になっているんだろうナ。)
こういう時でもだんまりを決めているやつは、よっぽどの超人であり
日常の事として、取るに足らないモノとして受け流す名人であるか
とてつもなく根暗の根性の曲がったイヤナヤツのどちらかである。
そういう根暗なヤツほどシーズンが終わって
誰にも釣りを邪魔されなくなった頃を見計らい
さも今思い出したように自慢するものだ。ダレダ〜、あっオラか。
でも人のいい仏のハナさんは
苦労して探し当てた宝の山にオラを案内してくれるというのだ。
(泣けちゃうね。)
その場所とは岩手のチベットと言われていた沢内村である。
カモシカのトールちゃん
この村は岩手県一の豪雪地帯です。
どんなに豪雪地帯かといえばこうです。
一階に玄関があるのが、当たり前のごく普通の家なのだが
ここは雪が2mも積もる村なので、なんと二階にも玄関がある。
最初見たときは、オラは「なんだこりゃ
玄関が二段重ねだ」とビックリこいたのである。
そして、ここの村の自動車税は冬は雪で車が使えないとの想定で
冬季減税措置があるのだ。
そんなだから昔は、盛岡などの街と交通が断たれるので
陸の孤島と呼ばれていた所なのだ。
花さんの話では、その村の真中を通ってる国道45号線から右にそれて
沢筋を10分くらい上流に向かったところに車を置き
この沢をウェーダーを履いて渡ったところで
6,7年くらい経った伐採の跡地が、そのお宝ポイントだそうです。
で獲物はというと、エノキタケ,ムキタケの
俗にユキノシタと言われているキノコ達だそうだ。
エノキタケと聞けば、ス-パーマーケットの野菜コーナーの隅に
ビニールの細長い袋に包まれてヒョロヒョロっとした
頼りないキノコを皆さんは思い浮かべるのでしょうが
山の木に生えているエノキタケは
スパーで売っている物とは姿格好がえらい違い
全体的に色が濃く茶色で、その足は黒くて迫力のある姿なんです。
始めて見る人はとても同じキノコとは思えません。
その天然のエノキタケを口に含んだときの触感はポクポク
ツルルンとしてお吸い物の実として
またミネストローネスープの具としても最高の食材で
とても食感が良く楽しめるキノコであります。
そしてムキタケは、その名前のとおり表面の薄い皮がするっと剥けるキノコで
大きい物は30cmくらいの傘になる食べ応えの有るキノコです。
これは誰がなんと言おうと、季節がら鍋焼きうどんの具に最高です。
オラ的にはこのキノコの入らない鍋焼きうどんは
鍋焼きうどんにあらずと言い切ってしまいます。
第10章雪渓カワゲラで紹介した、マタギのケンちゃんの家では
このキノコの栽培に取り組んでいて
オバ〜チャンの作る沢ワサビの葉っぱと混ぜて作る漬物は
とてつもなく美味しく日本酒と相性ばっちりコンコンデスな。
で、このキノコを採りに連れてってもらった日は
盛岡の街にも初雪が降る11月も中ばの頃です。
さすが豪雪地帯沢内村は道路にはうっすらと雪が積もり
とてもさむそーな雰囲気ではあります。
この後が大変!
車から降りて早速ウェーダーに履き替え沢を渡ると
そこは広々とした森林伐採地跡。
さっそく伐採された後の切り株を見ると有るは有るはのエノキタケ。
その根元にナイフを当てて、さくっといただきオラはニンマリ。
うっすらと積もった雪を払いのけるようにして探すと、切り株や
伐採後捨てられ朽ち果てた倒木に、むきたけ、えのきたけがにょきにょき。
雪払いで手がかじかみ感覚が麻痺してくるのもかまわず夢中で採りまくるオラでした。
この伐採地の中央部の4m四方の窪地は
特に見事でムキタケの大集合って感じ
話一つせず夢中で採りまくるオラと花さんでした。
しゃがみ込んで一生懸命になるものだから、腰が痛くなってきます。
そこでオラは背伸びをしようとヒョイと顔を上げました。
すると100mくらい前方に艶々と黒光りする牛くらいのデカさの
モコモコッと動く物体が見えました。
エッ、アレッテもしかしたらくま....。
オッ熊だ!クマサンだぁ〜〜〜〜
オラの押し殺したような叫び声を聞いた花さん
(釣り師匠の熊谷さんが来たのかと思ったと、後になって言っていたが)
少し間をおいてそれを確認し仰天した彼はほとんど絶句状態。
そう言えばオラの飼っているエアーデルテリアのスターシャを
川原に放してよくカクレンボをするのだが
何も隠れる所の無いだたっ広い川原でも、しゃがみ込んでジーっとしていると
なかなかオラを見つけることが出来ないでいるスターシャを思いだし
熊にも有効ではないかと、とっさに思い付き花さんに「しゃがめ!しゃがめ!」と
クマに聞こえないように小声で言い、花さんの肩を押し下げました。
その間にもクマはオラ達の方にドンドン向かってくるのです。
そしてオラたちのしゃがみ込んでいるところからクマは
半径6、7mの円を書くように回り込み始めたのです。
位置的に花さんを楯に出来るような格好となったオラは
ほんの少し余裕が出てきました。
彼の肩越しにクマを見上げると
クマの鼻の穴が500円硬貨大に見えます。
そうだな5m位いに接近してきました。
ウワオーー絶体絶命!
もはやこれまでかと思った瞬間
クマは突然前足を持ち上げ立ち上がりました。
(ゲロゲロ)
そして頭を左右に降りながら臭いをかんでいるような仕種をしました。
それを見て「オッ、これはまだ俺たちに気が付いてないんじゃ無いのか」と
少しばかりの光明を見出したオラは
ほんの少しばかり生き長らえる希望を持ちました。
30秒くらいクマは立ち上がっていましたが
「なんか変だな」という風に首を振ったと思ったら
前足をスタッと地面に下ろし
オラたちをかすめるようにして山手の雑木林のほうに
音もなく風のように去っていきました。
完全にクマの後姿が見えなくなった頃を見計らい
オラと花さんは何故か忍者のように中腰になりながら
音を立てないように川辺まで走り、ウェーダーに素早く履き替え
この場からトットト逃げるように沢を渡り、車まで一目散に走りました。
モチロン沢山ののユキノシタが入ったハキゴは大事に抱えてネ。
(この点は我ながらしっかりしてるね。)
そして急いで車の中に入り、ドアーを閉めロックボタンを押したところで
猛烈なフルエがオラの全身を襲い
脇の下からと言わず背中から胸から汗が
滝のように流れ出てきました。
それまでは極度の張り詰めた緊張と
グルグルめぐる思考回路で麻痺したオラの脳は
たぶん怖いという感覚が無かったのでしょう。
車の中に無事戻った安堵の気持ちで
我に返ったのでしょうか急に恐怖感が全身にあふれ出したのです。
そして次に言いようの無い脱力感が全身を包みました。
あぁ〜本当に死ぬかと思った。
相棒の花さんはと言えば、実家に帰ってお袋さんに採ってきたユキノシタを
見せながら、事の顛末を聞かしてあげたところ
お袋さん曰く「私が灯油のカンをがんがん鳴らしてクマを追い払ってやるから
そのユキノシタがいっぱいあるところに連れて行け」と言ったそうな。
そこまで人に言わせる山のエノキタケとムキタケではあります。
もちろん次の週に行こうという話にはなったそうだが
その日から2日後に今年初の大雪が降り
これで今年のキノコ採りのシーズンが完全に終わりました。