Nanachiyu 〜思い出〜
昔ハムスターを飼っていました。
息子がどうしても飼いたいっと言ってきかず、サファイヤブルーハムスターのメスを飼いました。
お店の勧めで、虫かごのような小さな入れ物でハムスター用の藁(杉の木のくず)のようなものを入れて3日目、餌も食べなくなり元気がなくなり、毛が抜け落ち”はげ”ハムスターとなってしまったんです。
びっくりしてすぐ動物病院へ連れて行ったところ、ストレスだって言われました。
もう少し大きなケースで100円ショップで網の小さなケースを買いお家は2段式に工夫するように指導を受けました。
餌もひまわりは一日5個まで、新鮮な野菜を食べさせサツマイモをゆでてスイートポテトのような作りのお団子をハムスターサイズで作って冷凍保存して食べさせました。
チーズやヨーグルトももちろんのこと、こんなに手がかかるとは思いませんでした。
しかもハムスターはとても綺麗好き、毎日藁を交換してゲージの中の掃除(雑巾で拭いて)、息子には到底面倒見れるはずもなく、私が見ることに…
毎日ドーム型のハムスターお散歩ゲージに入れて家の中で放し飼いにすること1時間以上、それが健康の元だったのかもしれませんが、毛も生えてきてゲージに入って猫のちーを追い掛け回す立派なハムになりました。
小屋の掃除も毎日のこと、目をはなして逃げても”ナナ”っと呼ぶと戻ってくる
なんともかわいいハムちゃんでした。
最後は癌になってしまい、抗癌剤を投与していましたが、子宮肥大でどんどんお腹が膨れてどうにもなりませんでした。
手術するにも3年目のナナちゃんはとっても高年齢だったらしく、とても耐えられないでしょうと先生に言われてしまいました。
毎日衰弱していくナナ、体を綺麗に拭いてあげ、お水も脱脂綿に含ませて飲ませ、ヨーグルトをスポイトで口から入れてやり、目も見えなくなって眼球も真っ白でした。
ある日私が帰ると今さっきまで生きていたように暖かいナナが、くたっとなって亡くなってました。
これはほんとに哀しい出来事でしたよ。
その半年後位にオスのミュウも私の不注意で亡くなりました。
もうハムスターは飼わないっと心に誓ったのでした。(T_T)
ここのホームページそんなナナちゃんの思い出のページでも作ろうと、6年位前に作った日記のページでした。
ディスカスのりか
もう10年程前ディスカスをたくさん飼っていました。
人間にとても近いアマゾンの魚ディスカス、魅力ある熱帯魚の虜になっていました。
優雅に水槽で泳ぐ姿はそれはそれは心を癒してくれるものでした。
がとっても飼育が大変…
水替えが3日に一度病気でもしようものなら、毎日つきっきり
その中に惚れ込んだアレンカーディスカスの”リカ”がおりました。
水槽からじーっと私を見て、まるで恋人ねぇっと言われる始末
なにがあってもすっとんできて、この子がいなくなったら”生きていけないかも”っと思った位(笑)
私の飼育では何年も生きていてはくれませんでした。
やっぱり亡くなる時は逆さまになっても私を見つめ、水槽に当てた手のひらに吸い付くようにくっついていました。
ちょっと目をはなして、ほんの数分で水槽の前に立った時、静かに底に沈んでいる”リカ”がいました。
体は朽ちていても、信頼している私が見ているから”がんばろう”って思ったのかもしれませんね。
インターネットを始めたのもディスカスの病気について、飼育方法について調べたかったのがきっかけです。今はどうなっているのかな?ニフティのサイトだったと思います。
里親募集をこのサイトで作るとは、夢にも思っておりませんでした。
某オークションサイトで公開して、たくさんの方からやさしいお言葉をいただきました。
”私はもう既に猫を飼っておりますが、応援しています”っと
わざわざ来ていただいたけれど、お譲りできなかった何人かの方、ほんとうにすみません。
空輸まで希望してくださった方もいらっしゃいました。
仔猫がきっかけでお逢いした方、お便りをいただいた方、皆様のご健康をいつまでもお祈りいたしております。
☆ Nanachiyu ☆ 2004.6