チロ日記107
清水といえば次郎長が有名です。この名前の由来はこうです。文政3年(1820年)高木三右衛門の次男として生まれ、おじの甲田屋次郎八のもとに養子に出され、「長五郎」と命名されました。そして次郎八のところの長五郎がつまって「次郎長」と呼ばれているのです。幾多の試練を受けた後、人生観が変わり渡世人生活に入りました。その後他国で修行して清水に帰った後親分としての頭角をあらわし、「清水湊に次郎長あり」の名声が高まって行ったのです。この様に任侠の親分の顔として有名ですが、ある事件がもとで山岡鉄舟や榎本武揚とも親交が厚くなり、駿府の警察署長のような役割にも任命されたりして渡世人家業から足を洗いました。晩年は英語塾を開設したり、富士裾野の開墾、清水港の近代化にも力を尽くしました。また医療の向上にも尽力したり、石油開発、東海道腺の施設工事まで手がけるなど八面六臂の活躍をしました。そして明治26年(1892年)73歳で波乱万丈の人生に幕を閉じたのです。今でも次郎長の生家が残っており、3代目の78歳になるおばあちゃんがその家を守っています。
実は二年前の正月のテレビの十二時間ドラマで、杉良太郎主演の「次郎長物語」が放映されました。その前年のロケの時にドラマの関係者がここを訪れお参りをされたそうです。主人はこのドラマを見て非常に感激したそうです。最近主人はよく涙を流すようになったといっていましたが、年をとった証拠だとわたしは思います。今回はその生家と家の中の風景を紹介します。