名倉高野口駅舎
明治34年の紀和鉄道に名倉駅がうまれ、
その翌年に高野口駅と呼ばれた。
そして、45年駅舎と跨線橋(基部を保存)が建設され、以後風雪70余年、刻銘が残されている。
鉄道開通によって町村の農産物物流の中心となり、また、3〜6月は高野参詣の最盛期に当たり、
時には1日2500人、臨時列車が日に13本もあったという。
駅に側線のあるのがそのためである。
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