即席ライザー小説。 戻る

A地点からB地点までの距離を測れ

 

 ものは試しに右斜め45度で一発叩いてみた。二回ほどノックしても無反応。真っ黒なモニタが妙に明るく見える。
「だめだこりゃ」
 

 伊達電器のガラス越しに、接客用テーブルにいつもの三人組をみつけた。最近はなぜかよくここにいる。暇なのか。はたまた東京に来たのはいいが行く場所がないのか、分からない。 自転車の荷台に乗せていたパソコンを、持ち上げたときに、店内にいた従業員が小走りにやってきた。
「ユカちゃーん、どーしたー」
 よっぽどK**Sのファンなんだろうか。いつもこれ系のシャツを着ている。以前店内で喋っていたら有線のチャンネルをロックにして、店長でもある翔太の父親にハタキで殴られていた。
「パソコンが、全然動かなくなっちゃって、翔太いる?」
 曲がりなりにも電気屋の息子だ。ついでに父親もいる。澪と麗香、なぜか伊達源太郎まで混じってお茶を飲んでいる。ユカには正直、ここに集結する三人組の趣旨が分からなかった。
「ごきげんよう、ユカさん」
 澪が深々、挨拶してきた。あまりにもローペースなので彼女に合わせて挨拶が出来ずいつも小さくこんにちは、となる。
「どうかされたのですか、ユカさん」
「パソコンが調子悪くて。動かなくなっちゃった」
「あら‥‥大変ですね。麗香さんユカさんパソコンできるんですって、凄いですね」
 本当に関心するかのように微笑む澪。いまどきネットぐらいするのがフツーなような気がするけど、きっと彼女にそのようなことを追求してはいけないのだろう。
「ところで、三人集まってなにをしているの?」
 素朴な疑問だった。
「麗香さんと二人でお茶を飲むのも味気ないですから」
「美人さんに、お茶のお誘いを受けたら断れない」
 カウンターにユカの持ってきたパソコンを置いて、ドライバーを手に取った松平店員がドライバーをマイクに、源太郎に指差して、
「しゃちょぉぉぉ〜〜。仕事しようよぉっベイベーっ」
 と歌う。源太郎は壁をガツンと蹴った。松平店員の頭に『如一禅剣』の額縁が彼の後頭部にヒットした。
「働けっ」
 自宅から一番近く、知り合い価格で安く修理してもらえるかと思い持ってきたが、作戦を間違えたかもしれないとユカは思った。
 立ち上がった源太郎はパソコンの蓋を開けて、困ったなぁと呟く。
「うち電器屋だから、修理はメーカー行きだよ」
「えーーっ」
 ヘナヘナとカウンターに崩れこむ。
「あら、大変」
と澪。
「パソコンが壊れてしまって、よっぽど落ち込んでいるんですよ澪さん」
と麗香。
「わたしのパソコンー」
 なきゃないときに限って入用になるのがパソコン。なくても死なないけど、のた打ち回ることは必死。いまから買い換えるなんて自分のお財布事情を考えると到底無理だ。両親に頼むという手段もあるが、誕生日はとっくの昔に過ぎている。
「あれ。どーしたのユカ」
 その辺を走り回ってきたらしい翔太が店に飛び込んできた。
「お前、部活どーしたんだよ」
「パソコン壊れてそれどころじゃないわよ」
 なんでも次の試合の作戦やら、ネットオークションの結果やらのデータが入っているパソコンらしい。高校生にとっては致命的なダメージだ。凹むのは無理もない。
「ユカもパソコンなんてやるんだ」
「どーいう意味よそれ」
 ユカの大きな目が怒った。
「どーせ、ネットにメールだろパソコン持ってても」
「なによその言い方っ」
「お前も大して変わらんぞ」
 と源太郎。シシシとユカが笑った。
「どうする、ユカちゃん。メーカーに出す? 帰ってくるの二週間後になるけど。あ予算は‥‥このくらい」
 電卓を覗き込み、またしおれる。
「二週間‥‥しかも高い」
 そーっと父親の電卓をのぞこうとすると、はたきで眉間に一発入れられた。
「ユカちゃんは、お客さん!!」
「いってぇぇぇ」
「待てないよぉ。翔太、電器屋の息子でしょっ」
「‥‥不肖のな」
「なんとかしてよ、翔太っっっ」
「ムチャいうなよ‥‥あ、そーだ。ちょうどよさそうなヤツいるじゃん」
 ポンと手を叩く翔太。そうですわと澪。
「真也さん、ですね」
「大学生ですし」
麗香も「確かに詳しそうですよね」と付け足す。大学生が全員パソコンに詳しくはないと思うの言葉を飲み込み「理工学部だし」と自分に言い聞かせて、カバンの中をゴソゴソかき回した。
「ユカ、おいユカ」
「なによ翔太」
「まずいぞ、ここじゃ」
「電波状況なんて関係ないじゃない、イン‥‥」
「イン? なにかなぁ〜ユカちゃん。ベイベー♪」
と松平店員。
「ゆっユカね、インコ飼っているの。インコのピーちゃん」
 さささと、翔太はユカの背中を押して店を出た。
「麗香さん、ユカさん。インコなんて飼っていましたっけ?」
「さあ?」

 


 高校生に電話代が無料なものを与えてはいけない。左右上下を確認してユカは、インローダーを取り出して通信モードにした。
「真也さん、いま大丈夫?」
「どうかしたのか?」
「あのね、お願いがあるんだけど」
「頼み?」
「私のパソコン壊れちゃった、治してもらえる?」
 沈黙。
「ごめんなさい、突然変なこといっちゃって。真也さん忙しいんだよね」
 沈黙。
「パソコンないと‥‥どうしよう。翔太のお店じゃ二週間もかかって、お金が‥‥」
 沈黙。
「誕生日すぎちゃったし‥‥」
「ユカ‥‥」
「え、なに、真也さん」
「パソコンのスペックは?」
「えーっとパナの」
「誰もパソコンの型番なんか聞いていない、スペックだ」
「わかんないよ、突然聞かれても」
 翔太が横から割って入る。
「ユカのパソコンはデスクトップだ。スペックは知らないけど、起動しないらしい」
 沈黙。
「いまから、そっちに行く」

 


 ほどなくして平賀真也のクルマが伊達電器の目の前に横付けされた。
 相変わらず意味もなく不機嫌そうな顔をしている。
 誰にも挨拶をせずにヅカヅカ入り、ユカのパソコンの殻をあっさりと取り払った。いつも背負っているリュックから、クリーナーのスプレーを取り出し、翔太に
「モニターとキーボード」
と、用件のみをいった。
「おおー、ロックンロール」
と松平店員。スコーンと電器屋店長の拳がはいった。
 翔太が店の後から持ってきた、液晶モニターとキーボードをつなぎ、なにやらガチャガチャと始めた。
「そう、この黒い画面が出るとオレ怖くって」
「わたしもー」
 手馴れた手つきで、気合の入った手帳になにやら書き込んでいく。
「古い機体だな‥‥4年は経過している」
 困ったなと真也。
「普通、そのぐらい使えるでしょう」
「あのなぁ、ユカ。『パソコンは一年たったらタダの箱』っていうくらい、進化してんだよ大体、Meって‥‥」
「いちいちうるさいわよ」
 一通りの作業が終わったのか、真也はモニターとキーボードを引っこ抜いた。
「なあ、真也。ずいぶん慣れているけど、パソコン何台目、いままでで」
「今現在で六台が動いている」
「なんじゃそりゃ」
「デスクトップ二台、ノートが二台、サーバーが一機、あと自作ハードディスクレコーダー」
 普通に語る真也に対して、澪、麗香がまぁ、と表情が華やいだ。除いた全員がしかめっ面をした。ヘビーユーザー、パソヲタと心のなかでつぶやく。
「ユカ。この機体で使えるのは妥協してハードディスクと周辺機器ぐらいだ。モニター、キーボードとかは平気なのだろ」
「えーそんなぁ」
「俺の余っているパーツで組んでも‥‥」
 携帯を取り出し、予算を打った。
「コレぐらいかかる。いま、ケースの余りがない1.5万円からいっても3万。最初から作り直してユカのデータを余りのHD移行させても4万はいかない」
「買った!」
 体育会系らしいはっきりとした返事が返ってきた。
「真也、いいのかよ。んな高いパーツホイホイやっちゃって」
「あまっているからな」
「ていうか、なんであまるんだよ」
「相性の問題やらで。PCのパーツは返品が難しいからな。いま稼動中のものもほとんどが相性問題やらで作ったものだ」
「それってさ、単に買い物下手っていわない?」
 眉間にシワがよった真也の姿を見て速攻ユカは、翔太の足を踏みつけた。
「買うから、お願い。真也さん作ってっ」
 ユカがお願いのポーズをとると、真也は5秒後に、
「だったら買い物に付き合ってくれ、ユカの好みが分からない」
「荷物持ちは翔太に決定ーっ」
「勝手に決めんなっ」
「で、どこでお買い物?」
「秋葉原」
「日曜の秋葉原? やっべぇ‥‥」
 ユカは、翔太の言葉で少し青くなった。

 

 正直。両親に平謝りしてパソコンを買ってもらったほうがマシだったとユカは思っていた。二日前に降った雨の湿気がどういうカタチで尾をひいているのかわからないが、空気に含まれる臭気漂う湿気は体内の不快度が上げ、歩行者天国なのにも関わらず律儀に混みあった歩道を歩き、すれ違うあまりお友だちにはなりたくない人種を見るたびに、ヒットポイントが減少していくのをユカは感じていた。毒の沼を歩いているってこういうことだとユカはため息をついた。
「暑くない?」
とアロハを着た翔太が、キャンペンガールから貰った簡易うちわでパタパタやっていた。顔が南国系なので、暑さが倍化して感じる。
「がまんする」
 ユカはペットボトルの水を飲んで唇を袖で拭いた。可愛い女の子がすることではないと翔太は突っ込みたかったが怒られそうなのでやめた。
「つか、真也。そのカバン凶器」
「なかのノートが壊れたら困る」
 同じぐらい(多少真也のほうがでかいが)の身長でケース型のリュックを背負われているとかなり危険だ。以前から一回ぐらい言ってやろうと思っていた。
 ただ場所柄、真也のカバンも普通に見えてしまうのが秋葉マジックだ。装いをとってもほぼ申し分ない。
 シミジミ観察をする人間がいたらこの取り合わせをきっと、奇妙と思うことだろう。秋葉原らしい格好をした男。南国からの旅行者。腰の位置が男どもよりも高くて脚の細い可愛い女の子。(顔は、かなり不機嫌気味)
「で?」
と真也のほうを見た。
「まず、ユカのPCのケースを買って。ついでにパーツも見たい」
「ふーん」
 返事にもいよいよ元気がなくなってきた。右見ても左みても顔の半分以上が瞳の表情がぽんやり加減の女の子のイラストばかり目に付く。たぶんなにかのゲームかなにかのキャラクターだとはおもうのだけど、どれもこれも一緒に見えてくる。ポスターと紙袋を持った直視したくないような方々が、リュック背負って前かがみに前進している。カリカリに痩せているか小太りか。どれもこれも服装センスは正直怪しい。
 純正品のアキバ系なんて生き物のてんこ盛りなんてはじめて見るユカには、驚きを通り越して具合が悪くなる一方だった。
 真也が行き着けだというショップに入る。狭い階段を上り、狭い店内に置かれたパソコンのパーツの山。壁には魚拓のようにキーボードが並び、カレンダー程度の大きさの一角にファンが占領し、ファンタジー色あふれた外箱や、ダンボールの茶色のみの箱。その他色々がみっちり詰まっていた。一体なにがなにやらサッパリ分からないがユカの感想だった。
「これなんか、どうだ」
 真也が指で指し示すのは、コンポのような物体だった。
「コンポなら持ってるわよ」
「‥‥パソコンだ」
 真也の顔には、知らないのかって書いてあった。
 パソコンと呼ばれた箱からは、聞き覚えのあるFM局からの放送を受信していたし、ボリュームを調節する丸いスイッチまでついている。橙色の液晶部分では音量に反応してグラフが踊っていた。
「PCの備品的機能‥‥オマケだな。で、こういう機能を持った機体もあるんだ」
「てかさ、普通コンポとかパソコンと同じ部屋にあるべ、意味ないだろそりゃ」
 翔太が最もらしいツッコミを入れる。真也黙る。
「こういう形で作ろうかと思っている」
 コンポ型に近い小さい箱だった。これもパソコンらしい。
「キューブ型といって、見ての通り場所をとらない」
「はあ」
 パソコンらしからぬ華奢な容姿で頼りないと見たのか、単に疲れたのかユカは息を吐いた。
「あっちのケースよりは優秀だ」
 指差されたどう見てもTHE.PCという感じのベージュの機体が確かにしょぼく見える。真也は手にとってあれやこれやと覗いてみている。
「なにわかんの、それで」
 別に持たなくてもいいじゃんと翔太。
「電源が重たいほうが、基本的に性能がいい」
「‥‥スイカか?」
 首を傾げる二人を尻目に店員を呼び出し、あれやこれやと質問した。
「ユカ、何色がいい?」
「色?」
 店員が指差す方向に色サンプルがあった。白や黒はまだよしとして、真っ赤はナシだろうとユカは思った。
「じゃ、白」
 梱包されて翔太に持たされた。レジにいって支払をしようとしたら横からポイントカードがにょっきり伸びてきて、貯めてくれと真也にいわれた。二枚出して若干でもお釣りが帰ってくるとは予想していなかった。
「あのさー悪いんだけどオレ腹減った」
 とっとと帰りたいがユカの本心だったが、時計をみたら確かにゴハン時だ。

 


「わーっとんこつラーメン食いてーっ」
 有名な豚骨ラーメン屋を指差して翔太が元気に騒いだ。店の名前は雑誌やテレビで知っていた。が、この長蛇の列といまの体力状況で果たして豚骨をちゃんと消化できるか不安だった。熱い熱気とともに店内の空気が顔に当たった。おいしそう4割、食欲減退4割、残りその他。
「時間を急ぐ」
「げー牛丼屋やだー」
 どんどん近づいてくる牛丼屋の看板に翔太がわめく。気持ちは以下同文。真也はさっさと素通りした。えっ違うの? と高校生コンビが顔をあわせる。自販機の前で立ち止まりなにやら購入。渡されたソレは、手に食い込むほどの熱さをはらんでいた。
「なにこれ」
 慌てて手にしていたハンカチで包んだ。パイン缶ほどの大きさ。そこには「おでん」と書かれていた。はぁ〜? な表情に歪むユカ。自分はひどい嫌がらせでも受けていると錯覚した。平然とした顔して缶を開け、
「急ぐ」
と真也は食べ始めた。
「これが、ウワサに聞くおでん缶‥‥アキバ系の常食‥‥」
 翔太がうなった。

 


 そこから二時間は、地獄だった。
 何に使うのかよく分からないビスやら、モーターやら、歯車やらの吟味で唸る真也の背中を見て一時間過ごす。分からない物体を販売する店がこれほど疲れるとは想像もつかなかった。機械とは縁遠いユカにとっては、どの辺が売り物で、どこからガラクタなのか判別不可能だった。
「真也さん、なにしてるの?」
「自作ロボットのパーツだってさ」
「真也さん、そういう趣味なんだ」
「らしいよ」
「‥‥ヲタじゃん」
「シー、黙ってろユカ、絶対に言うな。ヘタにヘソ曲げられて困るのお前なんだぞ」
「わかってるわよ」
 段々不機嫌に輪をかけてきたユカを、なんとかしようと翔太は色々考えてる。
「そーだ、時間も時間だからお茶しよう。ケーキおごってやるから」
「ホント、マジ、絶対??」
「嘘ついてどーすんだよ」
 なんで、荷物持ちできたのに奢んなきゃいけないのだろうと、翔太は思った。ニコっと笑ったユカの顔を見てほっとする。
「じゃーねぇ、アップルパイのアイスのせね」
「あったらね」
 真也が戻ってきたのを確認して翔太が「お茶に行こう。ちゃんと座れる喫茶店な」という。真也は、ああとしか返事を返さなかった。
 翔太は適当に「あそこでいっかー」と指差し入った喫茶店。
 がちゃんとドアを開けたら、
「お帰りなさいませ、ご主人様」
 さっきからポスターでよく見るメイドの衣装をまとった女の子が銀のトレーを持ってペコンと頭を下げた。
 ‥‥。フリーズする二人。あーあという顔をした真也。後からやってきた客に引っ込みが付かずそのまま店内に入った。

 

「調子はいかがですか、真也さんの作ったパソコンは」
 伊達電器の接客コーナーでお茶を飲む澪に言われて、
「超快適」
「それはよろしかったですね」
 と麗香。雑誌を読みながら指差した。
「ユカさん、聞いてもよろしいかしら」
「A系、B系ってなんのことかしら」
「Aはアキバ系、Bはブラック‥‥バカ系よ、バカ系っ」
 ユカは、フンっと鼻で怒って机に顔を伏せ、呟く。
「‥‥もう、買い物なんて二度と行かないっ」



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