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番外 ×××のとき。
「おいおい、ちょっとまてー誠ぉぉぉ」
仁はひとり山を直滑降に下っていく誠に向かって叫んだ。
暇なので。つー二文字で仁は、誠の一日運転手になった。まぁ後でややオフ価格で写真の手伝いをしてもらう約束でだけど。なんでも、急に風景写真が撮りたくなったらしく遠路はるばるえんやこりゃと山になんか来ちゃったりするわけで。
意外っちゃ意外なんたけど、誠のナビゲーションはすばらしく指示を出すことが一回見た地図でナビができた。
なんでも、戦場で真っ先に覚えないともれなくアノ世行きになるという。この人の職業モードはあんまり見たことないけどそうらしい。
で今はどーしてか知らんが、まるで織田信長のたてた作戦がごとくもの凄くまっすぐに降りていく、いや。降りるじゃない限りなく落ちる。仁の視界的にはそう見えた。S2000を慌てて走らせる。
クルマを降りた誠は、空を見上げその視線で時計を見た。なにかにはたっと気がつき、カメラのバッグを肩に下げ、
「急ぐ」
そう言い残し直滑降を始めたのだ。場所は地図でマーカー済みだから誠がどこに行ったかは分かるが、どこをどう考えても「直線移動」なのだ。むろん道とかはない。信号がないのをいいことに目一杯アクセルを踏んづけた。正直、山道をどこかの豆腐屋のように攻める気はない。
あんときも、あいつはオレよりも早かった。豪が「兜山集合」のメールを出したときにバイクでオレよりも先に到着していた。それで気になってはいたんだけど。走らせるクルマの視線上に時折誠の姿が見え隠れしていた。
はやいって。ちょっと待てよ、誠。
地図を見ながらでは安全運転ではなくなる。こんな山道で怖いったらありゃしない。よくもまあ、初見でこの複雑な道を覚えたもんだなと、数メートル単位で、地図を見ては発進と停止を繰り返している仁は、しんどいと呟いた。
やっとこさっとこたどり着いた仁は駐車場に車を止め目的地の川原降りた。誠はすでにカメラのセッティングは完了していたが、でんと川原に座って、時計と空を交互で見ていた。
「はやっ」
仁の第一声に誠は振り返ろうともしないで、じっと空を見て、
「早くなんかない」
と言っている。
「だって、オレのS2000ちゃんよりも早いってどーいうことっ」
‥‥。待っていたなにかが、始まったのか、立ち上がり息を止めてファインダーを覗く。
「そろそろだ」
誠の声が出るかでないかのタイミングで空が明るくなった。連続するシャッター音。ふと仁は空を見た。雲がある。もしかして、誠は雲の動きを読んだとか‥‥まさかぁねぇ。「悪いが、フィルム取ってくれ」
「はいはい」
渓流の風景写真をずっと撮り続けている、誠の背中に仁はいった。
「なんで晴れるって知ってたの」
「雲の動きと風の強さで」
「つか、なんでそんなことできるの、おっかしいじゃん。さっきの山を直滑降に下ったっていうのも」
「‥‥そうだな」
おや、珍しい、と仁。毎度の態度だと三口目で怖いことを言ってくるヤツが変に素直だと。まてよ、こーいうスキルってどっかで見たような気がするなぁ。
「なあ、もしかして‥‥誠って、軍事訓練経験者かなんか?」
川原に座って石を積んでいる仁を誠は見た。
「なんで、それを知ってるんだ。辰平だって愛だって知らないことなのに‥‥」
「ごめん。さっきの行動みて、そう思ってあてずっぽうで言ってみた、たしか山の下り方、太陽と時計で色々調べたり、地図の見方‥‥それでね」
前に本で見たことがあると仁。真面目な仁の視線に、誠はただ、
「そうか」
といい、またカメラに向かった。
「‥‥生き残るためだ」
「そうか」
「だれも、プレスって書いてある札をよけてくれるわけではない」
「そうだよね」
「技術を教わるために、訓練だけは受けた。酒にも強くなった、タバコもそこで覚えた」
仁は以前に読んだ、軍人のエッセイを思い出した。上官の命令で鉄兜いっぱいの酒を飲まされるとか、現地人とコンタクトをとる手段としてタバコを利用するとか。そんな軍隊の日常。
誠は朝一発目から、禁煙団体が怒りそうなキツイ煙草を吸うし、大酒飲んでもあまり酔った雰囲気はない。辰平の話では「自宅だったらビール一杯で爆睡」なんだという。日常的に風変わりな連中が多いせいか、あまり気にもとめなかった。
遅い昼食を川原でとることにした。
残り物だが、とカバンの中からいくつかの砂糖が詰まった袋のようなものを2つ、3つ取り出し封を切った。
「なにこれ」
「Cレーション‥‥米軍の戦場食」
「はぁ」
川原で水を汲み固形燃料に火をつけ、飯ごうに似た容器で水を沸かしていくつかの袋をそれに投入した。まるで、中学の頃のボンカレー大会のようだ。というか気分的にはなんか遭難めいた気分になる仁。
「ジュースがいいか、コーヒーか、紅茶、ココア‥‥いろいろあるが」
アクセサリーパックから、石の上に並べていく。
「なに、こんなに色々はいってんの?」
タバスコ、塩、マッチ、ティッシュ、お手拭、ブラックティーティーバック、砂糖、クリーム、粒ガム、ティーバックは、ジャスミン茶、紅茶などなど。次から次へと出てきた。こういうものを見慣れていないので仁は、へーとか、はーとかしか言葉がない。
「今日はビーフ・パティ、チキン・テトラジニにしてみた」
どーいうメニューだそりゃ。と仁は突っ込んだ。
受け取ったコーヒーは、普通にインスタントな味がした。
えらく巨大なクラッカーを割りかたっぽに入っていたピーナツクリームを塗りつけて仁に手渡す。口にいれると途端に、口のなかの水分が全部吹っ飛んだ。要水求む。味もまさしくアメリカな味だ。適当に暖まったのか、紙皿に取り分けた。かたっぽのビーフ・パティはスパムにそっくりなものがつるんと袋から出てきた。チキンなんたらは、正直「猫缶」と思ってしまいたくなるものがドロっと紙皿に沈む。
「見た目は芳しくないが、食べられる」
食欲が減退しそうな茶色いプラスチック・スプーンですくって口に運ぶと、一口目の味覚はアメリカン、後味もアメリカンだった。もくもくと誠は食べ、ときおりオプションのタバスコなんかを振りかけていた。
「‥‥戦場で、数少ない楽しみが、他国のレーションを皆で分け合って食べることだった」
仁は、黙って聞いてた。
「韓国の軍は、ビビンバ。自衛隊にはタクアンの缶詰が美味しかった」
多国籍軍だと、いろいろ豊富なんだぞと誠。
会話がとまる。黙って差し出された紅茶を啜りながらタイミングを見た。
「‥‥なぁ、誠。この戦い終わったらどうするの」
戦場に戻るの? と仁。
「わからない」
「そうか」
「日本はいいな‥‥」
「もちろん」
「戦場では、こう暖めてゆっくり食うことがあまりないから。なんでもうまく感じる」
この食料は一応冷たくても食べられるようになっていると誠。正直、冷えたソレを食べる気にはならないよと仁。
「無理していくこともないだう」
「わからない‥‥ただ」
「ただ?」
「無茶をしてでも自分に納得したい瞬間があるかぎり、行くかも知れないな。日本はいいな。どんなことをいっても、その場で撃ち殺されたりはしない」
茶を啜りながら仁は思った。誠は日本でほんとに羽を伸ばして自由にしているのだと。 仁は、ご馳走様といって、
「いればいいじゃん。日本に。そうしろよ」
と笑いながらいった。
「さぁ、ちゃっちゃと写真とって、堀口博士のところでおやつでも食べよう」
と手を叩いた。
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