大野のトンネル設置
明治31年(1898)紀和鉄道により本町が南北に二分された。
そこで町の実情を県参事会に訴える。
大野区長等が再三当局へ訴え奮闘を続けた結果、東西二ヶ所にトンネルと排水溝を造ることで解決した。
通路としてのトンネルは、高さ一丈(約3メートル)、幅8尺(約2.4メートル)。
また、2〜3尺(60〜90センチメートル)の排水溝を造ることで本問題は解決した。
現在に至っている。
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