一部、タヒチの現代の歌と,その他メロディーが挿入されています。
Tahiti Poem
はかりしれない神秘はあったとおり、
あるとおり、あるであろうとおりに
はかり知ることができないままになっている
ポール・ゴーギャン
タヒチの詩 のネーム使用は著作権上、1997年頃で最初使用と宣言します。


2004年3月、パペーテ ブーガンヴィル公園 シェラトンホテル、モーレア島
( タヒチ詩の更新記録です。)
'07.2.18. NO,7 .彫像萌え出でて に画像挿入、NO,6に12,14に画像
'07.2.25. NO,2 .砂浜通り ヌーボポルトから に画像挿入
'07,3.2 下部に ロートレック 詩 記載
'07,4,2,NO,4に琥珀色の水割り作成。 6月6日、バイロンの船 に詩人バイロンの年譜、書く
'07,8,13,NO,5にタヒチの真昼 '07,9,21,NO.4 レストラン、ワイキキ画像,10,14タヒチの夢、11.4愛の夢
タヒチの掲示板

航海で行ったこれらの詩は22歳頃殆どつくった。
タヒチの景色に幻惑され、華麗に、自然の賛美、語呂よく、
タヒチの詩的表現に挑戦したのだ
詩論なんて無視した。精力を倒れるほどに注いだのだが


神戸、出航
(1 からクイックしてください。ページが開きます。)
1.入港。 二回目の来訪 パペーテの朝。哀愁、ヨットハーバー,
2.上陸 、砂浜通り ヌーボポルトから 、ブローホール懐かしき曲を挿入
3.夢のまにまに、失意
HTMLの別、ホームページです
タヒチの詩 。


タヒチ、モーレア島 バリハイ 頂上がかすんでいる
作、しらほかける
ヤフーの
ジオログ 作成しました
4.タヒチの夜 、 タヒチアンダンス、レストランワイキキ 、琥珀色の水割り
5.ボラボラよ、最終章、パピエテ夢の終わり より 、タヒチの島影。二期来訪より日本人に似てた目のうつろな旅人らしき人 、タヒチの真昼 、タヒチの夢、愛の夢
6.短編小説、青春はうるわしく過ぎて
7.湖、彫像萌え出でて、ハイビスカスの花
8.星降る航海、バイロンの船、バロン
9.タヒチの夢と、青春の悲しみの 歌 教会、モーレア島、水浴、感興つのり、
丘に涙せよ
10. 通常人のように生きようと
詩との決別をしようとの誓いをするが、
また海と船との決別の誓いの 歌 (三つの詩)

photo by noriaki kamiya
ガラスの部屋のようなカフェ。ガラスと光線との入り乱れ、手のひら
を当てて現実と幻想との交錯。そして僕の今までの行動が認められ
手一杯の現実。逃避と言う魅惑的な言葉から落ち着き天の光の無尽蔵の
恵みを知るが、現実は変わらないとかすかに知るが、現実の想像品の
パピエテの最大の恵み、感謝。光あふれるーーー
ここにいるという喜びはひとときだが、どんなに名誉ある席にいるより
もかけがえないという表現で伝えられるか。どんな言葉の綾でもつて
ここの空間を伝えることができるのか。

カフェ Cafe
一面ガラス張りの おもては
天然の温室が広がっている
緑の大木 揺れれば
風の音は 届かず
カフェーティエールの
コーヒー煮る音が聞こえる
透き通ったガラスに
手のひら 押し当てれば
感触の懐かしさ
ほんのり指の縁に 赤みさし
路上の花の色に似て
温かみ伝える
すべやかに透過した光
テーブルに集まり
目の前幻惑する
ラララ 生の感嘆
静かにコーヒーの湯気と共に湧く
色彩の凝縮を一身に
フランス娘 チョコレートサンディーを
ほっそりとした左手で
触るとも 持たずとも
魅惑的にうつむきかげん
誰を待つのか うるんだ碧眼に
見つめられれば
朝のさわやかさ増して
身中に喜びふくらむ
伸びきった足組み合わせ
柔らかく盛り上がったすねは
少しばかりの気ぐらいを出して
フランス娘の 独り言は
思い出し笑いを持って
手首曲げてスプーンを
さだめなく 息付く胸元で
上下に反復動作
うなじの和毛は 金色にふるえ
光ははにかみ
フランス娘の動きにつれて
えりもとに こっそり隠れる


image 当時の路上のハイビスカスの花。写真より
Photo。By Gensan's photo gallery
miss oode 。Willcom girl & MS mizuki image girl ,else
11.ここで休憩室。ゲストルーム
12.子供達の夢。(一部作成。 真珠貝、切り株に腰掛けて)

彼女の手は離れたタイプから
どこからまぎれたのかしら
あの辻から
それとも静やかに立ち澄む
道角の大木の葉明かりの
まぶしかったところかしら
口笛の音に似て遠く
赤い屋根の見える天辺の方から
聞こえてきましたから
つい足の向くままここに来たのに
僕は発見した
事務所の中に
それは窓がポッカリ抜かれて
僕でしたらとても気が散って
仕事が手につかないくらい
花と雑草が生い茂っているところでしたから
びっくりするような
僕の目を疑ったほどに
やけに美人のタイピストを
半分田舎のタヒチの村外れでも
一人前に化粧を一杯に
窓からのぞかした顔に
僕は一瞬に
全ての彼女を読み取った
でも残念ながら完全ではなかった
美しい肢体は壁の裏だった

image
Photo。By Gensan's photo gallery
スコールそしていまわの逢瀬
パピエテ港の夕方
Veioute piuie
image
Photo。By Gensan's photo gallery
sorry. thank's Mr. Gensan
なにを暗示するのか
名残りを背に帰船いそぐ頃
黒雲たちこめ
しもとはしめやかにひるぎ
待ちうける
天の恵み スコールを
日照りはなりをひそめ
甦る生気に身体
足早にあます道のり切々と
熱の滞留ひしめき合い
舞う土ぼこりは力なく
大 粒 し ず く は土に沁み
みるみる 奥深くめりこむ
堰を切るや発作きて
木々の雨音やかましく
辺り一面 雨柱
まつげ濡れ
うっすらと水膜通して
森林水け立つ
叢林かたわらに
絵帽子二つ
驟雨に叩かれ
もやに渋りおぼろげ
頬すじをなして水流れ
いまわの逢瀬に
おぞけと恋慕にわななき
自由を失うくちびる
瞳のじれったさ
つぼみの少女の情炎に
心なしの天の恵みは
みもだえる涙は雨に流れ
覚えたての愛の言葉のおうむがえし

別れ
緑の小島に
二度と来れない悲しい心
楽しく海に遊ぶ人は気紛れに
両手を振っている
船はかすみゆくタヒチを離れてゆく
美しい人を見た
町角も見えている
陽に映えているカフェは
消えない思い出を残した所
高くヤシの木があるタヒチを忘れない
高くヤシの木があるタヒチを忘れない
遥か東京港に 今度は帰港するだろう
華やかな迎えがあるが 待つ人は僕にはいない

タヒチ モーレア島クック湾あたり 光あふれかえる
本人か、ガイド撮影。左には日本人と思われる人、何か自分のようだが、不明。
二回目のタヒチ訪問。私がどうも写して、なんで自分のようなのが写っているのか。まだタヒチの不思議があるのかー。

モーレア島、路上のパンの実。丸く見える。焼いて食べるという。ガイド車より。
詞のコーナ
水辺の誘惑
水辺を水着で 歩いていたら
誰かの熱い視線が
私を見つめている 気がするの
誘惑されそうな
午後の太陽まぶしくて
空は澄んで はにかむ私をおびきだす
悲しい想い出かくしてたら
誰かのやさしい言葉が
水にはじけて なぐさめるの
内気な心が 飛んでいく
不思議な夏の気まぐれ
知らずに 愛されている気がするの
水の面に
楡の木陰を映している
姿見せて 素敵な恋人そばにいて
淋しい乙女の ふりしていたら
誰かのやさしい言葉が
風にまぎれて ささやくの
都会詩、田園詩
プロローグ
こんな名称つけて、何書くのか、イメージで作ったりして。昔の詩はあるけど、どうするか
だってここのページ,変えていかなくてはいけないのである。何の義務といっても、ページ作ってここまで
きたのだから、やるのです。ネット詩のマニュアルなんてないしー。方向はどういうふうになるか・・・
ところで、新しい詩できるのか、こんなおおみえきった題つくったりして。
都会といっても、地方の都市で商店も沈滞している所しか行かないし
田園と言っても、緑の木が輝かないと・・ ここは故郷でないし、故郷の森は輝くのです。
アップルジャム
街角で アイスクリームを
なめている娘に 聞いてみた
アップルジャムは どこに売ってるの
娘は面倒臭そうに
右腕上げて教えてくれた
行った所は古本屋
埃だらけのジャム詩集
どこにあるのか アップルジャム
アップルジャムよ 見つからない
どこからか パンのいい匂い
パン屋の車が 通り過ぎた
アップルジャムよ 止まって下さい
急いで オンボロ車で
フルスピードで追いかけてみた
いきおいあまり 追突し
ころがり出ました ジャムの缶
ここにあったよ アップルジャム
アップルジャムを 見つけたよ
これは古い、もう書けない、すぐにはと思った。確かに身体の中心に、鉛の芯が入っているような疲れ
助けてください。と横になったら心の形が見えた。ピンクの丸い形、それが話しかけてくれた。
ハートが好きな時に書けばいいと言ったようだった。書いてもなんの成果もないのだからとは、いわなかったけど。
山口県の国民文学祭の詩も締め切り近い、書いてない・・・
そういえば、今は夜更けの二時だ
心がつぶやいた次の日 不思議に思えたこと
知人から電話
明日 教会でアーサーホーランド師がくるというから
来てくれという
案内のチラシで知っていたが
こういう日しか 教会に行かないので 直前に電話くれる
知人は 神と共にいるような人だ
告白では 若いころ生々しく生きていたと堂々という
自分は洗いざらいの所業は言えない 知っている
自分は善人ということを前提で 告白できず弁解しているから
教会の無菌の中では 自分の中のばい菌が暴れて耐えられなくなって行けないのと思う
聖書の奇跡よりも 現実の捕らわれに四苦八苦しているからか
アーサ師は知っている 何度か色々な、テレビも出て 有名なひとであるが
アマチュアレスラー、全米二位で優勝してるという混血の人 力強い人なのに牧師になっている
自ら不良牧師と言っている 若いころは青い背広を着てスカットしていたが
今はひげを伸ばし ブーツを履き教壇にあがる
大きな派手なバイクで来訪する 十字架を仲間と背負って日本を縦断、バイクでアメリカ横断している
そのことは映画にもなっている 社会から嫌われた人を扱ったもので 牧師に何人もしている
歌舞伎町で伝道したという、神を呼びかけたという。髪がない人に、そこの人、神が呼んでると呼びかけたという
シナリオなく話すという。まるで神の想いをその口を通して語るように見えた。なんでも言うから、拒否される
教会もあるという。再び呼ばれたら、そこの反対の役員が心臓麻痺で死んだから呼ばれたという。
十年ぶりにと。
とても、人前では神など自分は語れない。特別に生まれつきに違うし、きっと選ばれたひとだろう
心の中から湧きあがる神の言葉を、アーサ師はいつも台本なく語ると言う。
この地球の美しさを創造した神の姿とか
アメリカの自然を見て、感動したようなことを確か言った、それを表現して ああ私は詩人だ とか何度か言った
私の心がちょっと前、前述のことが見透かされたいるように、顔が何度か合い メッセージされたような戸惑い感じて
私に主は彼を通して何か伝えたいと取ってしまったのだが
あの輝く日々
木々の葉は輝き 人々も輝いて見えた
東京の空が建物が異様に 灰色に見えた時があった
でも大きな心の破壊を通しても 詩になって輝く日であった
常識的に見える景色のこのごろ
なにがストレスを与えているのだろう
拒食的から 過食的になったのはなぜなのだろう
思い通りにいかず 意思の力を超えた自律神経のたちの所為にしていいのだろうか
ひまがあればこんなに家に閉じこもっていて
僕は知っている まだ力があるのを知っている
知らない世界に飛び出したら きっと一日中戻らず
外に飛び歩いてる自分を知っている
人はそんなことなぞついぞ考えなく見え 僕にとっては強いのか鈍いのか何か違う
TOKYO
散策 東京タワーより





Tokyo が出てきたりして、後で考えるにこれは対比を表したいということになる。
東京、順に 三田国際ビル周辺のビルと通りの景観はすばらしいと感じる。
つぎは左が、遠いけど新宿副都心、つぎはレインボーブリッジ方面、つぎは左は六本木ヒルズ
つぎは東京湾、晴海方面です。
どこも、散々歩いたところです。
東京の詩は、あまりカラットした詩はない。憂鬱的。
ピルの屋上からながめたら、下の黒い背広を着た人たちが、まるで ありが歩いているように
表現したことの詩があるが・・。そのころは現代詩、批判的な男だったのです。
ガラスの外の音のない世界 外界
社会の反応がまったくない
そして街は がらんどうにみえた
すべてがとまっているようだ
動かない世界
単純なのだ なにも複雑に考えなくてもいいのだ
なにかが 複雑にしているのだ
そうだ 見馴れた景色でないか
互いに親しみをもつているのだから
そうだ もっと単純でいいのだ
梅雨まえのどんよりとした大気と
空が当たり前に あるのだから
そして記憶の中から 展望台の元に立つ
モーツアルトの音楽には 安らぎがあるという
きっと意識してつくったのでないだろう
良いと思って作っただけなのに
自然の 木の葉のそよぎ音のリズム
波の音の変化
電車の規則的な 走る音と同じような
見渡す外の風景は 何もない
人は風景の圧巻を見ている
昼だからネオンの瞬きはない
物珍しさしかないのだろうか
詩の安らぎのリズムは 僕は学んでいない
きっと ペンが軽やかに書けたときなのだろう
東京から外れた小都会
ピルは明るい 開かれた窓々であるのに
どうしても気持は 晴れないのだ
人同士の戦いは どこにもあるのだろう
喫茶店が あちこちにあった日が懐かしい
時間をみつめられた 夢をはぐくむ場所だった
もうここには なにもない 実務の世界
風のようにビルの中を通り過ぎる人
そうすると 小都会は輝くようだ
ちょっとした挨拶するときもある
すれちがっていくだけ
2005年頃作成
みらいの海へ
We will go to the future sea
みらい・・海を車で渡りたい
だから未来の時代を書きたいんだ
生まれ変わっても 自分がこんな事
考えてたこと知るのは 無理なことだが
願ってた通りの時代になっていたとしたら
滑稽だが太平洋に トンネルができてるぞ
どこの島にも アメリカ 中国 台湾にも
行けるようになつているんだ
重たい潜水艦だって浮いているのだから
車が通るトンネルだって 海の中で浮いていたっていい
水圧とか海流の強さは 何かでかわせばよい
最初は海上にいかだのような 道路を造ろうとしたけど
重たいイカリのような物を沈めて固定しようとしたが
台風が来ると壊れてしまい 無理だった
だから気が向いたら行こうよ
自由に自分の車を運転して
青い海原の中の トンネルを通って
もう航空機も 船もおさらばだ
だから好きな島でも行こうよ
好きな仲間と車に乗り込んで
常夏の国へ トンネルを通って
陸と陸とが 互いにつながっているんだ
誰と行くんだ
勿論 生まれ変わった君たちとだ
太陽はもっと熱くなって 空に輝いているだろう
でも交流で 互いの異国情緒のエキゾチズムは薄くなってるんだ
行こうよ 車に乗ってよその国に
行こうよ 車に乗ってよその国に
勿論 生まれ変わった君たちとだ
太陽はもっと熱くなって 空に輝いているだろう
でも交流で 互いの異国情緒のエキゾチズムは薄くなってるんだ
行こうよ 車に乗ってよその国に
行こうよ 車に乗ってよその国に
エンドレスのページと、長いページとなってしまう。またタヒチ関連と違う詩も並べることとなってしまう。
バラバラの詩をひっぱりだしたのです。容量一杯まで書き続けるかも知れない。統一しなくなる。
これ、捨てて違うの作る計画もない。もし、読んでくださる人に繋がりない、思想ないのを感じてくだされば
申しわけなく思うのです。 下記、掲載されたものです。地上の世界をこよなく、日々愛した時代の詩なのです。
重たい身体でも、夢、何かがきっと訪れると信じていた頃なのです。
情緒的、個人的と言われても、そういう世界もある、雰囲気を感じてくださればいいのです。
まどろみ
地上はあけぼのの声を聞く
窓辺は乳を流しかけたように
世界は息を殺し止っている
きのうの夜
ボードレールの詩を
読みふけった
きっと夢の中で泣いたのだろうか
緑の枕と白いシーツが
やさしい友でありつづけた
こずえを見上げると
知る人と同じ世界に
住んでいるとは思えない
光がしみる
天使のやさしさで
心はまだ眠っている
きのうの夜
美しい神話を感じていた
まどろみの中で
木陰の芝の上で
二人の恋人が
真黒な服と真赤な服を着て
かかしの足を見せて
千年も生きていたように
黙っていた
小鳥が一羽
羽をふるわせてながら
飛び立つ所さがしてる
どこからか
朝のうたが響く
遠くにかすむ
高い鉄塔が浮かんでいる
映画、赤い風車 のフランス画家ロートレック、馬から落馬して足の発育悪く、親が従兄妹同士とせいも
あるという。 添える人もなく、街であった女との関係むなしく、おんなは部屋からパリの街にでていく。
何かに要求されて、それをイメージして作った作品。
ロートレック 想いでのスカート模様
黄色い月は あなたのスカート模様
黄色い裾がふわふわ 雲に揺れている
別れたその日 あなたは階段降りて
月の舗道を とわに遠ざかる
愛しあっても 別れがくるとは
生きていくのがやっとな 僕のせいだ
あなたのいない月の舗道 耳に残る足音
僕は立ち直る それがあなたへの償い
黄色い色の あなたのスカート模様
黄色い裾がふわふわ 舗道を去っていく
唇つけた あなたのカクテルグラス
十字架のネックレス そっと置かれている
肩しか抱けず あなたは目を見て黙る
愛は風とともに遠ざかる
僕に迎えられる 力があるなら
笑顔もどしたきっとだ 僕のせいだ
あなたも見ている月の模様 僕はひとり生きていく
僕は立ち上がる それがあなたへの償い