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◎番外 京南大学病院
ゴロゴロと慌しく緊急用のベッドが走っていた。ああ、また急患かと魚住愛が肩で呼吸した。急患から発せられた聞き覚えのある声に驚き過ぎ去ったベッドに走り寄った。
「て、天馬さんっ」
意識があるのかないのか、愛の声に気がつかず、
「腹がいてー」とただ叫ぶ。顔面蒼白になった愛はもっていた書類を床にばら撒いてしまった。
「た、大変っ」
大慌てで書類をかき集め、ポケットの中から携帯を取り出しトイレに駆け込んだ。
「天馬が救急車で運ばれた」
の一報を堀口研究所に送ったのは、神谷豪だった。どうも天馬の配達場所と豪のパトロール管轄がダブるらしく毎日のように遭遇する。顧客にしているマスコミ会社の玄関先で腹を抱えてうずくまっているところを豪が発見して救急車を手配し、京南病院に運んで欲しいと指示を出した。どうせ行くなら知り合いの縄張りならなにかと楽だろうと豪が考えたからだ。
日ごろから「ろくなものを食っていない」ことがバレバレな天馬。未加とか蘭とかが気を利かせて手料理を差し入れしているが、根っからの不精なのが災いしてか自炊の腕は全然上がる気配もなければ、改善もされてもいない。それで日ごろのセイザー活動で穴の開いたのを取り戻そうとオーバーワーク。どこかがおかしくなっても不思議ではない。個人で生命保険に加入しているかの有無は分からないが、電話で「天馬急病」と知らせたジェット便の事務員のマキちゃん(以前伝通院洸の患者で入院している現場を見たので覚えている)がピンチヒッターを天馬の荷物を取りに走らせる指示を出しながら、
「ウチはちゃんと社会保険と生命保険入っているから、天馬さんへの負担は少ないから、安心してって伝えてください」
と力強くいった。
いかんせスピードだけが自慢のバイク便。保険やらがある程度しっかりしていなければ従業員は逃げるだろう。
にしても、別に交通事故でもないのに倒れるとはどういうことなんだろう。
友人の義理か警官のサガなんだろうか、病院の廊下を考え事をしながら、あっちへ三歩、こっちへ十歩とウロウロ。
「あの、豪さん。落ち着いてください」
話しかけてきたナース姿の魚住愛に反応して「すまない」と誤る。
「まだ状態が分からないのでなんとも、いいがたいんですけど。伝通院先生が直々に診ることになりました」
「それは安心だな」
「まあ、そうなんですけど」
ちらりと処置室のほうに視線を投げて、
「先生。なんかもの難しい表情して、お部屋に帰ってしまったんです」
困りましたと愛が青い顔をした。
「なにか、深刻な病気なのかもしれません。先ほど先生は未加さんと剣ちゃんを電話で呼んでいました」
「仲間だ。呼ぶだろう」
「それが、眉間にこう、シワを寄せて『今すぐ来い』とかいってました」
「‥‥直接聞いたほうが早そうだな」
向こうのほうから、物凄く慌しいスニーカーが駆ける音と、主任の「走るなっ」の雷が連発して落ちている。
「愛、豪!」
興奮してだろう、未加の息が心臓に悪いくらいに跳ねている。
「天馬は?」
「ごめんなさい。分かりません。担当は伝通院先生なんで安心してもいいかとは思います」
「ボク洸さんに頼まれて、天馬さんの部屋の冷蔵庫の中の写真撮りました。あとの部屋のゴミ箱の中身を持ってきました」
「‥‥それって天馬は食中毒なのか?」
「可能性は大有りでしょう」
携帯で撮った写真には、冷蔵庫に入っている「半額」シールの貼られた惣菜のパックが並ぶ。
「O-157‥‥?」
全員に共通して不安がよぎった。
「ふつーの大腸菌増殖程度では、天馬さんの腹は壊れても救急車レベルではないでしょう」と剣がいう。確かにと姉が頷く。
「やっぱり、アレ?」
O-157?
「盲腸かもな」
と豪
「考えすぎて、胃潰瘍かもしれませんよ」
愛がいうが、三人に全否定された。
ガラガラと伝通院の部屋のドアが開いて四人の姿を確認すると手招きした。顔はいつも以上に辛気臭い。
まあ座れ。と伝通院洸は促した。愛だけが看護婦の定位置である場所にちょこんと立っていた。
「教えてよ、洸。天馬一体どうしちゃったのっ」
「おちつけ未加」
「だって、丈夫だけがとりえじゃん」
「インパクターに殴られても平気だったな。確かに丈夫だ」
コリコリとボールペンを動かしながらカルテを書いていた。きれいな字はいいのだが医学ドイツ語なのでサッパリ意味が分からない。文系の未加もお手上げだ。
「だが」
「だが?」
「内臓は人並みだ」
「はあ‥‥」四人はため息のような返事を返した。
「剣」
「はい」
「天馬の家のゴミをもらえるか」
「は、はい」
足元においてある古新聞を診察用ベッドに敷き、その上に剣が持ってきたゴミをばら撒いた。机の引き出しから使い捨てのゴム手袋を装着した。
「洸さん。生ゴミは?」
「いや、必要じゃない。ただ私は確認をしたいだけなんだ」
「捜査の鍵はゴミからと言うしな」
「あれって、やっぱドラマだけじゃないんだ」
未加はへーといった。
「しかし、まあなんというか‥‥」
ゴミを見ればその人が分かるとテレビではいうけれど、実際こうやってみると生活の有様がよく分かる。
ティッシュペーパーは、駅前で配っているもの。スーパーのレシート。ギリギリまで絞った挙句に腹を割かれた歯磨き粉のチューブ。日付切れの銭湯の割引券。
「赤い貧乏っていうのかなぁ、これ」
「そこまでは、行かないと思いたいが」
あ。と洸が声を出した。なにかのビニール袋を発見し握りつぶし、ドカドカとこの人には珍しい足音を踏み鳴らし隣の処置室で、ギャーギャー悲鳴をあげている人間に向かってただでさえカツゼツがよく、耳どおりの良い声で一発、
「天馬!」
と怒鳴った。処置室に詰めていたスタッフ、カーテンで仕切られた部屋に駆け入った四人ですらぽかんとした。
「この大馬鹿者!」
痛いから、騒ぐなと天馬。担当医なのにも関わらずベッドで寝込む天馬の胸座掴んで引っ張った。
「貴様には常識があるのか!」
「腹痛いのになにするんだ洸」
うーイテテと顔にしわが寄る天馬に、洸はさっきゴミ箱から取り出したビニール袋を天馬に突きつけた。
「これはなんだ」
「は」
「なんだと聞いている!」
「‥‥ったってただの『ふえるわかめ』じゃんかよ」
「食べたのか」
「はぁ?」
「食べたのかと、私は聞いている」
「‥‥食ったよ、だから」
「どうやってだ」
「‥‥袋ごとそのまま食って、味噌汁のんだ。水につけるの面倒だったから」
傍から見ても、一瞬にして伝通院洸の血圧が上がったのが分かった。まるで柔道の試合で止めさしたかのようにベッドに投げつけ、息を整えたいのかゼーゼーしながら、
「貴様はただの消化不良だ。薬をやる。邪魔だ帰れ」
「どういうことなんだ、洸」
恐る恐る豪が、すまん状況が分からんと洸に切り出した。
「天馬は、乾燥わかめを水で戻すことなく直接摂取し、その後水分を取った。体液と水分を得て乾燥わかめは胃の中で『もどった』のだ」
剣は袋の裏書を見て、
「四倍に増えます。水で戻してから‥‥っ‥‥天馬さん‥‥」
「うっわっ。なんてあんた、そうバカなのよ」
未加までも吐きすてるかのようにいう。
「海草は消化しにくいですから‥‥いっぱい食べると大変です。ちゃんと普通に食べても消化不良起す人がいますけど‥‥乾燥のまま食べちゃうのは‥‥ちょっと」
困っちゃいますねと、作り笑いの愛。
どうしたもんだかと頭を掻く豪。
「天馬口をあけろ」
鼻を摘んで無理やり口をこじ開けると水薬を喉に押し流し、モガモガ暴れる天馬の頭に一発拳骨をくわえて飲み込ませた。
「魚住君!」
「はい伝通院先生っ」
「こいつをトイレまで連れて行ってくれ。水薬だからすぐに効果が出る」
「はいっ」
愛にしては手早く車椅子を用意し、天馬を乗せて駆け出した。
処置室の同僚たちは珍しく声を荒立て興奮気味の伝通院洸を物珍しげにヒソヒソと囁き見ていた。
「ごめんね、洸」
「未加があやまることはない。悪いのは天馬だ」
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