即席セイザー小説。かなり短い読みきり文書。 戻る

番外  国防省にて

 

 手弁当なんて一体何年ぶりだろう。学生のころ寮を管理する女性が作ったものを昼食に食べていたとき以来だ。もっと厳密に思い返すと中学の体育祭の折に母がこしらえてきたいなり寿司で最後。沖田は渡された赤と白のチェック柄の弁当箱をうけとって色々回想してしまった。それぐらい縁がなかった。

 

「博士ひどいっ」
 未加に弁当を頼んでおいて、空腹に負けて国防省の研究スタッフと一緒に店屋物のカツ丼を食べている堀口博士は、獅堂未加の「もー」「最悪っ」「ひどい」の言葉の連打を受けていた。
「せっかく作ってきたのに。責任とってくださいよ博士」
 未加がふくれた。
「‥‥自分が責任を取ります」
 意外にも沖田が声をかけてきた。
「沖田さん、べつにいいですよ。自分で食べます。ワタシのお昼忙しくてパンだったから」
「博士を食事時間返上で、作業を続行させた自分に責任があります」
「でも」
「たまには美味しいもの、食べたいです。いかんせ自分は、こういう特異な職業だからでしょうか。家庭の味には縁がなく、いつも堀口博士の弁当が羨ましくてなりませんでした」
 沖田本人を除くスタッフ全員+堀口博士が、おぅっと小さくのけぞった。
 30を半ばにさしかかった沖田は任務、私生活ともにあまり融通というか、柔軟さに欠けた部分が多く月光隊が組織されていた当初不評をかっていた。
 最近、国防省のスタッフだけが思ったことだが、昨今この不思議な12人+博士たちが国防省に出入することが増えてから沖田の性格が少し変わったのではないかと常々思っていた。任務については以前の10倍の密度で決して肉体的に楽ではないが、精神的に柔らかさを身につけた最近の沖田がなんとも頼もしかった。
「大胆だなぁ、沖田君」
 堀口が小さな声で独り言すると、耳の穴から蒸気を吐き出すのでないかというぐらい、沖田は瞬間で茹で上がった。
「べ、べつに私は、そういうつもりではなくですね。博士が羨ましいと思っただけです」
 ああ、なんでそういうこと言っちゃうかな、このタコ親父、と月光隊数名を含むセクトの面々が、喉の奥で茶々を入れた博士に威嚇する。一般会話でうろたえる沖田なんて奇妙なものを始めてみたものも多く、慕う彼らから「さあ、頑張れ隊長」と心の中で応援する。浮いた話もなければ、結婚した話もなく、ロッカールームの自分の居場所に彼女や好きなアイドルとかの写真も貼っていない。沖田の周りに貼ってある写真ときたらあの五式支援機士だったりする。本人的には幸せかもしれないが、そりゃあまりにも寂しいぞ、隊長。と思うスタッフだった。
「ふーん」
 堀口博士がニヤニヤし始めた。
「羨ましい‥‥か。君、もてないだろ。沖田君」
 デットボール。今のわざと当てただろピッチャー! と怒鳴り込み寸前のベンチ際の野球チーム状態のスタッフ一同。
「失礼ですよ、博士。もう、博士にお弁当なんて作りませんよ。だってこれってバイトのうちに入ってませんもん。知りません。パンでも牛丼でも好きなもの買ってお昼にしたらどーですか、博士の大好きな、糖分も悪玉コレストロールもプリン体もいっぱい入ってるしぃ」
「み、未加。ひどいことしないでくれ、ワシはどこで栄養補給したらいいんだ。ビタミンは、カルシウムは、葉緑素は???」
「知らないです。よかったら沖田さん。これどうぞ」
「よろしいんですか」
「はい、どーぞ。博士は食べたくないみたいだから。ついでにお茶も」
 魔法瓶も渡す。それまで人に渡すか、未加と怒鳴りかけた堀口を月光隊が『速やかかつ迅速に口止め』工作した。
「ありがとうございます」
 直角お辞儀。そこまでされると照れちゃいますと未加が、カンベンしてくださいといっていた。
 

 


 中身は、いつも通り素晴らしい内容だった。
 五穀米のおこわ。ブロッコリーとニンジンなどの温野菜、骨を抜いた塩ジャケ、肉団子、かぶの浅漬け。別の容器にはカット・フルーツ。お茶は若干濃い目の烏龍茶。少なく見積もっても弁当屋で800円以上はするだろうと思われる献立だ。
 一瞬鼻の奥のほうに熱いものが走った。
 博士のほうをみて、すみません。いただきます、といった。堀口は「くそ、ワシが一番アンポンタンだっ」と言葉を壁に向かって言っていた。

 

 国防省の仕事の都合上、半端軟禁状態になってしまった堀口博士に、翌日も夜食と昼食を届けてくれる獅堂未加が気を使って、沖田の分も作るようになっていた。きれいに洗って帰してくれた弁当箱が嬉しかったのと、中間テストのため弁当がいらない剣の使ってる弁当箱が空いたためと説明していた。弁当を一個だけつくるのは大変だから二つ作りましたと、未加。他のスタッフに気を回そうとしていた未加に対して国防省側のスタッフは、弁当屋の割引キャンペーン中だと、一斉にウソをついて応戦した。
 空の弁当箱を返す沖田。
「いつも美味しいです」
「洗って帰してくれるから、助かります」
 物陰からモゴモゴと咀嚼している堀口が、
「おう、いい雰‥‥」
雰囲気じゃないか、と冷やかし言おうとした瞬間、特殊部隊月光が「始末」した。
「沖田さんって、好き嫌いってないんですね」
「はい、なんでも食べられなければ非常時を乗り越えられませんから」
「剣なんて、グリンピース嫌いだし、あっ蘭の前では残さす食べるんだけど。天馬なんてなんでも食べちゃうけど。沖田さんみたいに洗って帰してくれるなんて、絶対ないし。肉が入っていないとブーブーいうし、『アレが美味くなかったぞ』とか文句ばっかり」
「とんでもない、未加さんのお弁当、美味しいです」
「冷凍モノも多いですけどね」
「仕方ないですよ、朝は忙しいものですし、自分が負担になっていないか、心配でなりません」
「そんなことはないです。そう、言って頂けると嬉しいです。天馬なんて忙しいくせに、やたらとCMに詳しくて『未加、これ香っ取クンの新製品のシューマイじゃねーか、冷凍モンばっかり入れてるとモテねーぞ』とかひっどいこと言うし」
「それは、ひどい」
 沖田は、静かに笑った。
「ええ、ホント腹立ちます。もう、速攻こう、ガツーンといれちゃうんですよ、つい」
 拳を振るって、だめだなぁワタシって笑う未加。
「‥‥本当に好きなんですね、弓道天馬のこと」
「え‥‥」
 未加が固まった。
 後で聞き耳立てていた国防省のスタッフも固まった。
「普通、女性が異性の話をするとき、そこに出てくる人物は『嫌いか、好きか』しか、ありません。そこから導き出される答えは、一つ。未加さんは、弓道天馬が‥‥」
「嫌いです。あんなヤツ。サイテー」
「最低、と思っている人になんか普通、弁当なんて作りませんよ。毎日、一服盛っているのならいざ知らず、あなたは、彼の身体まで心配している。違いますか」
 言葉が出なくなる未加。
 ナニ言ってるんですか、沖田隊長っ状態のスタッフ。
「未加さん」
「はい」
「自分は、未加さんのことが、好きです」
「‥‥え」
 おーっと、物陰国防省スタッフから、ざわめきが起こる。
「自分は、弓道天馬には、かないません。最初からあきらめていますが、未加さんが好きだということには変わりはありません。自分の気持ちをハッキリさせようと思い、失礼なことを言いました‥‥すみません」
 なんで謝っちゃうかな隊長。恋愛は奪ってナンボでしょうよっっっ。心の中で絶叫状態のスタッフ。国防省は知っている。ここに出てきている弓道天馬がいかなる人物で、沖田の前でうろたえている女性が何者であるかも。将来性、経済性でとれば、一発逆転がなければ弓道天馬に勝ちはない絶対に。沖田は国家公務員でしかもキャリア、性格は真っ直ぐすぎるくらいで、かつ我慢強く一途。身体も恐ろしいぐらい丈夫だ。が、彼女は弓道天馬を選んだ。で沖田は、諦めた。
「横取りは、やっぱり自分にはしょうに合っていません。すみません馬鹿なことをいって‥‥弁当、本当に美味しかったです。自分は、残念ですがもういいです。困っている弓道天馬に食べさせてあげてください」
 心の中、いいや見た目にも嗚咽する国防省スタッフ。隊長‥‥。
「隊長っ、自分たちは、自分たちはっ‥‥」
 一斉に二人の前になだれ込んできた国防省スタッフは皆、鼻水垂れの大涙だ。
「お、お前たち、聞いていたのかっっ」
 叱る沖田と動揺する未加をおいといて、沖田の黒い軍服の袖やら腕やらに齧りついた。「隊長、自分たちは、一生なにがあっても隊長についていきますっ」
「隊長に内緒で、スッチー、ナース、保母さん女子大生とも合コンもしませんっ」
「俺らの前に、隊長が幸せにならないで、どーするんですかっ」
「沖田隊長、あなたという人はっ」
「好きです、隊長っ」
「「「「沖田隊長!!!!!」」」」
 一人一人の肩をたたき、『お前たち、未加さんが困っているからやめなさい』というと、軍隊効果音とともに、国防省スタッフは、未加のほうを向いて合唱した。
「獅堂未加さん、弓道天馬が嫌いになったら、すぐ国防省にお電話を。我々が10分以内に駆けつけます!!!!」
 

 

 獅堂未加。生まれて初めての大告白大会に、赤面。



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