「・・・D、か。」
「・・・その呼び方はやめていただきたいと申し上げたはずですが。」
「私には差し支えない。口答えは許さん。」
それは果たして口答えだろうか―?などと思うことも許されないのだろう。
この人の前では。―いや。本当に人だろうか?自分はよく聞くこの低い声の持ち主を
見たことがない。―ドアごしだからだ。はたから見たら壁と話している奴、と白い目で見られるだろうが
自分は真剣なつもりだ。
「はい。―それで、何の御用でしょうか?」
「・・・人間は愚かなものだ。」
「・・・は?」
おもわず聞き返す。意味がわからない。
「逃げてもいつかは死ぬのだぞ―?」
「・・・何の御用でしょうか、とお聞きしているのですが。」
多少憮然としながら言う。このドアの向こうにいる者はいつもこうだ。
ろくに事情を説明せずに遠回りな言い方で本題へいく。
「・・・我等の事を、村々に知らせている者がいるらしい。」
「・・・その者を、殺せとの仰せですか。」
「そうだ。仲間ではないようだが、二人いる。」
「一人目はどこに?」
「テニールの村だ。早々に行け。一刻を争う。」
「・・・はっ。」
言って―見えないとは分かっているが礼をした―

「くっそー!!!」
言って大きくのびをする。周りの視線が集まるがお構いなしだ。
ここはテニ―ルの村―どちらかと言えば小さいほうの村で農業が盛んの田舎町だ。
そしてこの男―ファーナス。のいるところは宿とつながっている
酒場である。目の前に『どん!』とおかれている料理の山を食いあさりながら発した言葉がそれだ。
ファーナス「なぁんでこのハンサムなファ・ア・ナ・ス・様が!こんなことやらなきゃいけねえんだよ!!!!」
絶叫して再び食事を再開する。―確かにこの男はハンサムと言うのに恥じないほどの顔は持っている。
しかしこの光景を見て―店のほとんどの食料を食い散らかしている光景を見て
この男についていく女などいないだろう。
ファーナス「大体だな、俺のよーな『かっこいい美青年♪』で、そのうえ強い奴はヒドラやドラゴンを相手にして
やっと真価を発揮すると言うのに!なのに!!それなのに!!!・・・くそおおおおおお!!やけ食いだあ!!」
その前から『やけ食い』ともとれるほどの勢いで食べていたファーナスはさらにその勢いを強めた。
横目で店内を見ると店員が迷惑そうにこちらを見ている。
まあファーナスの周りの席の客が全て出て行ったからであって当然といえば当然なのだが。
しびれをきらしたのか体格のがっしりした男が営業スマイルを浮かべながらこちらへ向かってくる。
店員「お客様・・・」
ファーナス「・・・」
無言で店員をぎろりとにらむ。店員はその営業スマイルを崩してはいないが冷や汗をかき、
前を向きながら後退していった。器用だなーと誰もが思うであろう光景だが店員は
あまり意識しているように見えない。多分ファーナスの気迫に押されているだけだろう。
ファーナス「へいへい。でてくよ。勘定は?」
ぶっきらぼうに言いながらだが、動作は少しおしゃれに席を立つ。
店員「はい!」
顔に満面の笑みを浮かべながら―光さえももれだしているように―顔をあげ、マッチョな店員は
慌しく動きだした―

「―光だああああああああああああああ!!!!!」
街道中に響き渡るような声をだしたのは、16前後の少年だった。
顔は若々しいがや足のはこびなどはなぜか熟練した兵士を思わせる。
「大体だな、あの建物は暗すぎるんだ―うん。
本当の意味―光が差し込まないっていうのもあるけど、雰囲気が暗いんだよな。」
しゃべりながら足を運ばせる。まだ16,7歳の少年に見えるが目つきは鋭い。
真っ白な服に黒髪という似合わない組み合わせにしているが瞳の明るい―炎のような赤色が
なんとか油と水の中の洗剤の役割をしている。
「それになんで僕があんなところにいるんだ?僕の青春を無駄にしてまで
あんなところにいていいのか?―・・・!何考えてるんだ。僕は。・・・・あの方には忠誠を誓っているのに。」
自嘲の笑みを浮かべながら言い、軽く空を仰ぐ。
「―あれがテニールの村かな?」
言って目をこらす―そこには人の賑わう小さな村があった―

ファーナス「あ〜っとそれでだな。この村もそのうちなくなるから注意したほーが
いいわけだ。ってゆーか逃げろ。」
あの後とりあえず任務―あの不可思議な事件を周りの村に知らせる―をやっている。
―ちゃりん―
ファーナス「?」
軽い金物の音がしたので、その方向―ほとんど足元―を見てみると小汚い銅貨がある。
ファーナス「・・・・・・・・・・・今俺は限りなくむかついたぞ。」
誰にいったのか自分でもわからないが肩をいからせながら小さくつぶやく。
ファーナス「っもーやってらんねえ!!!ふっざけんなよお!!!!!」
言ってじだんだを踏む。周りの人間がこちらを見ているような気がするがとりあえず気にしないでおこう。
ファーナス「今日は活動終わり!宿探すぞ宿!!」
大きく頭を振りながら言う―叫ぶ、のほうが正しいような言い方だが。
ファーナス「宿はどこだ!今日はどこでもいい!!もー寝る!!!」
本日何度目かの冷たい視線を肌にちくちくと感じるが全く気にしない。世間では図太いなどと
理不尽なよばれかたをするがこれは単に辛抱強いだけだと―ファーナスは信じている。
ファーナス「宿・・・宿・・・こっから近いのは・・・あ。」
ガイドブックをひろげながら歩いていると、いつのまにか小さな宿の前に立っていた。
ファーナス「ま、今日はどこでもいいって宣言したからな。」
言って、彼は軽い足取りで宿の中に入っていった―

そのまま、ファーナスはそこを拠点に街頭演説に見えるであろう注意を呼びかけながら―全く成果はなかったが―
何日かを過ごしていった。

ファーナス「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
「あ、お客さんお帰りなさ―」
宿の主の言葉は途中でさえぎられた。ファーナスの剣幕に驚いたのだろう。
ファーナス「もう休む・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
大きな足音をたてながら階段をのぼる。
がちゃ。
何度となく見た自分の部屋―他の客も大勢泊まっただろうが―のドア。
よく考えてみると毎回毎回同じような顔と気持ちで開いた気がするドア。
―怒りといらだち。毎回そういう気持ちだった。
ファーナス「ったく―・・・!?」
突然―今まででも充分暗かった部屋が暗黒―月明かりも何もない味気ない闇に変わる。
―ひゅっ―
ファーナス「!?」
風をきるような音が聞こえる。その音にいい思い出があまりない事を思いだし、とっさに後ろにさがる。
すとっ
何かが壁にささったような音が聞こえた。周りを見回すが―全く変わりがない―いや。
「―避けないでくれよ・・・・・・・めんどくさい。」
今まで暗黒と共に外界からの音も聞こえなかったが―声が聞こえる。無茶な注文をする若い声。
(―ってことは、この闇の中からの声、ってことか。)
軽く分析しながら耳をすます。何も聞こえない―いや。小さな音。
金属―?
―!
今までの経験からして―この場所はやばい。危険だ。そう判断したファーナスは後ろに跳びながら
魔法杖をかまえる。
―案の定、また壁の方向から軽い音が聞こえた。
ファーナス「―誰だ。」
「誰―って・・・ふふっ何も知らないのかい?」
相手は軽く息をもらしたように聞こえる。
「僕はね、君の―多分敵、さ。君がいると迷惑だ。―この空間がなんだか分かるかい?
ファーナス「―いや。」
「だろうね。そうでなくちゃ恥だね。そう、恥さ。一族の。」
ファーナス「・・・一族?」
一族。その言葉を聞くとこの世界の有名な一族の名が2,3こほどうかぶ。
魔力に関しては子供でさえ高名な魔道士さえ黙り込ませれるであろうアイシオール一族。
死霊術(パーシティク)―ゾンビやグールを操る能力のなら他の者の追随を許さないリフェリオ一族。
剣魔道(ソーテル)の技術の高度さならタンラオ一族だろう。
―そこまで名前をあげてから、不意に声が聞こえる。
「―多分君は聞いたことがないだろう。だが最強だよ。僕らは。僕らの一族は。」
ファーナス「―なぜそう言いきれる?」
「なぜって・・・?愚問だね。僕は負けたことがないんだよ―!!!」
ひゅっ!鋭く息をはく音が聞こえる。―刹那。前の風が動くのを感じる。
後ろに跳ぼうと思ったがここは部屋の隅だということに気づいて仕方なく横にころがる。
今度は足音がすぐ近くで聞こえ、―からん―と乾いた音が響いた。
「すごいね。君は。よくよけられるもんだ。賞賛に値するね。」
ファーナス「ほめられるんなら酒場の美人のほうが俺は嬉しい。」
「あいにく僕は男だ。ごめんよ。」
冗談めかして言った言葉に答えが返ってきたので多少虚をつかれたが、すぐに体中に警告をおくる。
近くに―いる。
「僕がどこにいるかわかるかい―?」
ファーナス「わかるわきゃねーだろ。ふくろうにでも言いやがれ。」
「僕はね、わかるんだよ。だから君は僕に勝てない。」
ファーナス「・・・それは世間一般では『卑怯者』と呼ばれるであろう行為だぞ。」
「この場合には『戦略をよく考えられるかっこいいお兄さん♪』と呼ばれるよ。」
ファーナス「・・・いや・・・なんで『かっこいい』がはいるんだ・・・・?」
なかばあきれながら言う。
「ま、いいじゃないか。君はここで死ぬからさ?」
言葉が終わるか終わらないか、といったところから硬い音―ブーツのつまさきで地をける音―が聞こえてきた。
ファーナス(・・・マジで相手だけが見えるんだったら・・・少々不利だな。)
頭のなかで簡単な計算をして、その計算からはじき出された答えは―
がしゃああああん!!
ガラスの割れる盛大な音が聞こえる。多少刺さったが―問題はない。あのままいたらこの10倍はくらっていただろう。
―計算の―答え。それは36計逃げるがしかず―といったものだった。
周りが騒ぎ出してきた。この辺りは商業区ではなく住宅地であることも手伝っているのだろう。
―しかしファーナスは人が集まるより逃げ出すのが遅れるような男ではなかった―

宿帳の名前を偽名にしておいてよかった。
今それを世界の誰よりも―滅多にそんな事を考えている人間はいないが―痛感しているのは自分だろう。
ファーナスははっきりとそう言えるおかしな自信を身につけていた。
なぜならあの宿の窓を割ったのは自分である。自分は今金欠だ―毎晩思いっきり飲み食いしているからであるが―
とにかく金欠なのだ。冒険者とはもうけにならない仕事だと最もわかっているのも自分だろう。
またもやおかしな自信をつけながら、ファーナスは街を歩いていた。
またあのむかつく仕事である。
ファーナス「ぅおおおおぉぉぉぉおおおおぉぉぉおおおおおおおおおおおお!!!!!!!!!!!!」
声量を、声色さえも変えながら、叫ぶ。特に意味はない―景気づけのようなものだろうか?
ファーナス「ぉぉらおら!!!もーマジで次あたりこの街つぶれるから逃げちまえ!」
先ほどの叫びの続きのようなはじまりかたで、大声をあげる。
次がこの街などという確信―というか、理由もまったくないのだが早いにこしたことはない、ということで
ファーナスは自分で満足している。
「―お兄さん?」
ファーナス「ぁあん?」
後ろから突然聞こえてきた声に小さなうなり声ともとれない声を発しながら首をまわし、
勢いで体も後ろを向く。見ると、そこには少年がいた。―子供ではない。
自分より年下だということは明らかだが、16、17といったところだろう。
自分より背は多少低いので見下ろして観察する。
髪はあまり見ない黒髪で、純粋な赤色だ。
服装は簡単なTシャツとジーンズといったところだがはっきり言ってあまり似合っていない。
そしてその服では目立つ黒い剣を帯剣している。と―
「お兄さん、そんなことしてても意味ないよ?」
ファーナス「うっせ。あっち行け。」
ぶっきらぼうに手をぱたぱたと振りながら言う。
しかし相手は怒ったそぶりなど全くみせず―それどころか微笑まで浮かべながら、つぶやく。
「意味ないよ。僕らは他の村には見えないように行動しているから誰も信じない。」
ファーナス「―!!!!」
驚いて目を見開く。あいては軽く笑って、
「―ちょっとついてきてくれるかな?」
ファーナス「・・・いいだろう。」
小さく手をあげ―降参ではない、承諾の証として―ファーナスは言った。

ファーナス「―・・・昨日のは、お前か?」
―ここは村の郊外にある多少広い空き地。そこにファーナスと―少年は来ていた。
「よくわかったね。僕だよ。・・・話すのに名前なしじゃ不便だね。
ああ、お兄さんの名前は知ってるよ?ファーナスさんだろ?よびにくいな。君、でいいかな?僕は―」
軽く考え込んでから、
「・・・・・・・D。Dでいい。本名を言うと後々困りそうだからね。僕は偽名を作るのが苦手なんだ。」
ファーナス「・・・・・・・・でぃー?」
D「そう。D。仲間からそう呼ばれているんだ。僕はあんまり好きじゃない名前だけどね。」
ファーナス「・・なぜ、Dなんだ?」
D「僕は世間話をしに君を呼んだわけじゃないんだけどね。」
ファーナス「・・・そうだろうな。で?なんの話しだ?・・・・・昨日の・・決着か?」
決着、のところで顔が多少強張る。だがDはまったく動じず、笑みを浮かべながら言う。
D「んー・・・まあ、そんなとこだね。昨日君は迷惑だって言っただろ?
迷惑だから、僕は君を消す。それが命令だ。」
ファーナス「・・・・・命令、ねえ・・・・・・そもそもお前―Dか。はなんの組織なんだ?」
D「そんなことはおいそれと話すものじゃないだろう?」
言いながら、Dは懐から小さな投げナイフを何本か取り出した。昨日投げてきたのはこれだったのだろう。
ファーナス「まったくだ。」
ファーナスも、目立たない位置にいつも隠してある短剣を取り出す。
『魔法杖』(ルーンワンド)はもともと持っていたので軽くかかげるだけだ。
ファーナス「魔道士に喧嘩売ってただですむと思うなよ?」
D「言っただろ?僕らの一族は最強だ、って。」
ファーナス「・・・最強ってのは・・・ありえないことなんだよ!」
語尾を強くし、地を蹴る。相手も全く同じ動作でこちらに向かってきた。
短剣を抜き身にし、小さく振りかぶる。その瞬間―Dが黒い剣を抜刀する。まっすぐに突き出され、
あわてて横に跳ぶ。
刹那。
黒い剣から暗闇が広がる。全く光のない暗闇が。数秒前に侵食しはじめた暗闇は、
すでにファーナスをも押し包んでいた。
ファーナス「な・・っ!!」
D「驚いた?驚いたよね。嬉しいや。―これはね、『まじない』の道具なんだよ。
知ってるだろ?『まじない』は・・」
ファーナスの体に旋律が走る。
知っている。魔道士なら誰でもが。地上から抹殺された魔道。それが『まじない』。
昔―精霊が発見されて間もないころ。
ファーナスなどが使う『魔法杖』を使い精霊の力を受け止めるポピュラーな魔道―精霊魔法というのだが―と、
一部の人間が使う『まじない』があった。『まじない』は成功率が大変低い。
精霊魔法の成功率が85%とすると『まじない』は20%といったところだ。
全く実用性がない。そして肉体そのものの力を引き出し奇跡を起こす
魔道なので少しでも使い方を誤れば死ぬ。だから『まじない』はなくなった。
―もし。―もしも。『まじない』が85%の成功率になったらそれは精霊魔法を軽くしのぐだろう。
D「『まじない』は封じ込められるんだ。封じ込めるとその成功率は100%になる。
・・・この方法がわかったときには『まじない士』は10この村に1人いるかいないかになっていたんだけどね。
―その方法を発案したのは―『まじない士』なんだ。そして僕のご先祖様。わかってるだろ?
『まじない士』の素質は―遺伝する!!!」
昨日のと同じ、硬い音がどこかから聞こえる。ブーツの先に何かしこんでいるのだろうか?
背筋に悪寒が走った。一瞬で判断してその場にしゃがみ地面に手つく。
そしてそのまま手に持った短剣を前につきだし身体を反転させた。
軽い手ごたえがあった。だが致命傷ではない―歩くのが多少不便になる程度の傷だ。
D「・・・・・なんで君は・・・この闇のなかで僕が見えるんだい・・・?」
ファーナス「・・・経験・・・かねえ?ほとんど勘さ。」
「・・・ーぃ
D「・・!」
相手が動揺するのが気配でわかった。まだ遠いようだが―子供の声がする。
D「・・・困ったな。非常に困った。無意味な殺しはしない主義でね。」
ファーナス「罪のない美声年を殺すのは無意味な殺しじゃないのかよ。」
憮然としながら言う。―その間にも子供の声は近くなっているようだ。
D「見られたら殺すしかない。だけど殺したくはないな・・・。・・・そこからでる結論はなんだと思う?」
ファーナス「俺が最も助かる行動だ。」
D「ご名答。だけどね、またすぐにくるよ。一度は逃げるけどね。またくるから。そのときこそ殺す。
・・・もうすぐそこまで来ているようだ。言い訳は君がしておいてくれよ。―じゃあね。さよなら。」
ファーナス「・・・言い訳・・?」
そのつぶやきに反応したかのように、Dの気配と周りの黒いところは消える。
太陽のまぶしさに一瞬目を細めるがすぐになれる。そしてその目で見た光景。
それは―目を見開いた子供達だった。5〜6人といったところか。
思ったより近くにいるのはあの黒い空間が少しは音を遮断していたのだろう。
軽く目算していると突然子供達が今まで大開にしていた目を細くして―そのかわり、ということもないだろうが
今度は口を大きくあけた。
子供A「うわ〜かっこいー!!」
子供B「ね〜ね〜!どーやったの?」
子供C「今の黒いのなんなのさ?」

突然ファーナスの周りにわらわらと群がり、そしてわめきちらした。
どうやら子供達には黒い空間―黒いボールのようにでも見えたのだろうか?
から、突然人間が出てきたように見えたらしい。
弟、妹のたくさんいるファーナスは子供のパワーをよく知っている。
その時―ファーナスはDへの報復を誓ったのであった―