随分時間はかかったが、12月にはプレゼントとして渡すことができた。元来、動物好きの親父・お袋は、殊のほか喜んでくれた。冬でも居室は日当りがよいので、ピンシャーは部屋中足リ回って親父・お袋にちょっかいを出していた。暖かくなったら、散歩に連れていくと親父は張り切っていた。
室内犬を飼うことに少々不安はあったが、これでよかったとパートナーと喜んだものである。
子供たちとおじいちゃんへのプレゼントを考えていたのはもう10年以上も前のことになる。高齢者でも、世話することができる犬がいいと本を調べたり、ペットショップを覗いたりしたのは。
小さく、短毛でなおかつ猫のようにじゃれる活発な犬がいいということでミニチュアピンシャーが候補に挙がった。だが、この犬はなかなか見つからなかった。
<<ぬいぐるみと遊ぶ在りし日のピンシャー>>
贈り物。それは花束であったり好物の食べ物であったり、記念になるものが一般的である。犬を贈り物にするなんて、と非難を浴びるかもしれない。当時、ペットの癒し効果について紙面にはよく出ていた。
将来寝たきりの生活になってはかわいそうである。だから、犬でもいれば、散歩に出かけてくれるかもしれないと。
この期待は見事に裏切られた。予想だにしなかった親父の死である。
<<レイと遊ぶ在りし日のピンシャー>>
ピンシャーと親父との生活は余りにも短かった。でも、この間にリハビリという役割を、小さな、小さな体で担ってくれた。無論、親父の棺に入れて一緒に送り出すことはできないピンシャー。その後、このピンシャーを世話することに。
お盆前に、親父が呼び寄せたのであろうか。ピンシャーはきっと親父の元へと戻っていったんだと。わずか10年ほどの生命。もっともっと生きていてほしかった、と悔やまれる。でも、今頃は、親父の膝元にうずくまって寝ているのであろうか。それとも果たせなかった夢をだったが、親父・お袋と一緒に散歩してくれているピンシャーを想像したい。 (8月28日’02記)