●三沢光晴の作り方
ある本に出ていたのを参照にして三沢の作り方を書いてみよう。
・不機嫌そうに、そして「もういいよ・・・」という表情で眉をひそめる。
・歩くときは肩を大きく揺らしながら。首に力を思いっきり入れながら。
・文章に「基本的に」「〜〜的」をよく付けてみる。
三沢になった気持ちになれただろうか。三沢になった気分で今の僕の心境を言うとこうなる。
「まあね、基本的にはHP作るのも運動するのも一緒ですよ。まあなるようになるって言うか。
ただカラダ的にはね、運動の方がキツイかなって。」
マニア受けの記事はここまでにして(笑)。
僕が初めて三沢に惹かれたのは2代目タイガーマスクの仮面を脱ぎ、当時怪物のような強さで他を圧倒した
ジャンボ鶴田に挑んでいった時だ。圧倒的にカラダの小さな三沢は鶴田に何度も何度も潰されていた。
だが、不屈の精神力でついに鶴田を撃破。僕はプロレスを見て初めてテレビの前で涙したのだ。
●死人が出るような試合の数々
高校時代だろうか、たまたま期末試験か何かの勉強で深夜まで起きていてふと4chをかけてみたら、
真夜中にその三沢が試合をしていた。ぼぉーっと見ていたら相手は三沢の高校時代からの後輩の川田利明。
三冠戦であった。川田が三沢の顔面に鋭い蹴りを連発し最後に振り抜く。
「おいおい死んじゃうよ」
とか呟きながらだんだん試合に見入っていったのを覚えている。
試合は20分過ぎに三沢が盛り返し投げっぱなしのジャーマンスープレックスからタイガースープレックスでフォール。
完全勝利をあげた。ちょっと前まで鶴田にぼこぼこにされていたあの若い選手がどうどうと王者になっている・・。
翌日学校でその話をしたら「お、俺昨日見てたぜ、凄かったなあ」という奴が数人にて、それから休み時間に
よくプロレスをするようになった。
この試合のイメージはいまだに強烈である。今にして思えば「投げっぱなし」系の技の元祖がこの試合。
全ての投げを脳天から叩きつけるスタイルの原点になった試合でもあった。
三沢は当時のライバル達をどんどん撃破していく。川田、田上、小橋、ハンセン、ウィリアムス、ベイダー、そして若手の秋山。
その姿を見るのは爽快であると同時にある種の不安が付きまとった。
「三沢っていつかリングの上で死ぬんじゃないかな?」
これらの選手全員が王者三沢の頸椎や負傷している足をエグイ技で攻めている。
特に小橋との45分にも渡る死闘は壮絶を極めた。お互い痙攣しながらも闘い続ける姿に
「死んじゃうよ。もう勝敗いいから止めてくれー」とさえ思った。
三沢だったらこう思うんだろうね。「カラダ的には確かにキツイですよ。でも俺的には基本的には1試合1試合大切にして
いきたいっていうか。まあちょっと休ませてよ」
●ノアの社長へ
師匠であるジャイアント馬場が死に、一年後に選手30人ぐらいとスタッフを連れて新しい団体ノアを設立。ノアの社長へ。
そして今三沢は社長と選手を兼任して頑張っている。
確かにいまだに十分強いのだが、僕が見始めた時の驚くような身体能力は見られなくなっている。
悲しいがそれも事実。しかし三沢は今も昔も変わらず不屈の精神力をリングで見せつけている。
三沢は色気のある選手である。ルックスとかそう言うのではなく、レスラーとしての色気、男としての色気をむんむんさせている。
秋山が三沢との壮絶な試合を制した後こんなコメントをしている。
「三沢選手との試合の勝ち負け、そういうものを越えた存在に三沢はなりつつある」
その通りだと思う。三沢はまだまだその強烈な存在感をファンに示し続けるだろう。
リングの上での三沢の試合と生き様。願わくはそれを永遠に見ていきたいものだ。
2002.8.5

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