昔から日本には 伝説として話伝えられた 生き物や妖怪が
沢山いますが その中でも有名なのが 河童です。
一般的に河童のイメージは 頭に皿があり、髪がザンバラ髪、背中に甲羅、
指と指の間に水かき、背は子供くらい、それに色は緑色のようですが
しかし地方により 色が異なります東日本では 河童は赤いといいます
ここでは遠野物語から登場する河童を取り上げ そしてどうして この様な
架空の生き物を作り上げたのかを 検証してみます
岩手県の遠野市には よく河童が目撃されていました
河童淵:昔から河童がよく目撃されている場所
遠野では河童を奉る常堅寺があり そこのこま犬も頭に皿があり
昔から河童は 人々の中にあたりまえのように生きていました
遠野は昔から宿馬町として栄えて 人や物を運ぶには 馬は欠かせない
ため 曲り屋とゆう家が多く 馬と人の共同生活されており
その馬に河童がいたずらするといわれ 昔の人が馬が川でおぼれる事は
私活問題でありました 河童はそのようないたずら以外に 取った魚を
村人に分けたとも 言われています
遠野の河童の絵を見ると 一般的な河童の特徴以外に お腹に黒い染みがあり
その特徴を考えると 河童の正体とはスッポンではないかと考えられます
スッポンのお腹には(子供は得に)黒い染みがあり 考えるとその他の
河童の特徴を沢山備えているとも 言えるでしょう
しかし河童は子供の背丈があるといいますが 実際スッポンもコガシラスッポンの
ように大きなモノもいます それに河童の目撃例が夕方に集中していますが
この時間を昔の人は まの刻といい 小動物が実際より大きく見える
時間帯でもあるからです
他にも考えられる動物がいます 相撲をとる、ひとの気配を感じると水に飛び込む
馬にイタズラし人を化かす これらを考えると日本カワウソとも考えられます
カワウソがじゃれる姿は まさに相撲をとっている姿で 河童の目撃は
チャポンと水に飛び込む音で気が付いた例が多く それにカワウソはイタチ科で
昔の人は イタチやキツネは人を化かすと言います
しかしこのような 見間違えはあくまでも 河童とゆう存在の前提であり
人々の脳裏に 河童とゆう生き物が生まれた要因は
遠野は雨が多く その雨が大地を潤い 川に注ぎスッポンやカワウソのように
水にゆかりのある動物の目撃例が重なり 人が水の神にすがるところから
河童伝説が出たのでわないでしょうか
遠野物語の著者 柳田国男は河童の正体はサルといいます
サルは顔が赤く 頭の薄いところが皿のようです
それに遠野では年をとったサルは霊的力を持つといいます
庚申信仰(神をサルとなす)からくるように サルを河童や水の神にみたてている
のではないでしょうか
それと遠野物語で登場する河童と忘れてならないのがザシキワラシです
ザシキワラシは 見た目は河童と同じで赤く 頭はザンバラです
昔からザシキワラシが住みつく家は栄えるといいます
ひとつの言い伝えでは お金持ちに引き取られた子がザシキワラシに
捨てられた子が河童となるといいます
遠野は江戸時代天候不順で洪水と干ばつが続き 人々の生活が壊滅の危機に
さらされ 人は死に貧しい家は子を捨てまぶった時には母が子の死体を
食べたともいわれる歴史があり(飢饉の犠牲者の供養の五百羅漢が
今でも遠野に残っております)
五百羅漢
山の自然石に500体もの羅漢像が彫られているところから
こう呼ばれているそうです。
飢饉の犠牲者の供養の為に義山和尚と言う人が1人で彫り上げたらしいです。(写真:右近)
こうした悲恕な行為に後悔し 手放した子が妖怪に変えても生き長らえてほしい
思いや 大自然の前での無力だった人間、家を守る為 子を捨てた歴史悲しみから
のがれるため 河童やザシキワラシといった異形な生き物を生みだしたのでは
ないでしょうか それで相撲やイタズラずきは どことなく子供の行為に似ています
無力だった人間の悲しい叫びが 可愛く憎めない河童を生み出し 河童の正体は
自然を恐れ敬う 人の心そのもので また美しい川を取り戻せば
河童は帰って来るはずでしょう
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