即席ライザー小説。 戻る

それなり大格闘

 

 日本の男子だったら一度以上は考えること、
「バレンタインのチョコ」について。貰ったときには嬉しいが、後々三倍返しは当たり前。一粒200円以上のカカオの塊りをもらった日には、ある意味でハッピーディと厄日。
 楽しいことも、その後のことを悶々と考えなくてはいけないかもしれない、そんな二月〜三月。
 数を考えるのもよし、蓋を開けて(店からの紙袋ですでに勝敗がついている)から考えるもよし。ちょっとでも気になるあのコがいるのであれば、気が気ではない。
 最初ッから勝負をあきらめるのもよし、心臓に負担をかけつつ待つもよし。
 ‥‥学生にとっちゃ、それなりに一大イベントだったりする。
 学校側が配布、呼びかけする「学校に持って来るなよチョコレート」といわれても律儀に守るやつなんざいない。センセもこんな日に「荷物検査」なんてヤボなことをしてはいけない。

 

 伊達翔太は、チョコレートが食べたかった。
普通にチョコバーでも、板チョコでも、ビスケットにチョコがかかっているものでも、なんでも。とにかく食べたかったわけで。
 近くのスーパーに入ったら、買う気が失せた。チョコ全てが通常のお菓子コーナーから移動。赤やら高級な茶色やらの包装用紙に包まれて、リボンなんてつけちゃって変身だ。普通のチョコにもご丁寧に『ハッピー バレンタイン』『セント・バレンタインデー』なんてハートのシールが貼ってある。どの辺りがハッピーでセントなのか分からない。男なら激しく購買意力がパワーダウンしてしまう。
 このスーパーは一ヶ月以内に改装を行う。きっと在庫一斉セールも兼ねているのだろう。
「チョコ食いたい、だけなのに」
 いつも買っているチョコがお得に袋詰めされている。ピンクの袋でラッピング済みだけど。このゴテゴテしたのを買う勇気がない。つうか恥ずかしい。どっかで言うところの『自分にご褒美』なんて、そういう心境になんかなったことがない。こういうときに限って近所のコンビニは電気工事で臨時休業。諦めるしかない。そう思うとますます食べたくなるのが心情。仕方がないのでパンコーナーのチョココロネを買って帰った。たしかにチョコレートだけどなにか寂しい。

 

「しょっショウちゃーん」
「どしたのケンさん」
 メガネのずれた健さんが翔太に抱きついた。
「たっ大変なんだよ」
「だから、なにがって‥‥けっ煙っ」
 ココアの元をそのまま火にかけたかのような、甘い煙い苦い香ばしい+ヤバイ匂いで伊達電器の空気はそれ一色だ。
 あわてて台所に直行すると、ゆっくりながら慌てているらしい澪が両手にミトンをはめて天板をもってこっちを翔太を見て泣きそうな顔をしていた。
「なにしてんの、澪さん」
 速攻換気扇と、窓という窓を全開にして翔太はオーブンに装備されている天板をのぞく。たぶん、なにかがあったようだ。ついでにクッキングシートも敷いていないので、元食べ物と思しきそれは、鉄板に炭化してへばりついていた。こりゃ洗うのが大変そうだと翔太はため息をついた。
「もうじき、バレンタインでしょう。皆さんにお世話になっているから‥‥チョコレートクッキーでも焼こうかと‥‥そうしましたら‥‥悲しいです」
「お客さんの応対してたら、ぱーっというまに焦げちゃって‥‥澪ちゃぁん。泣かないで建さん悲しいよ」
 ふと台所においてあったメモ書きのレシピをみたら、えらく簡素で初心者‥‥いや肝心なものが全て落ちている。余熱の温度と焼く温度。これでは作れない。残骸を一つまみ。ココアは加糖の物を使用、こげている。チョコチップは沸騰して干からびている。苦いを通り越してヤバイ、目に来た鼻に来た、苦さで頭の内ッ側が痛い。そーっと水を飲んだ。
「ダメなんでしょうか、私って」
 暗い顔をして「チョコレートさん、ごめんなさい」といいながら、後片付けを始める澪に翔太は、
「なんっだったら、作るの手伝おうか? オレ得意だし」
「だめです」
 です、にブレスが入った。
「翔太君が作ってしまったら意味がありません」
「まぁ、そうだけど」
 困ったなぁと後頭部を描いた。あんまりいうと可哀相なので、翔太はインターネットのお菓子のサイトから作り方をプリントアウトした。
「はい、どうぞ」
「ありがとうございます。‥‥やっぱりテレビのお料理コーナーのメモは大変ですもの、説明が早くて‥‥助かりましたわ」
 だからメモ書きが中途半端だったのか。澪さんの生活スピードでは3分間は短かったらしい。
「ところで、麗香さんは?」
「いま、出かけています。あのー翔太君すみませんがー」
「どしたの、澪さん」
「材料買ってきてくれませんか?」
 手作りチョコの材料を買わされるほうが、よっぽど恥ずかしい。
 そんな言葉をぎゅっと、飲み込んだ。

 

 その頃、麗香は幸せだった。
「やっぱり、チョコレートは銀座ね」
 ホクホクしながら顔を綻ばす。この時期、銀座の百貨店、ギフトコーナーに食料品売り場はチョコレートに占拠される。高級チョコレート店が臨時に軒を並べ、あちこちで試食会。あっちをぱくり、こっちをパクリ。カバンに入っているシュークリーム店を特集した雑誌であちこち回って銀座にきたら、このイベントだ。
「本命はシュークリームなのに、私ったら浮気性だわ。でもとっても美味しいんですもの。スイスの生チョコ。北海道のお土産でいただいたものよりもとろけて‥‥貴腐ぶどうのチョコ、ワインと一緒だったら最高。ドライフルーツ丸ごとチョコ、イチゴが丸ごと。なんて素敵っ‥‥どれもこれも‥‥ああどうしよう。カスタードクリームも好き、チョコも好きなのっ。チョコレートにメロメロです‥‥」
 現地スタッフと思える外国人のシェフが麗香にむかってニコリ(としているように麗香には見えた)笑顔に釣られて、ショーケースを指差した。
「それ、くださいな」

 

 ユカは困っていた。
 麻美は、まだ平賀真也に‥‥だった。最近話題にものらないから、てっきり熱は冷めたと思いきや季節がらだろうか、花が咲いたようだ。
「ユカ、付き合ってよね」
 熱を帯びた目で見られては「はい、平賀真也と毎日会っています」なんて口が裂けてもいえない。言ったら最後、関係が裂ける。チームワークにヒビがはいる。そのうち機会をみて紹介しよう、そうしよう。
 麻美が取った手段は、京南大学で出待ちだ。この日和、出待ちの女の子(流石は天下の京南)は結構な数がいたが、正直効率が悪い。手っ取り早く『伊達電器』に連れて行ったほうが早いが、そうはいかない。よく考えたら真也が日ごろどういうスケジュールで大学に来ているのか、ユカは知らない。もしかしたら今日は授業がない日かもしれないし、この構内にはいないでどこか違う学部の席についているのも大いに考えられる。
 先が見えないこの状況に、ユカは小さくため息をついた。

 

「やっべぇ」
 思わず商品棚の後ろに隠れたが遅かった。クラスメイトに見つかった。そいつがぎゅっと翔太のシャツを掴む。
「翔太、おまえ真田と付き合っているんだって?」
「えっ‥‥あのその‥‥まぁなんだ」
「ごまかすなよ、どーいうつもりだよ抜け駆けか? てかお前、真田に興味あるなんていつ言ったよ」
「‥‥いってないって」
「告ったのか、真田のほーがっ」
「違うって」
「確かに、そんなはずがあるわけない。お前からかっ!」
「違‥‥うなぁ。なんなんだろ。色々あってさぁ‥‥あはははは」
「真田は、お前のこと『ショータ、ショータ』っていってるし、お前は軽々しく『ユカ』ってよんでるし、この間バイクで2ケツしてるの見たんだぞ。どーいうことだアリャ」
「えっウソ‥‥やっべぇ。オレ超ピンチじゃん」
「なんなんだぁーーーどーいうことだーっ」
 クラスメイトが、まるで毎週のように戦っている怪人怪獣に見えた。お前、そんなにユカのことが好きなのか‥‥。
 忘れていた。というか関心もあんまりなかった。真田ユカは学校で一番人気のある女の子だって。そいやコイツパスケースにユカの写真(無論本人に断りなしにコッソリ撮影したのがバレバレなやつ)を挟んでいたっけ。状況が状況で致し方ないが毎日ユカと一緒にいるのは嬉しい。(少々口に問題があるけど、やっぱり可愛いし)
 少し考えれば学校全体が地雷原。最近なんか視線が痛い。
 ユカはいつも通りだけど。その『日常だけど非日常的』ないつも通りの口調で学校で呼び合うのは‥‥無神経すぎたようだ。最初の頃ユカは滅茶苦茶そういうことを気にしてギャーギャーいっていたが、最近は自分自身が慣れてしまったらしく何もいってはこない。
 クラスメイトはふと、買い物カゴをのぞいた。手作り用のプレーンチョコ、無塩バター、お菓子用のアルコール、バニラエッセンス、無糖ココア。カラフルなチョコチップ、ナッツ。どんなに料理に鈍い人間が見たってなにに使用するか一目瞭然。
「なんなんだよ、コレはっ」
「え、澪さんから言われて‥‥やっべっ」
「澪さん? お前‥‥。よりにもよってアノ真田に対して、二股かぁぁぁぁぁーーー」
「違う、おちつけ。澪さんは麗香さんといつも一緒で、オレの家にいて‥‥店手伝ってくれて‥‥ちがうな、えーっと、うーと」
「ミツマタだとぉぉぉぉぉぉぉ、翔太ぁ」
 話がややこしくなってきた。なんで、ユカや親父のようにちゃんと人に説明できないのだろうと、翔太は泣きたくなった。泣いたって解決できない。

 

 
 真也は考え中だった。
 この時期、チョコレートを貰う。小学から高校まで机のなかやら下駄箱にチョコレートが突っ込んであった。
 他人の机を勝手に触るのはどうかと思うし、下足入れにチョコをいれるのは衛生上困ったものだ。かといってお返しの日とやらに催促されたことは一度もない。面と向かって渡されても相手はダッシュで駆け逃げる。反応に困って仕方がない。
 さっきももらい物をした。食べてくださいって言われた。‥‥で、俺に、どうしろと?
 リュックのなかにもらい物を突っ込んで、どうしたものだろうかと真也は考えていた。

 

「麻美ぃ、まだ待つの?」
「ごめん、もうちょっとだけ」
 流石にいまさらになって「知り合いだから代わりに渡してあげる」なんていえない。
 いい加減、じっと立っているのには飽きた。
 そういえば、手ならあった。
「麻美、なんか飲む? ちょっとコンビニ行ってくるね」
 後で麻美がなにかいっていたけど、ユカは走って手近なコンビニのトイレに駆け込んだ。
「真也さん、まだ大学にいる?」
 こんなとき、お役に立ちますインローダー。
「どうかしたのか」
「お願い、すぐに校門にきて」
「どうした、敵の襲来か」
「ちがうんだけど、ゴメン付き合って」
「?」
 真也は言葉に詰まった。

 

「チョコはね‥‥オレがつくるの」
「ウソコケ」
「だって、うち親父しかいねーんだぜ。しかも自営業。かーちゃんいないし。こういうイベントって大事だからさ」
「さっきの澪さんだ、麗香さんってのはナンなんだよ」
「新しいバイト。だから、このチョコも彼女たちへの『臨時ボーナス』ってことで」
「はぁ〜〜ん??」
「まっそういうことに、しといてくれよ。なっ」
「なぁ、真田と付き合ってんならさぁ、真田からチョコ貰ったりするわけ」
「‥‥あ‥‥」
 翔太は重要なことを忘れていた。
「考えても見なかった」
「なんだその態度は、どちくしょーーーーっっっっ、馬に蹴られて、地獄に落ちろぉぉぉぉ」
 翔太は早々とレジを済ませ、バイクで走って逃げた。明日の学校がとっても怖い。

 

 平賀真也は相変わらず人相が悪い。電器屋でみるよりもずっと眉間にシワがよっている。最近は笑うことが多く、ユカも翔太も「やっと人間ポイ顔になったね」なんて後で冷やかしてたが、どうやら数ヶ月前に逆戻りしてしまったかのような仏頂面だ。
「で」
「これ、受け取ってくださいっ。キャー」
 麻美は頬に手を当てて、くるくるとスカートの裾がひるがえるほどテンションが上がっている。
 きゃーってなによ、と突っ込みを入れたくなったユカ。
 渡された真也は、正直リアクションが直角で下の方向だ。
「で」
 片手にチョコを持った‥‥いいや手に麻美が置いた状態のまま真也は無表情。
 空気読んでよ、真也さん。これが翔太だったら問答無用で足先を踏みつけている。
 他の人には判別不可能なほど微動に視線が動く。威嚇をしているユカの顔が網膜に入り真也は、ぼっそりと。
「ありがとう」
 とようやく麻美に返事を返す。
「真也さん、今後とも宜しくお願いしますっじゃっ、ユーカ早く早く」
 麻美は、カバンについたマスコットを揺らして走りながらユカを手招きしている。
「じゃ、真也さん。またあとでね」
 ユカは、ゴメンとポーズを取り麻美の足跡を追いかけていった。
 取り残された真也は、その手にある物体をじっと見つめ、
「また増えてしまった」
と呟いた。

 


 心配のルツボな台所。こんなことになるのであれば遠出をしてもっと大きなスーパーでチョコチップを探してくるんだったと、翔太は大きく後悔をした。彼女が作ろうとしていたのは、どうやらチョコチップ・クッキー。さっき見た物体は生地が流れ連結合体して平たく板状になっていたを、チョコブラウニーの出来そこないかと翔太は思っていた、どうやら違ったようだ。
 危なっかしい手つきで板チョコと格闘している。製菓用のチョコだ硬い。チョコレートを削ろうとした刃先が、すべってまな板に食い込むたびに脇で見ていた翔太と建さん。
「あっあれじゃ、まな板削ったほうが早いよ翔ちゃん」
「見てられないよ、こわっ」
 よりにもよって包丁を翔太たちに向けた。二人は手を上げた。
「だめです。私が自分でつくらないと意味ないんです」
「分かってます、わかってるから包丁、おろすおろすっ」
「昼ドラやめてよ、ベイベー。やめて薔薇さまー」
 自分でなにをしているのか、ようやく気がつき慌てて包丁をまな板の上において、両手をいつもの定位置で軽く組み、ごめんなさいと澪はいった。
「わかった、こうしよう澪さん。チョコレートだけオレが裁断するから、その間に生地練ってよ。だってこのままじゃ」
 翔太は時計を指差し、
「みんな来ちゃうよ。大丈夫だって。チョコクッキーはやる気になれば30分以内に作れるから‥‥澪さん、えらい卵を冷蔵庫から出しててくれて」
「テレビでは『タマゴは冷えすぎていると混ぜるときに分離してしまう』って言っていましたから」
「大正解、さあやるぞっ。澪さん頑張ろうぜ」
「はい!」

 

 ユカもユカなりに色々あったりする。
「カバンがモコモコ」
 膨れ上がったスポーツバッグをなでる。ファスナー加減が限界。独り言にため息まじり。ラクロスのスティックを部室に置いてくればよかったと後悔。
 クラクションがユカの背中を叩く。真也だ。
「ユカさっきのは、なんなんだ」
「なんだもなにもないでしょ、今がどういう季節だかわかってるの?」
「受験シーズン」
「突然、いやな現実を持ち出さないでよ」
 ああ、来年だと青ざめる。
「バレンタインデー、バ・レ・ン・タ・イ・ン。真也さん分かってる?」
「それが」
「もーーーー。だから真也さんって困るのよ」
「どうしてだ」
「麻美はね、真也さんに気があるの。だからずーっと大学の門の前で張り込みよ。真也さん学校にいるか分からないのに、付き合わされるし。まぁ真也さん学校にいたからいいけど」
 露骨にでかいため息ついて真也、
「インローダーで呼び出しか、なんだと思えば」
その反応に、ユカの口がへの字に曲がる。
「なによ、そのいいかたっ」
「ダメだな、インローダーはそういう使い方をしては」
「鈍すぎよっ真也さん!!!」
 真也は、なにがどうしたのかわからず、スポーツ走りでかけていくユカの後姿を追いながら車を走らせた。

 


「努力って報われるんですね」
「まあね」
 翔太の協力があってこそのなんとやら。いびつではあるが「田舎風」とか「アメリカのママ風」といえば納得してもらえそうな大ぶりのチョコチップ・クッキーが焼きあがった。
「バニラとココアとチョコレートの香りって、幸せって感じがしませんか?」
「そっそうだね」
 確かにそうなのだが、硬いチョコと格闘し、ゆっくりと作業して生地がだれ気味になっている澪のボールの下に、氷を入れた容器を用意したり。ついでにパンチが足りないと買ってきた胡桃をフライパンで炒ったり、砕いたり。オーブンを暖めたり。
 澪がやったことは電動ミキサーで生地をあわせて、その後ヘラでチョコとナッツを加え(澪は、翔太の入れた胡桃の存在にまったく気がつかなかったが)形を整えて天板に並べて焼きあがりの間ずっと見守っていたことぐらい。翔太は、とうとうバレンタインのプレゼントを自作する男になったと、心のなかで叫んでいた。正直、バイクをかっ飛ばしてどっか広いところで大きく叫びたい、そんな心境。
 だめじゃん、オレ。がっくし。
「わっ、すごいいい匂い。澪さんが焼いたの?」
 飛び込むように入ってきたユカは、天板からクッキーを移動させている澪を見て凄いという。澪は小さく微笑んで、
「翔太君に手伝ってもらいました。そのかいがあって上手に焼けました」
「あ、オレ。チョコ砕いただけだから」
「翔太がチョコ‥‥ふーん。悲しいわねぇ伊達君」
 ポンとユカは翔太の肩を叩いた。
「いうなって、困ってる澪さんを放っておけなかっただけだ」
「ふ〜ん。それだけなりかなぁ‥‥あー、翔太。聞いてよ! 真也さん最低っもぅ大変」
「いきなし、最低呼ばわりかよ。真也カワイそ」
「麻美があげたバレンタインのチョコにさ、そっけない反応でね」
「やりそうだな、アイツなら。つか‥‥気があったのかよっっ」
「うわ、ここにも鈍感男いるし」
 なんで自分の周りの男たちはこーなんだろと、ユカはぽつり。
 真也はそんな最中にのそのそ入ってきた。
「真也、空気よめよ」
「匂うな」
「ちげーよ世間の空気だ。ま、これもそーだけど」
「真也さんいらっしゃい。皆さんのためにチョコレートクッキー焼きました」
「チョコ」
 真也の表情がしかめっ面になる。無言でテーブルの上にどんとリュックを置くとなかに手を突っ込み取り出した。
「あ、麻美の‥‥え?」
 まるで運動会の玉入れだ。次から次へとラッピングしたものが出てくる。
「食べきれないから、持ってきた。翔太食うだろ」
「なんだコラ。あてつけかよお前」
「あ、そーだ。澪さん。澪さんにもあげるね」
 モコモコに膨張したスポーツバッグからユカは、せっせとカラフルな袋やら箱やらを取り出し並べる。
「あらまぁ。すごい」
「はぁ? なんでユカが‥‥義理チョコの余りか?」
「バカ言わないでよ。プレゼントよ。プレゼント。最近、女の子からも貰うの‥‥澪さんの焼いたクッキーは別よ。ありがとう、嬉しい」
「女の子もチョコ貰うんだ‥‥ああユカ、ホワイトデーってどーなの」
「もらう日でしょ」
「ならバレンタインは?」
「女の子からもらう日に決まってんじゃない。知らないの?」
 最近は、性別なんて関係ないらしい。ユカのプレゼントにはどうみても女の子の字で
『先輩、頑張ってください』とか『大好き』とか書いてある。これはいいのか、危ないのか‥‥翔太の脳みそでは理解不能だった。
 鼻歌歌いながら、麗香が自動ドアから入ってきた。
「たっだいまー。澪さん、クッキーですか。素敵ですね」
「麗香さんこそ、凄い大荷物。どうされたんですか?」
「銀座のお店のチョコレートが‥‥凄く‥‥ああ、気持ちが良くなるの。チョコレート」
「きっ気持ちイーーーー????」
 建さんが反応してドギマギしている。
「ついつい買ってきてしまいました。罪深いです。シュークリーム命なのに、わたしったら浮気しちゃいました」
「ぎゃ‥‥ゴデバチョコ‥‥ちょっと麗香さん、それって‥‥なんですか」
 一体あなたは誰を『落とす』気ですかといってしまうユカに、麗香はチョンっと肩を指で突付いて、
「これ、いやんユカちゃん。皆で食べるに決まっているじゃない」
こんなに美味しいものを殿方にあげるのはもったいないです、と不思議なこといっている。
 翔太には理解不能である、なんで女からチョコ貰うの。なんで自分のためにチョコ買っちゃうの‥‥と。真也はまるでやる気がない。ああ、チョコレートだらけになったと勝手なことをいっている。
「れっ麗香さぁぁぁーん。ギブミー、チョッコレイッ!!!!」
「え、なんで」
「オウっ」
 ひょいっと手を伸ばして。
「シュークリームは?」
「エーーー。そんなぁ。今日は、はっぴーバレンタインっっっ来てキテ、ラブエンジェル」
「買ってくれなきゃ、あーげないっ」
「ノォォォォォォーーー」
「さぁ、食べるわよ。翔太君。お茶‥‥コーヒーね。澪さんが始めて焼いたクッキー。楽しみですわ」
「ほんとー、翔太。早く早く」
「あのー、翔太君手伝ってくれたんですけどね‥‥」
 真也は盛られたチョコチップ・クッキーを三枚ほど摘んでそのまま店を出て行った。
「すまない、忙しいので貰っていく」
「わーっ真也、バックレかよ。空気よめーーー」
「‥‥仕方ないですわ。真也さん忙しいらしいですから。レポートなんですって」
 澪はあんまりがっかりしておらず、真也がクッキーを手にしたときに笑みを浮かべていた。
「翔太、モタモタしない。麗香さんのチョコも気になるー」
 オレ、なにやってんだ。こんな日にチョコ作って、女のためにコーヒー入れて。しかも明日の学校は絶対血祭り。ユカは‥‥この展開ではチョコはくれなさそうだし。
「だめだこりゃ」
 湯気立つコーヒーの香りが目にしみた。

 

「ギブミー、チョコレート!!! マイすぃーとエンジェルぅぅぅぅぅぅ」


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