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番外 ××の味方
仁がドア開けて挨拶しようと手を上げたら何かが足の上に乗り上げた。
4WDのラジコン。大きさは手のひらよりも小さい。ったくどこのバカだ。剣か直人かと思っていたらリモコンの持ち主は涼子だった。博士はまたいなくなっている。涼子が一人で留守番?
をしていた。
「へー、どうしたの涼子さん、ずいぶん似あわないもの持って」
彼女が留守番していることよりも、手にしていたゴツイおもちゃのほうがよっぽど気になった。
「さっき、直人からもらったの」
テーブルの上には開封された箱が置かれている。
送り主の名前を聞いた途端、口から飲み込んだ空気が胃の中に落ちて音がした。
「だぶったから、っていわれたのよ」
「アイツは自分で買ったものを覚えていないのかっ」
いや、そういう問題ではない。少なくても女の子への贈り物ではないし、大人の女性へのプレゼントとしては大いに失格だ。どういう神経しているんだ直人は。
「直人の頭のなかまでは、私知らないけど。これはこれで結構面白いし」
甲高いモーター音をあげて床を駆けるラジコン。彫りの深い涼子の顔が真剣にラジコンを追いかけている。ときたま手にしているラジコンのコントローラーもクルマと同じ方向に行く。どうやらやったことはないらしい。
「‥‥小学生時代の男の子が夢中になっているの、わかるような気がする。かっこいいし、よく動くし」
剣の読み終わった漫画雑誌を二つ並べて路駐しているクルマに見立て、実際のクルマでお得意な縦列駐車をしようと試みているが、ラジコンにパワーがあるのと、本日初運転なため、完全に乗り上げて座礁している。
「うまくいかないのね。クルマ好きなんだけど、やっぱり違うのね」
ラジコンで行う普通の車庫いれも満足にはいかない。むーんと力の入った気合めいたため息が涼子の口から出た。
仁は、ゴミ箱から飲み終わった空き缶を洗面所で洗い、床に一直線に並べた。
「よーは、ハンドル加減が分からないんだから、練習すればいじゃない、最初から縦列駐車って難しいよ。教習所でもそうだけど」
「そうよね」
なんか、やる気マンマンで頬を上気させて、熱中している涼子の姿が愛らしい。
コーンと甲高い音が連発している。タイミングよく曲がれないので缶が転ぶが涼子は「私、ヘタすぎっクルマだったら絶対免停っ」とかいって笑って並べている。
女の子ってこーいうの好きなのかなぁと、仁はあごに指を置いて考える人のポーズでソファーに腰掛けた。
「あ、仁よけて」
「はい、涼子さん」
仁が足を上げる。ソファーの下を潜っていくラジコン。がつん、がりがりがりとなにかを噛んでいるらしく涼子がバックをさせても戻ってこない。空転するタイヤ音だけが響く。
「ちょっと、帰ってきなさいよ」
少しむくれた涼子の声にドスがはいった。ひょっとソファーの下を覗くと部屋の隅にまで走ってったラジコンは博士が放置したらしいガラクタ(もしかしたら、なんか大切な発掘品かもしれない)に挟まれていた。
「涼子さん、引っかかってるよクルマ。そっちスイッチ切ってよ」
仁はソファーをよっこらしょと動かし、床に膝をついてガラクタの山に首を突っ込んだ。クルマの空転で舞い上がったほこりを食らって派手にくしゃみが出た。
「仁、大丈夫」
「どーにかぁ」
隙間に体半分をいれ、懸命に手を伸ばす。
「がんばって」
「うんっ‥‥あっ捕まえたっ」
「‥‥どうした、涼子」
ぼそっという、独特の声。
「直人」
「‥‥なんだ、あれは」
頭隠して尻をなんたらの構図が目に付いた。
ラジコンを捕まえた仁は、姿見の恥ずかしさとムカつきさに身が固まった。
「仁よ。私がラジコンしていたら、隙間に入ってそれで仁が」
ゴソゴソとバックしている仁の膝小僧。すぽっと抜けるような音をして仁は元の世界に戻ってきた。
「涼子さん、捕まえたよラジコン」
「ありがとう、よかった‥‥ちょっと持っててね仁」
仁の両手にクルマと操縦機を渡して涼子は部屋の外に出て行った。
沈黙する室内。
「なあ、直人」
目線なんか合わせない仁。
「‥‥」
沈黙のみで返事をしない直人。
「お前、どーいうつもりよ」
「‥‥なにがだ」
「だーからーさぁ、分かれよぉ、なにかとさぁ」
「‥‥なにがだ」
自分のみが息苦しい沈黙。段々口の中が酸っぱくなってきた。
「おまたせ、仁」
涼子はペットボトル入りのお茶を仁に渡した。
「ホコリ吸っちゃったでしょ。これでうがいしたほうがいいわよ」
「ありがとう、涼子さん」
研究所の室内にある洗面台で、早速うがいを始めた。
涼子は、また唐突に現れた直人の大荷物をじっと見た。
「直人どうしたの」
「‥‥仁」
「あー?」
「‥‥だぶった。やる」
ケンケンと咳き込み、ハンカチで口を拭き振り返ると、どんっと、どうみても涼子が遊んでいたのと色違いのラジコンカー。床に置いてある電気屋の紙袋の中には、もう一つ色違いのクルマ。一体何台買ったんだこいつは。世に言うバリアント・カラーのコレクターかなんかか。だったら「だぶり」とはいわないはずだ。直人のヤツのやることだから多分本気でダブりだろう。
「え、ああ。ありがとね」
‥‥どういうつもりだぁ、直人のやつ。
「あら、三人おそろいなのね」
直人はすでにムキ身にした車を別口から取り出してバッテリー交換している。しかも明らかに見た目装備ともに「改造」していた。
「‥‥するぞ」
ぎゅっと後からジャケットの襟首を掴む。
「おい、待てよ。主語を語れ、主語をっ」
日本語一から勉強して来いぃというとだ、涼子さんが、
「ようするに直人は、コレで一緒に遊びたいんでしょ、外で」
と翻訳した。なんで、なんでなのよぉ涼子さん。
蘭ならわかるよ。どっかにアンテナ立ってるし(あのポニーテール付近が怪しいとオレはにらんでいる)。豪でもわかるよぉヤツはなんでも観察してるし、仲間だし。
どーしてょぉ教えて涼子ぁぁさんっ。おかしいよ、ラジコンなんかしてるしさ。それに直人が唸っただけでヤツの気持ち分かっちゃうし。なんでツーカーなのよ。
一瞬、IFの次元(あくまでも想像よソーゾー。つか、したくねぇぇぇ。なに考えてんだよオレっ)でよぎったのは、直人、涼子さんの未来図。くっついたらきっと、雨の日のような静かな日常なんだろうなぁぁ。
でもさ、わざわざよ。買ってきたお茶でうがいしなよと、面倒見のいい彼女。やっぱり大好きだよ。いや、やっぱりなんかじゃなくて大好き、涼子さん。
「……するぞ」
ぎゅーっと摘まれたまま表に連れて行かれる。あーあーもぅとかいって涼子さんは直人が取りこぼした紙袋やら床に落とした部品やらをを拾っている。
オレ、このままどーなるの。のんきにラジコンやってる場合じゃないぞ。
ていうか、自分だけカスタマイズ・カーってどうよ格闘家。卑怯じゃない。それって。
地球の平和なんかよりも私生活の安泰を祈らずにはいられない仁だった。
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