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私が5歳のときに栃木県に引っ越してきました。都会での借家暮らしから、自然に囲まれた家に引っ越してきて、父はスグにワンちゃんを連れてきました。名前はコロ。気性の荒いアイヌ犬でした。そこから私の「ワンとの生活」が始まりました。それから続々と我が家にはワンがやってきました。ジョン(ポインター)→サニー(セッター)→ボス(ポインター)→マリ(ポインター)→くろ(セッター)→ロッキー(ニューファンドランド)→マック・サーブ(ボスとマリの子、産後スグにマリがお星様になったため、高校生だった私が子供たちをミルクで育てました)→リリー(豆柴)→2代目マリ(セッター)→プルート(ポインター)→北斗(セッター)

1999年3月 私は結婚に向けていろいろな準備をしていました。当時宇都宮市内で一人暮らしをしていた時のパートナーはミニチュアダックスフンドの「まいくん」でした。やんちゃで甘えん坊なまいくんも私と一緒に新しいおうちに行くことになりましたが、引越しの準備などであまりかまってあげられなくてカワイソウと、実家に預かってもらっていました。やっと片付き、「来週の日曜日には迎えに行くからね」と、言っている矢先に突然、、まいくんはお星様になってしまったのでした。悲しくて悲しくて「もう絶対に犬とは暮らさない!!」と、決意をしました。

2001年7月 私の実家の近くの食堂で「4歳のメスのゴールデンもらってください」という張り紙を見ました。話しを聞いてみたら、「商売柄衛生面などの苦情が入り、これ以上このお店では飼えない」とのことでした。夫婦で考え、ゴールデンのことを学び「それなら我が家で引き取りたい」と申し出たのです。しかし、その時にはもう、新しい里親さんが見つかったということで、解決していました。

その4歳のゴールデンちゃんにとっては幸せなことになってメデタシメデタシでしたが、すっかりゴールデン気分になっていた私たちは、「う〜ん、ガックシ」という気持ちでした。そして・・・・そんなこともありました。と、過去のハナシになりつつあった1ヵ月後・・・・・・・

2001年8月某日 私は夏バテと疲労から胃潰瘍を患い、寝込んでいました。病気のせいでナーバスになっていました。普段なら笑って見過ごせることに対しても、眉間にしわを寄せてピリピリしていたのです。そんな時、ぱぱさんが「ワンちゃん飼おうか?ゴールデンの仔犬がいるところを見つけたから、明日見に行こう♪」と言うのです。最初は「えっ?!」って思いました。犬とはもう暮らさない…まいくんとサヨナラしたときの気持ちが思い出されました。でも、それと同時にムクムクしていてかわいいであろう仔犬のことを考えると、幸せな気持ちになってきたのもホント。翌日、「とりあえず、見るだけね」と乗り込んだ車でしたが…
帰り道、箱に入ったゴールデンの仔犬が後部座席にちょこん♪と座っていました。私たち夫婦は何度もお互いの顔、仔犬の顔を見比べては、ただただニコニコ微笑みあっていたのでした♪注: 文字用の領域がありません!
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そんなあるふが先天的にたくさんの疾患を抱えて生まれた子であることを知ったのは、ずっと後のお話なのです。彼の「いのち」は私たちに何かを伝えるために存在するのです。彼が体をはって発しているメッセージを、私は身体の五感と心で受け止めようと思うのです。そして、それを多くの人に伝えたいのです。
あるふの病気や治療の経過を、日記やBBSなどで細かくお知らせするつもりです。知識のない素人のブリーディング、数を揃えるための乱繁殖をこれからもしようとしている人々…。彼らにあるふからのメッセージが聞こえるといいのですが…。
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