平成9年5月の良太のひとり言
車に乗る前は足をキレイにふいてもらいます
5月30日(金)
夜、お兄さんから電話があった。お母さんがびっくりしていたが、テニスの
練習中ボールが右目にあたったらしい。すぐに医者に行ったらしいが出血している
ので2、3日は安静にしていろとのこと。土曜日の自動車学校もキャンセルとなり
せっかくの高速道路走行が出来ないと残念そうであったとのこと。お母さんも大変
心配そうで家の中をウロウロしている。
でも僕だってアレルギーで右目が涙目になることがあるけど、やはりそういうときは
気分が重い。お兄さんも我慢、我慢だワン。
5月24日(土)から25日(日)
土曜日の早朝、突然の電話から家の中が大騒ぎとなった。
知立の兄さんが亡くなられたらしい。ご主人様とお母さんは急いで
荷物等とりまとめ、雨の中を出発した。もちろん僕も一緒だ。
でも知立についてから僕は車の中で一人きりで、時々ご主人様やたっくん(知立の
いとこの子ども)がミルク等の差し入れや、散歩をしてくれたのはうれしかった。
結局、この日は車の中で朝を迎えた。まぶしさで目を覚ました。
お母さんは一睡もしなかったそうだ。京都からお兄ちゃんもやってきた。
僕の前を黒い服を着た人々が悲しそうな顔をして通り過ぎていった。
人間は誰かが亡くなると、葬式ということをするらしい。
忙しい2日間が終わり、お兄ちゃんを見送り、家についた時はさすがに疲れ果てた。
5月16日(金)から17日(土)
ここ数日前からご主人様とお母さんが部屋の中の荷物をかたずけていたが、
今日になってそのわけがやっと分かった。朝から見知らぬおじさんたちが荷物を
沢山運びこみ、部屋の改装を始めたのだ。僕がウロチョロしていると邪魔になるとの
ことで1日中ロープをされ、自由に部屋を歩き回ることが出来なかった。翌日も同じ
ように朝からカーペットのはりかえとやらで、僕の匂いのしみこんだカーペットが無残
に取り払われてしまった。非常に寂しい感じがした。夕方になってひととおりの作業が
終わった。やっと落ち着くことが出来たが、僕には古い前の方がいいなと思った。
あー疲れたワン。
5月11日(日)
土曜日の昼から又京都方面へ出かけた。お兄ちゃんのマンションへ食料品等を
運ぶとのことだ。途中、伊賀の何とか公園に寄った。一面につつじが咲き誇っていた。
お母さんはキレイだキレイだと一人満足していたようだ。翌日は母の日ということで
お母さんの希望で宇治の平等院へ行った。僕だけ自動車の中で留守番でつまらなかった
がその後、三室戸寺へゆきつつじ、石楠花の花が満開でその中を思い切り散歩出来て
楽しかった。
5月5日(月)
お兄ちゃんが連休中の間帰ってきた。今、自動車学校へ通っているそうだ。
お母さんはお兄ちゃんが自動車学校やクラブ(テニスをやっているらしい)ばかりで
肝心の勉強をしていないとのことで心配しているようだ。クラブでは毎日遅く迄
練習で帰りは先輩達との飲み会ばかりらしい。顔もよく日に焼け、少ししまってきた
なとご主人様が言っていた。夕方はみんなで新幹線まで見送りに行った。
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