鐘つき堂
高野口小学校の西南、小田井の近くに小さな溝がある。
むかしからこの辺りの地名を「鐘つき堂」と呼んでいる。
伝承によると、むかし慈尊院慈氏寺の「鐘つき堂」があったのだと言われている。
慈氏寺が現在の位置に移ったのは天文9年(1540)紀ノ川大洪水のあとであると記録に残っている。
それまでは今の紀ノ川の流域より北の川原にかけて伽藍が立ち並んでおり、
この地に鐘楼が立っていたのであろう。
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