
| 生年月日・・・ | 不明(1983年代と思われる)女の子。 |
| 性格・・・・・ | とにかくキツイ。プライドが高い。攻撃的。食いしん坊。 |
| 特技・・・・・ | 喧嘩の仲裁。麺を切らずにツルツル飲み込む。猫の追跡。 |
| 好きな物・・・ | 麺類、みかん、りんご、すいかバー、芋、栗。 |
| 嫌いな物・・・ | お風呂、豆、散髪。 |
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| 経歴・・・ | 1984年3月17日、夜、迷子で我が家に保護されました。赤い首輪に赤いリード。 リードは途中から切れていました何かに擦って千切れてしまったような感じでした。 耳が四つある!と心配し良く見ると、耳の後ろに大きな毛玉が・・・ 翌朝、お風呂に 入れて綺麗にしてあげると、美人のシーズーでした。 歳は1歳になるかならないかぐらい。警察に行くと「1週間しか預かれない。それまでに飼い主が見つからなければ、保険所へ行く事になる。」と言われ、我が家で預かる事に。ご近所の人達にも事情を説明し心当たりがないか尋ねたりしました。私達は飼い主さんはすぐに見つかると思っていました。ところが、一向に飼い主さんは見つからず、結果、約11年間我が家で暮らし、約12年間の生涯を閉じました。 |
| 思い出・・・ |
彼女はとても気が強く、当時まだ子供だった私は弟とよく兄弟喧嘩をしました。 すると彼女は必ず仲裁に入ってきます。(仲裁と言うと聞こえが良いですが、 「強い方の味方をする」とも解釈できますが・・・)弟の足下をワンワンと吠えながら咬みにいくのです。でも、決して怪我をさせるような事はしません。 まるで母親が子供を叱るように足先を咬むのです。私達兄弟が親に怒られてる時も、 親と一緒になって怒りに来ます。チョビは「第2の母」として、私達を育ててくれたような気がします。 彼女が我が家にきてちょうど1年が過ぎた時、一人娘を出産しました。近くの公園で白黒のシーズーの男の子メリー君と出会い、結婚?したのです。 三日間、彼の家に通 い家族だけて交配させました。どちらも初めての事で、なかなか上手に事が進みません。メリー君はもう「頭の中、真っ白」状態で、大好物のチーズを出してもらっても 「それどころじゃない!!」と言う感じで食べません。 一方、チョビはペロっと食べてしまいました。(女って強い・・・)メリー君はどうすれば良いのか困り果ててしまいました。すると、なんと、チョビがメリー君の上に乗って、まるで「こうするのよ!」と教えるような行動にでました。結局、2人だけでは無理みたいなので、人が2人に手を貸してなんとか成功。3月15日、210gの女の子「チャチャ」を無事出産しました。 チョビはとっても子煩悩で育て上手でした。作ってあげた小屋で1人で育てあげたのです。気の強いチョビでしたが、子犬は平気で触らせてくれました。肝っ玉母さんでもあったのです。離乳食も自分が食べたご飯を吐き出して与えていました。室内犬にしては珍しい事の様です。3ヶ月、チョビに育てれれた「チャチャ」は祖母の家に引き取られました。祖母の家で以前、白黒のシーズーを飼っていたことがあったのです。この「チャチャ」もお父さんに似て白黒でした。彼女はチョビと違って、とてもおとなしく、ノホホンとした性格の女の子になりました。 その後チョビは、2回の手術をしました。乳腺腫瘍と子宮蓄膿症と言う病気になったのです。知り合いの獣医さんだった為、2回の手術共、立ち会わせてもらいました。 乳腺腫瘍の手術は簡単なものでした。お腹を切開すると、チョビは肥満気味だったので、黄色い脂肪がいっぱいでした。(肥満には皆様、気を付けましょう)子宮蓄膿症は危機一髪でした。ご飯も食べなくなり、お腹が張っていたので獣医さんへ連れていったのですが、すぐに「子宮蓄膿症だ。すぐに手術しよう」と言われ、切開してみると、子宮が膿でパンパン。すこしでも手術が遅れていたら子宮が破裂しているところでした。無事、摘出も終わり、経過もよくすぐに元通り元気になりました。獣医さんの適切な判断にとっても感謝しました。(麻酔から目覚め、家に連れて帰ってきたのですが、まだ足取りはフラフラ。なのに、気の強いチョビはソファーに飛び乗ろうとして、失敗する有り様。外で犬が吠えると、力のない声で吠え返していました。ホント、逞しい子です) 手術から暫くして、フィラリアの検査を一度もしていない事に獣医さんが気付き、検査をしてもらいました。すると結果は最悪。フィラリアにかかっていました。 我が家に来てからフィラリアの予防の薬はちゃんと飲んでいし、家に来てすぐ、近所の「赤ヒゲ先生」のようなおじいさんの獣医さんに診てもらったことがあるのですが、その時触診だけで「この子、心臓弱いよ」と言われた事があったのと、来てからずっと、激しく走ったり遊んだりすると嫌な咳きをしていたので、どうやら家に来た段階ですでに感染していたようです。獣医さん曰く「フィラリアに感染していて、しかもかなり進行しているのに、よく無事に2回の手術に耐えたものだ」とのこと。その後も獣医さんがびっくりするくらい元気で逞しい子でした。 大きな病院も紹介してもらい、心臓の手術も考えなかった訳ではありません。 しかし、すでに年齢も中年にさしかかっていたので、成功の見込みが少ない治療には踏み切れませんでした。歳を重ねるごとに、心臓も肥大していき、色々の事で1週間に一度は通院していましたが、チョビは誰もが驚く程、元気一杯で気位の高い女王様でした。 1994年12月23日。夜、オシッコをしてそのままパタっと倒れてしまいました。 駆け寄ると、舌を出し、物凄い形相で心臓が停止していました。母が心臓マッサージをしてもダメ。父が口から息を吹き込むと、息を吹き返し心臓も再び鼓動を始めました。私は獣医さんに電話をし、連れて行きました。注射と点滴をしてもらいましたが、持って数日だと言われました。それから約2日、寝たきりの彼女に付き添っていました。毎年、クリスマスには私がケーキを焼きます。チョビは私の作るお菓子が大好きなので、24日の夜、作る事にしました。出来上がったのは午前零時、25日のクリスマスを迎えました。その時点でもうチョビの息は静かで弱々しかったけど、出来上がったケーキのクリームを口に付けてあげると、ちゃんと自分の意志で舐めたように見えました。 彼女はその後、静かに静かに、1994年12月25日午前12:25、空へ旅立ちました。 倒れた時と違い、とっても安らかな、気持ちよく寝てるとしか思えない綺麗な顔でした。 その日は日曜日だったので、朝になって家族みんなで動物霊園へ行きました。 そこでは祭壇があり、ちゃんとお坊さんがお経もあげてくれました。焼いてもらっている間、どこから来たのか猫が一匹、待ち合い室にやてきて、ずーっと父の手を舐めていました。不思議に思っていると、また、フラっといなくなってしまいました。 すると係の人が「お骨拾いへどうぞ」と呼びにきました。あの猫は、チョビが焼かれている間ずっと居て、終わると居なくなったのです。もしかして、チョビがお別れの挨拶に来たのかなと、みんなで話しました。チョビは歯も爪もしっかり残っていました。 チョビには本当に色々教えてもらいました。まるで人生の縮図を見せてくれたようです。出会い、出産、育児、手術、闘病、そして旅立ち。この11年間、我が家は彼女が中心でした。彼女に出会えて、私達家族はとても幸せでした。ただ、彼女はどこからやって来たのか、どういう暮らしをしていたのかが、今でも疑問です。それと、チョビは我が家にやって来て、「良かった」と思ってくれていたかどうかが気掛かりです。私が小さい頃、チョビと喧嘩して「チョビの迷子!!」って言ったらすっごく彼女が怒ったものです。それは彼女がこの家の家族だと、みんなの事を大切な家族だと、思っていてくれてたからなのかもしれません。今思えば酷い事を言ったと反省しています。 蝶美と出会えたから、チャチャがいて、そして愛瑠菜と出会えて、月姫がこの世に生を受けたのです。 |