父が他界してから、ピンシャーは母との生活になりました。ピンシャーは朝起きてから夜寝るまで、ずっと母と一緒にいました。
特に耳のほとんど聞こえない母はピンシャーの存在で随分助かりました。パートナーからの内線で「ごはんですよ!」の声に反応し、台所まで母を連れてくること。昼寝の目覚ましに反応し、母を起こす仕事にピンシャーは得意げでした。一方、レイもこれという仕事こそしませんでしたが、それなりに母の相手をしていました。もちろん来て間もない子供ですから止むを得ません。
母は補聴器をつけても音声がほとんど聞こえませんでした.。ですから、日々テレビを見ることはありません。新聞が唯一の情報源でした。でも、大相撲中継があると、必ず4時頃からテレビ桟敷を陣取りました。大相撲の中継には力士の名前が出ること、勝ち負けが表示されることで、聞こえなくても随分楽しむことができたようです。勝敗の結果は、母は正確に答えることができ、私も重宝しました。大相撲ダイジェストを見なくて済みました。
レイは力士が登場し制限時間一杯になるまでの間、母の相手をするのです。靴下をひっぱたり、ボールで遊んだりしました。時々、制限時間なっても遊びたいレイは母に「レイがそんなことしてるから若(引退した若乃花のこと)が負けちゃったがね。そんなことしとったらいかんがね」と叱られたものです。レイもえらい迷惑です。.でも、そんなこと分かるはずがありません。
父が存命中は、10時には近くの喫茶店に二人で出かけること、3時には抹茶をたてることなど時間的に規則正しい生活のリズムがありました。一人の気ままな生活ではリズムが崩れがちになります。でも、二匹のミニピンが病弱な母の生活リズムをしっかり守ってくれました。母の「私はピンちゃんとレイちゃんがいるからちっとも寂しくない」という言葉は、あるときは強がりにも聞こえ、時には真実にも聞こえました。
「老人に犬」。これには心配事が色々ありました。母の姿を見ていて飼ってよかったとしみじみ思いました。アニマル・セラピーは事実大変効果があると、我が家では判断しています。日本では、これらの研究が大変遅れています。その根底には社会的な背景も厳にあります。盲導犬・聴導犬・介助犬でもしかり。
犬が好きな人は大変多い。これからは可愛がる動物「ペット」ではなく、人との共存・同伴者(コンパニオン)として、考え・行動すべき時代にきてるのではないでしょうか。犬と一緒に入れる喫茶店、レストラン、美術館・・・。このような社会になるためには、飼い主が自覚して犬の躾ができないと駄目でしょう。
読んでおきたい本
写真1:「アニマル・セラピーとは何か」横山章光著 NHKブックス 900円
写真2:「犬の行動学」エーベルハルト・トムラー著 渡辺格訳 中央公論社 1700円
写真3:「しっぽのある天使」池田満寿夫著 文芸春秋 1600円