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業間 神野の厄日
翔太とユカが示し合わせたってワケではないんだが、一緒に学校からまっすぐ伊達電器に帰ってきた。
「ただいまー」
源さんがいないというか、誰もいない店内。あれ、おっかしいなぁと、つぶやこうとした翔太を健一の声が店内の有線放送をぶち壊した。
「しょっ、翔ちゃんーーーたいへんっっっ」
「え?」
「ジン様がぁーーーーを〜Noーーーーーー」
「はぁ?」
隣のユカまで、ものすごく変な顔して翔太を見ていた。
楽屋にはいってみると、麗香さん(伊達電器のジャンバーを着ている。彼女が店番だったようだ)と澪さんがオロオロしている。
で、話題の主である神野は、床に倒れていた。
「うぇぇ、神野、大丈夫かよっっ」
脂汗たらたらで、眉間と額にめいっぱいシワ寄せて苦悶の表情で、なんでもないとかいっている。誰が見たって、なんでもあるのが見え見えだ。
「なにがおこったのよ。……まさか」
ユカが目線だけで、携帯に手を伸ばしてなにやら操作している澪のことを見た。麗香は速攻、
「違います」
と全否定してきた。
つまりは、澪さんお得意の手料理ではない。
翔太が剣道で怪我なれしているので、反射的になにかに気がつき神野のわき腹の辺りのシャツを捲り上げた。昔の傷跡と思われる場所から出血している。どうやら先日の戦闘で食らった攻撃が、昔の傷を広げてしまったようだ。
傷の生々しさにひっくり返りそうになっている女性陣に、
「ユカ、台所からラップ持ってきて」
「え?」
「早くしろって」
「ったく……こんなになるまで、放っておくか普通」
見ているだけでコッチが痛くなると、翔太があきれ加減にグチると、神野はいいから離せとか、ワケわからないこといってくる。はいはいと、適当に返事返しながら、翔太は神野のシャツを引き剥がしにかかった。
「な、なにやってんだ、翔太!」
都合よく? 源さんが帰ってきて、床に点々と残っている血痕と、上半身むき出しにされた神野、いまにも卒倒しかけている麗香、慌ててラップの箱手にしているユカ。携帯にむかって喋っている澪を見て仰天している。
「わるいオヤジ。神野黙らせてくれ」
剣道の有段者でもある源さん、一発で神野の状況が分かったらしく、ボクっと鈍い音立てて一発神野に食らわせた。
「何してるんですかっ源さんっ」
麗香が吼えた。
「これ以上抵抗されると後々大変だ」
戦士の誉れ高い神野が、普通の地球人からぶん殴られた程度で意識が飛ぶのだ。どれだけガマンしていたのかが、うかがい知れる。
伊達家の親子は、手際よく胴体をラップで二、三回くるくると包む。
「包帯じゃないの?」
「包帯使うと、こういう傷、直りが遅くなるんだ。それに傷に湿り気があった状態で縫えばお医者も仕事がやりやすいんだと、オヤジが前にいってた」
「え、ばい菌は?」
「食べ物につかっているんだぞ。問題ない。こうやって、ちゃんと圧迫止血もできる。ついでにどこの家でもあるから一石二鳥……救急車呼ぶか」
「でも、神野さん……」
「あ」
澪以外の人間が、事の重大さに気がついた。
神野は、地球人と形状は酷似しているが、異性人である。病院に連れて行ったら……どうなってしまうのだろうか。
「あ、もしもし。京南大学付属病院でしょうか。急病です。すみませんお願いします」
「わーーーーーー」
全員が叫んだ。弱っている神野までパチンと目が覚めて、ちっょと待て澪、とかいっている。
「麗香さん、クルマだしてください。病院へ向かいましょう」
「ちょっと待ってください、澪さん」
「一刻の猶予もありません」
「きもち……は、分かるが澪。……そのうち治る」
「いけません、こんなときにそんなことをいって、澪をいじめないでください」
「そうではない……」
なにもしらない真也が入ってきて、手にしていたカバンを落とした。
「なんの騒ぎだ」
「神野が怪我した……で病院にいこうって澪さんが……真也どーにかなんねぇか?」
「うっ」
流石の天才の誉れ高い平賀真也でも、医学は専門外だ。それに相手は曲がりなりにもエイリアンだ。血は一応赤いっぽいが。
「真也からも、なんとかいってくれ」
言葉に困った。
澪は、皆の予想に反した力で、神野の肩を担ぎ上げ、引きずり始めた。
「さあ、いきますわよ」
「……。どうすればいいよ、オヤジ」
「しかたねぇ。全員でシラバっくれるしかあるめぇ。ウソをつくのはよくないことだが、このさいだしゃあない」
「うわぁぁ」
ユカと翔太から悲鳴のような声が上がった。それをかき消すが如く、神野は大声で、病院なんかいかない、いくもんかと怒鳴り散らしていた。
「神野さん。注射やお薬が怖いのですか?」
「そういうことではない!!」
「神野さんって子供みたいですね」
「……いや、地球の誰よりも年寄りだから」
と、翔太がツッコミいれた。
「なあ、ユカ聞いていいか?」
「なによ」
「ライザー星人って……なに病院に運べばいいのかな」
「……妖怪病院でもムリなような気がする」
車内スペースが広い真也のクルマに健一以外全員入り、澪は真也に向かっていった。
「京南大学病院へ。さっきアポイントはとりました」
「……え?」
動揺した真也が、力いっぱいブレーキ踏んづけてしまった。
「大学病院……ですか。しかも京南……」
「せっかくなんで。神野さん怪我多いので、ついでに見てもらおうかなぁと」
ハンドル握りながら、さすがの真也も耳から魂が抜けてしまった。
澪以外の全員が、腹を括らなくては(宇宙人は、ラップで腹まいてるけど)いけないと思い唾飲み込んだ。
「……」
翔太の目の前にいる医者は、正直でかかった。医者やるよりもバスケやバレーに転向したほうがいいのではないかっていいたくなるぐらい、でかい。神野の怪我がどうこうってことよりも最初に、変な空気漂う医者に気がいってしまった。名前とんでもない『伝通院』みるからに怪しい名前だ。
「ひどいですね」
怪我を見た医者は、機械のようにいった。
「応急処置は完璧ですが」
「あの……転びまして階段から」
おどおどっと答える澪。怪我人である神野は、半分ヤケ気味な顔で医者から顔を背けている。
「あきらかに、違います。これは刺し傷です、それにここは弾痕」
医者は、指差した。
「……。で、またあなた方なのですか」
医者はむっすりとした顔をした。
「その後、身体に無理をさせていませんか?」
「ええ、おかげで元気になりました」
「……あえて詮索はしません」
ああ。と源さんと、三人は思った。この人が以前、澪さんがかかったこの病院で一番のお医者さんか。だから、あの奇妙な昏睡状態もお見通しだったわけで、元患者である澪にそういう言葉をかけたのか。
「皆さん、この方のご家族ですか?」
「んー。そだな。そういうことにしておいてくれ」
と源さん。
「仲間です」
と翔太。
「知り合いです」
とユカ。
「友だちです」
と真也。
でかい医者は、ボールペンの動きをとめた。
「あの」
「なんでしょう、先生」
澪は、いつも通りのにっこり顔で医者を見た。
「この患者さんは、あきらかに人間ではないのですが」
重苦しい空気が立ち込めた。
「どうして、わかったのですか」
澪は『昨日のカレーの具にニンジンが入っていませんでした』みたいな、ほんの少しの違和感があるという口調だった。澪以外の連中の髪は総立ち状態で、神野は神野で、ほらみたことかとある意味投げやりな顔している。
「以前、異星人を二人ほど治療している」
こちらは『はい、今日の朝はハムエッグ食べました』みたいに普通に言う。
「それは、大変頼もしいですわ」
澪が喜んだ。
翔太が、ヒジでユカをつつく。
「あの医者、なんかやべぇよ」
「マジやばくない?」
ユカはそういって隣の真也をヒジでつつく。
「真也さん。京南ってそーいうこともするの?? マジ? ここは病院なんだけホントはMIBとかやってるんじゃないでしょーねー」
「しるかっ」
「でも、真也。ちょっと前に工学部で『巨大ロボット作成論文』書いていたっていってなかったかしら」
「……理論だけだ。理論だけ」
「でも、パパとママ作ってるじゃない」
「父も母も京南とは関係ない」
「つか、エイリアンのお医者さんってなんなんだ」
神野は、先日朝早起きしてみていた地球のテレビアニメを思い出した。カエル型宇宙人が、地球を侵略するために奮起行動する内容のアニメだ。宇宙人だと知れてしまうと、地球では、次のことが発生するらしい。
「実験、解剖、不慮の事故」
みるみる血が下に下がっていく感覚を覚えた。
「先ほど血液検査をしましたら、不自然だったので遺伝子レベルまで調べました。地球人に限りなく近い血液なんですが……遺伝子の……異様にテロメアが長い。外見年齢は二十歳ぐらいなのですが、テロメアだけで判断すると実年齢がいったい幾つになるか分かりません」
「テロメア?」
翔太がなにそれといった。
「分かりやすくいえば、生き物の遺伝子に存在する『命のロウソク』みたいなものだ」
「よくわかんねー」
「生命の寿命のカギみたいなものだ。これで、細胞の分裂寿命を制限している。細胞が分裂するたびにテロメアは短くなって、やがて死滅する。細胞の寿命というやつだ。生物自身の命の長さにもある程度関係している。……寿命に関する定説としては『一生の心拍数で決まる説』やら『一生の摂取カロリーで決まる説』などいろいろだがな」
「真也さん、翔太君が聞いていません」
「……」
医者は続けていった。
「放射線年代測定すればもっとよく分かるのですが、あいにくその設備がないので」
「普通の病院にあってたまるか」
「大変興味深いです、知り合いの考古学者に依頼しましょうか」
真也まで、じっと神野をみて、「たしかに、おもしろそうだ」といった。
澪は澪で、
「よかったですね神野さん。お誕生日がわかるかもしれませんよ」
なにか根本的に大事なものが、ないような気がすると本能的に察したユカと翔太は完全にこの話をひいた立場で見守っている。
『実験』
ごくりと神野が唾を飲み込んだ。
「傷口を縫合します。ただ部分麻酔が効果があるのかが心配です」
「まあ、あれだ先生。もしも暴れるようなことになったら、押えるからパパっとやっちゃってくれ」
「傷を放置するわけにはいかない。本来ならMRIなどにもかけて中までみたいのだが」
「このさいですから、色々調べてもらったらどうでしょうか?」
「そりゃ、まずいって」
「そうよ」
「え、なんでですか? 定期的に身体の検査をするのはいいことだと思いますよ。健康のためにいいですし、成人病検査とかしておくと損はないとおもいますが」
澪には、なんか大事なものが、すっぽりと落ちている。
「……あえて詮索はしません。が、興味はあります」
「傷口縫うだけにしておいてくれ」
神野の思考のスクリーン右手から左手に横切るように『解剖』の文字が字幕スーパーで流れていった。
「……お願いだ。たのむ」
「神野さんったら怖がりなんですね。MRIもCTスキャンもちっとも怖くないですよ。胃カメラはちっょと怖いですけど、安心してください。怖かったら私が手を握っていてあげます」
「違うぞ、澪!」
「澪いうなっ、手も握るなっ」
「怖がっている人を黙ってみていろっていうんですか、真也さん」
「だから、違うとていっている」
「うぇぇ、やべぇ」
「泥沼だね」
「むしろ、底なし沼かも」
「すみません」
医者がいった。
「仕事をしたいのですが」
少しあきれている、そんな感じの顔をしていた。
「効果があるかは、わかりませんが。部分麻酔で縫合します」
「麻酔なんていらん」
「あとで「しまった」といっても遅いんですよ」
「だれがいうか、そんなこと」
出て行くように促され、扉を閉じた途端に、
「貴様なにをする!!! 痛いじゃないか。貴様それでも医者か!!!」
「麻酔なしでしろといったのは、あなただ」
怒号の会話になったので、慌てて診察室に戻る羽目になってしまった。とりあえずダメもとで麻酔をやって縫合してもらうことにした。
神野の脳内には『解剖』の言葉がぐるぐると回っていた。
不必要な神野の大暴れに付き合わされた澪を除く全員は、ぜーはーいいながら、このでかい医師と対峙している。治療中の神野は、手におえない大きさのデカ犬がシャンプーと予防接種と病院の診察台にあがるのを嫌がって大暴れしている構図以外に思い当たらないほど、神野の暴れぶりはひどかった。取り押さえる側のダメージは大きい。
「こんな大きな切り傷を自然治癒で治そうというのが、私には理解できない」
「気合でどうにかなるものだ、俺たちは皆そうしてきた」
「実に興味深い、自然治癒力だけで20針の怪我をどれだけの速さで治るものなのか」
「そのうち治る」
「その言葉にしては、古い傷跡がかなりの数あったが」
「それは、ここ最近のものだ」
翔太が、うぇぇっと悲鳴をあげてアタマを抱えながらのけぞった。
「それって……オレらやったやつかよー」
「そうともいうな……過ぎたことだ」
「ゴメンね神野さん」
高校生二人がゴメンゴメンしているのを医者は、ぽかんとみていた。
「……あえて詮索はしませんが。この世の中にはこのような話はよくあるということか」 澪と麗香と源さんは首を傾げるしかなかった。
効果があるか分からないといいつつ、医者は鎮痛剤やら化膿どめを処方してくれた。抜糸の際にはまた来るようにといわれたが、この神野の反応だと、絶対自らすすんでは行きそうにもない雰囲気である。治ったら治ったで、世話が焼けそうだ。
カウンターで澪は、治療費(無論、異星人は戸籍もなければ健康保険もない)を黒いカードで支払い、薬をうけとって戻ってきた。
腹にかかった部分麻酔の感触に違和感を感じながら、苦い顔をして神野は澪をみた。
「澪」
「はいなんでしょう。神野さん」
「腹を縫った挙句、それも飲まなければいけないのか」
「もちろん、そうですよ」
「拒否する」
「いけません、やっぱり神野さん。お薬も注射も苦手なんですね」
「神野、子供みてぇぇぇぇー」
「バカにいわれたくない」
「お注射きらーいなジン様にバカっていわれたー、マジへこむー」
「……両方とも大して変わらないわよ。ぶぁかじゃないの」
「た、たしかに」
「くっそう、あのやぶ医者め……」
ロビーを歩いていた体格のいい看護士がぴくんと反応した。
「そこ、ごちゃごちゃうるさい」
「ふ、お前のほうがうるさい」
「さっきいったヤブ医者ってどういうことですか」
「俺の腹を縫ったでかい医者のことか……痛くてかなわん」
「……オゥ、そりゃーなぁ、神野が麻酔なしで20針を縫えなんて、ムチャな注文つけっからだろうが、医者のせいじゃーねぇぜぇ」
源さんが、ダメだこりゃと呟く。
「でかい医者って、アンタまさか……伝通院先生のことじゃないでしょうね?」
「しらん」
「……ああ、そうそう。そんな名前のでかい医者」
体格のいい看護士は、まるで全力疾走のペンギンみたいな足音たてて、患者である神野を思いっきりつるしあげた。
「伝通院先生は、この京南きっての名医ですっ、侮辱は許しませんよ」
「ぐぅぅぅ」
「……ふーん。あのセンセそんな有名人なんだ」
「神野ーすぐ怪我なおるぞ、きっと」
「いや……これじゃ悪化するかもなぁ、おい」
神野の頭に『不慮の事故』が点灯した。
どうやら、テレビで語られていた地球での宇宙人に対する法則は間違いなかったらしい。
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