陰陽風水


目次


第一章

陰陽

気の流れ

地図

植物と生物

科学と風水

第二章

占い

数

姓名判断

生年月日

血液型 

第三章

病気

性質

病気のメカニズム

家相と土地

睡眠

食事

第四章

魂

死後の世界

天国と地獄

眠る生物

輪廻転生

因果横暴

菜食主義

第五章

時間

静と動

バランスドアクアリウム

第六章

脳のキャパシティ

教育

超能力

第七章

正義と悪

幸 不幸

第八章

アイテム スポット

地震

ことわざ

その後

理想郷




第一章



陰陽



陰陽の表(大まかにわけると)


陰  陽


夜  昼

女  男

偶数 奇数

右  左

地獄 天国

悪  正義

大地 空

不幸 幸福

静  動

濃い 薄い

寒い 暑い


この世は全て陰陽にわけられる。

陰陽にわけられないものは「無」くらいである。

なぜなら「無」は形がないから陰陽どちらでもないのである。

形のあるものはだいたい陰陽どちらかにわけられる。

陰陽は色々な物の性質を理解する上で重要である。

(火、水、など形はなくても性質のあるものはわけられる)



それと重要なことがある

陰陽で色々なものはあらわすことができるが

陽の強い性質のものと、陽の弱い性質のものを

強い性質の陽を 陽 弱い性質の陽を 陰

ということもある。

色々複雑である、無を基準にして陽3陽1陰1とか

すればいいが、複雑に絡み合っていてなかなか難しい

たとえば人間の 男を陽 女を陰

ということもあるが、もともと生きている人間は全部陽の性質

をもっている。つまり女は男より弱い陽の場合もある

だがこれは人それぞれなので一概には言えない

男より男っぽい女性が居るのは

たぶん呪(しゅ)がかけられているからだろう。(第二章参照)

とにかく色々なものは陰陽にわけられるが、

別の大きな力も働き色々な要素もあわさっているため

陽1陰1など数字で表すのが難しい。



またこの地球上では陽の性質のほうが強い。

なぜなら地球は左回りだからだ。

陽は常に追い風をうけているようなものだからだ。



気の流れ



世の中には気の流れが存在する。

これはとても重要で、人に色々影響をあたえる

気の流れは地球の北半球では北へに向かっていく

しかし、地球は左回転しているので東へ向かう力も働く

したがって気は東北へむかって流れていくことになる。

東北は風水では鬼門と呼ばれているが・・・

気が集まる所(通り道)である。

この気は、死んだ人間が集まるのは

もちろんだが、生きている人間の気も集まる

生きている人間が寝ている間も東北へ向かって

気が流れることが多い。

むしろこの生きている人間の寝ているときの気

の方が重要かもしれない。

寝ている間、人は陰の気を放出している。

この陰の気が悪影響を与えるのだ。

人は一晩寝れば疲れが取れるというのは

この陰の気が体から放出されたためである。

だが陰の気の強い土地つまり気の通り道だと

放出がうまくいかず逆に他の人の陰の気をうけてしまうのだ。

それで夜眠れなかったりするのだ。


地図




地図を見てもらえばわかりやすい。

恐山なんかもそうだし、わかりやすいのは、

出雲大社のある出雲平野である、出雲地域を見てもらえれぱ

わかるとおもうが風水で言う、吉地の正反対になっている、

もっとわかりやすくいうと、関東平野を逆さまにしたような

地形である。

人が住むのに適してはいないが

出雲は八百万(やおよろず)の神が住む土地と言われているように

陰態の人たちが住むのには適している。

陰態とは死んだ人たちのいる世界である。

北にいくほど色々な生き物の気があつまるので

陰の力が強くなる。

陰の力が強くなると当然生き物が

生きていくのにふさわしくない



また地球規模で見てもわかりやすい。

人が住みやすいところつまり気があまり集まらない所に

大都市があるはずだ。



植物と生物




植物は人間や他の生き物にとってとても重要である

なぜなら植物は人間の不要とする。

陰の気を必要とするからである

気の流れが集まる場所は植物が生育するのに適している

神社など気の集まるところは木の生育がよいので大木になっている

風水でいう大凶の土地は植物にとっては大吉なのである

これを考えると、コンクリートでおおわれて排気ガスなどで

人の住みにくくなった土地こそ植物を育てるのに適している。

逆に、木は森や大吉の土地では育ちにくい。



科学と風水



風水でも占いでもなんでもそうだが

なぜそうなるかといわれれば困ってしまう

科学的に証明するには科学者と風水などを研究してる人が

協力しなければいけない、

今の科学は陽の科学で 陰の科学が風水とかである

どちらも同じものであるが・・・

科学は、陽の気に満ちた場所で考えられたものだ。

風水とかは陰の気に満ちた場所で考えられたものだ。

当然風水(陰)より科学(陽)のほうが強いから

今のような立場になっている。

だか、風水の上に科学があることは確かである

風水(陰の科学)でととのえられ、陽の場所に

なったところで、今のように科学が発展したのだ。



第二章


占い


占いとはいったい何か

占いはあまり当たらない

当たる占いはそれはもう占いではなく、予言者だ

じゃあ占いは当たらないかといえば

まったく当たらないわけではない

正確に言うと統計学的な占いや風水は馬鹿にできない

と、言うかかなりの的中率だ、とくに風水は統計学的な要素が強い

過去何十年何千年というデータの蓄積である。

だが風水も100%当たるわけではない

なぜかというと、風水だけの要因で影響が出るわけではないからだ

他にも、その人の名前だとか、生まれた日だったり、血液型や色々

なものが複雑にからまって運命、を作っている。

またその人以外の人間の影響もうける

人の運命どうしが複雑に影響しあっているため

なかなか予知がてきない。

完全に予知するためには、スーパーコンピュータが何台あっても無理だろう

だから占いはおおまかな所しか見ていない

影響の一番大きいところだけみる







数は面白い

0123456789

これがいったい世界中でどのくらい使われているのか

日常的なものは、デジタル時計、カレンダー、本、とかから

細かい物まで含めると無限・・・いやまさに数えきれんほどだろう

なかには名前に数字がついてる人もいる。

数の力

数にも力があるし陰陽もある。

偶数は陰 

奇数は陽

そして0と5が基準となる。

0が陰のもっとも強い数で

5が陽のもっとも強い数である。

それと奇数偶数をあわせて考えればいい

表にすると

奇数は陽 偶数は陰 

陰 陽 陰 陽 陰 陽 陰 陽 陰 陽 陰 

 0 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10

  陰       陽       陰 

5が一番強い陽でそれから

遠くなるにしたがって陰の性質になり0、10が一番強い陰である。

これは色々当てはめることができるので覚えておいたら便利である。



姓名判断




姓名はその人にかけられた呪(しゅ)である。

つまり裸の人間に名前という服、をきせたようなものである。

名前の違いは、服の色や形がちがうのと同じである。

その人にあった服を着たほうがよいのと同じで

その人にあった名前をつけたほうがよい

名は体をあらわす。(五章、ことわざ参照)

というように名はそのひとに色々影響をあたえる。



姓名判断は中心画(人格)、総画が重要で

後は天画 地画 外画などがある。(ここでは省略)

これも、先に述べた数の陰陽に当てはまるが

少し複雑である。

例をあげてみる

一番一般的な四文字の名前でやってみる。



四文字の名前の場合



山田 太郎

3 5 4 9

まず中心を見る

この場合田と太をたした数である

中心画は9である。

総画は21である。

まず子供のころは9という数が影響が出る

そして大人になったら21という数が影響を与える。

奇数は陽 偶数は陰 

陰 陽 陰 陽 陰 陽 陰 陽 陰 陽 陰 

 0 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10

  陰       陽      ↑ 陰 

                中心画

 陰 陽 陰 陽 陰 陽 陰 陽 陰 陽 陰

 20 21 22 23 24 25 26 27 28 29 30 

  陰 ↑        陽          陰 

   総画

この表から見ると

ちょっと男にしては陰の気が強いようだ

女性だったら陰の気が強くても大丈夫だが

男性は陽の呪(しゅ)をかけたほうが無理がなくよい。

だから補う気は陽の気である。

だが陽の気が強すぎるのもあまりよくない

その場合は男でも陰の気を補う必要がある。

例2

五文字の場合は真中の字

山田花太郎

3 5 7 4 9

 ↑

7を中心と考える

ただ5文字だと5という呪(しゅ)もかかる。

だから、五文字は四文字に比べて陽の気が強い

この場合7は子供の頃で

7に5と4をたした16は青年の頃で

さらにそれに3と9を足した28は大人になってから影響がでる。

それぞれよく考えてたりない気を補えばいい



二文字や三文字や六文字もだいたい上にあげただしかたでできる。

二文字や六文字は四文字のときと同じで

三文字の場合は五文字のときと同じやり方でだせばよい。



生年月日



生まれた日も先に述べた数の法則があてはまる

例えば、

10月10日だったら陰の気が強く

5月5日だったら陽の気が強い

奇数は陽 偶数は陰 

陰 陽 陰 陽 陰 陽 陰 陽 陰 陽 陰 

 0 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10

  陰       陽       陰 

この表が当てはまる。

だから10月10日生まれの男の子は陰の力が強くなりすぎるので

陽の気の強い名前をつけたほうがよい。

女の子の場合はある程度陰の気が強くても平気だが

10月10日はちょっと陰が強すぎるので

名前をつける場合、陽の気を少し補ったほうがよい

ただ10月10日生まれで、

名前も陰の気が強い名前の場合でも心配はない。

周りの環境(風水)で陽の気を補えばよい。

さらに四季の影響もうける

8月が陽のピークで2月が陰のピークである。

この陰陽は寒い=陰で暑い=陽の考えを当てはめたものである。

  陰    →     陽    →

   冬    春    夏     秋

  陽 陰 陽 陰 陽 陰 陽 陰 陽 陰 陽 陰

  1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12

       陽       陰 



血液型



血液型占いは前から疑問に思っていた。

たった4つしかないのにそれだけで人間がわかるものなのか?

だが、まったくでたらめというわけでもなさそうだ。

血液型はその人の性質であったりする。

さむさに強かったり暑さに弱かったりする性質である。

事実B型はインド人に多かったり

A型は中国人に多かったり

O型はアメリカ人に多かったり

これはそれぞれの性質、暑さに弱い寒さに強い

とかの性質で、その土地にあった血液型が残ったんだろう。

血液型の性質

 陽            陰

 O B        AB A 

暑さに強い     寒さに強い

左に行くほど陽の性質が強く右に行くほど陰の性質が強い



日本を例にとって考えてみる

A型が4割

O型が3割

B型が2割

AB型が1割

と言われている。

これもなぜこの比率になったかは予想できる

まず陰陽のバランスがとれていることがわかる

どう言うことかというと・・・

陰の A型 AB型 が五割

陽の O型 B型 が五割

でバランスがとれていることがわかる

じゃあなぜAB型が一割しかいないのかというと

AB型は血液型の中では最も弱いからだ

正確に言うとAB型はB型と力はおなじくらいである。

つまりAB型は弱い陰の性質で、B型は弱い陽の性質である。

そしてO型は強い陽の性質で、A型は強い陰の性質だ。

だったらO型が一番強くて割合がふえるのでは

と思うかもしれないが、陽の気が強すぎても

足元をすくわれるのだ。

その証拠に強い陰の気を持つA型が一番多いのは

しっかり足元を固めた結果だろう。

お互いが協力し理解しあうのが一番良い。

これは風水と科学にもいえるかもしれない。

それと日本はなぜ他の国みたいに血液型が偏らないかというと

日本という土地はパワースポットなのだ。

世界の縮図とまではいかないが、島国でパワースポットだったため

血液型が偏らなかったのだ。

モアイで有名なイースター島はパワースポットじゃなかったから

血液型や考え方が偏ってしまって、滅んだんだろう。



第三章



病気



病気を治すには本人の意思にかかっている。

病気の人は良い人が多い、自分に負の気が

集まれば、他の人が病気にならないで

幸せに暮らせるのではないか。そう考えたりもするが

その負の気を必要とする植物にそういうことは

頼めばいいのである、だが植物がどんどん減っていくと

かなり危険である。

とくに陽の気が強い人は足元をすくわれやすい。

では、なぜ人は病気になるのか?

この世界は、色々な生物がバランスをとって生きている

つまり、人が増えすぎたのだ。

どういうことかというと、人が増えて植物も同じように増えれば

いいのだが、人間が増えて植物が減ると・・・

人間の負の気が色々悪影響をあたえる。

本来負の気は植物が必要とする気であり

植物が吸収し浄化する気である。

だが、植物が減ると吸収されなかったその気が

人間に悪影響を与える。それで、その負の気の影響により

人は病気になったりするのだ。

負の気とはつまり陰の気である。

陰の気は人をバラバラにする力がある。

奇数(陽) 偶数(陰)で考えてもらえばわかりやすい

偶数は分裂しやすいからだ。

その負の気により人(奇数)が保てなくなり

病気になったりするのだ。

ただ病気になる、というのは決して悪いことではない。

それにより色々わかることもあるし。

何かを失えば何かを得ることもある。



性質



病気をなおすのは病院だが、予防するのは風水だと思う。

つまり病気も風水なのだ。

病院では病気を治すだけでなぜ病気になったか

その原因まではあまり考えないようだ。

統計をとれば面白いかもしれない

病気の人はどんな家にすんでるとか

この病気の人はこういう特徴があるとか。

土地や住んでる家も調べたらいいかもしれない。

だが、そういうことはやってないらしい

風水の立場が低いのだろう。

だが絶対統計をとれば法則のようなものがあり

それが、病気の予防に役立つはずである。

じゃあ病気はなおせないのかといえば

自分の性質を知れば、対策が立てられる。

(自分の性質は第二章を参考にしてほしい)



病気のメカニズム



現代医学の盲点は生物を物理的な物体としか見てないことだ

病気になるメカニズムは物理的な部分では原因を探せない。

つまり、良いといわれていることをして病気になったり

悪いといわれていることをしても元気だったりする、矛盾である。

これは物理的なものではなく、つまり人の魂、の部分である。

この魂の部分が重要である。魂とはつまり気である、

体と魂のバランスが重要なのだ。

病気のメカニズムだが、これは色々ある

代表的なのは二つである。

一つは寝ている時に陰の気が体に入り 

本来不要とするエネルギー(陰の気)が体から出ていかないことである。

二つめは食事である、陽の食事をとると魂が陽の性質になり

薄くなりもろくなるのだ、

ここに陰の気が入った場合すぐ壊れてしまう

この二つのバランスが大切である。



家相と土地



人が病気になる上でもっとも影響が出るのは、家相である。

はっきり断言するが、家相は迷信ではない。

じゃあ、なぜ迷信と言う人がいるのか・・・

それはたぶん、全体的に風水が施された土地だと

少しくらい、家相がわるくても大丈夫だからだ。

関東や関西は全体的に風水がかけられているし

土地的にみても、負の気が集まらない土地なのだ

だから、家相の悪い家に住んでもある程度は平気なのだ。

だから迷信と言われてしまうんだろう。

つまり家相も重要だが、家を建てる土地も

いや、正確には家相よりも、土地の方が重要かもしれない。

家相はある程度修復が可能だが、土地は修復が難しい。

具体的によくない土地は、Tの形の道路の突き当たっている所

が気の影響をうける。

  ___←このあたり   北
  __  ___      
   ↑||↑        
    ↑||↑気の流れ   
    ↑||↑       南

他にもLの形も気の影響をうける。

つまり、川の流れと同じである

まがっている所に影響がでる。

川と違うのは、川は高い所から低いところへ

流れるが、気は西南から東北へ向かって流れていく。

つまり、このTが逆の⊥だったら影響はあまり出ないかもしれないが

やっぱり危険なのにはかわりない。

なぜなら車の影響をどっちみちうけるからだ。

車に乗っている人の気の影響だ。(第五章静と動参照)

そのような土地には家をたてないほうがよい。

マンションだったら引越したほうが良いし

最初からそこに住まないほうがよい。

しかし、一軒家の場合はなかなか引越しは難しいかもしれない

その場合、土地が悪くても家相で修復はできないこともない。

土地が悪いというのは人間にとってであり、

つまり植物にとっては、よい土地なのである。

だから、庭に木を植えたりすれば良い。

植える場所は、園芸の書を参考にして

その場所にあっている木を植えるとよい。

基本的に東西南北どこに植えてもよい。

家の欠けてる所つまりへこんでいるところがある場合

はそれを補うためにそこに木を植えるとよいかもしれない。

だが、木を植える場所もないという場合は

負の気がこないように八卦鏡などをつかい

負の気をそらすしかない。



睡眠



睡眠とは一体なんだろうか

睡眠とは魂が体からでることである

(第四章魂参照)

体は陽の性質をもっているから

陰の性質をもつ魂はいつまでも入っていられないのだ

つまり睡眠とは、魂が体に入っていられる限界であり

良い睡眠とは魂にたまった陰陽の気の陰の部分を出す

睡眠である。

なぜそれがいいかというと肉体とバランスがとれるからだ

肉体は陽の性質だから起きるときに陰の気が弱く

陽の方が強い方が良いのだ。

人が病気になったりするのは、この寝ている間の魂

が関係している。

つまり風水で言う大凶(陰)の土地では

魂が陰の性質になってしまう。

そうすると体とバランスがとれないで

病気になるのだ。

(陰の性質になると偶数の性質にもなり体を保てない)

つまり起きている間より寝ている間の方が重要

なのである。

睡眠と起きている間の違い(一例)

起きてる間



動く場合  

陰→出やすい

陽→残りやすい



止まる場合

陰→残りやすい

陽→出やすい





寝ている間



陽の土地

陰→出やすい

陽→残りやすい



陰の土地

陰→残りやすい

陽→出やすい



自分の性質を考えてどれを選べばいいか考えればよい

肥満を例にとって考えてみよう

ダイエットは女性ならたぶんだれでもやったことはあるだろう。

太っている女性と、痩せている女性の違いは

陰陽の気の違いである。

太っている女性は陰の気が強いので陽の気を補えばいい

またこれは男性の場合は逆になり

陰の気が強いと痩せてしまう。

これは男は陽の気の性質なため、

陰の気が強いとやせてしまうのだ。

つまり、女性がやせるには陽の土地

に住んで体を動かせばいいのだ。

それと付き合う人を変えればいいかもしれない

太っている女性は太っている男性と付き合えばいい

なぜなら、太っている男性は陽の気が強いからだ

だからやせやすくなるのだ。

  陰            陽

太っている女性   太っている男性

やせている男性   やせている女性

だいたい上のとおりである。(例外もある)



そして寝ている間の姿勢だが、

北枕は良くないというのは

寝ている間も天と地、陰陽が存在しているからだ

つまり北は陰(地)であり、南は陽(天)であるのだ

だから北枕というのは逆立ちしているようなもので

バランスがとりずらいのだ。

足を向けて寝れない

と言ったりもするがこれはつまり足を向けて寝ている

方は踏んでいるのとほぼ同じことなのであるから

こういう言葉が生まれたんだろう。



食事



食べ物にも、陰陽はある。

陰陽の性質だが、

植物は陰で、生物は陽である。

なので生物は植物を食べるのが良い

生物(陽)が生物(陽)を食べると

バランスが保てなくなる。

つまりこういうことだ

体は陽なので陰の物を食べる

魂は陰なので陽の場所で寝る

そうするとバランスがとれるのだ。

食事とは体の陰陽のバランスをとることでもある、

だから陰の性質のものを食べるほうがバランスを保ちやすい。

さらに植物の中にも陰陽の性質の強弱がある。

土の中に埋まっている植物、根菜類は陰の性質が強くて

地面から上、地上に出ている植物は陰の性質が弱い。

不足している自分の気を、補う性質のものを食べればよい。

そして、一日に必要な量は一定ではない

その日の気温やさまざまなものが影響し

食欲は変動していて、一定ではないからだ。

だから日によって食べる量も変動するはずだ。

おなかがすいたら食べたい分だけ食べるといい。

時間も決まった時間でなくてもいいし

朝、昼、晩 と一日三食でなくてもいい。

ただ、おなかがすいたから食べるというのが良い

おなかがすいてないのに食べるというのは良くない。


第四章







人は魂がある、魂を科学的に言うと

多分プラズマ、もしくはそれに近いものだろう。

魂は物体を通り抜けたりもできる。

不思議なのは、人は必ず一日に何時間かは睡眠をとることである

睡眠は疲れているから、眠りにつくと言われているが

まったく何もしてなくて疲れてもいないときも

眠くなる、これは多分肉体に魂が入っていられる

リミットがあるからだろう、何時間かたつと

肉体に魂が入っている限界がくるのだろう。

それで眠くなる。

魂はおそらく、冷たい環境をこのむのだろう

だから、肉体に入ってる時間が決まっているのだろう。

肉体は熱いから、それにいつまでも入ってられないから

毎日、リミットがくると眠くなるのだろう。

これは死についても言える、死は肉体が限界を迎えたのだろう

つまり死とは眠りとほぼおなじである。

冬眠する生き物は寿命が長いのは

たぶんこのためだろう、鯉は冬、冬眠する

その冬眠してる間は死んでるのと同じことなので

その分寿命が延びるわけだ。

まあ、一概にはいえないが。



死後の世界



死んだ後の世界はある

だが、それを証明するのは難しい

海に行ったことのない人間に海を言葉だけの

説明で存在を証明するようなものだ

よく、霊能力者が人を脅かすようなこと

「霊がついてますよ」とか言うことがあるが、

その人は多分死んだ後の世界をよく知っている人なんだろう

要するに

貴方がもし、海を知らない人に海を言葉だけで説明するときに

「本当にあるの」的なことを色々いわれたらだんだんイライラしてくるはずだ。

それで、「海はサメがいて怖いですよ」とかつい言ってしまうかもしれない。

そういうことを言わないまでもイライラはするだろう。

それと同じである、霊能力者は多分イライラしてつい言ってしまったのだろう

なぜ霊能力者がうまく説明できないかというと、

人間の脳のキャパシティ(容量)をこえてしまうからだ。

脳のキャパシティは一定である。(第六章脳のキャパシティ参照)

霊能力はそのキャパシティをたくさん使ってしまうのだ

だからうまく説明ができないのだ。

これをほかの人にたとえると勉強ができる人はほかのことができなかったり。

勉強ができなくても他のことは凄い人がいたり。

全部ができる人はいないはずである。



まあ簡単な話だ海に行ったことがない人は海に行けばいいのである。


これは死んだ後の世界にもあてはまる

だが実際死ぬわけにはいかないから生きている人間が

死後の世界に行くことはできない。(例外もある)

日本に死んだ人の墓の前で、全員そろって記念写真をとる風習

があれば、たぶん霊とかはもっと身近に感じる存在だっただろう

なぜならばその写真は高い確率で心霊写真だったり後から心霊写真に

変わったりするからだ。それは害を与えるためではなく

死んだ人間が色々守ってくれてたりする証拠でもある(例外もある)

死んだ後の世界を確かめることはできないが

霊の存在を確かめる方法はあるが・・・

結構危険がともなうので、霊の存在を確かめたい人は、



絶対に居ないと断言する人、もしくは危険でもどうしても確かめたい



こういう人だけ試してもらいたい

実際危険といっても、普段からやましいことがなければ

危険ではない。やましいことがあったりして、

軽い感じで行く人ははっきり言って安全を保証できない。

だがまあ、命まではとられないだろう、熱を出したりするくらいだろう

(例外もある)

まあ、熱をだせば嫌でも存在を認めざるを得なくなるだろう。



ただ霊という存在を怖がるが、考えてみればただの人である。

それに、死んだ人間(霊)なんかより生きている人間の

ほうがよっぽど怖い。霊に殺されるより、生きている人間に

殺されるほうがよっぽど多いのだ。

それに霊が人に害を与える場合も

非常に道理がとおっていて、納得できる場合がおおい(例外もある)

つまり霊には霊なりの言い分があるのだ。

だからたいした理由もなく人を殺す、生きている人間のほうがよっぽど怖い

それに霊に人を殺す力はあまり無い。

生きている人間の力の方が、死んだ人間(霊)より強いのだ

だいたい霊の力は生きている人間の半分くらいの力だ(例外もある)

つまり生きている人が生きている人を殺そうと思えば簡単にできるが

霊が生きている人を殺そうと思ってもなかなかできない(例外もある)

だか色々な条件や思い込みが重なると危険ではある。



霊の存在を確かめる場所にはよく心霊スポットへ行くというのがあるが

心霊スポットで確かめるというのはあまりお勧めしない

なぜなら心霊スポットは嘘が多いからだ

また本当の心霊スポット(霊の居る)も多人数でどかどか行っては

霊の存在を確かめられない、また、霊とは陰の気をもっているので

生きた人間(陽の気)がたくさん集まると、

霊は出てこないでどこかへ行ってしまう。

だから生きている人間がたくさん集まると霊は出てこない

第一心霊スポットは危険である

なぜかというと、霊を冒涜しているからだ

心霊スポットの霊はこの世に未練がある霊だったり、非業の死を遂げた

かわいそうな霊たちの場合が多いからだ、

それを肝試してきな、軽い気持ちで行くと

霊の怒りをかってしまう、まあ自業自得ではあるのだが。



一番まともなのはお墓である、


ここはたくさん霊がいるはずだ。

そこで一昼夜すごす、一人で

それと、あまりライトはつけないほうがよい

霊感のない人も、なにか感じるはずだ。

明け方3時、4時頃はざわざわするはずだ。

霊を否定している人で

「そういうことは怖くてできない」

というのならそれはもう存在を認めているのと同じことである



ただこの霊と気はほぼ同じものであるから

怖いという人は陰の気が集まる土地で試したらいい

(第五章バランスドアクアリウム参照)



科学者が霊の研究をするうえで間違っているのは

大掛かりな機械で分析が難しいということだ。

なぜなら、機械というのは電気が通っていて

陽の性質をもっているので研究者が来ると

陰の性質をもった霊は簡単にどこかへ行ってしまうのだ。

また、多人数で行くとそれだけで出なくなってしまうのだ

霊は物体を通り抜けるからその存在が否定されているのだろう

また霊は普通目では見えない、霊が見える人は

たぶん霊を見ているのではなく脳に映し出されるはずだ。

その表現が近いはずである。



死後の世界や魂がいまだに解明されてないのが不思議である

死んだ後人がどうなるのかなんて、とっくに解明されててもいいはずだ

だが、霊の存在とかはどの国どの宗教でも存在している。

存在はわかっていてもそれを科学的に証明することはできなかったのだろう。

最初で述べた海の話を考えてもらえばわかりやすいだろう。



天国と地獄



この世は、三つの世界で構成されている。

天国と地獄 現世 この三つで構成されている。

それぞれの位置関係と力は

まず、天国が一番上でその下に現世

そして現世より下に地獄がある。

そしてそれぞれの力だが、現世の力がもっとも強い

天国と地獄を足した力が現世の力である。



その根拠は難しいが仮説をたてることはできる。

魂というものがあってそれがプラズマだったとしよう

それの性質は一定ではなく、地下にもぐるもの

空に飛ばされるもの、色々である。

そして地獄はつまり、地球の中にプラズマがもぐったもの

で、天国は地球の遠心力によって空に飛ばされた

プラズマが行き着く場所である。

こう考えると「お星様になったのよ」とかも納得できる。



そしてまだ違いがある。地獄は密集していて

魂どうしが、絡み合っている。

さらに下、

一番下は完全に魂が一体化していると言ってもいいだろう

魂同士が一体化したら他の魂の考えもわかるので

人の気持ちがわかる人間になる。

男より女のほうが人の考えを理解する能力が高いのは

地獄=陰 天国=陽 で女は陰の性質をもっているから

女は地獄へ行きやすく 男は天国へ行きやすいのだ。

これは普段生きている間も(主に寝ている時)地獄へ行ったり

しているから、女性は人の考えを読み取るのに長けているのだ

つまり人の魂部分(心)から、情報をよみとることができるようになるのだ

人の気持ちがわかるのというのは地獄の良い所であったりする。

よく「どん底に落ちて初めてわかった」と言ったりもするが

このためだろう。



眠る生物



人は他の生き物のことをどう思っているだろうか

あまり感心はないようだが、じつは眠る生物は全部

魂がある、その魂は人間にもなるし人間がその生物に

生まれ変わることもある。

ただ魂の量は人よりも少ない(例外もある)

この全体の量は一定なのではないかと思う

つまり、人になる魂がふえれば他の生物になる

魂がへるのではないだろうか。

そうしてバランスをとっているのだ。



輪廻転生



輪廻転生は人から人へ転生する場合が多いが

他の生き物が、人に転生する場合もある。

たとえば魚が人に転生する場合もある。

人の魂の量は多いので魚が人に転生する場合は

魚一匹で人一人ではなく、魚の群れになってしまう。

つまり、魚何千匹が一人の人間に転生する場合もあるし

逆に、人間が魚何千匹に転生する場合もある。

(種類によって魂の量が違うので一概には言えない)

たいていは人から人へ転生する。

その場合子孫、つまり自分に近いものに転生する。

だから今がよければいいという考え方は良くない

子孫に転生したとき、そのつけが回ってくるのだ。

過去の歴史をみても、それが証明されている。

戦いに明け暮れた者の子孫は必ず苦労する

まあ、子孫といっても、転生しているから

自分のつけなのだが。

なぜ苦労するかといえば、

殺したものに足を引っ張られるからだ。

つまり邪魔されるのだ、それを知っていれば

人殺しや戦争なんてできないはずだ。



因果横暴



つまり殺したら殺され、弱者を踏みにじれば

次は踏みにじられる番なのである。

要するに 

自分がされて嫌なことは人にはしないほうが懸命である。



菜食主義



菜食主義は宗教でよくおこなわれているが

たぶん、今述べたことを知っているのだろう

実際、輪廻転生などは宗教でうまれた言葉らしい

ただ、植物を殺しているじゃないかということを聞くが

植物は人間と共生関係をきづける存在なのだ

実際、二酸化炭素がまったく排出されなく

植物しか地球上にいなかったらとしら

300年くらいで二酸化炭素がなくなってしまうらしい。

だから植物にとっても生物は必要なのである。

だが、肉食は食べたり食べられたりする

因果横暴の法則にしたがってしまってよくない

つまり肉を食べている人はその食べられる肉の立場に

ならないと思っているから、食べられるのであって

因果横暴の法則をしっていたら多分食べられないだろう

つまり、その立場、食べられる立場になってしまう可能性

があるからだ。非常に危険である。

また肉食は体のバランスをとりづらくなってしまう。

(第三章食事参照)



第五章



時間



時間は過去から未来に進んでいるのではない

つまり、時間が動いたのではなく、

物体が動いた(変化した)のだそれが時間を作り出す

つまり、なにもない無では時間は存在しない。

だから、時間は進んではいない。

この世はメビウスの輪のようなものである。

裏も表もない8の形をした立体

だがこの地球上では上下は存在している

つまり8の上の部分が陽で下の部分が陰である。

例えると、エスカレータと人の関係である

エスカレータは変化する物体でそれに乗っている人は時間である。

そしてその物体はグルグル回って(循環して)いるだけなのだ。

つまり時間は初めから動いてなく止まっているのだ。

そして

人が感じる時間の早さは一定ではない

つらいときは長く、楽しいときは短い

なぜかというと、魂が関係している。

魂はつらいときは下にもぐり

楽しいときは上へいく

下に潜ったら時間が長く感じ

上に行くと地球の遠心力にとばされ

その飛ばされる力が働くと魂が速く動き

時間を早く感じる。

つまり物体(魂)が速く動くと時間を早く感じるのだ。

逆につらいときは魂が重くなりあまり動かなくなる

から時間を長く感じるのだ。



時間帯にも陰陽の強弱がある

陽がもっとも弱くのは朝太陽が昇る前で

陰がもっとも弱くなるのは夕方太陽が沈む前である。

なぜかというと太陽は陽なのでそれがずっとでていると

陰の力がだんだん弱くなるのだ、それと同じことで

夜も明け方が一番陽の力が弱い。



静と動



静と動は陰陽である。

止まっているものは陰であり

動いているものは陽である。

この動くスピードが速ければ速いほど陽の気が強くなり

陰の気は弱くなり体から出て行くのだ。

車を例にすると

車は高速で移動している

その移動により、体から陰の気が

出て行くのだ。だからTの道路の突き当たりに

家を建てるのは危険である。

なぜなら体から陰の気が出やすくなっているときに

急に曲がると慣性力が働き陰の気が体から出るからだ

だから道路の曲がり角は陰の気があつまり危険なのだ



バランスドアクアリウム



アクアリウムをやってる人なら知っているかもしれないが

バランスドアクアリウムとは

要するに、水槽にたくさん水草と土を入れて

(水草が光合成ができるように光も必要)

それを食べる生物をいれて人間が手を

くわえないでずっと維持することである。

それに魚を入れる場合はさらにたくさんの

水量つまり大きな水槽が必要だ

なぜなら、水槽の中に自然発生した、餌(動物プランクトン)のみ

を食べて生活しなければならないからだ。

さらに、フィッシュイーターつまり魚を食べる魚の場合は

池なみの水量が必要になってしまう。(場合にもよる)

これは、地球の縮図でもある。

つまり、水槽の中に魚を入れただけでは生活できないし

餌をあげたとしても、水が汚れてしまって魚は死んでしまう。

また、植物(水草)だけの場合も植物の生育はあまりよくない

植物と土だけだったらどうなるか。

これが面白くて、結構長く維持できる。

なぜかというと、土の中に酸素を消費する生物がたくさんいるからだ

それが二酸化炭素をだしているから、

二酸化炭素を必要としている植物の生育はよい。

それに魚を加えたらさらに植物の生育も良く

土の中の微生物も活発に活動する。

つまりそれぞれ他の生物の足りない部分を補って

いるのである。



これが風水とも関係している科学的に「気」を証明するために

このバランスドアクアリウムが使えるかもしれない

なぜかというとこの水槽だが、置く場所によって

植物の生育や魚が生きていくのに必要な水量が違ってくるのだ

つまり風水でいう大凶の土地だとたくさん植物を入れた

水槽じゃなきゃ魚は生きていけない

逆に、大吉の土地だと植物をあまり入れなくても

魚は生きていける。

つまりこうゆうことだ

大吉          大凶

魚の生育がよい   植物の生育がよい

植物の生育が悪い 魚の生育が悪い



この気だが、都市計画に取り入れられるべきだ

じゃないと大吉の土地で植物を育ててもあまり育たなくて無駄だからだ

だから気が、一番集まるところに植物を植えるのがよい。


第六章



脳のキャパシティ



脳のキャパシティは、ほぼ一定である。

あらゆることができる人間は居ないということだ

つまり、勉強ができる人はスポーツができなかったり。

一流のアスリートは、勉強ができなかったりする。

もちろん文武両道でどちらも優れている人もいるが

両方を両立したらまたこんどは勉強やスポーツ以外の

ほかの部分が劣ってしまうのだ。

勉強ができるというのは一見するとよい部分だが実は

他のことが出来なくなってしまうということでもある。

障害者などは一見普通の人より劣っていると思いがち

だが実は他の部分で優れていたりもするのだ。

つまり、その人の性質に一番合ったものだけをするのが

無駄がなくてよい。

もともと人には得手不得手というものがあるからだ。

これは遺伝的要因もそうだが

輪廻転生の法則を考えると、前世でやったものは

とくに学ばなくても、前世でやっていることなので

すぐできるようになるのだ。

逆に前世で嫌いだったものは覚えが悪い

それを考えると教育ももっと効率的にやれるはずだ

前世で覚えたのをまたやれば、すぐ覚えるので

効率がよいしさらに上達する。



教育



教育とはなんだろうか?

知識を無理やり覚えさせるだけのものではないだろうか

自ら学ぶものであって、やるものではないはずだ。

問題は、脳のキャパシティの消費である。

たくさん知識を詰め込めはそれだけ脳の動きが悪くなり

自分で考える力が弱くなるのだ。

子供の大人より優れている所はこの考える力である。

つまり子供は脳のキャパシティを

リセットされているので考える力が大人より優れているのだ。

それは、時代にあったものの考え方や

新しいことを発見することが出来る力があるということだ。

つまり知識を沢山覚えさすのは無駄である。

だから、基本的なことだけ教えて

あとは好きなことを専門的に学べばいいのだ。

そして教育の盲点は

∵←これである

人は点が三つ集まると

顔に見えてしまうのだ

点を点として見られなくなってしまう

ということだ。

つまりいろいろ教えてしまうと

それがそれにしか見えなくなり

ある意味洗脳されてしまうのだ。



超能力



超能力とは女の第六感をさらに研ぎ澄ましたようなもの

である。地獄で修行をすれば誰でもつかえるようになる。

ただこれは先天的なものが多い、前世で修行をつんでいたり

体質的なものだったり、つまり前世で修行した者の子孫

にまた転生したりしたら、生まれながらに霊感や超能力がつかえる

この超能力も色々あるが。



超能力にも色々種類があるみたいだがそれぞれについての考察



予知能力



予知能力だが、さほど便利ではないような気がする

未来が予知できるというのはそんなに楽しいものではない

特定の物(楽しい未来)だけ見えればよいのだが、

ニュースを見てもらえればわかりやすい

楽しいニュースよりつらいニュースの方が多いはずだ。

予知能力の仕組みだが

霊が地球の遠心力でとばされると今いるより先

の時間に行くことができる、それで未来が予知できるのである

近い未来の予知ならわりと誰でもできるはずだ

予知夢などは寝ている間に霊態が飛ばされて未来が見えるのだろう

ただこの予知能力だが普通は近い未来しか見えない

遠い未来が予知できる人は多分、実際に未来が見えているのではなく

予想に近いものだとおもう。これはどんどん遠い未来になるに

したがって予想の部分が大きくなるはずだ。

なぜ予想ができるかというと、

近い未来を見てさらに遠い未来を予測するのだ

つまり現在と近い未来の動きから

さらに遠い未来を予想するのだ。

これは近い未来と現在でもできるが

過去と現在の動きでもできる

過去と現在の動き知れば未来も予測できる

これは能力がなくても誰でもできるはずだ

それと最初に述べた、近い未来と現在から

を予知できるのをたして

近い未来、現在、過去、から気の流れを読み取り

遠い未来を予想するのだ。



ただこの流れだが物理的な物の動きもそうだが

陰陽の気の流れも重要である。



サイコメトリー


人の持っているものからその人を探し出したりする能力だが


これは、気の波長をあわせて、持ち主の霊を探し出すのだ

そして持ち主の霊の部分の気を読み取るのだ。

人は生きているときには体に霊が入っている状態なので

物理的に体の部分を探し出すことはできなくても

霊の部分を探し出すことはできるのだ。



気功



気功はふれるだけで体の病気を治したりするものである。

これは多分、体に陽の気を入れるものだろう

病気とは体が陰になることであるから

陽の気を入れると治るのだろう。



他にも色々あるが多分霊態や気の力を使っているのだろう。


第七章



正義と悪



人それぞれにある価値観や色々なものが決める

つまり人それぞれに正義と悪はあり、正しい正義などない…

じゃあ正義とは一体なんなのか、単純に力の強い方が正義である。

正しい悪いなどはない、力の弱い方が悪である

力の弱いものは陰の性質があり

力の強いものは陽の性質がある

なぜそうなるのかというと地球が左回りなのが関係している。

左は陽の性質だからだ

つまり陽はつねに追い風で陰は向かい風でいるようなものだから

陽のほうが強い…



幸 不幸



人の幸、不幸を決めるものはなんだろうか

そもそも不幸とか幸福とはなんだろうか

不幸と言われていることも考え方によれば幸福になるし

逆もある幸福も考え方しだいでは不幸になる。

つまり幸福や不幸は他人が決めるものではなく

自分が決めるものである。

不幸で幸福を望むのは当たり前だが

幸福なのに不幸を望んだりする人もいる

これは、幸福であって不幸でもある。

つまり一番良いのは自分のおもっている方

へ行けることである。

一般に幸福は陽

不幸は陰である。

だがこれは昼と夜どちらがいいのか

というのと同じで、じつはどちらも

不幸でもないし幸福でもないのだ

だが人間は普通、陽の気をもっているので

幸福つまり陽の方が良いのだろう。


第八章



アイテムアイテム スポット



八角形



八角形はバランスがとてもよいので

風水ではよく使われる。

八角形は南から北へいく力と

西南から東北へいく力をあわせた形

の象徴でもある。

八卦鏡は凸鏡と凹鏡があるが。

凸鏡の方が人気があるようだ。

凸鏡は気を分散させて、凹鏡は気を

収縮させてもみ消す働きがあるらしい。

どちらを使ってもよいだろう。

八卦鏡で気をそらす場合は凸鏡がよいかもしれない

これはただの鏡でも気を反射する力はあるが

八卦鏡の方が広い範囲に有効である。

ただ自分に向かって鏡を置くのはよくない

気が反射されずに自分に向かってくるからだ。

つまり鏡の表(鏡の部分)を外に向けるといいのだ。

これは比較的反射しやすいテレビ画面やガラスとかにも

あてはまるので、布などでおおったほうがよい。

とくに寝室に反射するものがあり

それが自分に向いているとよくない

他の部屋はあまり気にしなくてもいいかもしれない。

つまり長時間鏡などの反射する物が自分に向いてるとよくないのだ

この反射だが、別に光を反射するわけではないので

壁に鏡の表を外に向けて置いてもいいのだ。



宝石



宝石、つまり石である。パワーストーンとも言われている。

昔から女性を魅了している

こんな言葉がある

「もの言わぬ宝石の方が

生きた人間の言葉よりもとかく女心を動かすものだ」

(シェークスピア)

なるほどな、と感心してしまった。

宝石は温泉と同じである

宝石ができる工程は地熱(マグマ)によって作られる。

だから温泉と一緒で陰陽の強い気である。

身につけると陰の気を吸収したり。

陽の気が強いときには陰の気を補う力がある。

ただ宝石自身から陽の気はあまり発生しないようである。

だが、陰の気のバランスをとるには有効である。

つまり陰の性質が強い女性に古くから好まれてきたのだろう。

スポット



温泉



温泉は人気がある

なぜ人気があるのかというと

温泉はただの水と違うからだろう

温泉は大地の気にみちている。

温泉と言えば地熱である。

陰の気も浅いところの気はあまりよくないが

深い地熱で暖められた温泉は陰の気が強いのだが

精錬されていて、ただの陰の気ではない。

地熱により陰陽どちらの気も強い。

だから陰の気を補わなければいけない人

陽の気を補わなければいけない人

陰の気が強すぎる人、陽の気が強すぎる人

だれが入ってもいいのだ。

つまり人のバランスが保てるのだ。



地震



地震は建物が壊れたり人が死んだりする怖いものだ

気の流れから考えたら、地震は地下から陰の気

がふきだすことなのだ、この陰の気は偶数の性質を

もっているので物体は破壊される、この陰の気は人にも

影響がでて、陽の気奇数の性質をもつ、

人も死んだりするのだ。



この地震だが被害を最小に押さえる方法がある

普段から陰の気を地下から放出していればよいのだ

つまり木を植えておけばよいのだ

木を植えることにより大地の陰の気が放出され浄化されるのだ。

これにより被害を最小に押さえることができる。

植える場所だが気の集まる場所に植えればよい。



ことわざ



ことわざは色々面白い

ためになることわざを紹介する。



衣食足りて礼節を知る。



食べるものや着るものに困っている人は

礼節つまり、礼儀作法などやっている場合ではないので

礼節を知らない。逆に食べるものに困らなくなって

はじめて礼節を知る。

これをもじって

「衣食足らぬ悪人は居ない」

衣食が足らずにしかたなく悪行をするのは悪人ではない

ということ。



清濁併せ呑む。



これは清流も濁流もすべて受け入れる

つまり悪人も善人もすべての考えを受け入れる

器量の大きい人や考えのこと。

清い流れだけでなく濁流をのみこんでも

睡蓮のような人なら、清らかなままなのだろう。

睡蓮は泥の中でも清廉さを失わないからだ。



君子の交わり淡き水の如し



君子の交際は水のように淡白であるがその友情は

いつまでも変わらないということ。

これは恋愛とかにもいえるかもしれない

いっきに燃え上がって結婚するより

ずっと憧れのままだったらその気持ちは変わらない

というのに似ている



温故知新



故きを温ねて新しきを知る、とも読む

つまり過去を研究して未来を知るということ。

これは未来予知のやりかたに似ている。



名は体を現す。



名前はその物の特徴や性質をよく現しているということ

名前を見ただけでその人の性質がわかる

姓名判断に似ている。



その後



風水で土地をよくしても

その後、風水に甘んじて

風水があることを自覚しないで

そのよくなった土地を悪くする人がてでくるだろう

これは過去の歴史をみてもわかる

それは当然のことなのだが、

なぜかというと風水でととのえられた土地は

人が住むのに適した、陽の気に満ちた土地だからだ

陽の気に満ちた土地だと、風水はあまり自覚されない

そうなると、知らず知らずのうちに住みよくない土地

にされてしまうのだ。

具体的には、人の数である

風水で、整えられた土地は人が増える

人が増えると、陰の気が増えてしまう。

陰の気が増えると土地が悪くなってしまう。

簡単なことだ、人を増やさなければよい

そうすれば、風水がいつまでも保たれる。

ただ、人が増えると確かによくないが

樹木を陰の気の通り道に植えれば、

ある程度、人が増えても大丈夫である

つまり、前にも述べたが人が増えたら

そのぶん、植物も増やさないと駄目で

風水を自覚しないとだめである

だから、風水を自覚するためにわざと

よくない土地と家を作ってそこに住んでもらえばよい。

(もちろん一時的なもので永住ではない)

どれだけ重要かわかるはずだ。

できればそこには科学者や医者にすんでもらいたい

そうすれば科学で風水が解明されるかもしれない。



理想郷



これからのあるべき姿とは

争いも不満もない世界とはどういう世界なのだろうか

これは3つ決まりごとを決めるだけで解決する。


一 夫婦に子供は二人まで。

二 すべての人に食べ物が支給される

三 植物を管理する。(増やす)



一つめだがこれは人が増えると食料不足になり争いが起こるからだ

二つめは食べ物を支給されることにより、よくない競争

がなくなるからだ。(他人を蹴落としたりすること)

だがこれも一つめがあってこそ実現できることである。

三つめは上記の二つをまもっても植物が減れば体に

負の気がたまり暴力的になったり憂鬱になったりするからだ。