即席セイザー小説。かなり短い読みきり文書。 戻る

番外   ×肉×汁


 このお客は一体なに屋なのだろうか。
 牛丼屋のバイトは、そう思いながら味噌汁をすくっていた。
 携帯禁止とでかく張り紙しているのにも関わらず、カウンターの端の席に座り携帯で喋っている男。ぱっと見20代前半、不自然なほどに高圧的雰囲気である。硬そうな立て気味な髪が電話に向かって怒鳴っているときにボリュームが変わっているように見える。まるで威嚇しているニワトリのようだ。全身に黒の衣服を身にまとい、年齢不相応の横柄な態度、街の事情を考えると新しいヤクザの幹部だろうと、店員は予想をつけた。服装態度を置いておいても目つきの悪さだけで十分警察を呼べそうな男だった。
「わからんのか、買いだ。早くしろ‥‥つべこべ言うな。貴様には決定権なぞない。これは注文ではない。命令だ」
 株取引かなんかだろう。電話に夢中で注文のチケットすら貰っていない。用意している水気がとんで塩気が増した味噌汁が冷めてしまう。バイトは勇気を出して男の目の前に立って手を伸ばした。男は不機嫌の極地みたいな目だけをぎょろりと上げて、
「なんのようだ」
と言ってきた。
「‥‥チケットを‥‥」
「これか、これが欲しいのかっ。くれてやる」
「オーダーです、並、ナマタマ、生野菜」
「汁抜きだ、忘れるなっ」
「し、汁抜きですっ」
 マナーの最悪な客には、街の事情上よく出くわす。が、どうもこの客は、態度云々の前に匂い立つ気配と目つきが違いすぎた。これはやばいのに当たったと、時計を見てそろそろあがりの時間なのに嫌な客と出くわしたと、バイトは後悔した。
「え、はい‥‥。お客様。生野菜にお時間5分ほど、いただきますけどよろしいでしょうか?」
「まあせいぜい、がんばれ」
 男は相変わらず、会話が怖い電話を続けている。
「市場が閉まるっ、その前に買いつくせっ‥‥なんだとっ‥‥クソっ。何度でも蘇る。私は負けていない!」
 どうやらマネーゲームに敗退したらしい。
 鈍い音とともに携帯は切られた。たぶんあの衝撃だ、無事ではあるまい。
 なるべく男と目を合わせないようにして、そっと味噌汁を置いた。
「おい」
「はい」
「注文したものは、まだなのか」
「は、はい。ただいま」
 こういう客には、とっとと食べさせて、さっさと帰すのが得策だ。
 汁抜き加減で仕上げた牛丼の並と、生卵を出す。客は、たぶん肉の量よりも多く紅しょうがをどんぶり一杯にかける、汁までかける、まだ足りないらしく隣の席に置いてあったストックまで手を伸ばす。淵ギリギリまできっちりと紅しょうがのじゅうたんで、牛丼覆い真ん中だけを少し掘り返し、生卵を落とし七味をかけた。外道どうこう以前に、ナニ丼を注文したのかすら判別不可能だ。男がその真っ赤などんぶりを箸でかき混ぜ口に運ぼうとしたとき、カウンターに出ていた女性店員が悲鳴を上げた。
「‥‥!! なんだ!!!」
 不機嫌そうに悲鳴の方向に首を伸ばす男。
 視線の先には東南アジア系なのか単に日に焼けた中華系なのか。明らかに日本語ではない発音で「カネ、カネ」といっている。強盗は強盗でも間が抜けている。ここはチケット制で現金は、ナイフを構える二人組みの後に物言わず立っているその機械が預かっている。
 状況が分からず、厨房から生野菜を運んできた店員が、物騒な男の前で強盗に驚き生野菜を床に落とした。バイトは、生まれて初めて殺気というやつを感じた。目の前の強盗ではない。謎のどんぶりをかきこもうとしていた、この客からだ。
「貴様‥‥」
 ゆらりと立ち上がる。身体の線は細いが、圧迫感は桁外れだ。ジャキっと重たい金属がかち上がるような音とともに、男は短く切ったショットガンのようなものを片手で真っ直ぐ掲げていた。
「‥‥下等生物が。食事のマナーも知らないと見えるな」
 強盗犯は、聞いたこともないような言葉で反論している。女性店員は予想だにしなかった展開に失神してしまった。無論彼女の次の標的は自分だ。
「そんなナマクラでは、私は倒せん。馬鹿め‥‥これで終わりだ」
 想像していたのより軽い銃撃音。閃光で一瞬目が眩み、気がついた時には強盗犯は緑色の火柱と同じ色の煙に包まれ煙草の灰のように崩れて消えた。
 拳銃ってこういう風に人は『消せないはずだ』あまりにも荒唐無稽なことが目の前で起こったがため、バイトの思考に時差が生じた。男が一体どこにあの長物を収納したかは分からないが、ショットガンは消えうせ、何もなかったかのように、謎のどんぶりに箸を伸ばしている。
「‥‥ヒィィっ」
「助けたわけではない。生野菜のおかわりを」
「‥‥人殺しっ」
 男は、ああ、ここはそういう法律だったと、呟く。
「下等生物‥‥お前たちには、いつも驚かされる」
 一体いつ食べ終わったのか、並どんぶりはキレイにされ、割り箸は折られていた。ついでに男も消えていた。

 


 最近ニュースになっている、奇妙な出来事となにか関係があるのだろうか。信じてもらえるか分からないが、とりあえず警察に相談しようとバイトは受話器を取った。
 



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