即席セイザー小説。かなり短い読みきり文書。 戻る

番外   決戦! 川中



 久方ぶりにかかってきた弓道天馬からの電話は変なものだった。受話器をにぎった堀口博士の額にしわが寄っている。
「スコップもって群馬に来いだとぉ?」
堀口博士にも脇で聞いていた獅堂兄弟にも正直チンプンカンプンである。最近、天馬はバイク修行だとか訳の分からないこといってツーリングしている。なんでも天馬の話では、あの宇宙と地球のもめ事がなければ骨休め+夏休み(季節は滅茶苦茶で長い休みを全部天馬は『夏休み』と呼んでいる)はツーリングとのこと。バイク修行なんていわれたら、どうもバンダナ筋肉の後ろ姿が脳の後ろを通り過ぎる。悪い病気が感染したのか。ただでさえ赤い貧乏が首からドラクエのカギをぶら下げているような男だ。ツーリングなる娯楽は相当金食い虫なはず。
 未加が博士の手にしてる黒電話の受話器をひったくる。コードが悲鳴を上げ、周囲の書類が集団投身自殺している。
「ちょっとアンタどこにいるのよっ」
『へ? 群馬だけど』
「群馬ぁー? さっさと帰って真面目にバイトしなさいよ」
『ちっ違うって、いやね博士にさぁ温泉とかってどーかなと、ねぇどーよ』
「はぁ?」
 剣と博士は黒電話の受話器が、最中アイスをかじったような音がしたのを聞いてしまった。
『みっ未加。お、温泉いかないか?』
「温泉、十二人分!」
 未加の左手が、パー、パー、チョキと拳が空気を切ったのを天馬は知らなかった。というか知りたくもないだろう。

 正直、堀口と同乗した三上辰平は、いったいこのメンツをどのような方法で招集したのかと考えただけで色々怖くなった。
 未加はすこぶる機嫌良くクルマのハンドルを握って鼻歌まで奏でている。弟の獅堂剣は正々堂々この不気味な戦場からバックれて、いつも通り蘭のクルマに乗って、当然のように愛情たっぷりのおにぎりを頬張っている。車線変更やらのときにチラリと見えるその作戦勝ちした脳天気な笑顔が憎らしい。相変わらず三上達平の貧乏クジの引き具合は健在である。


 スコップ持って群馬に来い。温泉だ。


 そんな話を持ちかけられた、皆さんの言葉を巻き戻し。
辰平「なんスか、それ」
愛「さあ」
誠「なんだ天馬、ツーリングに行っているのか、知らないぞそんな話」
豪「なんだ誠は知らなかったのか?」
仁「んなことさ、誠にいうか天馬が」
誠「それはどういうことだっ」
仁「そのまんっまだろ」
剣「さっきネットで調べたら『尻焼き温泉』のことじゃないかなぁと。なんでも川から温泉がわいているんだって。場所によっては混浴で無料だからツーリングな人には有名なんだって」
愛「すごい名前ですね……ちょっと混浴ってどういうことなんですかっ」
剣「確信犯なのか、はたまた天然なのか。どっちだろうね」
蘭「わー水着の用意しなきゃ」
剣、豪、辰平「み、水着」
洸「骨休めにはちょうどいいな」
豪「最近激務で、ちっょと嬉しいぞ」
仁「ジジ臭っ」
豪「運動もロクにしないで、万年マッサージ屋に通っているだろうお前は」
仁「うっせーなぁ、肩こり持ちなんだよ。大変なんだよデザイナーって」
剣「そうは見えないけどね」
直人「たまには、山もいい」
涼子「アンタは放っておくと、山に帰るから……」
仁「なんだったら、そのまんま山に生息してくれたら、ありがたいんだけどなぁ」
涼子「(すぱーん、と後頭部平手)」
未加「ということで、異議ないわね」
一同「特に無し」
博士「温泉、混浴……」
愛「博士、水着着用みたいですよ……」
博士「ところで芸者さんは呼べるかね」
涼子「それはどこからが冗談なのかしら博士」


 天馬が指定した場所は、川のあちらこちらから、湯気が湧き、見た目にも嗅覚にも「ああ、温泉だな」と全身から感じ取れた。仁はクルマを運転しながら幸せそうに、
「は〜温泉大好き」
とかいっている。
 川全体が温泉であるので、正直どのあたりに天馬がいるのかもクルマの中からは発見できず、とりあえず適当なところで駐車して周囲を散策がてら探すこととなった。
「すごいね、本当に見た目まんま川だよ」
 剣が、凄いねとか、どうしようとかいっている。
 蘭は、普通にはしゃいでいる。愛は「どうすればいいのかな脱衣所とか見当たらないよ」ときょろきょろしている。
「とりあえず天馬だ、天馬を探せ」
「うわー誠がはりきっている。絶対ろくなことが起きないぞー」
「あんまりそういうこといって、茶化さないでくださいよ仁さん」
「へーへー」
 涼子はクルマに背を預けてぼんやり立っていた。みるからにアレなワンボックス(黒塗り)のバンが、涼子の脇で停まった。涼子は、嫌な予感がしつつ、この状況がおかしくなって少しだけわらった。
「おねーさん美人だねー」
「ありがとう」
「ヒマ?」
「忙しいのよ」
「なんだったら、俺たちと一緒にドライブしない?」
「さっきまでしてたわよ、東京から」
「食事おごっちゃう。ゴハン美味しいホテルあんだ、カラオケもあるからさぁ」
「食事は、奢るのは当然よ。私、騒々しいの嫌いなの」
「ったく、なんなんだよ」
「そっちこそ帰れば、こんなところこないでウロウロしていないで」
「とっとと来いよ」
 運転席の男が、涼子の腕を掴んだ。涼子は、掴まれた瞬間やれやれという顔をして、
「わたし人妻なんだけど」
と、とりあえずいってみた。
「なんでもいいんだよ!」
「……」
 涼子失笑。
「……ねぇ」
 涼子は、自分で振り払えることなんて100%できたが、50m先でウロウロしている協調性に欠ける男と、説教口調の男のほうを見て、小さくいってみた。ほんの電話にでるぐらいの囁きだ。
 出会ったときと大して変わらないモスグリーンのシャツに、ミリタリーパンツに安全靴の男が、バンと腕を掴まれている涼子を見て走ってきた。その反応に驚き、となりの毛糸のベストを着ている男も大慌てで駆けつけてきた。
「……うちの涼子になんのようだ……」
「へ?」
 見るからにでかい、服を着ていてもゴツイのが分かり、かつ目つきがやばい。そんな男が運転手をひと睨みして、腕を掴み本人的には、軽くひねった。
「あだだだだ」
「アンタ、手加減ぐらいしなさいよ」
 直人は鼻音だけで返事した。
「あーキミたち。自分はここの管轄ではないが……警察だ。どういう目的で彼女の腕を掴んだのか、聞かせてもらってもいいかな」
 豪は、非番で管轄外だがといいながら、ポケットから例のアレを取り出し運転手に見せた。
「ヒィ!!!」
 バンは、ものすごい勢いでバックで走り出し、そのまま車線ムシで爆走していった。
「道路交通法違反!!」
 豪が叫びながら、ナンバープレートを叫んだ。
「くそぉ自転車さえあれば……」
 涼子は、ため息ついた。
「涼ー子っどーしたのぉ?」
 未加が走ってくる。
「なんでもない、ただのナンパだから」
「ナンパ? こんな山で。どんなバカよ」
「さあ」


 
 辰平は、あー、いたいた。おーいといって川のほうに手を振った。
 もうもうとした湯気のなか、スコップ手にして、天馬はノンキ(いつもと同じ)にバダバタと手を振っている。
「掘ったぞー」
 確かに、掘っている。すごーく掘っている。ちっょとした銭湯並みのサイズの湯船を作成したようだ。それでなければ、今までの人たちの掘った川原を連結させて作り上げたのだろう。
「あほかっ天馬、シャベル持って来いとかいってて、お前が完成させてどうするんだ」
 川原に真っ先に滑り降りた誠が天馬に怒鳴り込んだ。
「だってさぁ、待っているあいだ暇だったし、作っちまったほーが楽でしょうよ、ちゃんと煙草の吸殻とか、使い残しの石鹸とかゴミ拾いまでして。ほらバリバリすぐ入れる」
「……だったら、この人数分のスコップをどうしろというんだっ」
「……うぇぇー」
 相変わらず、バイク修行しても精神的にはなにも、ちっとも成長はしていない様子。
「分かったよ、ほら川で泳ぐ用の浮き輪やるから、そうガミガミすんなよ」
 くわぁっと、これから雄たけびをあげるニワトリみたいに髪の毛膨らませた誠の肩を叩いて、
「しゃーないでしょ。計画者が天馬なんだから」
と、仁が囁く。
「天馬さんに言われてたビーチサンダル、買ってきたよ100円均一で、あとバスタオル」
「ああ、これないと危ねぇからな。河原の石にコケがついてて滑るし、ついでに石の間からお湯湧いてて素足だとかなりヤバイ。尻にバスタオル折ったの敷いとかねーと、マジ尻焼けちまうからな」
「あのー天馬さん。私たちどこで着替えたらいいんですか?」
「着替えるところねーから……クルマでちゃちゃっと」
 間髪いれずに未加の鉄拳が飛んだ。
「あんた無計画すぎよっ、デリカシーとか倫理とか道徳とか一般常識を持ち合わせてないの???」
「お姉ちゃん、おちついて」
「剣は黙ってて」
「あ……いや。たぶんそーいう展開になるんじゃないかなぁと思って……直人さんからテント借りてるから、大丈夫だよ」
「さすが剣ちゃん」
「でも、水着に着替えたところで丸見えなのは……ちっょと」
「アホもいたことだし」
「アホ? さっきのナンパ」
「そうともいうわね」
「うわぁぁぁどうしよう……」
「いいじゃん、愛ちゃん。大自然、大自然」
「……なんか間違っているような気がする」
「ちょっと待て、本当に混浴なのか、天馬っ」
 周りの状況を見てやっと、この日帰り旅行の内容がちゃんと理解した豪が赤くなってうろたえている。
「ああ、そういったぜ水着持ってきてるだろ」
「聞いてはいたけどなぁ、天馬……お前それはちょっと、いろいろマズイだろう。おっ女の子と一緒にだ。水着とはいえ一緒に入るのは……」
「豪はプールというものを知らないらしい」
「おーい豪聞いたかー、オマエ洸にまで突っ込まれてるぞ」
「なんだったら、豪専用の露天風呂ほってやるぜ。任せとけ!」
「あっ豪のヤツに制服着せて、立たせておくという究極の虫除けもあったりするよ」
「ちっょと待て仁っ。今日は非番だ。制服も持ってきていないぞ」
「それはとても、目立つからダメね。却下」
「涼子さーん冗談だってばー」
「ところで天馬さん、ボク達どこで着替えるの? 男の子チームは」
 ちゅーっと川っ縁を指差して、
「その辺」
といってきた。
 間髪いれず、2、3人が天馬をぶん殴った。
「このアンポンタンがっ」



 地面から湧く熱気で少々蒸し風呂状態のテント室内。
「あーー。どうしよう伝通院先生が、伝通院先生が……」
「愛どうかしたの、ぶつぶつと……」
「なっなんでもないですっ涼子さん、気にしないでください」
「じゃーん。撮影のときに水着もらっちゃったー」
「うわ〜。川での視線を釘付けだわ……」
「普通のビキニじゃない」
「蘭がきれば、なんでも普通じゃなくなるわよ」
「たしかに」
「ひどーい、涼子さんも未加さんもー」
「褒めてるのに決まっているでしょ」
「だって、蘭はそれで仕事してるんだもの、誇りをもたなきゃだめよ」
 三人和やかに、ひとりなにやら悶々としているテント内である。

 
 一方、狭苦しい車内。
 ……。
 弓道天馬がお見苦しいことをしそうなので、スキップいたします。



「おっまたせっーオリンピックモデル、鮫肌水着だぜっサメパワーに満ち溢れる技術だぜ」
「……胸毛、待ってないから」
「辰平、オマエ喧嘩うってるのかっ」
「なんで怒るのさっ」
「いつもと変わらないな直人」
「……いつも以上におかしいく見えるな洸」
「っとやめてよ天馬さん、ボクの水着引っ張らないでよー」
「やめんか天馬、このアンポンタンが、どうしてお前はそうも落ち着きがないんだ」
「そこー!!! 風紀を乱すなっ、川原を走るなこのスットコドッコイっ」
 これでホイッスルでも持たせればいつでも、夏のプールとか海水浴場でバイトができそうな神谷豪である。騒々しいことこのうえない。海パン一丁で、なぜか元気フルスロットルの天馬とか、いつもと全く変わらない直人。テンションが下がったまま、ぺったりと座り込んで「はー女の子まだかなぁ。もういやだよ野郎の水着ショーなんて……」と呟いている。
「剣ちゃんっ」
「蘭ちゃんっ」
 川原で温泉に浸っていた男ドモが一斉に蘭を見た。というか、女性でも釘付けである。 見ていて心温まるものが、彼女が動くたびにゆさゆさするのだ。
「ちっょとまっっっ待て、蘭。もももももう少しどうにか……ならんのか」
「え、なにか変?」
「なにがって……なぁ」
「いっしょに入ろうっ」
「うんっ」
 お手手つないで、温泉につかっているのだ。
 東亜大学堀口研究所に一歩も足を踏み込んだことがない人間(男性限定)が全てに殺意が湧いたのはいうまでもない。
「たっぺー、ジロジロみない」
 ああ、新しいの買ったんだと辰平は愛に嬉しそうにいった。ストライプ柄のサーフチューブトップにデニムのパンツ。
 辰平は、自分にみせるために新しく買ったんだと思いをはせ、愛は伝通院先生の前で肌を露出するのはちっょと、と考え。そんな水のトライブに入れない誠が独り風呂の端っこで湯に浸かっている。
 直人は直人なりに気を使っているらしくなるべく世間の目が蘭たちに行かないようにじっと外を見張りつつはいっている。
 その脇で、湯につかったままあまり動かない洸の脇で、堀口博士がお湯の噴出し口付近で「熱燗でもできるかな」と小さい酒瓶を湯の中に沈めていた。
「いやはーたまらないねぇ、露天風呂だいすき」
 チャポンとタオルをお湯の熱そうなところで浸し、絞って顔にぺったりと乗っけて、幸せだの日本人でよかっただの不思議な独り言いっている。
「あれ仁さん、温泉ジジ臭いとかいってたじゃん」
「いついったよ、記憶にないよー」
 しぶしぶ入って、直人同様、女の子たちの壁になることになった豪(むろん風呂の端っこでキャッキャと喜ぶ年少組(女の子)をじーっと見ることが出来ない)は、ぽーんっと下は川原なのにも関わらず飛び込んできた天馬に、海パンのゴム部分を掴まれて、
「なっ、ナンパしにいかね? 風呂掘っているときチッェクしといた」
「なにいってんだーーー」
「……バカかお前は……。豪さそっても女の子捕獲できませーん」
「ん? アヤさんは?」
「ナンパと合コンの話はすな、寒くなる……涼子さーんっ」
 ホルターネックビキニ姿の涼子がこっちに歩いてい来る。一歩遅れる形で、未加。セパレートのワンピースタイプに、チェックのスカート付きの明るい色合いの装い。
「なんだ、未加可愛いじゃん」
 天馬がいった。
 一瞬息を呑んだ未加。
「女の子に見えるぞ」
 音速を超えて飛んできたビーチサンダルが天馬の顔面を捉えた。
「どーいうことよーっっ」
「……お姉ちゃん、そういうことは、リモコン下駄飛ばす前にいおうね……」


 なんとも和気藹々としていない混浴である。
 野郎ども(若干一名除く)は全員女の子たちをみることを禁じられ。全員風呂の外側に一列に並んで入ることとなった。
 神谷豪は身内の水着姿を直視することが出来ず脱落。
 ほほえましいぐらいの笑顔になっている辰平は、愛から「サイテー」攻撃を食らい撃沈。
「女の子は見慣れているよ」とサラリといった仁と誠は野郎ドモからのヒンシュクの攻撃「だったら見なくていいよな」を受け轟沈。
 直人は涼子に「その水着着たのか」の一言で反応した仁に睨まれそっぽを向き、エロエロ視線とエロエロ会話で盛り上がる天馬と博士は咳払いした豪に首をつかまれ逮捕された。伝通院洸は、会話騒動に関係なく、ぼーっと動きもせず流れる川をじっと見ている。獅堂剣のみ、ふつーに、さも当然の如く女の子たちと混ざっていた。



「なんなのこのむさい構図は。女の子と男の子を互い違いでぐるっと円を書くんじゃなかったのかよぉぉ、男と露天風呂なんて、最悪」
 秤谷仁は大変素直な人間である。どんよりと風呂の端っこで澱のようにたまっている嫌な空気に堂々と文句をいう。
「自分が招いたことだろう」
「……誠にいわれたくないなぁー……暖かくていいのはいいけど……ちと熱くないか?」
「別に、俺は風呂は熱くないと入った気がしない、入浴剤の入っていないカチカチのお湯の中でじっと耐えて汗をかくのが一番だ。湯上り一発で冷えたビールを一気。あれが最高だ」
「誠、そのうち脳卒中で死ぬぞ」
 洸がいった。
「確かに……熱いスね……さっきまで三つ折りにしていた尻に引いているタオル四つ折りっす」
「……博士が茹でダコにっ」
「博士っガマンしないで、あがってください」
「いや、もうちっょとガマンする、いまいい感じなんだ」
「剣ちゃんあついー」
 横で愛が、くたっとしている。
「水を入れたほうがいいかもね」
「あ、まかせろ」
 浴槽製作者の天馬が立ち上がって、ザブザブと進んでいく。ヨイショといいながら、川に近い石を動かし始めた。川の水をいれるつもりらしい。
「天馬、少しずつ石を動かせ……お湯が冷める」
「うっせーなぁ、愛と博士ゆだってるだろーが」
「でかい石を動かすなバカ」
「ごちゃごちゃ、うるさいなー」
 天馬が手当たり次第石をぼんぼん川に投下する。
「そうやって一気に……あ」
 力点、支点、作用点のバランスが崩れた浴槽の堤防は一気に川の流れに飲み込まれ決壊した。波がわっと押し寄せ、暖かいお湯を攫っていく。
「てっ、天馬ぁーー誠ぉぉぉ」
 未加が叫んだ。川に吸い込まれたのだ。
 皆が予想していた以上に川の流れは速く、慌てて風呂から飛び出して走ってもビーチサンダルに川原独特の砂利だ。スピードが出るはずもなくどんどん引き離される。
「やべぇ、足がとどかねぇ」
 どちらかが、叫んだ。
「受け取れ!」
 直人は思いっきり淵においてあった100均一の浮き輪を投げた。
「うぉぉぉぉぉーっ」
 凄い雄たけびあげて辰平が飛び込んだ。イルカ調教師+オリンピックモデルの海パンは伊達ではなかった。ここは競技会かと思わせるクロールと水の流れを呼んだコース選択で二人との差が縮まる。
「誠、浮き輪!!」
 誠に浮き輪を渡し、辰平は先に川に捕まった天馬を追ってバタ足にターボをかけた。
 豪は、すみませんご協力お願いしますと断って、釣竿を拝借して浮き輪に乗って安堵している誠に向かって伸ばした。頼りないカーボンファイバーの先っちょを掴むのを確認すると、流れに逆らわないように、手繰り寄せる。
「て、天馬は??」
「辰平が……」
 未加は必死になって二人を追いかけていた。ビーチサンダルと足の裏の間に石が入ったのも気にしないぐらいに。ふいに、また天馬がどこか遠いところに行ってしまうのではないかと、暗い予感が胸元によぎった。
 沈みかかった天馬を見て、辰平は潜水した。濁った水の中、天馬を掴んだ。
「よっシャー」
 ぐっと手繰り寄せると、なんか鈍くはじける感触がした。
 水面に引き上げると天馬はでかく息を吐いた。
「っパーっ」
 ライフセイバー並の推進力で川原へ川原へと辰平は、天馬を担いで進んでいく。
「……まて、ちょっとまて辰平」
「なに言ってるんすか、溺れかかってんすよ」
「ない」
「なにが」
「海パン」
「はあ?」
 辰平は、ふと手に残っていたあの鈍く爆ぜる感触を思い返すことが出来た。思いっきり引っ張ったことで紐が切れ、誘導しているスキにするすると流されていったらしい。
「どうしよう……辰平……」
「えーー」
「貸して海パン」
「なにいってるんですかっ」
 水中でもみ合う二人。
「なにやってんの……あんたたち」
 やっと追いついて、未加は二人に向かって手を伸ばした。
「未加ー、助けてくれよー」
「だから今助けようとしてるじゃない」
「海パン流された……」
「……えーーーーーー」
 言葉と一緒に差し伸べられていた手が引っ込んでいく。
「タオルない?」
「あるわけないでしょ」
 誰よりも早く現場に来たのだ。そういうオプションは持ち合わせていない。
「どうしよう……」
 三人とも泣きそうな顔している。海パン流されて泣いている天馬に、自分の水着引っ張られて窮地に立っている辰平。この状況に困り果てている未加。周りを見渡してもタオルとか、でかい葉っぱは見当たらない……。未加は川原に臥せって号泣したい心境だった。 未加は、思いついた。
「アンタ、責任取りなさいよね!!!」
 天馬にタンカきって、はいていたオプションのスカートを脱ぎ始める。
「えーーーーーーーーーーー」
「他ないんだから!!!!!!」
 湯冷めしそうなのに、未加の顔だけ茹で上がった。
 ワンピースだけになって、脱いだスカートをうんっと手を伸ばして天馬に手渡した。
「水着代15,000円ちょーだいよ」
「なんだよそれ」
「なんだじゃないわよっ、アンタが着た水着なんて着られないわよ」
 天馬は口をタラコにさせて、
「ああ、いいよ買いとってやればいいんだな」
「ジョーダンじゃないわよ、このど変態」
 あーあー。とくたびれる辰平は先に川から上がった。ケンカ口調でザブザブ水からあがってくる天馬の様子を見て、未加は速攻走って逃げた。
「んだ? あいつ」
「天馬さん、いろいろヤバイです」
 スカート部分を目視して天馬は「たしかにヤバイな」といって辰平の後ろに隠れてスカートを上にも下にも引っ張った。
「辰平……スースーするよぉぉぉぉぉ、俺どーすればいいんだっっ」
「知らない、俺はなにも知らない」
 愛が救急精神で走ってくる。すれ違う未加に「どーしたんですか?」と首をかしげた。
「天馬さん、無事ですかー」
「愛!!!!!!!!! 来ちゃダメだっっ」
「怪我してたらどうするのよ辰平」
「いや、そーっそういうことではないんだ……とにかく来ちゃだめだ」
 んー? とか息つきながら「天馬さん大丈夫?」と辰平の背中に回りこんで硬直した。
「いやぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ」
 愛の足にF1エンジンが入ってるんじゃないかと思えそうな砂埃舞う走りっぷりで速攻、洸の背中に隠れた。その姿を見て辰平は落ち込んだ。
「てててて、天馬さんが」
「落ち着け魚住君」
「へへへへへへ……変態になってますっ」

 一拍の沈黙。

「前からじゃない、何を今更……」
 ヘンっと涼子の鼻がなった。
 遠くのほうで「帰る、私かえるっ」と荷物をまとめた未加の腕を弟は必死で押えている。
「どーしたのお姉ちゃん、なんかおかしいよ」
 全員、一瞬その奇妙な兄弟げんかを見て、改めて愛が逃げてきた天馬の背中に歩を進める。辰平を盾にしながら動く天馬。
「どしたー、天馬。怪我ないか……」
 状況がまったく読めていない神谷豪が天馬を辰平の背中から引き剥がした。
 チェックのミニスカートをはいた男がモジモジして立っている。
「かっ、可愛いでしょっ」
 決して川の水で冷め切ってブルーになったわけではない紫に変色した震える唇でいってみた。
 全員の思考が固まった。
 涼子だけがため息ついた。
 遠くでわーわーと泣き叫ぶ未加となだめる剣の声がまるでやまびこのように他人事に脳内に響く。
 力いっぱい天馬の両手を取って豪はいった。
「逮捕だ」


 余震は続く。
 全員がやっとこさ状況が飲み込めて、バスタオルを投げつけられた天馬がコソコソと剣に近寄って耳打ちした。
「剣、わりい。パンツもってない?」
「え?」
「キャンプ場からTシャツと水着できちまったんだよぉぉぉ」
「お姉ちゃん泣かしておいて、今度はボクまで泣かす気なのー天馬さぁん。しまった、なんて、洸さんだけにしてよぉぉぉぉ」



 全員は思った。
 天馬の誘うレジャーには行ってはいけないと。
 



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