クリスマス
 私たちが幼い頃、男の子であれば誰もが木登りくらいは当たり前であった。もちろん女の子も木登りをした。だから、秋になれば、木に登って柿を取るのは子供たちの仕事であった。
 当時、何処の家庭にも煙突があった。風呂、台所の上にある。今では煙突のある家はなくなってきている。「煙突」という言葉自体が死語になっている。屋根に登って煙突の内部の煤を落とすのは身軽な子供の仕事でもあった。年数度この仕事が親から命令されて任されたものである。面白いから、決していやではなかった。こんな仕事もクリスマス前には積極的に煙突掃除に取り組んだ。兎に角、サンタさんから「プレゼント」をもわなければならないから、それはていねいにやったものでした。なにしろプレゼントが煤で汚れては台無しだから・・・。
 当時クリスマスといっても特別なことはなっかた。なぜか朝起きると、枕もとに必ずプレゼントがあった。いつもこのことが不思議でならなかった。でも、プレゼントの喜びで深く詮索するほどの考えもなかった。
 学生時代、社会人の時でもクリスマスパーティーをやろうと言う人さえなかった。この幼児体験はそっくりそのまま我が子達には体験させた。この体験が今後受け継がれるかどうかは知らない。

 クリスマス会と称する会に参加したのは、実は一昨年がはじめてであった。中部地区ミニピンファンクラブの開催によるものであった。
会場は名古屋市布池教会のすぐそばの飲み屋さん。ここの店主も大の犬好き。小学生から熟年夫婦まで、犬談議に花が咲く。もちろんテーブルの下ではミニピンたちも楽しそうに・・・。何のトラブルもなく。
 実は、参加者の中で最も高齢なのが我が夫婦。ミニピン夫婦も我が家が最高齢。でも、体はともかく、気分は随分若いつもり。
 そんなわけで、昨年もクリスマス会に積極的に参加。少しでも、若い人からエネルギーを吸収しようと。
 昨年は、緑区の犬同伴OKの喫茶店。写真はクリスマス・バージョンの衣装に身を包んだ、ブラック・タン。楽しいひと時を過ごすことができた。もちろん今年も参加の予定。

 人はいい年をして何がクリスマス会だと笑うかもしれない。人は人。我がペースで歩もうと思う。別段、クリスチャンでもない。若い人との交流が第一義。サミエル・ウルマンの詩に

「青春とは人生のある期間ではなく、
 心の持ちかたをいう。
 ・・・
 年を重ねただけで人は老いない。
 理想を失うとき初めて老いる。
 ・・・
 頭を高く上げ希望の波をとらえる限り、
 80歳であろうと人は青春にして已む。」

とある。夢には老若はないと信じて・・・。 (1月14日’02記)
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