即席セイザー小説。かなり短い読みきり文書。 戻る

番外  ジャンケン

 


「はぁ? ジャンケン大会だぁ?」
 隣でケータイで話している誠の額に血管が走った。
「あのね、熱帯魚屋さんのイベントでねジャンケンで割引券とかが当たるイベントなんだ……けど」
 日曜日で久方揃った面々でどこかに行こうで来た上野。やってくるはずの辰平がまだ来ない。ふと剣は思い出し、持ってきたモバイルを立ち上げて辰平が行き着けの熱帯魚屋のホームページにアクセス。コレに行ったのかなぁと持って電話をかけたら、どんぴしゃりだ。
 朝飛び起きてこのバーゲンイベントを思い出し、自転車を猛漕ぎして熱帯魚屋で今日の集合のことを思い出したという顛末。ああ悲しきペットマニアのサガ。
「仕方ないよ、辰平さんの水槽の濾過用のモーター壊れかかってて凄い騒音なんだって」「ほー」
「飼ってるアロアナの銀ちゃんが予想外に凶暴になちゃって、エサが我慢できなくて備品に当たっちゃうっていってたよ、それでモーター壊れそうだって」
「そんなことするのか、魚が」
「らしいよ」
 隣でコーヒー飲んでいる豪が返事する。
 がつーんと音を立てて携帯を切った。
「辰平は飼いすぎなんだ」
「飼いすぎなのか?」
と豪が剣に聞く。
「まあ、普通の人が見たら驚く程度に」
「アイツは、は虫類まで飼っていて‥‥常識人じゃない」
「自分も昔、トカゲ飼ってたぞ」
「クワガタなんてウジャウジャいて……」
「やったなぁ、クワガタ捕まえてきてケンカさせたり」
「したした。お姉ちゃんがよく捕ってきた」
 沸騰寸前の誠がこちにらを睨んできた。朝から血圧が高そうな人だと二人は思った。
「どいつだ。上野に行こうなんていったやつは」
 ひょいっと、剣は豪は指さして、
「豪さん」
 誠は、なんで貴重な休日に上野に野郎と一緒に……とブツブツ言っている。
「なんで上野なんだ、豪」
「上野しか知らないんだ」
 剣は目頭を押さえた。誠は、口をあんぐり開けた。きっと渋谷の奥地なんてアマゾンの原生林以上に縁がない場所だろう。神谷豪には未開拓の土地は数多くあるようだ。
「で、どこいくの。上野動物園? 博物館?」
「アメ横」
「はぁ?」
 ただでさえ辰平の件で不機嫌な誠の声が半音あがる。
「だから、知らないんだって」
 鼻の奥が痛くなる剣。皮膚呼吸が止まったのではないかと錯覚した誠。
「家族で出かけるときなんて、年末のアメ横程度だ。誠から、わーっと言われてコレぐらいしか思いつかなくて。すまない」
 今までどういう人生を送ってきたのだろうか。可哀想にと哀れみの表情の剣に、コイツは真剣にバカなんではないかと考える誠。
「年末じゃないから空いてて思いっきり遊べるよ、豪さん」
「そっそか」
 あははと照れくさそうに笑う豪の真後ろで、口に含んだコーヒーが耳から抜けるような錯覚に襲われる誠だった。

 

 真ん中のY字路あたりでぽかんと豪が空を見上げた。
「あー。ビルが建っている」
 ほらそこ、と豪は指差す。誠はなんかブツブツいっていた。剣は、こりゃ大昔に来て以来ってヤツだなと、頬を掻いた。
「とりあえず、ぶらぶらしようよ」
 脈絡もなく歩き始めた。目的意識がないやつは困ると、誠が皆に聞こえている独り言を語っていたが耳に入らなかったことにする。
「こういうの、直人好きそうだな」
 ミリタリー専門店で、誠がパンツを摘んでいった。
「というか、印象がソレだもんね。誠さんは知らないだろうけど、直人さんマントまでしてたんだよ」
「はぁ? なんだそれは。バカか?」
 ちょんちょんと豪は、誠の肩を突付いて咳払いする。
「誠の言いたいことと気持ちはよく分かるが、本人の前ではひどいと思うぞ」
 私はしっかり買い物をしていますと肩に書いてありそうな直人が首だけをこっちに向けた。挨拶は、豪にしたからあとの二人はどうでもいいらしい。
「なにしてるの、直人さん」
「‥‥破けた」
 指差したパンツの膝が派手に破けている。なにかで引っかけたのか。この人の場合そういう用事が山ほどありそうだ。
「直人は、ここで買い物しているのかぁ」
 ふーんという感じの豪の後で、
「直人さん、お金持ちなんだからこんなところで買い物しなくてもいいじゃない。そんな新古のミリタリー服」
剣は「一流格闘家が上野のアメ横でお買い物って、それってアリなの?」といった。
「少なくても、ハカリヤの服は似合わないだろう‥‥それにあの仁が直人のために飛んだり跳ねたりできる服を作って持ってくるとは考えられないな。絶対に」
「そりゃ‥‥そーだ」
 秤谷仁は人はいいが、松坂直人にだけは容赦がない。一身上の都合上。愛想のないこと露骨だ。
 仮になんの問題もない間柄であったって、自分のデザインした服が破って汚してボロボロにされて「よく遊んだねー(いや‥‥彼の場合は仕事、だが)」なんて褒める前に、泣きながら襲ってくるか、落ち込むか、無言でS2000で直人をひき殺そうとするか、どれかだろう。もっとも思い当たりそうなのは「涼子さ〜ん」と最強の人に泣きつく‥‥だろうが。服を与えた途端に何をしでかすか分からないヤツになんかには贈り物はしないだろう。剣が知る限り、直人と天馬へのプレゼントは全部食料品だった。消えてなくなったほうが秤谷仁的に都合がいいだけなのかもしれないが。
 正直、直人に服を上げたら「着かたが分からない(秤谷のデザインには、稀にある。普通の人なら30秒考えて、ああという程度のレベル)」とかいって無理なところから袖を通し、ビリビリっとなってしまうだろう。最悪スーツやジャケットを渡してもそのまま山へ直行してしまいそうな被服業界の敵なのか、いいお客さんなのか分からないヤツには違いない。
 天馬の場合は‥‥金に困ったら身内に売り飛ばされそうだ。革ジャン、ライダースーツの価値は知っているがレディースがメインのデザイナーブランドなんて「?」な程度でゾンザイに扱われることは目に見えている。あげた服なんて、一年経って日に透かせば、星が見えるか、変色していることだろう。
 そう想像できてしまう相手に、絶対あげないだけ秤谷仁は頭がいいのだ。

 

 携帯が鳴った。誠が通話ボタンを押して、モシモシと始めた。口調が変わったので辰平を含む身内ではなさそうだ。剣は、なんとなく電話の相手が女の子じゃないかと気がついた。こういうことには、秤谷仁以上に鼻が利く。
 電話を切った誠に速攻、
「女の子からでしょ」
と素で聞いた。誘導だとも気がつかず「ああ」と答えて1.5秒後に、むっとシワのよった眉間を剣に向ける。
「大した話じゃない」
「えー、なに誠さんの彼女?」
「なにっ、まっ誠にも女の子いっいるのか」
「にもってなんだ、どういうことだっ」
「‥‥誠に女‥‥」
「直人! なんだ、その間はなんだっ。知らないうちに突然身内と結婚するヤツになんかには言われたくない!!! 知り合いだ。知り合いでもない。前に写真をとった女の子だ」
「で、彼女が告ってきたのかなぁ〜」
「違う」
「わかった、人生相談だ。自分もよくされるぞ」
「お前と一緒にするなっ」
「‥‥」
「笑うな、しかも小さく笑うなっ!!!! 何に対して笑ってんだ直人」
「‥‥スカジャンの裏地」
「空気読めっっっ」
 ぜーはーぜーはー全身を使って呼吸する誠に、豪はそっと何かを差し出した。
「まあ、これでも食べて落ち着け」
「パイナップルは嫌いだ。食べると身体がチクチクする」
「ああそうか。もったいないがこっちのメロンを。剣、ごめんな」
「なんで、あのバカはイチゴなんだよ」
「あれは自腹だ」
 何を怒っているのか分からないほど、誠は荒れていて差し出されたアメ横名物・カットフルーツを串ごと噛み砕くのではないかと心配する勢いでメロンに噛み付いた。
「ごめんね、ついからかっちゃって。で、被写体の女の子がどうしたの」
「今度、ビデオに出るから見てねってさ。彼女は律儀なんだ」
「凄いじゃないか。誠の知り合いは有名人だな」
 感心しきった様子で、口にスイカ突っ込んでいる豪は誠の肩をバンバン叩く。
「豪さん120%有名人なら、あなたの隣にいますよ」
「で、ビデオって?」
 剣が、まっさかぁな顔でハハハと笑った。誠は普通の顔して。
「タイトルは『**の初めての野球拳』」
 ‥‥沈黙。やっぱりそうきたのねと剣が呟くと同時に、豪は誠の肩を獲物を捕らえたイヌワシのごとく掴み、震度8で揺さぶった。
「倫理的に問題があるだろう、大人だったらとめろっ」
「彼女は立派に成人しているし‥‥ポルノだって立派な職業だ」
「そうじゃなくてだな。節度ある人間がだ、正しい人の道っていうのをだ、教えてやらないといかんだろう、違うか誠!!! 青少年育成は年上の義務だっっ」
「なにいってんだ、お前。たかだかAVの1本や2本。どうってことないだろう。本人が選んだ仕事なんだから。選挙権のある人間に対して青少年育成ってなんなんだよ」
 呆れ顔で、耳を掻く。
「誠さんも、もうすこし話す相手を考えなきゃいけないよね。直人さんコンデンスミルクの二度付け禁止だよ」
 

 

 この二人の喧嘩が原因なのか、苺食っている松坂直人が原因なのか。年末に似た喧騒がザワザワと湧き始めた。



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