お友達紹介

町田 エル ちゃん  ゴールデンレトリバー   2000年10月号掲載
エルは娘が漫画の『ハッピー』を読んでゴールデンに憧れ、5年間勤めた会社を退職した時に退職金で手に入れた犬です。
インターネットで探していたところ、パーマ屋さんが本職のブリーダーさんを埼玉県川口市で見つけ、4匹生まれたという子犬を見に行きました。
「どうぞ」と言われて犬のいる部屋に入った瞬間、目が合ったのがエルだったそうです。
3ヶ月まで親元に置いて、4ヶ月目の11月に我が家に来ました。
以前シェパードを飼って訓練所に通った経験から、エルの躾は娘と私で自宅で行いました。
その後娘が仕事に入ったので、エルの面倒は私がみることになったのですが、今でも1番の主は娘であることに変わりはないので、髪の長い自転車に乗った女の人を見掛けるとジーっと目で追いかけています。
家にはその前から猫がおりますので、エルの犬舎は外にあります。
花火・爆竹・カミナリが大嫌いなので、雨の日には外に出ようとしません。当然散歩はなしです。
普段は広場で遊んでから、運動のため1時間程歩かせます。
広場からボールや玩具をくわえて1人で帰ってしまうようになったのは1年位前からで、自分のおもちゃを他の犬に取られたのが原因です。
家にはもう1匹『チビ丸』という13歳になる柴犬がいます。
これは近所にメス2匹で捨てられていたうちの1匹で、当時飼っていた秋田犬を散歩させていたらついて来たのです。
エルの分までよく吠えるので「番犬にはぴったりね」と言われています。
エルが来た頃の広場には、姫ちゃん・スケロク君・エディちゃん・クロちゃんや多くの中型犬がいましたが、最初から皆と仲良く遊んでいました。
滅多に怒る事のない、気持ちの穏やかないい子です。
「こんないい子のエルちゃんの子供が欲しい」と言われることもありますが、今のところ手術する予定も子供をとる考えもありません。 
鈴木 ナナ ちゃん  ウェルシュコーギー   2000年10月号掲載
ナナが広場デビュー(?)を果たしたのは、今から約1年前で当時は1歳半位でした。
それまでは普通に散歩だけで、道で会う犬とちょっと挨拶をする程度。
犬友達と遊んだ事などありませんでした。
ですので、初めて沢山のわんこ達に囲まれた時には大変!毛を逆立てて逃げ回っていました。
「もう広場はやめておこうか」とも思いましたが、『犬同士の触れ合いのない犬は痴呆症になりやすい』とTVで見た事もあって、「遊べるようになったらいいな」と考え、広場に通い続けました。
でもなかなか慣れずに他のわんこ達の来ない隅の方でポツーンとしていましたが、そのうちに1人(?)がお友達になってくれて(武吉くんです)、それからだんだんと他のわんこ達とも遊べるようになりました。
今では自分の家の庭のようにデカい態度です。
思い切り広場で遊ぶからか、家でのイタズラも減り(歳のせいか)表情も前より明るくなりました!ホントですよ。
それから広場に来る人は『犬好き』という明確な共通点があるので、話題に困ったりする事もなく自然とおしゃべりできるので私自身も広場が大好きです。
最後に・・・いつもナナと遊んでくれるわんこ達と、ナナの飛び付き癖にイヤな顔をせず可愛がって下さる皆さんに感謝・感謝です。
藤田 楓(かえで) ちゃん  シベリアンハスキー   2000年12月号掲載
楓が我が家にやって来たのが4年前。
ご近所で飼われていたハスキーに5匹の仔犬が生まれ、そのうちの1匹をもらってきたのです。
家にやって来た当初の楓は、ただひたすら眠り、起きているかと思えばやりたい放題の暴れっぷり・・・。
特にひどかったのが、何でもかんでも飲み込んでしまうという悪癖で、靴下や手袋、果ては下着まで飲み込んでしまうという始末。
探していたものが、楓の口から「オエッ」と出てくるなんてことは、日常茶飯事でした。
2年程前に、他所様のワンちゃんのボールを横取りした挙句にそのボールを飲み込んでしまい、切開手術をして取り出すことになった事件以来、本人(本犬?)も懲りたのか、無闇に物を飲み込む事はしなくなりました。
ですが、「この子は一体どうなるのだろう・・・?」というこちらの心配をよそに、楓も今年の11月に、無事4歳の誕生日を迎えることができました。
人間で言えば、25〜26歳というお年頃ですが、避妊手術をしてしまったせいか、足を上げて電信柱にオシッコを引っ掛けるという男らしさ・・・。
でも、今では「事件を起こさず、無事に生きていてくれるだけでいい。もう、それ以上は望むまい・・・。」という心境です。
そんな楓の現在の1番の楽しみは、山岡ちょび君と一緒に遊ぶことで、これを我が家では『ちょび君とガウガウ』と呼んでおります。
粗暴で、行かず後家の・・・と思っているかどうかは分かりませんが、いつもどんなに乱暴なことをされても本気で怒ることなく、最終的には楓に勝ちを譲ってくれる、懐の広いちょび君です(「ラッキー君も大好きよ」by楓)。
また、ちびっこ広場で会う他のわんちゃん達も、楓の乱暴に嫌な顔をせず見守ってくれる優しいお友達ばかりです。
優しいちょび君とお友達に恵まれ、楓は幸せ者です。
どうかこれからも今まで通り、仲良くしてやって下さい。宜しくお願いします。
秋山 KORO(ころ) ちゃん  ビーグル   2000年12月号掲載
私とコロとの出会いは変わったもので、ある里親会でした。
「子犬の貰い手はすぐにつくけど成犬はなかなか」という言葉で「成犬を飼おう!」と決心しました。それがコロです。
コロを引き取った翌日に近くの病院へ、シャンプーと予防接種を受けに行きました。
洗ってもらうとノミの死骸で水面が見えない程でした。
不安になって検査をすると肝臓病・フィラリア病・それに伴う白血球減少、口・耳は裂け、喉は焼かれ、右膝の皿は蹴られたようで陥没し、将来的には歩行が困難になるかもと言われました。
早速、口・耳の縫合、毎日の投薬が始まりました。
白血球はその年の12月に、肝臓病は翌年の12月に、フィラリアは現在も治療中です。
コロはひどい虐待を受け人間不信に陥っており、近付くと声にならない声で「ヒューヒュー」鳴き、ガタガタ震えました。
いつも玄関に近い壁にもたれ、1ヶ月程立ったまま寝ていました(いつでも逃げれるように)。
散歩に行っても壁にこすれる程くっついて歩いていたので、片側の毛が薄くなってしまいました。
3ヶ月程して、ようやく家族にだけ慣れてきて、一緒の部屋で寝るようになりましたが、悪夢を見るようで「ヒューヒュー!ギャインギャイン!」と鳴き、ガタガタ震え、手足をバタつかせ、ケイレンを起こすようになりました。
慌てて起こすと、パニックになり、私達から逃げ回りました。
それを追い掛けて抱きしめて安心させ、寝かせるのです。
それが1日に何度もあり、寝不足でした。
それが約1年続きました。
今では家族には心を開き、落ち着いた生活を送っていますが、過去の経験からか、他人には警戒心を持っているようで、愛想がないように思えますが以前より大分よくなってきています。
コロを迎えた当時は知らない人に「この犬はおっかない顔をしている」とか自称(だと思う)動物愛護団体からの犬の飼い方についての投書がポストに入っていたり、いろいろとありましたが、今ではいい思い出です。
コロは虚弱体質で、神経質で、神経性胃炎になりやすい子でいろいろと気を使うこともありますが、お兄ちゃんのヒデ君(ウサギ・10歳)と妹のヴィヴィ(プレーリードッグ・2歳)と仲良く元気に暮らしております。
こんなコロですが皆さん宜しくお願いいたします。 
林 ラッキー くん  ダルメシアン  
林 ロビン ちゃん  黒ラブラドール   2001年3月号掲載
我が家には4歳のオスのラッキー(ダルメシアン)とメスのロビン(ラブラドール)がいます。
ラッキーは娘が一目惚れをして欲しがり、面倒を見る約束で主人を説得して購入しました。
内心私もとても嬉しくてワクワクしていました。
ラッキーはそれはそれは美しく可愛い子犬でした。
彼を見ていると何をしてても目を奪われてしまい家事が手につきません。
手が掛からずお利口で、私は主人や子供の送り迎えの時等は胸の中に入れ車に乗っていた程です。
また1ヶ月を過ぎた夏、実は前々から主人が欲しがって約束をして待っていたロビンが我が家に来ました。
ロビンはコロコロとしていましたが、ラッキーの美しい子犬を見ていたせいか顔は情けなく、また目は小さくとても不細工に見えました。
私は泣いてばかりいるロビンを3ヶ月付きっきりで見てました。
ラッキーも一緒でロビンを苛める事もなく、仲間ができた事を喜んでいる様子でした。
ロビンは体を触ると嫌がってすぐに逃げてしまいます。
そうこうしてて元気一杯でイタズラばかりしているので長い目で見て『2人』を訓練に出す事にしました。
ラッキーはみるみるうちに良く覚え先生にも好かれ、私達が会いに行っても私達の所から先生の所へ逃げて行ってしまって、私達はショックを覚えた程です。
反対にロビンは落ちこぼれで私達から離れませんでした。
訓練も残すところ何日かの時に会いに行ったら、ロビンは顔や頭にハゲが何ヶ所もできていて(可哀想にストレスばっかりだったんでしょう)私達はその日に『2人』を連れて帰りました。
帰ってからのロビンは捨てられたと思い込んでいたせいか今度は私達から離れません。
必ず手か顔や体を私や主人にくっつけてきて、寝る時も一緒に寝ます。
反対にラッキーは自立して1人で生きていけるようにも伺えます。
また、外ではロビンがおやつを貰えるような人から目を離さない程がっつきで、ラッキーは「口が綺麗ネ」と皆さんに言われますが、実は家での私達の食事中等ラッキーは食べる人食べる人の周りをウロウロして落ち着きがありません。
そこへいくとロビンはフセの状態で食べ物を見ないように寝ている振りをしています。
でも実は口の周りはよだれでビショビショになっています。
我慢をしているんだと思います。
私は子供の頃から現在に至るまで犬のいない事はありませんでしたが、こんなにも愛しく可愛く思ったのは初めてです。
今も書いている私の横で体を擦り付けてロビンがいます。ラッキーも寄り掛かっています。
こんな『2人』を見ている私達は至福の喜びです。
山本 まめ太郎 くん  豆柴   2001年3月号掲載
2000年2月3日節分の日に、豆柴の赤ちゃんが我が家の新しい家族になりました。
家族会議の結果『まめ太郎』と命名!
まめ太郎は、生後1ヶ月半頃ダンボールに捨てられていたところ、長男の知人の飼い犬(サブちゃん)に発見され、約1週間自動車修理工場でサブちゃんと共に『チョビ』という名で暮らしていました。
そこへ偶然訪れた長男が一目惚れし我が家にやって来ました。
その頃のまめ太郎は、野良猫に苛められたのか、カラスに苛められたのか分かりませんが、鼻の皮が半分めくれ、耳にも痛々しい傷がありました。
下痢もひどく、ずいぶん辛い様子でした。
さあこれからが大変です。
今まで犬を飼った事がない山本家はまめ太郎の一挙一動にそれはもう大慌てです。
ゴミ箱をあさる、柱をかじる、畳をかじる、おもらしを所構わずする、家族のご飯を盗み食いする等々、初めの2ヶ月位の間は我が家の問題児として君臨していました。
とにかくこの2ヶ月間は犬の飼い方、柴犬とは、といった本を読みまくり、まわりのワンちゃんを飼っている皆様方にご教授いただいたりと、こんなに熱心に勉強している山本家は、今までなかったでしょう。
その甲斐あってか、やっとまめ太郎の方にもこちらの気持ちが伝わるようになり始め、我が家の問題児から、我が家のアイドルへと変わったのです。
まめ太郎が生まれて初めての夏を経験している頃、まめ太郎の様子に異変が起き始めました。
今までがっつくように食べていた食事をほとんど摂らなくなったのです。
いろいろ試してはみましたが、どれも上手くはいきませんでした。
獣医さんの診察の結果、心臓の右側に小さな穴が開いていて肥大しているという告知を受けました。
手術を受ければ治る可能性もあるけど、その手術をできる先生は日本には1人しかいないらしく、費用も車数台分くらい掛かるらしいということで、残念ながらその選択を選ぶ事はできませんでした。
他にもまめ太郎の体になるべく負担の掛からない方法もありましたが、それでも「もって2年」という話でした。
家族で話し合った結果、それならば残りの余生を出来る限り幸せに過ごさせてあげようと決めました。
ところが、秋が深まると共にまめ太郎が元気になってきているではないですか。
獣医さんの話によると、自分自身で上手く体のコントロールをしているそうです。
今では体重も9.4キロまでになり、ちびっこ広場でとても元気に走り回っていますし、とりあえずは一安心しています。
現在1歳2ヶ月。大好きな彼女『ビーグルのモモちゃん』もできて、2人は毎日ラブラブです。
そして、ちびっこ広場とそこで会える友達のみんなが大好きです。
これだけの友達に恵まれたまめ太郎は幸せ者です。
いろいろとご迷惑をお掛けするとは思いますが、これからもまめ太郎共々よろしくお願いいたします。
岡田 キャシー ちゃん  ゴールデンレトリバー   2001年6月号掲載
キャシーは1993年12月14日生まれで、2ヶ月位で弟の家にやってきました。
ピンクのリボンの似合うおとぼけ顔の女の子でしたが、部屋中どこでもおしっこをしてしまう困った奴でもありました。
その頃は家にいたおじいちゃんが、もっぱら散歩をさせておりました。
頑固一徹な人でしたが、彼は彼なりにとても可愛がっていたと思います。
散歩の途中『ササヤ』の焼き芋を半分ずつ食べていたのが思い出されます。
おじいちゃんが亡くなる1年位前から病気の為入退院を繰り返しながらも病院のベッドにはキャシーの写真があり、家に帰れば散歩をさせたがりました。
ですから、お盆・お彼岸・命日と折々の墓参にはキャシーも必ず連れて行き、私と一緒に般若心経を上げて(よそ見してますが)くる次第です。
車でお出掛けが大好きで、土・日にはおじの車でよく荒川土手に行きます。
良きおじ・おばがいるキャシーです。
本当の飼い主と出掛ける時は、必ずバンダナでおしゃれしていくのには笑っちゃいます。
キャシーも今や7歳。らんらん倶楽部のお友達の中では年長に入り、皆の模範となるべく落ち着きも見せたいところですが、荷が重いようなので辞退し、今まで通り遊んでいただきたいとキャシーも申しておりますので、これからも『おば』共々よろしくお願いいたします。
志原 ジュン くん  ラブラドールレトリバー   2001年秋号掲載
ジュンはラブラドールレトリバー、雄で1歳9ヶ月です。
ジュンが家に来て1年半になりますが、我が家の生活の中心になってしまいました。
朝は5時になるとお父さんをなめて起こします。
夕方は4時になると、おじいさんにピッタリくっついて離れません。大好きな散歩だからです。
体はすっかり大人なのに、甘えん坊の泣き虫で、留守番が苦手です。
昼寝をする時は、テーブルの下で必ず誰かの足の上に顔を乗せています。
広場では他の皆にひつこくして迷惑のかけどおしですが、これからもどうぞよろしく。
出口 弁天  くん    日本猫   2001年秋号掲載
我が家には3人の息子がいます。
長男のコテツ、次男の武吉、そして三男は猫の弁天です。
弁天は病気の野良猫でした。
今年5月末の事、生後1ヶ月位の彼を駐車場で見つけた時には、おにぎりより少し大きい位の毛と肉の塊でした。
まるでボロ雑巾のようで、目も口も鼻もわからない程つぶれていました。
ピクリともせずこのまま放っておけば死んでしまうのは明白です。
反対する主人に「絶対飼わないから。迷惑掛けないから」と約束して病院に連れて行きました。
病院で先生と話しているうちに、私のした事は間違っていたとわかりました。
飼えないのなら助けるべきではない事、ペットと違い自然繁殖した動物はかなりの割合で自然淘汰されなければならない現実。
甘っちょろい偽善行為だったと思い知らされました。
それでも入院と治療をお願いして、2週間後の彼は目もうっすらと開き(眼球があると知った時は涙が出ました)顔や体中あちこち毛がむしれて痛々しくはありましたが自力でご飯を食べられるまでに回復、めでたく退院、今日に至っています。
しかしそれまでには、武吉の猫恐怖症の克服、コテツの彼を家族の一員と認めるまでの葛藤、実親との再会と拒絶等、いろいろな出来事がありました。
後遺症で身体が不自由な事も手伝ってか、主人も「こいつは一生居候だな」と1ヶ月以上掛かりましたが我が家に置く事を認めてくれました。
今では居候から三男に格上げされ悠々自適の生活を送っています。
野良猫が飼い猫になる事も、飼い猫が野良猫になる事も、人間が勝手にすることです。
野良猫と飼い猫のどちらが幸せか私にはわかりませんが、食べ物と居心地の良い居場所と人間の愛情を当たり前に受けていた飼い猫が野良になるという事は死を宣告されるのと同じです。
どうか簡単に捨てないで下さい。簡単に拾わないで下さい。
偉そうな事を書きました。最後に一言。『弁天は今日も元気です。生きる事をめいっぱい楽しんでいます』
S. ミント ちゃん   パグ  2001年秋号掲載
『うちのお嬢様』  ミントの兄
「犬飼いたい」。僕はちっちゃい頃からこの言葉を言い続けてきました。
しかし、母は犬が怖くて飼えませんでした。
いくら大きな犬のぬいぐるみを誕生日のプレゼントに買ってもらっても諦めきれない僕は、言い続けました。
そして母は、自分が怖いにもかかわらず、ペットOKのマンションへの引越しを機に犬を飼う事を許してくれました。
忘れもしない小学3年生の9月、やっと犬との生活がスタートしました。それがミントです。
『パグ』という犬種で愛くるしい顔に惹かれました。
表情豊かな子で、常に僕は癒されてきました。
こんなに可愛い犬、いいえ妹はどこにもいません。
もう、ミントなしの生活は考えられません。まさに、自由の女神級です。??
もう1人アーニーという弟もいます。これも可愛いけれど、ミントにはかないません。
今もし、悩んでいたり、落ち込んでいる人がいれば、犬に逢ってこう言って下さい。
「どうしたらいいのかな??」
必ず、答えが返ってくるでしょう。「頑張れ!なんとかなるよ!」ってね。

『物言わぬことは最大の魅力?』  ミントの母
子供達が成長していく過程で橋渡しをしてくれるものが必要なのでは?と感じた時に、長男の物心ついたときからの念願だった犬を飼う決心をしました。
今では、家族がミントとアーニーと過ごす事がすっかり当たり前のこととなり、我が家の調和をとる大切な役割を果たしてくれています。
山岡 もも ちゃん  ミックス  13歳
山岡 ちょび くん  シベリアンハスキー  5歳
山岡 ミレ ちゃん  ボーダーコリー  2歳
山岡 ロイ くん   スプリンガースパニエル  1歳半   2001年冬号掲載
ミレ     「ということで、私達の簡単な紹介をする事になりました。まずはリーダー
        の私からね」

ちょびロイ「えっ?いつからリーダーになったの?」

ミレ     「何言ってんの。この家では私がリーダーに決まってるでしょう。なんたっ
        て、私は※AFSでは優等生なのよ!フン!」

ちょびロイ「優等生って言ったって、あそこでだけじゃん。ももばあちゃん、何か言っ
        てやって」

もも     「えっ?なぁに?わたしゃ最近とみに耳が遠くなってねぇ・・・」

ミレ     「え〜と、私がこの家に来たのは先代のロイ君が死んだ後、パパはアイボ
        を買おうと思って申し込みしたんだけど、当時は抽選で結局買う事ができ
        ず、がっかりしてた時私が目についたんだって聞いたわ。私ってアイボの
        代わりだったのね。ちょっと複雑な心境だけど、まぁいいわ」

ちょび    「アイボにしてくれれば、こんなに騒々しくなかったのにネ〜。あ〜、いや
        いや。ボクはご存知の通り楓ちゃんと一緒に産まれて、藤田ママに抱っこ
        されてこの家に紹介されたんだよ」

ロイ     「ボクはネー、ペットショップから来たんだ。正統派だね〜」

ミレ     「なによ、あんた売れ残ってたんでしょ?」

ロイ     「え?ちがうよ。パパ以外の人には、わざと変な顔してやったんだよ」

ミレ     「今でも充分変な顔だと思うけど・・・。いつもパパのベッドの上で一緒に寝
        てるのね。甘ったれね。でも最近デブだから足の上に乗られると重たいっ
        てパパ言ってたわよ」

ロイ     「ひっどいなぁ。ミレちゃんより1キロ多いだけじゃないか」

ちょび    「ももばあさんは、子犬の頃どっかからやって来て、先代のロイ君と一緒
        に育ったんだよね、ねっ」

もも     「ああ、わたしゃ、最近小魚よりもチーズが好きだね。歯がどうもねぇ」

ミレ     「まっ、とにかく、不揃いな私達だけど仲良くやっていきましょうね。夢は皆
        でアジリティー競技会出場よ!あんた達がもうちょっと頑張ってくれれば
        ねぇ・・・!ちょっと〜聞いてるの!」

ちょび    「あぁ、聞いてる。聞いてる」

ミレ     「だいたい、ちょびは夜中に物音がしても全然知らん振りで起きてこないん
        だから!おへそを天井に向けて大の字になって寝ていないで、少しは緊
        張感持って生活してよね」

ちょび    「そ、そう言われても・・・。ボクの出番まで無いと思うんだけどなぁ」

ミレ     「ロイは何をしているの!ま〜たそんな大穴掘って!だからあんたの足は
        いつも泥だらけなのよ!」

ロイ     「・・・・・・」(実は、顔も泥だらけ)

もも     「さあ、もういいかね?わたしゃもう寝るからね。あぁ疲れた」

こんな4匹ですが、皆様これからもどうぞ宜しくお願いします。

※AFCとは、黒磯市にある『アニマルファンシャーズクラブ』という優良家庭犬訓練や
 アジリティー訓練を飼い主と一緒に勉強する、緑に囲まれたクラブです。
 ちょびとミレとロイは、月に2.3回パパ&ママと訪れます。
 成果の程は・・・う〜ん、これからですね。   
出口 コテツ くん   ビーグル  
出口 武吉 くん    ビーグル
出口 弁天 くん    日本猫    2002年春号掲載
我が家には、可愛いビーグルの男の子が2人います。
5才のコテツと3才の武吉です。
2人を連れて歩いていると、知らない人によく声を掛けられます。
「親子?兄弟?」「男の子同士でケンカしない?」。
2人は血は繋がってはいませんが、同じ群れの仲間ですもの、ケンカなんてしませんよ。
他愛ない兄弟ゲンカや教育的指導ならありますけど・・・。
コテツと武吉は同犬種の同性なのに全然似ていません。
顔や体つきはもちろん、性格までも。
ちびっこ広場で2人を知る人は、きっとこう思っているのではないでしょうか、「コテツは無愛想でマイペース、武吉は元気な甘えん坊」。
でもね、それは外の顔なんです。本当の甘えん坊はコテツの方。
例えば、今これを書いている間も、武吉は「相手してくれないなら寝てるね」とベッドにいますが、コテツは私の足元でフセてジッと私を見つめています。
主人と私が楽しげにしていると、武吉は「オレもまぜて」と入って来ますが、コテツは「お母ちゃんは『オレと』なんだよ!」と私を独り占めしたがります。
神経質なコテツと楽天的な武吉、どっちもたまらなく可愛いですね〜。
もう1人、1才になる猫の弁天もいますが、これまた可愛いんです。
弁天は使い分けの名人。
力一杯あそびたい時は武吉。甘えてジャレジャレしたい時はコテツ。
長男、次男、末っ子の関係ですね。
イケメン3兄弟に囲まれて、私の毎日は毛まみれの幸せで一杯です。
いつまでも、いつまでも、この幸せが続きますように・・・。
K.スケロク  くん    ビーグル  
K.コウメ  ちゃん    日本猫     2002年春号掲載
「妊娠していますか・・・」本当によく言われるものです。
今年7月に6才を迎える我が家のアイドル☆オスのビーグル☆スケロクです。
そうです・・・オスなのです。ただまんまるく肥えてしまっただけで・・・。
スケロクは平成8年9月10日、まだ手のひらに乗るくらい小さい体で我が家にやってきました。
はっきりとした顔立ち。ツヤツヤの毛並み。歌舞伎俳優のようなキリリ男前のビーグルでした。
ツルツルの床に足を滑らせながら元気いっぱい、スクスク育ちました。(育ちすぎ・・・)
今のスケロクは、幼なじみの彼女、ロビンちゃんとの愛をはぐくみながら・・・(デレデレしているので)穏やかに和やかになりました。
最近はかなり白い毛が目立つようになりました。
こんな充実した毎日を過ごしているスケロクを見ながら、恋をしているスケロクを見ながら、私も幸せだなあと感じています。
たくさんの仲間・お友達とのステキな出会いに心から感謝しています。
この場をお借りして、ありがとうございます!
2年前、猫のコウメを妹として迎え入れました。
ラブラブお散歩から帰ってくると、コウメの『チュ』攻撃に「まいったなぁ」という顔で私を見上げています。
可愛いコウメちゃん・・・妹なんだけれど・・・女王様なんですもの!
私たちは、こんな2匹に囲まれて、毎日たまらない気持ちにつつまれて癒されているのです。
やさしいやさしい宝物です♪
大竹(小林) スパイク  くん    ビーグル   2002年秋季号掲載
私がスパイクと会ったのは、約3年前のことです。
母とペットショップに行ったら、カゼをひいて、奥で休んでるビーグル犬の仔犬をぐう然見つけました。
次の土曜日にもう1度ペットショップに行ったら、まだあの仔犬はいました。
店員さんに、その仔犬を抱かせてもらいました。
この時に、母と私は、これも何かの縁だと思い飼うことにしたのでした・・・。(12月5日)
もう最初の頃は大変でした。
仔犬の様子を見に、2階へあがってみれば、いつでもちゃんとフンはしてあったし、「すわれ」や「待て」とかは、なかなか覚えてくれないしで、本当に大変でした。
それに、カゼをひいて予防接種の注射がおくれて、ふつうよりも少しおそく公園デビューしたせいか、他の犬とすぐけんかをしたし、しょっちゅう他の犬に吠えていました。
1番最初のお友達は、かえでちゃんでした。
でもあれから3年後。
持病の結膜えんは治ってないけど、よく他の犬の飼い主さん達から、「前にくらべてスパイク君、おとなしくなったよねー。」などと言われることが多くなりました。
たしかに、他の犬と吠え合ったり、ケンカする回数もへってきました。
きっと友達のちょび君(ハスキー)や、ミレちゃん(ボーダーコリー)達に色々しごかれたりしたので、それで犬社会(?)のことを色々学んだんだと思います。
今では、「ふせ」、「お手」、「おすわり」、「はなパク」などの芸(?)もできるようになり、すっかりおちつきました。
(以前に比べて)今も十分元気なんですが、スパイクには、20年ぐらい長生きしてもらいたいな〜と思います。
これからも、私の親友であり弟であるスパイクを大切にしていきたいです。
(スパイクの姉筆)
北 モモ ちゃん   ビーグル    2002年秋季号掲載
モモは ’99年9月28日に家の裏の柵の中で拾いました。
まだ2ヶ月か3ヶ月の頃で片手で扱える大きさでした。
何日か気付かれなくてもいいように、おなかが床につく程食べさせられていましたし、ほんの小さな階段も昇り降りできなかったのですから迷って入ってきたわけでもないでしょう。
でもどう見てもビーグルなので捨て子とは思えず「そういえばよく犬の集まる広場があるから、そこではぐれたのだろう」と考え連れて行きました。
広場にもグランドゴルフ場にも近所にもたくさん人がいましたが、みんな知らないと言います。
その時一人の女性が「ビーグルなら欲しいっていう人もいるし、預かろうか?」と手を差し出されました。
私は確たる信念もなく、犬を飼ったら生活がどう変化するかなんていう展望も何もないまま「うちで飼います」と答えてしまいました。
声をかけてくれた人(現副会長の藤田さんでした)をはじめ、広場に集まる犬連れの人達は皆さん親切で、基礎知識も心構えも全くない私とモモに本当によくしてくれました。
今思うと、どんな病気を持っているかも知れないのに、よく受け入れてくれたなぁと思います。
モモはモモで犬社会の教育をみっちり受け、我が家に慣れるよりも早く広場の犬社会に入っていきました。
飼い主としては本当に未熟だった当事の自分を考えると、モモが一人前に育ったのはひとえに広場の皆様(人も犬も)のおかげです!
いろいろな思い出がありますが、いつも根気よくボール遊びに付き合ってくれるエルちゃんが、乱暴な犬にからまれているモモを助けに飛び出してくれたことがありました。
またいつも挨拶にいっても「あーはいはい」って感じのさっぱり系のロビンちゃんが、モモの口輪をはずそうとしてくれた姿も忘れられません。
自分より体が小さくてもリリちゃんやランちゃんのことはお姉ちゃんだと思っているらしく、時々怒られてシュンとしています。
ボーイフレンドのまめ太郎君とはかれこれ2年近く毎日遊んでいるのに、全然飽きないしラブラブです。
ちょび君に熱愛された時だけは、ちょっと危なかったかな?
拾ったその日に「その預かってくれるっていう人に渡せばよかったのに」と言った主人が、今では一番溺愛していて会社でも親ばかで開き直ってしまったようです。
モモが来て思いもかけない方向に拓かれた生活はとても幸福で、毎日喜びと感謝の気持ちに満たされています。
犬中心の毎日ですが、最近は手作りおやつ(犬用)や洋服、カレンダー、シール、缶バッジなどを作って楽しんでいます。
モモの食いしん坊と拾い食いは相変わらずですが、だいぶ落ち着いてきて少しお姉さんらしくなってきたと思います。
どうかこれからも温かい気持ちで見守ってやって下さい。
峯岸 ハッピー ちゃん   パピヨン    2002年冬季号掲載
私は小さいころから犬が好きだったわけではありませんでした。
ある日、犬を飼いたいと言ったのは兄でした。
私は前からなにか、ペットを飼いたいと思っていた時でした。
お母さんは、「犬のおせわはだれがやるの?」と言ったのです。
でも兄が「みんなでやろう!」と言った。
そして話し合って犬を飼うことにきまりました。
ちょうどブリーダーのところに、パピヨンという犬が、うまれてその犬に会いに行ったところ1ぴき小さく、よろよろしている犬がいました。
その犬を、私は、ひとめ見て気に入り、「コノコガイイ」私の意見はみんなといっちして、その小さな小さな犬が私の家にくることになりました。
私は3日もしないうちに、犬となかよくなりました。
4日め犬の名前は「ハッピー」と名前をつけました。
その日からハッピーは、9年私と時をすごしました。
そしていま!もうおばあちゃんに、なったけど私はハッピーのおかげで犬も好きになれたしいろんな人と犬のこうりゅうでなかよくなりました。
ハッピーありがとう!♪♪♪♪これからもうちのハッピーをよろしくおねがいします!
斎藤 フジ くん  シベリアンハスキー  
斎藤 ソラ ちゃん  ぺルジアングローネンダール   2002年冬季号掲載
我が家にはぜんぜん性格の違う2匹の犬がいます。
まず、先輩犬のフジ(オスのハスキー・13歳)この犬はとにかくワイルド。
以前、うちの庭に鳩が迷い込んだとき・・・
フジ「鳩が入ってきて一緒に遊ぼうとしたら死んじゃったみたい」
嘘です。おそらく鳩が来てヤッターと思い、鳩を絞めたのはいいがお腹いっぱいで隅の方に隠した。まあこんなところです。
フジ「ばれていたか!」
他にも生卵は殻ごと丸呑み、せみは大好物だし、まるで爬虫類のような犬ですが、犬には意外とフレンドリーで父がよく迷い犬を保護し、その犬と一緒に散歩しても全然平気、まあこんな犬だから1週間の放浪生活の後、帰ってこられたのではないかと思います。
つぎは後輩犬のソラ(メスのぺルジアングローネンダール・2歳)我が家では「お嬢」と呼ばれている。
好きな食べ物、フルーツ、柿だと四分の一に切ったのをさらに六等分ぐらいにしないと食べない。
ソラ「だって大きい物食べたら下にこぼれるじゃない」
そうなのです。この犬はこぼれたものは絶対に口にしない、飼い主に拾わせてから食べるのです。
ソラ「だって拾って食べるのは女の子として、はしたないでしょう」
ここら辺が、「お嬢」といわれる由縁でしょうか?
他にも犬見知り、人見知りが激しいし、それとボール馬鹿でボールを見ると目の色が変わりますのでボールを見せないほうがいいと思います。(見せても危険はないのですが、とにかくシツコイ)
こんなふうにちょっと変わっている2匹ですが皆様よろしくお願いします。
木村 ラフィー ちゃん   ビーグル系ミックス    2003年春季号掲載
理由もなく動物が苦手な私だった。
当然断固に反対していた気持ちを理解されるはずもなく主人は愛娘の為に二ヶ月になる雑種のメス犬を連れて来た。
一日中家の中を消毒しマスクをかけ台所に立った。
一年後ストレスで私は入院。
病室の窓から聞こえる犬の吠え声が妙に気にかかり、猛暑が続く夏の一週間を病室で過ごし、ラフィーの体調ばかりを心配していた。
家族にはくれぐれも散歩と餌と水は忘れないように頼んだ。
地域の公園は全て足を運んだ。
そして自然が育てた植物達の吐息に見とれて深呼吸していた。
ゴミを下げて歩いたがいつしかゴミを拾うようになった。
散歩が苦手だった頃を思い出すと苦笑する程数々の失敗を繰り返した。
まさにダメ母を通している私も、子供達に親になれと育てられ、更に育てられている。
すったもんだの五年が経とうとする。
今年は年女を迎えかわいい羊グッズのとりこになる。
あ〜しかし!義務を全うし権利を主張するかのように私の文句は日々続いている。
さて、ラフィーの自慢話はお友達のワンコ達がみんな出来ることに気が付き・・・無くなった。
時計は零時53分、突然パタパタと音がした。
ハテ?何の音?しっぽが威勢よく右に左に鼾も寝言も一人前だがいい夢も見るんだ。
ちなみに名前の由来。糸が梱包されていたダンボール箱。
子犬を入れた箱の表にはラフィーと印字有り。
日中わが家に到着した日、夜になって命名ラフィーと決まる。
糸の名前をもらった。フランス語で虹という意味だとか?体毛は虹のように?美しく??縞が入っている。
最近写真を見て大発見に笑った。丸い鼻だけが母犬にそっくり。
性格、人、犬なつっこい。わがまま始まると噛みつく。
皮のコートのポケットがとれ、三度目の冬も着られない。
恋に夢中。ラブコールはしっぽを回転させ踊りまくる。片思いだけに帰りは慰める。
こうして今は出逢った全ての犬達に愛しさを感じる私でした。
日頃より奔走されている役員の皆様にはお礼を申し上げます。
そして春風接人のごとく交流の輝くステキならんらん倶楽部を目指し夢と希望と努力の発展に力を注いでいきましょう。
山岡 ナナ ちゃん   甲斐犬    2003年春季号掲載
(ワラビー動物病院玄関に捨てられていた子でした)
昨年7月に大手術を受け、生死の境をさまよってしまいましたが、現在はとても元気になりました。
でも、その頃から食べても食べてもまだ食べたい!!子になってしまい困っています。
特徴としては、とにかく気が小さい!人が怖い!雨が嫌い!よく寝ていますが、いびきが大きいのがたまにきず!
・・・こんな私は、箱入りお嬢様犬です。
斎藤 リリ  ちゃん  ポメラニアン  
斎藤 ラン ちゃん  ポメラニアン     2003年秋季号掲載
我が家の愛犬、リリとラン(ポメラニアン親子・メス)がいます。
リリを飼うきっかけは、一人娘が淋しくないようにと、小学3年生の春休みでした。
私も子供の頃、外では犬を飼っていましたが、室内では今回が初めてなので、人間の子供と同様、少し熱が出たり、皮膚がおかしかったり、目やにがでたり、耳が臭かったり、等々、すぐ病院に走っていきます。
リリが3才の時、ランを出産。まるでお猿さんの様な顔でしたが、5年目に入った今は、ランもしっかり女の子らしくなり「いい顔、してますね」と嬉しい言葉をかけて頂く時もあります。
毎日の散歩は大変ですが、犬のお蔭で知人、友達も沢山増え、とてもよかったです。
これからもリリとランを見かけたら、お声をかけて下さい。待ってま〜す。
加無木 アプリ ちゃん  ウェルシュコーギー 
加無木 バディ  くん   ウェルシュコーギー   2003年秋季号掲載
こんにちは!今回は、加無木家の可愛い天使達の紹介です。
お姉さんの「アプリ」と弟の「バディ」です。
2001年5月23日生まれコーギーの同胎犬(姉弟犬)、5人兄弟の中の2頭だったようです。ただいま2才と3ヶ月。可愛がってね!!
この子達と一緒に生活をしようと思ったきっかっけは、ママ(人間)の私がちょっと体を悪くして仕事はそろそろ終わりかな?と思った時めぐり会いました。
「誰か可愛い子はいないかしら?」と近所のペットショップを巡った時、2件目のお店で出逢ったコーギーだったのです。
初めに出逢ったのがお姉さんの「アプリ」。ケージから出されて手にした時 「なんて甘噛みのきつい子だなぁ〜、顔も気むずかしそうな顔つき? キツイ顔しているなぁ〜」と思ったのですが、ふと写真を見ると(広告用の写真です)弟の「バディ」と一緒に可愛いく抱っこされて写っているではありませんか。
「あ〜〜可愛い。この2頭でいこう!」と決めてしまったのです。
この後待っている大変な、大変な生活など何も考えず、ペットショップでの生体販売の是非も考えずに…。
もともと2頭飼いしたかった私は、当日「アプリ」を家に連れて帰り過ごしやすいようにケージを設置、ダンナの帰りを待ちました。
ダンナが帰宅したその夜、「可愛いく見せたいものがあるのですぅ〜」とアプリを紹介。
ダンナも「可愛い〜〜」と喜んだのもつかの間、「明日もう1頭も来るのですがぁ〜〜!」ダンナは開いた口がふさがらなかったようです。
さてさてそれからの生活は、ちょっとでも犬との生活を知っている方なら想像付くように、それはそれは、タ・イ・ヘ・ン!「子育てノイローゼ」の連続でした。
そんな時たまたまネットでホームページを見つけ「あれ?近所に【らんらん倶楽部】という犬の集まり?があるのかなぁ?」と気づき、 当時広報だった北さんに早々メールをして「楽しそうだなぁ〜」と思い入会させていただいたのです。
それに犬のことで頭がいっぱいだった私が、犬達との生活を共にしている人達と、ただ、ただ、お話がしたくて 倶楽部に入りました。
おっと、ママの話しばかりですね。可愛い天使達の話もしなくちゃ。
2才ちょっとになった2頭は毎日 元気に過ごしています。
あの頃の子育てノイローゼもなくなり、ちょっとは?それなりに大人になった?ですかね。
まだまだ臆病な性格の2頭だけに、犬との挨拶も下手だし、男の人も苦手ですが、日々楽しく過ごしています。
最近、2頭と私達は「プチ旅行」が大好きでよく「犬OKのペンション」に出かけに行きます。
一番最近は「那須高原」に行ってきました。
自然の中では本当に楽しそうな2頭です。
高原の中で走ったり(もちろんDOGRUNですよ)転がったり、追い駆けっこしたりと本領発揮です。さすがにコーギーですね、
元来「牛追い犬」だったそうですが、足が短いのに、走る走る、速い速い。
それと運動好きも手伝ってバディは「ドッグフリスビー」などもやっています。
初めの頃は布のDISKが大好きで、知らず知らずレトリーブをしては遊んでいたのですが、「これなら普通のDISKでもやってもいいかも?」と試してみたら、最初は怖がっていたのですが(素材に)程なく慣れてキャッチする楽しみをおぼえ、今では上手いもんです。
先日もお台場でドッグフリスビー大会があったのですが、小型犬の部門で堂々二位になりました!!(ちょっと親バカです)
なんと言っても投げ手の私達が上手いのではなく、取り手のバディが上手いのです。ホントなんですよ〜。
大会中のアナウンスでも「この子はキャッチメーカーですね。上手い、上手い!だからお母さんもう少し頑張って!」と言われてしまう程です。今では投げ手の私達が、「投げ練習する?」と、話すぐらいです。 トホホ…。
旅行とフリスビーが趣味な、我が家のコーギーズですがどうぞヨロシク!
皆さんがいつもお散歩している「ちび広」からは一番遠いのでなかなかお会いすることもないのですが、たまに遊びに行っていま〜す。広報の加無木家でした!