写真
 どこの家庭でも同じだと思う。最初の子が生まれると何やかんやと写真を撮りまくる。でも、二人目になるとその数が徐々に少なくなってくる。今では写真ではなく、ビデオ撮りでしょうが・・・。幼稚園や学校の行事で、熱心にカメラを構える父母をよく見かける。

 子供が成長するとカメラを向ける機会が減少する。被写体が嫌がるようになるから当然である。でも、犬を飼っていると機会がある毎に犬にカメラを向ける。当初、動きの早いミニピンには300mmのズームを使っていました。最近はデジカメで一層気軽にチャンスを狙うことができるようになり、頻繁に取っている。しかし、デジカメではなかなかいいチャンスを撮ることができない。これは親離れした子供に対する一つの代償行為なのかもしれない。今では随分多くの写真がハード・ディスクに保存(溜まっていると言う方が正確?)してある。

 先日、「日展」を見てきた。この中に増田奈寿美の「母」という作品があった。年老いた母が椅子に座りその前に2匹の犬が座っている作品。犬を通して親子の情愛がにじみ出ていた。画家は老いてゆく母親の姿を犬の存在によって描くことができたものと思われる。よほどのことがない限り親に「写真撮ろうか」なんてとても言えるわけがない。
 父と犬、母と犬の写真は残念ながら皆無。あれほど動物好きであったのに1枚もない。我が子と犬の写真は何枚もあるのに・・・。我ながら情けなかった。娘の成人式の折りに娘と父と母の三人の記念写真が残っているだけである。

 我が家で写真を撮るのは僕の役目。当然自分が被写体になることはない。パートナーと並んで犬と一緒の写真がわずか3枚。30代後半であろうか、ジョン2世と、それにミニピンファンクラブの忘年会にてどなたかが撮っておくっていただいたピンシャー・レイとの写真。それに今年の年賀状に使った現在の犬たちとの写真。残念ながら初代ジョンの写真はない。随分犬との写真を撮ったものであるが、肝心の所で抜けていた。

 たかが写真と言う事なかれ。食品で言えば「賞味期限切れ」、電化製品であれば「耐用年数切れ」の年代になると、なぜか父母の思いは強い。それだけ年老いた証拠でもある。1枚でもいいから両親と犬たちの写真を残しておけばと、後悔している。折しも、今年は母の7回忌。それだけに思いが強いのかも知れぬ。
 コンピューター時代になり、写真の保存が容易になった。写真好きの人は撮るに熱中し、大切な家族のことを忘れてしまっていることがなきにしもあらず。機会があれば、残しておきたい写真を考えてみたいもの。
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