名古曽蛭子神社再建

 明治元年(1868)太政官より「祭政一致の布告」がおりる。
ある年、紀ノ川の洪水で社が流された(加太の浦まで)。
そこで西宮の蛭子さまを勧請(神仏混済の時代)以後お祭を丁重に行っている。
神木(黒松の木)蛭子三郎松と名づけ立派に育てている。
樹齢約230年、樹の周り230p、支幹を16本の柱で支えられた巨木である。

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