幸福な胎児の不幸


私が自分という個体について認識したのは、つい最近の事だ。
それまではただ漠然としか感じられなかった感覚も、次第にはっきりとして来た。
周りは暖かく、柔らかで安全で、居心地の良い場所だ。

時折、目の前に何やらマアルイ、暖かな物体が突き出された。
最初は何とも思わないでいたが、次第に私の中からある感覚が芽生えて来る。
私はもう、どうしようもなくなり、目の前の物体を、ただほおばって飲み下すしか無かった。
何とも言えない味、充実感!
満足した私は、ウトウトと眠りについた。

定期的に供給される”それ”を貪る毎日が続いた。
私は、性欲にも似た、我慢できない欲求に従い、”それ”を飲み下す。
食らっては眠り、眠っては食らう、そんな理想的な人生を送った。

どれ位、時がたったのだろうか?
私は新たなる欲求に支配されていた。
動きたい、とにかく動きたい!!
こんな狭いところ、もうイヤだ!!
動いて、動いて、動きまくって・・・・
自由に手足をばたばたさせたい!!
ふと、住居全体が今までに無い動きをしだした。
微妙にねじれたかと思うと、今度は振動し、伸びたり縮んだり。
私はついに外へ出る時が来たと思い、その瞬間に備えた。

ものすごい勢いで、周りが伸縮すると、体を取り巻く粘液共々、何処かに吸い出された!!
ああ、この開放感、もう私を抑えつけるものは何も無い・・・
新鮮な潮の香りが清々しい!!
自由だ、私は自由なのだ!!
しばらく体を無意味にばたつかせたりして、開放感を味わったが・・・
おかしな事に気づいた。

寒い!
苦しい!
何だ、この不安は?
想像していたのと、まるで違う!!
腹が、減った・・・
いつものはまだ来ないのか?
信じられない苦痛!!
外の世界がコンナだったとは!!
想像もしていなかった!!
これなら前の方がましだ!!
暖かいし食い物はいっぱいある。
帰りたい、あの場所へ帰りたい!!
私はもう必死で懐かしいあの場所を探し求めた。
いつのまにか身についた電磁感覚で、何か大きな物を探し続けた。

近くに何か大きなものがいる。
あそこだ、あそこに違いない!!
あの中に入りさえすれば・・・
今まで通りの・・・
もはや冷静さを失った私は、得体の知れぬそれへ、すがりつくしかなかった。

お母様、お母様!!
私です、私です!!
今帰りました!!
さあ、私を早くあの場所へ返してください。
もう、外へ出たいなど、申しませんから・・・
お願いです、お願いです!!
お母様、お母様、お母様ァ!!
大きなそれは、うなずくかの様に、ごろりと体を向けた。

驚くべき水流が私を巻きこみ、あっという間にさらわれた。
気がつくと、そこは暖かい、居心地の良い、あの場所だった。
ああ良かった、これで安心だ。
お母様、私は帰ってきたのですね・・・
もう外になんか行きません。
ずっとココに居ます。
ああ、お母様、おかあさま、オカァサマァァァァァァ・・・・



大鮫に飲み込まれた哀れな小鮫は、覚める事の無い眠りについた。