2003年3月 日記

待たせる身のつらさ
太宰治の小説に「走れメロス」がある。
友情を描いた作品として中学の教科書にも載っている有名な小説であるが、次のような体験が元になったという説がある。

 昭和11年、太宰は熱海で、借金がたまったため、親友の作家檀一雄を身代わりに宿へ置き、金策に上京した。
 待てども帰らぬ太宰にしびれをきらし、檀が上京すると、太宰は井伏鱒二宅で将棋を指している。檀が怒ると、「待つ身がつらいかね、待たせる身がつらいかね」と言った。

太宰らしいなぁと思う。
何かをする側とされる側があるとして、一方だけがつらいということはない。
恋人に別れを言われる方がつらいようだけど、告げる方がつらい場合もあるし、相手を怒ったり、叱ったり、訴えたりする方がつらい場合もあるだろう。心を鬼にして真実を告げなければならないときもあるかもしれない。
真実に向き合うのは、どちらの側も同じようにつらいのだと思う。

桜は古くから日本人に愛されてきた。日本のあちこちで開花情報が流れ満開の日が待たれている。埼玉は来週がお花見日和。桜自身は待たれてうれしいけど、ちょっとつらい(かどうか)!?
2003年03月29日 19時39分27秒

芽吹き

春は芽吹きの季節。
昨日はよく晴れて4月中旬の陽気だった。今日は各地で雨、埼玉も夜には雨との予想。この雨が木々の芽吹きを促し、花芽はふくらみ、若葉が出てくる。
犬は春と秋に抜け毛があり、夏毛と冬毛になる。何かで読んだのには、人の髪の毛も秋に抜け毛が増え春に生えてくるとあったので、人間も同じような身体のサイクルがあるのかと思ったことがあった。
学校も4月または9月が新学期。会社も4月から新年度。
冬にためていた活動のエネルギーが春に出てくるのは、身体的だけでなく精神的にもあるとしたら、新しいことを始めるのは今がいいのかもしれないな。
 

「人間、消費するばかりでなく生産することが大事です。 田舎育ちの子供の頃、米も野菜も味噌も漬物も食べ物は自家製が多く、身の回りのものも近所で作られるものが結構あり、生活の基盤を子供なりに理解できたものです。」 (リンク先のkanopさんの「ねこと作るどぶろく」より)

これって大切なことですよね。
自分たちが何を食べて生きているかということを考えると、自然や生命にいきつくと思う。昔は野菜も肉も生産者と消費者がとても近かったけど、今は間にたくさん入っているから場所や生産者を知ることはない。
私は、小さいころ、酪農家の人は牛を赤ちゃんのときから育てていて出荷するときはつらくないかしら、って思っていた。また、学校で貝の解剖をした後はしばらく貝を食べられなかったこともあった。以前ある小学校で飼っていた鶏を食べるという授業の教育的是非について論議があった。殺すのは残酷だという意見と人はそうやって生きていることを理解するいい機会だという意見があったようだ。昔はどこでも鶏をそうやって育てて食べていたのだろうし、今でもアフリカなどの◯◯族のお祭りや客へのもてなしで育てた動物を食べているところをテレビなどで見る。
人間がだいこんやにんじんを食べることや豚や鶏を食べることが地球から見れば自然なことであり営みであると思うと、自然をを壊すことや無駄な殺生はいけないということに気づく。自然や人間や生き物の生命を大切にしなくてはいけないと思うだろう。

米英軍がイラク攻撃を始めて1週間。
多くの人が早期終結を願い、毎日心を痛めている。
2003年03月27日 07時59分15秒


私の家の玄関のそばと裏の北側にひいらぎがある。10年ぐらい前に近くの植木屋さんで苗を買ってきて植えたのが随分大きくなった。ここ数年、そのひいらぎは2本とも春に新芽が出ると、やわらかい葉だけが虫(幼虫)に食べられてしまい、てっぺんは葉がなく枝だけになっている。
一度お隣が「すごく大きな虫がいた」とおしえてくれた。それ以来気をつけて見ていると、毎年、虫のふんが大量に落ちている。それも以前他の木に大量発生した毛虫の数倍の大きさ、直径7〜8ミリの丸いふんである。ふんは草花には肥料になるだろうとそのままにしたり、玄関のは掃除したりしているが、そのたびにどこに虫がいるのかとさがしてみるが見つからない。
姿形はわからない幼虫だけれど、数年我が家のひいらぎで生まれては飛び立っていっていると思うと、ちょっとかわいらしく思えてくるものだなぁ。
2003年03月24日 08時32分12秒

植物は、

生きている。
周りを見ると、梅の花が咲き、桜や桃のつぼみもふくらんで咲く時を待っている。今日(昨日)は、天気もよく、ガーデニング日和だったので、私も久しぶりに土にさわった。パンジー、ストック、ペチュニア、アイリス、、花殻や枯れた葉を摘み取り形を整えるだけで随分きれいになった。
ランディもそうだけど、生き物の世話をすることは、自分も心のケアをされているのだから、生きとし生けるものは平等だと思う。おっ、久々の無の境地。
ランディは、あいかわらず水飲みまくりだ!!
2003年03月17日 03時08分48秒

ランディが・・
ランディが3日ばかりおかしい!
ご飯を食べずに水ばかり飲んでいる。夜中も水をほしがっている。おしっこをどこでもすぐにしてしまう。
今までのランディはご飯をあっという間にたいらげて残すことはほとんどなかったのに、「よし」と言っても見るだけで食べ始めない。外につないでおくと、ところかまわずおしっこをしている。
病気かな?
2003年03月15日 09時52分05秒

地域密着
昨日は、印刷所探し。今まで頼んでいた印刷所が50%近い値上げを言ってきた。このところで紙が値上がりしたのはわかるけど、それでは納得できないと、新しい印刷所を探してみることになった。
昨日行ったW駅近くの印刷所は、「ウィンドウズ・データ持参可」とあった(多くの印刷所はマックを使用)ので行ってみた。MOまたはCDにデータを入れて持って行くと、パソコンからアルミに焼き付け、印刷する。紙焼きやポジフィルムを作って貼り付けたりしないので手間がかからず安くできる、という説明を受けた。
おじさん(社長)が輪転機をまわしながら、いろいろな話をしてくれた。印刷の仕事も面白そうなので、忙しいときの臨時アルバイトに私を雇わないかと聞いたら、中での仕事は間に合っているからパソコンの外注(チラシやパンフレット作り)なら金額によって頼んでもいいと言ってくれた。でも、家でやるんじゃ、どうかなー。
昔、凸版印刷の板橋工場を見学し、グラビア印刷やオフセット印刷の技術の進歩と印刷のすばらしさに驚いたことがあったが、それとは違って、商店街のセールのちらしやお寺のお坊さんが作った広報紙などを印刷している、「地域密着型印刷所」を見ることができて勉強になった。
2003年03月14日 10時23分56秒

春風
この春風とともに花粉が飛んでくる。私にはちょっとつらい今日この頃。
昨日はとても寒い卒業式だった。外の強風の中での記念写真はどう写っていることやら。(3月12日)

3月、4月は、卒業入学だけでなく人事異動の時期でもある。「気持ちを新たに頑張ってください」
今、私も仕事での切り替えがある。どんな小さな仕事でも、自分の労力や能力を提供するだけでなく、自分を成長させる仕事をやっていきたい。今回の仕事は得るものが多く、このホームページ開設もその一つである。
たしか面接のときに、私は「できます」ではなく「やりたいです」と言ったと思う。今日から次の方へ引き継ぎ。(3月13日)
2003年03月14日 07時28分30秒

〆切
〆切は心に重くのしかかる。
宿題でも間際にやる人と前もってやっておく人がいる。当然私は間際になってやり始め、時間ぎりぎりまでやり続けるタイプ。それでもどうにか済んでしまうものだから、気にかかっていながら早めに手をつけることができない。
それとは別に絶対量が多くて〆切までに仕事が終わらない場合もある。特に、初心者の場合、仕事の量と内容と時間とのかねあいがわからない。それがだんだんわかってきて自分で調節できるようになり、自分でタイムリミットを決められるようになったら、一人前ということだろう。
子供心に宿題もそうやって時間調節していたのか、または全く考えずに慌てていたのか。
2003年03月08日 07時46分42秒

卒業
あんなこと、こんなこと、よくやっていたと後から思うことがある。
昔の話。大学のクラスは70人くらいで、男女半々だった。クラスで学園祭に参加しようということで、日本文学科らしく、芥川竜之介の「鼻」をやることになった。お坊さんのかつらを浅草で探してきて、白い着物は母親に縫ってもらって、脚本は誰かが書いて、入場券を売って、机で舞台を作った。
小坊主の役の子が一人だけ面白い子で、ぶっつけ本番みたいなものだから最初は私とかがせりふをおしえてあげていたんだけど、だんだんアドリブになって、それからみんなでいっときお笑いみたいになってしまった。
そして時は過ぎ、就職のときがやって来た。そのメンバーで卒業旅行に信州に行った。
リフトに乗っていて、私はカメラのキャップを落としてしまった。すると、私がいいって言うのに「取ってくるよ」と言って一人の人がリフトから飛び降りてカメラのキャップを拾い、一人山の斜面をかけ登ってきた。
そんな風に笑い転げたり無駄なことをやったりしたことが、そのとき楽しかったならば、ずっと心の片隅に残っている。
若かったあの頃とも思うけど、おそらく今の自分も同じようなことをして同じようなことを感じているのだろう。そんなに変わらないのかもしれない
2003年03月07日 20時11分33秒

ひな祭り
今日はひな祭り。
娘が大きくなってからはひな人形を出していない。
伝統的な季節の行事には、幼いころの思い出がある。子供達にも同じように伝えなくてはいけないのだろうけど。

一人で考えていても進まないとき、3人いれば新しい意見や見方が出てくるものだ。 決定は2対1になるけど、多数意見か少数意見かではなく、3つの内容を吟味できるし、しゃべる量も平等になる。
たしかに「3人寄れば文殊の知恵」
2003年03月04日 08時45分33秒



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