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実験場
「また、帰ったの真也のヤツ」
たくあん持った翔太が、黙ってすぐ帰っちまうといって額にしわを寄せていた。ユカは「ご飯食べて帰るから」と携帯で電話をしていた。
「なんで真也さんは帰ってしまうのでしょうか」
と澪がいった。翔太が速攻「オレに聞かないでよ」と苦笑いで返事を返す。
伝票の確認をしながら源太郎が、
「真也には真也なりの事情があるんだろうよ。おいっ翔太っ換気扇回せ」
「うーい」
「ったく、まだまだ修行がたらんぞ。おい、ちゃんと生姜と酒いれたのか? ブリは熱湯で湯がいたか?、青臭いぞ」
「うるさいなぁ、したって、材料ちゃんと入れたってっ」
こってりした甘辛いしょう油の匂いと、脂ののった魚が部屋全体に充満している。ユカの嗅覚には、とくに青魚臭い印象はない匂い。どうやら今日の献立はブリ大根のようだ。台所をちらりとみたら、きっちり厚さをそろえて皮むきした大根を面取りまでしていた。普通のご家庭では面取りまでしないだろう。青魚のにおい消しにねぎの青い部分を放り込んで時間短縮、光熱費節約のためか、はたまた単なる趣味か圧力釜を利用してた。
伊達家の男衆は手馴れている。冷蔵庫のあまり物とおぼしき練り物やら、青野菜とか、鶏肉の中途半端なのをケーキ型大の耐熱容器に放り込み、ボールの中に片手でタマゴをほいほい割りいれてザルで濾して計量カップに用意していた粉末だしと他何かを付け足した液体を流し込んで、菜ばしでひと回し。ラップをかけてレンジに無造作に突っ込む。
端でユカがじっとみていて、ひとこと。
「なにそれ」
「なんでもないって。じゃまじゃま」
翔太に背中を押され台所から押し出された。むくれたユカに、源太郎は、お客さんなんだから座ってなさいとまでいわれてしまった。自宅であればなにもせずに自室でなにかしたり、テレビを見たりできるが、ここは人の家だ。なにかお尻の座りがよろしくない。
「源さん、手伝っちゃだめかな」
「助かるけど。翔太のすることは、ほっといてくれよ」
女三人が首をかしげた。
「どうしてですか?」
「なにって、あれでも修行だから」
源太郎はなにかにつけて、修行という言葉をよく使う。台所作業も剣道に通じているのであろうか。台所の前でじっと見ていると翔太は大抵、
「見んなってっ、もーあっち行けよ」
と、お決まりの言葉をあてられる。照れくさいのもあるのだろう。せいぜいユカにできることは、テーブルの上を片付けて拭く。翔太が台所からもってきた食器を受け取って並べる程度に。
なんか心が痛むというか。こういうシーンになると居づらくなってしまう。
頃合になった圧力釜を水かけて強制冷却させている。そんなこと我が家の母はしないなぁと、モウモウと立ち上る湯気を見上げそう思った。
「おまちどうっ」
大皿(本当にパーティ用に限りなく近いサイズの皿)に、どんと持ったブリ大根。確実に大根は一本以上煮込まれている。具材は惣菜物屋にならぶそれよりも多少田舎風な色あいに染まっていた。
「翔太、ブリが少ないぞ」
「買ってきたの親父だろ、文句いうなっ。それに、魚屋のおっちゃんにスリスリすんなっ気持ち悪ぃ」
「仲良しなんだからいいじゃねぇか。こうやって安くアラを分けてもらっているんだから文句いうんじゃねぇ。一山150円だぞ」
「よくねーだろうがっ。見た目がうざい」
「素晴らしい経済手腕ですね、源さん」
麗香。澪も、
「私にも出来ますかしら、源太郎さん」
と続けた。
相変わらずの文句の応酬。仲がいい証拠なんだけど、大皿の上で繰り広げてほしくないユカだった。
ブツブツいいながら、電子レンジに入れていた耐熱皿をミトンを使って運び込んだ。
「悪ぃ、その辺の雑誌敷いてくれる?」
またどっかに、鍋敷きが消えたようだ。伊達家ではしょっちゅう台所備品が消える。変なところで管理が悪い。さっきまで切っていたタクアンやら、大根の皮のリサイクルだろうきんぴらの小鉢が、小皿とともに運ばれた。
どすんと重たい音を立てて熱い蒸気までふかせている。ラップを外し翔太は無造作におたまを突っ込んだ。ユカは正体が分かったのと同時にそれの形がひしゃげたのを嘆いた。 目の前で熱々とふるえているのは、巨大な茶碗蒸しだ。しかもスのひとつも入っていない立派なものだ。源太郎は普通の出来事といわんばかりにザックリと小鉢にすくい、シイタケをつまんで、
「もう少し、ちゃんと切れ」
と小言。ユカの目には普通に切れているようにしか見えなかった。
「まあ、すごい。大きな茶碗蒸し」
麗香が、大好物の茶碗蒸しがおなかいっぱい食べられると顔をほころばせた。ユカも茶碗蒸しが好きで食べるたびにお腹いっぱい食べたらどうなるかなと、ふと考えたことが何度かあった。
ジャンボ・プリン、ジャンボ・ゼリー。ジャンボ・生チョコ。‥‥出逢ったら、食べたら‥‥どんな気分になるんだろう。
「どうしたユカ、食わないのか? 茶碗蒸し嫌いか?」
「ううん、茶碗蒸し大好き。でもなんで、こんなに大きいの」
「めんどいじゃん。食器洗うのとか専用の食器買ったりってこういう料理。茶碗蒸しとかグラタンとかラザニアとか」
「ウチでは、全部これで作るんだよ」
グラタンもラザニアも茶碗蒸しも洗面器サイズ。過剰な食べ盛りの翔太に、それにまけじと食うだろう源太郎。日によってはあの、ロックが大好きな従業員も参加すると想像すると案外、この料理も早くなくなるだろう。やっぱり男の料理なんだとユカは想像した。
「一度聞いてみたかったんだけどさ、料理って源さんが作るのが多いの? それとも翔太?」
ユカの言葉に、親子は見合って、
「考えたこともない」
口をそろえて、そういった。
「うーん親父はすぐテレビの言うことに感化されるしさぁ‥‥特に血液サラサラって言葉に弱くてさぁ。どーでもいいけど、あんまり変なモノお取り寄せすんなって、なんだよ、この間来たゴーヤー・チョコってさっ」
「お前だって、ちょぉっと美味いなんて褒めると、同じメニューばっか続くじゃないか。だからユカちゃんたちは、コイツの料理絶対褒めちゃいけねーよ」
似たもの親子のような気がした。少なくても中年オヤジと現役男子高校生の会話ではない。多分二人とも、朝の新聞よりも広告のほうが先に目が行き、クーポン、ポイントの言葉に目がなく。そこいらの主婦よりも底値を知っているかもしれない。高校生2年生にして主婦並のスキルを有する翔太。
大根の面取りといい、皮をきんぴらにするあたりただものではない。いつだったか翔太が女子から人気あるっていっていた麻美と理緒。このことは知っているんだろうか。
「源太郎さん、電器屋さんじゃなくてコックさんのほうが向いているような気がしますわ」
「そうですね」
澪と麗香の言葉に伊達の男二人は、それはちょっとなぁと後頭部をかいた。
「確かに、かーちゃんいなくなってってのもあるんだけど。親父は前から料理とくいだったんだ」
「板前さんのバイトでもしてたの?」
「違うって。電器屋だからさ」
女三人週は、よく分からず同じ方向に首が曲がった。
「あー‥‥えーっと。どうやって説明したらいいのかなぁ」
「つまりはだ。家電を扱っていて家電を使いこなせなきゃ意味がない。『はい、今年最新の電子レンジ』っていうだけじゃ説得力が足りねぇ。ってだったらソレで作ったものを見せれば納得するかなと思っていたらこーなったってわけだ。食器洗い機だって実際食べたもの洗ってみせればお客さんも納得するだろ。‥‥台所仕事は毎日修行よぉ〜」
「かーちゃんいなくなっても、家庭の食卓を支えていたってのが電化製品ってのも、やっべぇなっ」
「一言余計だ。家庭を支えてるのは愛だ、愛っ」
「だから、気持ち悪いこというなって。ちーさい頃から『子供でも簡単にお料理ができるオーブン』とかいっちゃって、店でデモさせられるし。最近じゃ『男でもできるレンジ料理』だってよ。付き合わされるコッチの気にもなれよっ」
「つくづく、翔太が男でよかったと思っている。なんせお客への説得力が違う。女の子じゃこーはいかねぇ」
小骨と格闘していた澪が小首をかしげて、源太郎にいった。
「源太郎さん。ブリの仲間でしたっけ? アラは」
「アラはアラに決まっているだろう?」
「澪さん。この場合のアラは、お魚の本来なら捨てる部位‥‥お頭や骨、ヒレ、皮の部分です。ちゃんとお魚を一匹単位で仕入れているお店しか置いていませんよ」
「アラ、ですよね。これも美味しいですけど。いつも食べているのとは味が違うような気がします」
「‥‥澪さん。アラはアラでもあれは、お魚の『アラ』ですよ」
翔太とユカは数日後のテレビのグルメ番組をみるまで話の内容が全く分からなかった。
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